「よしよし、いいね」

「もう目開けていい?」

「いいよ」

顔を差し出すように目を瞑ったまま上を向いてされるがまま指先が行ったり来たりするのを享受する

「これ何してるの?」

「ベースメイクだよ、つゆちゃんは肌綺麗だからやらなくてもいいんだけどね」

「じゃあなんでやるの?」

「色だけ乗せると浮いちゃって逆に芋っぽくなるから薄くでも塗っといた方が顔全体が馴染むんだよ」

今まで全くと言っていいほど自分とは疎遠だった専門用語達の嵐に戦きつつもうみくんの指が迷いなく動いてポーチから次々と出てくるカラフルな入れ物やケースに目を惹かれる

「粉叩くからもっかい目閉じてね」

「は〜い」

どうしてこんな事になったかと言うと早い話うみくんが自分で女装出来なくなった分を遺憾無く俺で発揮しているというだけである

「ねぇ俺に化粧して楽しい?」

「楽しいよー、はい目開けて」

「それならいいけど、自分にする方が楽しいんじゃないの?」

出来なくなったと言っても絶対という訳でも無いのだがあれから女装する事は一度も無く俺がこうして土台になっている

「なんでそう思うの?」

「普通に考えてうみくんの方が可愛いし似合うじゃん」

「それは完成してからもう一回言って欲しいね」

筆が目元に近付いてきて反射的に目を閉じるとさわさわなぞられて離れていく、顎を支えるように添えられた指と間近にある真剣な顔が瞳を覗き込むと場違いに胸がドキドキ誤作動を起こして少し居心地悪くなる

「この間後輩の女の子がさ〜、二人の関係応援してます!って言うだけ言って逃げてったんだけど」

「あー、俺も何か似たようなのあったかも」

話を逸らすように思い出した林檎みたいに真っ赤な顔で逃走した小動物みたいな少女を思い出す、必然的に何処から広まっていったのか付き合ってる事がバレてカチャカチャとメイク道具を探していたうみくんにも思い当たる節があるみたいだ

「罵倒されるよりはいいけどさ〜、何か生暖かい目で見られるのもそれはそれでちょっとな〜」

同性という点において偏見の目を向けられる事はあれど小中学生じゃないのだから囃し立てたりからかったりそんなのは無いと思っていたが大袈裟ではないにしろ少し気恥しいと思う

「他人には関係ないって思ってたし別に自分も誰と誰が付き合ってよーと興味ないけどさ俺はつゆちゃんと付き合ってるって自慢できて嬉しーかも」

悪戯に笑ってみせるうみくんが可愛くて胸がキュンとする

「うみくんがいいならい〜や」

「牽制にもなるしね」

「牽制?」

「悪い虫が寄ってこなくて助かるって事」

それを言うなら俺ではなく貴方なのでは無いだろうかなんて思いながら近づいてきた筆のようなもので目尻をサッと撫でられた

「上向いてー」

「俺の目もキラキラしてくれる?」

「キラキラ?あぁ、ラメか、うんいいよ」

何を言っているのか思案した後分かってくれたのか笑いを含んで頷いてくれる、うみくんの目はいつもキラキラしていて可愛くて俺はそれが好きだった

「可愛いね、チーク塗ろうか」

「ほっぺた?」

「そーだよ」

ブラシのようなもので睫毛を撫でられた後俺でも知っている頬に塗るピンクの粉が登場してフワフワの大きなブラシが少し擽ったい

「めっちゃかわいー、どうしてそんなに可愛いの?」

進行する度に飛び出す言葉は本当なのかどうか最後に鏡を見るまで俺には分からなかった

「それラメ?」

「うん、下瞼に乗せようか」

初心者の注文も通ったらしく本当に細い筆がちょんちょんっと細かく触れてその繊細さに絶対自分では出来ないことを確信する

「つゆちゃんの事猫っぽいなって思ってたんだけどさ」

「うん?」

「コーラルのアイシャドウとラメで目うるうるしてて兎みたい」

猫っぽいと思われてたなんて初知りだが両頬を掌で挟まれて毛穴まで見られそうな程凝視されると流石に目を背けたくなったが温かい手に阻まれて出来なかった

「似合う?」

「似合う似合う、元がいいから薄メイクでも映えるね」

しょうがないので開き直って問いかけると元がいいなんて言葉が目の前の美形から飛び出して猫とか兎とかは百歩譲ってそれに似てたとしても世間様からの評価は中の中、良くて中の上と言った所ではないだろうか

