小さい体に見合ってきたランドセルがまだまだその重さを主張するように負荷をかけて汗を滲ませる

「「たっだいま〜!!」」

外の暑さから逃げるように飛び込んだ室内の涼しさに釣られて埃が立つことも構わずドタバタ競り合う小学生二人

「アイスー」

「俺ラムネがいい〜!」

更なる癒しと冷たさを求めて冷凍庫に手を掛けようとした時

「ちょっと〜ランドセルくらい下ろしなさいよ、あとちゃんと手洗いうがいしたの〜?」

後ろから聞こえた制止の声に二人揃って身体をビクッと硬直させ振り返る

「あおちゃんっ!」

隣で小さく姉ちゃんと発された呟きは俺の声量に掻き消されてしまったが目の前の少女はニッコリ笑って俺達の汗ばんでしんなりした頭を撫でるのだった

「おかえり」

中学の制服に身を包んだ今はまだ見上げるばかりの女の子、その柔らかくて愛らしい声が大好きでずっと聴いていられる

「あおちゃんギター弾いてたの?」

「そうだよ〜どっかの坊主達が慌ただしく帰ってきたから中断されたけどね」

「ご、こめん」

意地悪そうに片方の口角だけ上げて人差し指を俺とうみくんの間で行ったり来たりさせると今度はハハハッと大口を開けて軽快に笑う

「つゆちゃんは可愛いにゃー」

「にゃあ?」

「ほらそーゆーとこ、見てみなようちの弟を」

出来る事なら可愛いよりかっこいいと言われたいが猫のような語尾の方が気になってリアクションすると細くて白い腕がうみくんを引き寄せるようにヘッドロックした

「やへて、ねーはん」

「あんたはほんとに表情が動かないねぇ」

プロレス技を掛けられてももしょもしょアイスを食べながら泰然としているが上手く話せていないのが面白くて吹き出すように笑ってしまう

「ね〜ね〜あおちゃんギター弾いてよー」

「いいよ〜ん?その代わり一人300円ね」

「金とんのかよっ」

天真爛漫で表情がよく変わるし口から常に出任せを言うような人だ、この兄弟はいつ見ても似つかないな何て思いながらポケットを探る

「当たり前でしょ〜?未来のロックスターの独占ライブなのよ?」

「つゆりほんとに出そうとしなくていいから」

「えっ、そうなの!?」

掌でありったけの小銭を数えているとうみくんがポケットに仕舞うよう促して、さっきのはノリツッコミというものだったのかと感心していた

「も〜ほんとにつゆちゃんってかわい〜、うちの子にならない〜?」

温かい手が抱き寄せて頬擦りされると可愛い顔と良い匂いで胸が一杯になって全てが艶を増したようにキラキラする

「俺もあおちゃんとうみくんとずっと一緒に居たいなぁ...」

あの冷たくて痛いお家に帰らずずっとここに居られたらどれだけ幸せなのかそれは幼い頃に夢見た一つになっていた

「好きなだけ居ればいい」

欲しい言葉をくれたのはいつも出鱈目ばかりのあおちゃんではなくうみくん

「...そ〜だっ!二人にいい物があるんだよー、だからあおいちゃんの独占ワンマンライブは少しお預けね!」

少し眉を下げて困ったような悲しいようなそんな顔で一度ギュッと強く抱き締めるとパンッと手を叩いて思い出したとばかりに場を明るくする声を出す

「わ〜、ケーキっ!」

「俺ら今アイス食べたんだけど」

「はぁ?アイスなんて水分補給みたいなもんでしょ!」

白い箱から現れた苺の乗った白いケーキとチョコレートが乗った茶色いケーキ、フワッと漂う甘い香りが食欲を誘う

「食べていいの?」

「いいよー!二人の為に買ってきたんだから〜」

目の前に出された造形を色んな角度から眺めてその美しさに食べるのを戸惑ってしまいそうだ

