ご飯を食べると俺は血糖値上昇による睡魔に襲われる前に即刻お風呂に向かった、一度でもダラダラしてしまうと次に重い腰を上げるのが億劫になるからである
(風呂って何で入る前はあんなにめんどくさいのかなぁ...)
サッパリした髪を乱雑に拭いて水滴が落ちるのも気にせず冷房の効いた部屋に入る、夏だけ味わえる開放感を全身に浴びた
「涼しぃ〜」
冷凍庫から拝借したラムネ味のアイスを口に放り込んでシャクシャクと咀嚼すると子気味いい音が鳴る
「わっ、冷た」
「ははっ」
没頭して俺の存在に気付かなかったのか、それとも濡れた髪の水滴が冷たくて驚いたのか、どちらもかと思いながら覆いかぶさった背中に体重を預けた
「髪ノ毛シッカリ乾カシナサイヨ」
「何でカタコト?」
「つゆちゃんがいきなり抱きついてくるからっ、ん」
お母さんみたいなセリフをロボットみたいに言うのでその口に手持ちのアイスで塞いでみたら眉間に皺が寄って明らかに不機嫌な顔になってしまった
「うまい?」
「うまいけど急すぎる」
「ごめんごめん、怒らないで」
「怒ってないよ」
その割にはまだ険しい顔をしているが俺の疑問も他所にすぐ手元に視線を落としたうみくんはピックを握った指先で弦の上を行ったり来たりさせて音を奏でる
首に巻き付いている俺は邪魔じゃないのだろうか
「ねぇ弾きにくくない?」
「弾きにくいですが?」
「ふはっ」
思わず笑いが溢れてさっきから何だか敬語で返事してくれるのが新鮮で面白い、いそいそと首元から離れて背に背を合わせる形で座り込んだ
「〜♪〜♪」
リズムに合わせて身体が揺れるのが心地いい揺りかごのようで背中から伝わる体温も相まって眠気を誘う
「今日は良く弾くね」
「一応ライブ前にサラッとこうかと思って」
「そっか」
曲が一週したのか演奏が鳴り止むとジャッと勢いよく弦が振動して滑り出した軽快なテンポに少し息が詰まった
「あのさ」
「ん?」
この曲がライブ用に練習しているわけじゃないと分かっていて声を掛ける、返事は小さくて優しくて背を合わせているこの距離じゃなかったら聞こえなかったかもしれない
「うみくんまた男に告られたろ」
この話が振ろうと思った訳ではないけれど口からポッと出てきたのはこの言葉で一瞬止まった音は既に次のメロディに移っている
「何故それを...」
「いやいや、あなた自分が思ってるより有名人なのよ?」
ギクッと効果音でも付いてどこぞの武士ですか、と聞きたくなる言葉にクスクス笑っているのは体の振動から相手に伝わっているだろう
「はぁ...」
「ため息つくなよ〜、にしても増えてるよなぁ」
「つゆちゃんはそんな事気にしなくていいよ」
「えぇ、俺うみくんが困ってたら助けてあげるよ?」
穏やかに流れてた空気が一瞬にして冷たくなる、手を止めて振り返ったうみくんに鋭く睨まれて美形の冷ややかな目というのはとても迫力があるものだと思った
「大丈夫、自分で解決できるから」
「そ、そう」
正面に向き直って途中から奏でられた音はいつもより少し乱暴な気がしなくもないが背中の冷たさは髪から落ちた水滴という事にしておこう
(人気者って大変なんだなぁ)
微かな揺れに身を任せながら呑気に考える、高校に入ってからどこの誰とも分からない人が上げたライブ動画がアプリ内で盛り上がりうみくんは一躍有名になってしまった
それを機に周辺の学校から押し寄せるファンやその中に混じった野次馬、直後に比べれば落ち着いたものの未だに後を絶たない
「フン〜フフン〜♪」
頭に流れてくる歌詞を自然と口ずさんでいた事に気付いたのは少し遅れてからだった、ギターも少しだけ鳴り潜めて寄り添ってくれているのがわかる
「ジャン〜♪」
「はい、きょーはお終い」
優しく全ての弦に触れたのを最後に余韻を残してギターを仕舞おうと離れた背中、空気に触れてヒヤッとしたのも束の間で温さを残してピトッと肌に張り付いた
「つ〜ゆちゃん?いつも言ってるよね?髪の毛はちゃんと乾かそうねって」
「はい」
「これ俺の服も濡れてるんだけど...」
「ごめんなさい」
「はぁ〜、いいよこっちおいで」
