(あぁ、疲れた)
普段より早く帰るつもりがまさかトイレで何時間も過ごすはめになるとは、重だるい余韻の残った身体を引きずって帰路に着いた時には既に夕暮れになっていた
(...あの男の子、なんの解決にもなってなかったけど大丈夫かな)
出来る事なら暫くは会いたくないなと思いながらすれ違う他校の制服に身を包んで笑う男女や仕事終わりのスーツを着たサラリーマンを目で追って先程の言葉が頭に回る
(...サムイサムイサムイ)
ガチガチに力の入った肩は小刻みに震え心臓まで揺れるような感覚だ、当たり前の生活も呼吸さえも違和感に思える、その正体に気付いてしまった事は致命的だった
(ハヤク、ハヤク、ハヤクカエラナイト)
駆け足で迷いなくマンションに入って指が勝手にオートロックを解除する、そのまま躊躇なくエレベーターに乗ったものの数字の上を指先が右往左往した
(ダメだ...このままじゃダメになる)
指先に迷いが消えて7を押す、押してしまえば後はもう一刻も早く顔が見たい、ただそれだけだ
「はーい...っ」
インターホンを押して大人しく待てたのはそこまででガチャリと空いた隙間から覗いた顔と声に居ても立っても居られなくなって飛びつく
「うみくんっ...うみくん!」
「ビックリしたー、つゆちゃんどうしたの?」
(うみくんのにおい)
ぎゅーっと心臓が絞られるような苦しさと喉が熱くなるような感覚がする
「さむい、さむいの、うみくん」
夏なのに幼児が熱に浮かされた時のようにうわ言を繰り返しながら存分に額をグリグリ擦り付ける俺にされるがままで居てくれる
「どー?ちょっとは気がすんだ?」
「...ちょっとだけ」
「はい、じゃージャンプして」
まだ納得のいかない心境にむくれていたら脇に手を入れたうみくんが俺の体を抱き上げてくれた
「んっ」
「どれがいい?」
「何でもいい」
美女に抱っこされる男子高校生とはこれ如何に、絵面に問題はありそうだが実際大した体格差も無いのでブラブラ揺れる自身の足を眺めていたら口に冷たいものが押し込まれクローゼットの前では衣装選択が行われている
「ちょっとアイス持ち替えて」
ベットに腰掛けた膝の上で呑気にラムネ味を堪能しているといつの間にか全開になっていたワイシャツを片腕づつ脱いでうみくんの服に着替えさせてくれる
「自分で履く?」
「やだ」
「んっ、あま」
ハーフパンツをチラつかせて問うてくるので黙らすように口にアイスを突っ込んであげてから膝立ちでその首に抱きついた
「足抜いて」
「はぁい」
カチャカチャベルトのバックルが外れる音や脚に当たるうみくんの体温、サワサワ頬に当たる髪が擽ったい
「ちょっと降りてて」
「やだ」
「お願い」
お願いされてはしょうがないとキッチンに降り立つ
「何作るの?」
「なんでしょー」
やっぱりうみくんの傍にいると止まっていた心臓が動き出して全身に血を送るみたいに温かくなる、それでもまだ足りなくて頭を掠める影から逃げるように背中に顔を埋めた
「あまい匂い」
「うん、もう出来たよ食べよう、おいでつゆちゃん」
「っ、ホットケーキだ!」
優しい柔軟剤の匂いから美味しそうな匂いに釣られて顔を上げると綺麗な狐色した丸いホットケーキが積み重なっていてお腹の虫が主張してくる
(そーいえば朝からなにも食べてないな)
昼はずっとトイレとお友達だったのでそんな事も忘れてしまっていた
「うみくんはホットケーキ作るの上手だね」
「そうかな、混ぜて焼くだけだよ?」
「ううん、綺麗な丸でかわいい」
食べるのが勿体なく感じて見ているとうみくんが呆れた顔で正面からバターを乗せてメープルをかけてくれる
「ふふっ、いただきます」
折角なら温かいうちに口に入れようとナイフとフォークを動かしてフワフワの生地を口元に運ぶ
「ん〜、うまぁっ、はいっうみくんも食べて」
「ありがと美味しい...ねぇつゆちゃん」
お皿から1口切り分けてうみくんの口に近づけると嬉しそうに上がった口角を見てこちらまで温かくなる
「なに?」
「何かあった?」
嬉しくて美味しくて揺れていた身体がピタッと止まって目の前の頬杖つく美しい顔と目が合う