「つゆりどっち食べたい?」

「え、うみくん先に選んでいいよ?」

「俺はどっちも好きだからつゆりが選んでよ」

優柔不断な俺は選択を迫られるとどちらにするべきかじっくり吟味してその様を文句も言わず姉弟が待ってくれている

「俺ショートケーキ食べたい!うみくんいい?」

「いいよ、じゃあ俺チョコね、つゆりに一口あげる」

自分の方にお皿を引き寄せて周りに貼られたフィルムを剥がすとフォークで掬って迷いなく口元に差し出された

「ん、美味しい!うみくんにもどーぞっ」

口に広がるチョコクリームを堪能しながら白いケーキの一口目、先端の尖った一番美味しい部分を自分より先に相手に食べて欲しいと思えるのは貰った気持ちを返したいと思うから

「ん、美味しいね」

「いい子いい子」

頭を撫でる優しい手、うみくんも笑ってあおちゃんも笑って、ショートケーキの上の赤い宝石みたいにキラキラした時間、特別で大切なもの

「それでは、おやつも食べた事だし私のワンマンライブを始めます、拍手っ!」

あおちゃんがギターを抱えてソファに座る、俺達はラグの上に並んで体育座りをさせられ隣からは拍手の音さえ気怠げに聴こえる

「そこ!もっとやる気出して!」

「へーへー」

「もぉ、うみはほんとにつゆちゃん以外興味ないんだから〜」

すぐさま体勢を崩して胡座をかいたうみくんに呆れながらも演奏が始まった

「〜♪」

あおちゃんのギターは所々コードが曖昧で歌で押し切っているような部分があるけどそれも彼女らしさを感じて強調と共に揺れる身体と金糸のカーテンみたいな髪の毛が綺麗な歌声とマッチして空気を浄化しているみたい

「ねーちゃんまた適当に弾いてんなー」

「いいのよ!音楽は音を楽しむと書いて音楽だって誰かも言ってたもんっ」

「あおちゃんは歌ってる時ほんとに楽しそうだもんね」

間奏中に近付いてGコードはこうだと指導が入るのを後ろから見ているだけではつまらないので仲間に入るようにソファに腰掛けた

「あんたほんとに上達してるわね、私より上手いんじゃないの?」

「ねーちゃんが真面目にやってないだけだろ」

「はぁ〜もういい、うみが弾いて私歌うから」

コード練習に飽きてしまったのかギターを丸投げして俺の背から覆うように包み込むと弾くかどうか考えあぐねているうみくんに先を促す

「ほら早く、つゆちゃんもうみのギター聴きたいよね〜?」

「う、うん」

「はぁ」

彼が少しギターを弾ける事は知っていたけれど聴かせて貰えた事は一度も無くて少し前に軽くお願いして見た事があるけれどまだ完璧ではないからと断られていた

「〜♪」

渋々といった様子で弾く体勢をとると一度ゆっくり全ての弦を鳴らしてあおちゃんを見ると親しんだ音色が普段とは違って優しく奏でられる

(うみくんはこんな音出すんだ)

あおちゃんのお願いは断れないのと一緒で普段からその愚直さが音に出ているようにうみくんは繊細さを感じさせる音が室内に響く

「なぁ〜てさぁ〜♪」

耳元で柔らかく響く歌声が透き通った水のように今にも消えてしまいそうで背中に伝わる体温とゆらゆら揺れる身体が小さな箱に溢れたもので溺れているみたいだ

(あぁ、いつもは逆なのに)

こうして背中に凭れ掛かったり、背を合わせたり寄り添ったり一番の特等席で聴かせて貰っているつもりが今はうみくんの演奏に合わせて直接鼓膜を震わされている

「君はぁ泣いて〜いたんだね」

あおちゃんが歌うこの曲が好きだ
理由は簡単で歌詞が彼女にとっても合っている事、何より本人がこの曲を気に入っているそれだけで俺がこの曲を好きになるには十分だった