顔に微笑みを貼り付けても額にお怒りマークが付いていることを隠せていないうみくんの後ろをとぼとぼ付いて歩く、その姿は叱られた仔犬さながらである
「俺ってほとんど怒らないうみくんを怒らせる天才かも...」
「なんか言ったー?」
小声で言った独り言は後ろから頭を優しく梳いて乾かしてくれている彼にも届いたらしくドライヤーを止めて聞き返してくれたけど共有した後のリアクションは目に見えている
「なんでもないです」
なんという地獄耳なのだろう耳が良いというのも考えものだ、再び頭を温風に煽られながらウトウトしてきた所で頭上をポンッと叩かれた
「乾いたよ」
「ん、ありがと〜うみくんに髪の毛乾かしてもらうの好きなんだ〜」
「グッ...心臓が...」
この歳で頭を撫で続けられる体験なんてそれこそ美容院くらいでしか出来ないんじゃないだろうか、だからといって俺は知らない人に撫で繰り回されても眠くなるとは思えないが、こう見えても睡眠はデリケートなのだ
「うみくんは可愛いね、俺も髪の毛乾かしてあげるよ〜」
「は?可愛い?そっくりそのままお返しするよ」
素直な好意に弱くて挙動不審な態度を取るうみくんが馬鹿にしているような顔で実は褒めているなんていつもの事でこれがツンデレ美少女というやつなのか俺はまた一つ学びを得る
「つゆちゃんは先に寝てて」
「なんで?俺も乾かしたいよ〜」
「もう時間も遅いからまた今度ね?」
人に髪の毛を乾かしてもらう心地良さをうみくんにもお返ししたかったのにここで粘っても埒が明かない事を俺は知っているので大人しく寝ることにした
(うみくんは美意識高いからお風呂でも出た後も色々してるから時間がある時にまたお願いしてみようかな〜)
言われた通り眠さもピークに達していたので目を擦りながらのそのそと部屋に帰る
「うみくんおやすみ〜」
「おやすみ、つゆちゃん」
過保護にも部屋まで見送られ、大分昔の事を思い出した、寝ると告げてリビングで行倒れてた所を発見されたあの時の説教は長かったなぁなんて考えながらそれが原因なのか最後までしっかり見張られつつモゾモゾ布団に入り込む、意識も曖昧に微睡んでる最中辛うじてした挨拶に優しい返事が届いて安心して眠りについた
(風呂って何で入る前はあんなにめんどくさいのかなぁ...)
サッパリした髪を乱雑に拭いて水滴が落ちるのも気にせず冷房の効いた部屋に入る、夏だけ味わえる開放感を全身に浴びた
「涼しぃ〜」
冷凍庫から拝借したラムネ味のアイスを口に放り込んでシャクシャクと咀嚼すると子気味いい音が鳴る
「わっ、冷た」
「ははっ」
没頭して俺の存在に気付かなかったのか、それとも濡れた髪の水滴が冷たくて驚いたのか、どちらもかと思いながら覆いかぶさった背中に体重を預けた
「髪ノ毛シッカリ乾カシナサイヨ」
「何でカタコト?」
「つゆちゃんがいきなり抱きついてくるからっ、ん」
お母さんみたいなセリフをロボットみたいに言うのでその口に手持ちのアイスで塞いでみたら眉間に皺が寄って明らかに不機嫌な顔になってしまった
「うまい?」
「うまいけど急すぎる」
「ごめんごめん、怒らないで」
「怒ってないよ」
その割にはまだ険しい顔をしているが俺の疑問も他所にすぐ手元に視線を落としたうみくんはピックを握った指先で弦の上を行ったり来たりさせて音を奏でる
首に巻き付いている俺は邪魔じゃないのだろうか
「ねぇ弾きにくくない?」
「弾きにくいですが?」
「ふはっ」
思わず笑いが溢れてさっきから何だか敬語で返事してくれるのが新鮮で面白い、いそいそと首元から離れて背に背を合わせる形で座り込んだ
「〜♪〜♪」
リズムに合わせて身体が揺れるのが心地いい揺りかごのようで背中から伝わる体温も相まって眠気を誘う
「今日は良く弾くね」
「一応ライブ前にサラッとこうかと思って」
「そっか」
曲が一週したのか演奏が鳴り止むとジャッと勢いよく弦が振動して滑り出した軽快なテンポに少し息が詰まった
「あのさ」
「ん?」
この曲がライブ用に練習しているわけじゃないと分かっていて声を掛ける、返事は小さくて優しくて背を合わせているこの距離じゃなかったら聞こえなかったかもしれない
「うみくんまた男に告られたろ」