「嘘だって顔したね?ほんとだから!」

「うみくんも可愛いもの好き?」

「可愛いものは好きだけどこれに関してはつゆちゃんが好きかな」

確かにそういう事なら納得だ、普段から自分の顔面に見慣れすぎて特別なフィルターが掛かった俺の顔を過大評価してくれているのだろう

「髪の毛は?」

「はい、これ」

そう、本日のお人形遊びは本格的なのだ、渡されたフワフワの黒いロングヘアーを手に取り被る瞬間というのはとてもシュール

「ん〜、これ被れてる?」

「かわっ...」

「川?」

「大丈夫だよ、鏡ね」

不思議な鳴き声が聞こえてきた気がしたが聞かなかった振りをして鏡に映りこんだ自分と思わしき人物をジッと見つめた

「うわ、すご、これほんとに俺?」

「ねっ?ね!可愛いでしょ?」

俺が作りましたとばかりに生産者の顔をして自慢されるがそれよりも白い肌に上気したような頬と唇、睫毛がクルンッと上がって泣いちゃいそうな大きくなった目元に長い髪がちゃんと女の子に見える

「はぁ〜、俺女装のセンスあるかも」

「制服着る?」

自画自賛も甚だしくブラシで髪の毛を丁寧に梳かしてくれたうみくんが用意されていたうちの学校の制服を提示してきた

「着る着る〜!」

ここまで来たら完璧に仕上げたいと謎の闘争心を燃やして制服に手を掛けてサプライズとばかりに部屋からうみくんを追い出す

「これは...JKだな」

姿見に手を当ててすっかり女子高生に変身した自分に感嘆する

(記念に写真撮っとくか)

どこぞの出会い系にでも貼り付ければ確実に数人は釣れるだろうというクオリティに数枚撮った写真のうち盛れてる1枚を友人基ビーに送り付けておく事にした

「つゆちゃんまだー?」

コンコンというノックの音と催促の声に待たせていくことを忘れていたと慌てて扉に近寄る

(まって...サプライズとか思ったけど案外間があくと恥ずかしいぞこれ...)

ドアノブに手を置いたままギジリと固まって何故か湧いてきた羞恥心に困惑する、さっきまでは何も恥ずかしくも無かったしビーには写真まで送り付けたというのに何を勿体ぶっているのか、勢いを付けてドアノブを下げる

「きっ、着替えたんだけどさ!これ、ちょっと恥ずかしいかも〜...なんて」

どうせうみくんの事ならあっけらかんと大丈夫大丈夫ー似合ってるから可愛いよーなんて言って心の平穏を取り戻す算段だったのだが下げた視線を上げれずにいると二人の間に長い沈黙が流れていく

(あれ?おかしい、いつもすぐに何か言ってくれるのに...)

微妙な空気に耐え切れなくなって顔を上げると俺より顔を赤くして口を掌で覆ううみくんの顔があった

「え?」

「ちょ、ちょっとまって」

一歩近づくと同じく一歩後ろに下がって距離をとるうみくんに悪戯心が膨らんでジリジリと躙り寄る

「ねぇうみくん」

「な、なに」

「俺可愛い?」

普段冷静なのに変な所で萌なのか照れなのか分からないがスイッチが入るので面白がって追い詰めるとソファの背にぶつかって座り込む

「か、可愛いから止めて」

「そっか〜可愛いんだ俺」

目線が合うように膝立ちで床に手をついて乗り上げるようにすると一気に動揺が高まって慌て出すのが可愛い

「ね〜うみくん手外さないの?」

首に腕を回して手の甲に軽いキスを落として目を開けた

「え!嘘っ」

目に入った赤い液体にバタバタと立ち上がりティッシュを数枚急いで抜きとると戻って鼻を抑える

「大丈夫?」

「あ"ー、大丈夫、悩殺される所だった」

「何言ってんの」

まさか鼻血を出すとは思いもしなくて少し罪悪感が湧いてしまう

「ん、もう止まった」

「も〜びっくりしたぁ〜」

「ごめんごめん」

あっさり止まったことに安堵しつつかと言ってすぐに脱いでしまうのも勿体ないので新たな提案をしてみる

「ねえ俺変じゃない?女の子に見える?」

「変じゃないし女の子に見えるよ」

「じゃ〜さぁコンビニ行こ〜よ、密室より外の方がよくない?」

二人でいるとドキマギしてしまうのならば大勢の目がある場所ならシャキッとしていられるのではという寸法で提案してみたのだがうみくんは渋い顔をしていた

「だめ?」

「だめっていうか心配っていうか、今のつゆちゃん可愛いから」

あれ如きの接触で鼻血を出していたとは思えない程気持ちはストレートに伝えてくるのでグヌッと言葉にならない声が出る

「うみくんが傍にいてくれれば大丈夫だよ」

「っ...ゴホンッ、分かった」

そんな心配するまでもなく杞憂で終わると思うのだがなぜなら注目は俺よりよっぽとうみくんに集まるので隠れ蓑としては最強なのだ

「けど帽子は被って」

「は〜いっ!ジャン負けでアイス買お〜?」

「はいはい、行くよ」

何度でも新しい形になって俺たちは今日も進んでいく