「...最近あんまり話せてなかったから」
「俺と?」
「うん、でももう大丈夫!突然押し掛けてごめんね」
端折ってはいるがこれも事実で薄茶色の瞳には全てを見透かされているような気がしてならない
「嘘」
「嘘じゃないよ!会えなくて寂しかったのに!」
「うっ...ずるい可愛すぎるっ」
「うみくんのほーがずるいよ...」
「ごめんね、俺もつゆちゃんに会いたかったよ」
目の前の顔が暗くなると気持ちが急いて前のめりになりながら口早にそう伝えるとうみくんは顔を顰めて隣までやってきた
「でもさ...それだけじゃないでしょ?」
真剣な顔に繋いだ手から緊張が走る
「誰か、誰かつゆちゃんに触った...?」
「ちがっ...」
「くないよね?」
今度は俺が逃げる番で顔を背けるとそれを追うように覗き込まれていとも簡単に口が緩んだ
「あのね、やっぱり、やっぱりだめなんだ、治ったと思ったのに、また迷惑かけてごめん、ごめんなさい」
「つゆちゃん、こっち見て」
「うみくん...」
寂しいだけじゃなくこれは自身の問題でそれを彼にぶつけるのは八つ当たりと変わらない
「大丈夫、大丈夫だよ、俺はずっと変わらない、だからつゆちゃんも無理に変わろうとしなくていいんだよ?迷惑なんかじゃないよ、だってこれが俺達の普通でしょ?」
「分からなくなっちゃったんだ...このままでいいのかなって思ったら怖くて」
寄り添う言葉をくれても俺の独りよがりがこの現実を許容させていると思うと怖くて怖くて堪らなかった
「つゆちゃん今日の俺可愛い?」
「え?...うみくんはいつでも可愛いよ」
「だよね、あったかいねつゆちゃん、俺達のそのままが日常だよ、ずっと傍に居る、何も怖くないよ」
ぎゅっと優しく抱き締められて腕を背中に回す、女の子みたいにふわふわしていないそれでもこの温かい身体には触れられる、うみくんから溢れる全てが好きだ
「うん、うみくんすき〜」
「俺も」
うみくんが傍に居て許してくれる俺はそんなうみくんの傍でしか生きられない、それだけで誰がなんと言おうと二人は笑っていられた
普段より早く帰るつもりがまさかトイレで何時間も過ごすはめになるとは、重だるい余韻の残った身体を引きずって帰路に着いた時には既に夕暮れになっていた
(...あの男の子、なんの解決にもなってなかったけど大丈夫かな)
出来る事なら暫くは会いたくないなと思いながらすれ違う他校の制服に身を包んで笑う男女や仕事終わりのスーツを着たサラリーマンを目で追って先程の言葉が頭に回る
(...サムイサムイサムイ)
ガチガチに力の入った肩は小刻みに震え心臓まで揺れるような感覚だ、当たり前の生活も呼吸さえも違和感に思える、その正体に気付いてしまった事は致命的だった
(ハヤク、ハヤク、ハヤクカエラナイト)
駆け足で迷いなくマンションに入って指が勝手にオートロックを解除する、そのまま躊躇なくエレベーターに乗ったものの数字の上を指先が右往左往した
(ダメだ...このままじゃダメになる)
指先に迷いが消えて7を押す、押してしまえば後はもう一刻も早く顔が見たい、ただそれだけだ
「はーい...っ」
インターホンを押して大人しく待てたのはそこまででガチャリと空いた隙間から覗いた顔と声に居ても立っても居られなくなって飛びつく
「うみくんっ...うみくん!」
「ビックリしたー、つゆちゃんどうしたの?」
(うみくんのにおい)
ぎゅーっと心臓が絞られるような苦しさと喉が熱くなるような感覚がする
「さむい、さむいの、うみくん」
夏なのに幼児が熱に浮かされた時のようにうわ言を繰り返しながら存分に額をグリグリ擦り付ける俺にされるがままで居てくれる
「どー?ちょっとは気がすんだ?」
「...ちょっとだけ」
「はい、じゃージャンプして」
まだ納得のいかない心境にむくれていたら脇に手を入れたうみくんが俺の体を抱き上げてくれた
「んっ」
「どれがいい?」
「何でもいい」
美女に抱っこされる男子高校生とはこれ如何に、絵面に問題はありそうだが実際大した体格差も無いのでブラブラ揺れる自身の足を眺めていたら口に冷たいものが押し込まれクローゼットの前では衣装選択が行われている
