「ねぇうみくんこれ見て〜最近出来たカフェなんだけどすっごい可愛くない?明日一緒に行こうよ」

やたらとトーンの高い猫撫で声で必要以上に身体を寄せてスマホ画面を見せてくる栗毛の少女に飽き飽きした態度も隠さず距離をとる

「うわぁ、ここのミルフィーユすっごいサクサク!」

欲しいとも言っていないのに寄せてくるフォークを跳ね除けてどうしてここまであからさまな扱いを受けて尚俺に構ってくるのか分からなかった

「も〜うみくんってほんと甘いもの嫌いだよね〜、いいも〜ん私一人で食べちゃうんだからっ」

甘いものは嫌いではないしこちらからしたら勝手にしてくれ何て内心思って拗ねたような大袈裟な態度も苺を口に含んで緩まる顔も全てが自分の幼馴染ならどれ程可愛かっただろうか夢想するとやっと心の平和は保たれる

「あのさ...」

「うんっ!なになに」

少しこちらから口を開くだけで大袈裟に返ってくる反応も煩わしい

「もうやめよう」

「ん?今日はおしまいにする?私はぁ」

「違う、もう君とは会わない」

見当違いの事を抜かして最近知った会話のテンポや察しの悪さにも今日でおさらばだと思うといつもより言葉も覇気を持っている

「...いいの?」

たっぷりと取った間に俯いて影を落とす顔、きつい花の香りが移るほど近くにいた身体がふわりと離れて先程の華やかさを消した声は圧をかけるような落ち着いた声になりそんな声も出せるのなら初めからそれで話してくれれば幾分か耳も楽だったろうにと考える

「いいよ」

「私は全部知ってるのよ?」

「分かってる」

案の定脅すような揺さぶりにやはりそう来るよなと呆れ半分面白さ半分と言った所だろうか

「バラされてもいいの?」

「本当の事を言われた所で問題ないよ」

「ほんとうのこと...?」

自分で言っておいて驚いた表情で顔を上げた少女はその真意を汲み取ろうと瞳を覗いてくるがもう迷いは無い

「あぁ、だからもう俺の事今までみたいに付けたり嗅ぎ回ったりするの止めて欲しいんだ」

「っ」

自分から吹っ掛けておいてそれが事実だと認めると勘繰り出すなんて相当おつむが弱そうなのでこれ以上の干渉は断固として拒否を示したのだが伝わっただろうか

「もう十分楽しんだでしょ?あとは君の犬?とでも遊んでなよ」

一ヶ月以上毎日のように付き合わされどれだけプライベートな時間と大切なものを失ったか、そして彼女に陶酔している男が接触してきた事も確認済みだ

「...分かった」

「分かってくれて良かったよ、聞き分けが良い子は好きなんだ」

存外簡単に引いてくれた事が逆に怪しくも思えるがこういう手合いには煽てて誘導するのが一番楽な方法だと上手いこと言っておく

「その代わり最後に私とありのままでデートして」

「ありのまま...ってこの格好じゃなくって事?」

「そう、誰がどう見ても男女っていう形で歩きたいの」

思っていた通り厄介な注文をしてくれると構えていなかったら表情に出ていたかもしれない

「...それは無理だね」

今ですら精一杯の妥協と言えるのにどう回避するか考えているうちに相手がヒートアップしていく

「っどうして?うみくんはジェンダーレスとかトランスジェンダーなんかじゃなくて男の子でしょ!?」

「ちょっと声が大きいよ」

「どうして...分からないよ、うみくんはいつも冷静でかっこよくて普通にしてたら幸せになれるのに!」

配慮のない大きな声でそんな事を言えば何処でどんな人が聞いているか分からない、でも彼女が言う通り俺がこういう格好をしているのはコスプレに近いのだろう

「普通、普通って、ねぇ君さつゆちゃんにも同じ事言ったんでしょ」

「だ、だって」

宥めるように意識してゆっくり話す事を心掛けながらそれでも気になっていた事を告げると明らかに動揺で瞳が揺れた

「君がどう思おうが勝手だけどね、その価値観を人に押し付けないでくれるかな」

「一回だけ...それで諦めるって言ってるのに、何も無かった事にしてあげたのに」

「無かった事に?それも勝手なお世話だね」

他人の言う普通とやらで手に入れる幸せを欲しいと思えないのだ、例えそれがこうして批難されても

「私はうみくんの為を思っ」

「はぁ、あのさ最初から言ってたよね、俺の行動は全てつゆちゃんの為だってそれを利用して近付いて来た癖に何を勘違いしたの?」

「利用なんて...」

汐らしい態度から啖呵をきったように主張する言葉を遮った溜息に身体をびくつかせて顔色を悪くする、美術室で初めて会ったあの日から好意の矛先を知っていて自分だけがその間に入れたと思ったのかその考えに虫唾が走る

「利用以外に何があるの?脅した相手に優しくされて勘違いして挙句俺の地雷踏み抜いてさ」

思わずフッと鼻から漏れた笑いに釣られて口角も持ち上がる、彼女といて自然に笑ったのはこれが最初で最後かもしれない、この女はそれが俺の大切なものだと分かっていて傷を付けたんだそして今は気持ちさえ無かった事にするなんて本当に何様のつもりなのか

「あ、あの子に会った事は謝るから、お願い」

「まだそんな事言えるなんて余っ程お花畑なんだね、やっぱり君みたいなのが居るからお家に閉じ込めておきたくなるんだ」

何処までも自分本位に話が回っているんだなと背筋が粟立ってグッと周辺の温度が下がる気がした

「そこまでしてあの子を囲う理由はなんなの?」

「理由なんて無いよ、つゆちゃんだけが俺に触れてくれるそれだけで幸せだから」

「うみくんなら他にももっと」

「そんなの要らない俺が欲しいのはつゆちゃんだけ、ほら野良猫何かは寿命が短いって言うでしょ?だから外で傷つかないように逃げないようにずっと甘やかして可愛がるんだ」

この事を外に吐露する日が来るとは思ってもいなかったがあの猫みたいな意志の強そうな目が大きさに比例し沢山の光を吸収してキラキラ宝石みたいに輝いてふわふわした黒い髪も細い首もまぁるい頬も全てが可愛い、猫可愛がり何てピッタリな言葉があるくらい似合っている

「それがうみくんの望みなの?」

「望み...じゃないね、真実かな」

今更望んでなどいないこれは何年も何年も前から遂行されてきた真実なのだから初めから逃がす気など微塵も無く仕向けてきた俺の集大成がこれだ

「そう、もういい」

静かな怒りを感じつつ席を立つ後ろ姿を見て清々した気持ちとこれでは終わらないような予感は少しでも彼女と似通った感情を知っているからだろうか、だとしてもこの崇高な想いと一緒にして欲しくは無いが益々あの純粋無垢な穢れなき男の子を家に閉じ込めて起きたくなる

(可哀想だからしないけどね...)

殆ど溶けた氷をストローで遊ぶように掻き混ぜて湧いた感情に蓋をする、何より最近知ったばかりなのだつゆちゃんの笑顔を奪うのがどれ程の罪なのか

(あ〜あ、早く帰ろ)

御丁寧に会計を済ませてあるお店を後にして無駄な時間を過ごした時を埋めるように可愛い可愛い仔猫が待つお家へ向かう足はスキップでもしそうな程軽かった