この話が振ろうと思った訳ではないけれど口からポッと出てきたのはこの言葉で一瞬止まった音は既に次のメロディに移っている
「何故それを...」
「いやいや、あなた自分が思ってるより有名人なのよ?」
ギクッと効果音でも付いてどこぞの武士ですか、と聞きたくなる言葉にクスクス笑っているのは体の振動から相手に伝わっているだろう
「はぁ...」
「ため息つくなよ〜、にしても増えてるよなぁ」
「つゆちゃんはそんな事気にしなくていいよ」
「えぇ、俺うみくんが困ってたら助けてあげるよ?」
穏やかに流れてた空気が一瞬にして冷たくなる、手を止めて振り返ったうみくんに鋭く睨まれて美形の冷ややかな目というのはとても迫力があるものだと思った
「大丈夫、自分で解決できるから」
「そ、そう」
正面に向き直って途中から奏でられた音はいつもより少し乱暴な気がしなくもないが背中の冷たさは髪から落ちた水滴という事にしておこう
(人気者って大変なんだなぁ)
微かな揺れに身を任せながら呑気に考える、高校に入ってからどこの誰とも分からない人が上げたライブ動画がアプリ内で盛り上がりうみくんは一躍有名になってしまった
それを機に周辺の学校から押し寄せるファンやその中に混じった野次馬、直後に比べれば落ち着いたものの未だに後を絶たない
「フン〜フフン〜♪」
頭に流れてくる歌詞を自然と口ずさんでいた事に気付いたのは少し遅れてからだった、ギターも少しだけ鳴り潜めて寄り添ってくれているのがわかる
「ジャン〜♪」
「はい、きょーはお終い」
優しく全ての弦に触れたのを最後に余韻を残してギターを仕舞おうと離れた背中、空気に触れてヒヤッとしたのも束の間で温さを残してピトッと肌に張り付いた
「つ〜ゆちゃん?いつも言ってるよね?髪の毛はちゃんと乾かそうねって」
「はい」
「これ俺の服も濡れてるんだけど...」
「ごめんなさい」
「はぁ〜、いいよこっちおいで」
顔に微笑みを貼り付けても額にお怒りマークが付いていることを隠せていないうみくんの後ろをとぼとぼ付いて歩く、その姿は叱られた仔犬さながらである
「俺ってほとんど怒らないうみくんを怒らせる天才かも...」
「なんか言ったー?」
小声で言った独り言は後ろから頭を優しく梳いて乾かしてくれている彼にも届いたらしくドライヤーを止めて聞き返してくれたけど共有した後のリアクションは目に見えている
「なんでもないです」
なんという地獄耳なのだろう耳が良いというのも考えものだ、再び頭を温風に煽られながらウトウトしてきた所で頭上をポンッと叩かれた
「乾いたよ」
「ん、ありがと〜うみくんに髪の毛乾かしてもらうの好きなんだ〜」
「グッ...心臓が...」
この歳で頭を撫で続けられる体験なんてそれこそ美容院くらいでしか出来ないんじゃないだろうか、だからといって俺は知らない人に撫で繰り回されても眠くなるとは思えないが、こう見えても睡眠はデリケートなのだ
「うみくんは可愛いね、俺も髪の毛乾かしてあげるよ〜」
「は?可愛い?そっくりそのままお返しするよ」
素直な好意に弱くて挙動不審な態度を取るうみくんが馬鹿にしているような顔で実は褒めているなんていつもの事でこれがツンデレ美少女というやつなのか俺はまた一つ学びを得る
「つゆちゃんは先に寝てて」
「なんで?俺も乾かしたいよ〜」
「もう時間も遅いからまた今度ね?」
人に髪の毛を乾かしてもらう心地良さをうみくんにもお返ししたかったのにここで粘っても埒が明かない事を俺は知っているので大人しく寝ることにした
(うみくんは美意識高いからお風呂でも出た後も色々してるから時間がある時にまたお願いしてみようかな〜)
言われた通り眠さもピークに達していたので目を擦りながらのそのそと部屋に帰る
「うみくんおやすみ〜」
「おやすみ、つゆちゃん」
過保護にも部屋まで見送られ、大分昔の事を思い出した、寝ると告げてリビングで行倒れてた所を発見されたあの時の説教は長かったなぁなんて考えながらそれが原因なのか最後までしっかり見張られつつモゾモゾ布団に入り込む、意識も曖昧に微睡んでる最中辛うじてした挨拶に優しい返事が届いて安心して眠りについた