「ちょっとアイス持ち替えて」
ベットに腰掛けた膝の上で呑気にラムネ味を堪能しているといつの間にか全開になっていたワイシャツを片腕づつ脱いでうみくんの服に着替えさせてくれる
「自分で履く?」
「やだ」
「んっ、あま」
ハーフパンツをチラつかせて問うてくるので黙らすように口にアイスを突っ込んであげてから膝立ちでその首に抱きついた
「足抜いて」
「はぁい」
カチャカチャベルトのバックルが外れる音や脚に当たるうみくんの体温、サワサワ頬に当たる髪が擽ったい
「ちょっと降りてて」
「やだ」
「お願い」
お願いされてはしょうがないとキッチンに降り立つ
「何作るの?」
「なんでしょー」
やっぱりうみくんの傍にいると止まっていた心臓が動き出して全身に血を送るみたいに温かくなる、それでもまだ足りなくて頭を掠める影から逃げるように背中に顔を埋めた
「あまい匂い」
「うん、もう出来たよ食べよう、おいでつゆちゃん」
「っ、ホットケーキだ!」
優しい柔軟剤の匂いから美味しそうな匂いに釣られて顔を上げると綺麗な狐色した丸いホットケーキが積み重なっていてお腹の虫が主張してくる
(そーいえば朝からなにも食べてないな)
昼はずっとトイレとお友達だったのでそんな事も忘れてしまっていた
「うみくんはホットケーキ作るの上手だね」
「そうかな、混ぜて焼くだけだよ?」
「ううん、綺麗な丸でかわいい」
食べるのが勿体なく感じて見ているとうみくんが呆れた顔で正面からバターを乗せてメープルをかけてくれる
「ふふっ、いただきます」
折角なら温かいうちに口に入れようとナイフとフォークを動かしてフワフワの生地を口元に運ぶ
「ん〜、うまぁっ、はいっうみくんも食べて」
「ありがと美味しい...ねぇつゆちゃん」
お皿から1口切り分けてうみくんの口に近づけると嬉しそうに上がった口角を見てこちらまで温かくなる
「なに?」
「何かあった?」
嬉しくて美味しくて揺れていた身体がピタッと止まって目の前の頬杖つく美しい顔と目が合う
「...最近あんまり話せてなかったから」
「俺と?」
「うん、でももう大丈夫!突然押し掛けてごめんね」
端折ってはいるがこれも事実で薄茶色の瞳には全てを見透かされているような気がしてならない
「嘘」
「嘘じゃないよ!会えなくて寂しかったのに!」
「うっ...ずるい可愛すぎるっ」
「うみくんのほーがずるいよ...」
「ごめんね、俺もつゆちゃんに会いたかったよ」
目の前の顔が暗くなると気持ちが急いて前のめりになりながら口早にそう伝えるとうみくんは顔を顰めて隣までやってきた
「でもさ...それだけじゃないでしょ?」
真剣な顔に繋いだ手から緊張が走る
「誰か、誰かつゆちゃんに触った...?」
「ちがっ...」
「くないよね?」
今度は俺が逃げる番で顔を背けるとそれを追うように覗き込まれていとも簡単に口が緩んだ
「あのね、やっぱり、やっぱりだめなんだ、治ったと思ったのに、また迷惑かけてごめん、ごめんなさい」
「つゆちゃん、こっち見て」
「うみくん...」
寂しいだけじゃなくこれは自身の問題でそれを彼にぶつけるのは八つ当たりと変わらない
「大丈夫、大丈夫だよ、俺はずっと変わらない、だからつゆちゃんも無理に変わろうとしなくていいんだよ?迷惑なんかじゃないよ、だってこれが俺達の普通でしょ?」
「分からなくなっちゃったんだ...このままでいいのかなって思ったら怖くて」
寄り添う言葉をくれても俺の独りよがりがこの現実を許容させていると思うと怖くて怖くて堪らなかった
「つゆちゃん今日の俺可愛い?」
「え?...うみくんはいつでも可愛いよ」
「だよね、あったかいねつゆちゃん、俺達のそのままが日常だよ、ずっと傍に居る、何も怖くないよ」
ぎゅっと優しく抱き締められて腕を背中に回す、女の子みたいにふわふわしていないそれでもこの温かい身体には触れられる、うみくんから溢れる全てが好きだ
「うん、うみくんすき〜」
「俺も」
うみくんが傍に居て許してくれる俺はそんなうみくんの傍でしか生きられない、それだけで誰がなんと言おうと二人は笑っていられた
