「はぁ、はぁはぁっ」

上がった呼吸、多くの酸素を取り込もうとする肺が限界まで膨らんで痛い

(も〜どこにいんだよ〜)

俺が今なぜこんなに息を切らせて構内を駆けずり回っているかというと数分前の会話にあった

「曇っててもあちぃなぁー」

「炎天下じゃなくても熱中症になるらしいよ」

「まじ?てかうみは?」

体育の合同授業、のろのろと遅れてビーと二人やってきた校庭で首元をパタパタさせながら教師のような事を言うえーいち

「トイレ行くから先行ってろとか言って消えた」

「はぁ?ぜってーサボる気だろあいつ」

「まぁつゆりが行ったら来るんじゃない?結構単位ギリギリだし」

「いや、それって中々まずいんじゃないの」

「まずいねぇ、早くしないと先生くるよ」

呆れるビーと呑気に時間ないよーなんて微塵もまずいと思っていなそうに言うのだから俺が校舎に引き返すはめになったのである

「はぁはぁっ、やっと、見つけたぁ」

今にも崩れ落ちそうな身体を何とか壁に支えられて息も絶え絶えに汗を流す俺とは対照的な涼しい顔をして風に靡かれ眠る穏やかな横顔

「お前なぁ〜もうちょっと分かりやすい所にいろよ」

「ん...つゆちゃん?」

耳からイヤフォンを抜き取り覗き込むように話しかけるとゆっくり開けた瞳に自分の影が映った

「そーだけど?てかうみくんちゃんと着替えてんじゃん」

「何でここにいるの?」

「貴方を探しに来たからなんですが?こんなに駆けずり回ったのに当の本人はスヤスヤ気持ちよさそうに寝てたしなぁ〜?」

服だけでも着替える時間が短縮されて良かったと思いながらキョトンとしたままの相手に笑顔を浮かべたまま少し嫌味を言ってみる

「なんかごめんね?」

「はぁ、しょ〜がないから特別に許したげます、その代わり、体育うちと合同なんだからさ!一緒に行こぉぜ〜」

そんなタイプの顔で素直に謝ってこられると毒気を抜かれてなんでも許してあげたくなるがせっかくここまで呼びに来たのならその手を引っ張ってグラウンドに連行したい

「体育だるいんだぜ〜動きたくないんだぜ〜」

「やめてそんな真顔で似合わない芸人の真似しないで、お腹痛い」

グイグイ後ろに体重をかけて上体を持ち上げようとしているのにビクともしない身体は寝そべったまま変な事を言い出すので力が抜けてまた地べたに戻っていく

「いや、つゆちゃんの真似だし、あとそのお笑い芸人大分古いと思うよ」

「もぉそんなのいいから早く行くよ〜」

どれだけ爆笑されてもその固い意思は揺らがないのか嫌々というように冷めた目を向けてくるので諦めて身体を跨いだまま腰を下ろした

「1時間だけじゃん〜、すぐ終わるって〜」

「なんかその格好で言われるととっても如何わしいことしてる気持ちになるんですが」

「ふ〜ん、何を考えたんだろう...」

「ちょ、ちょっ...え?」

柔らかい腹部を下敷きにしてふんぞり返る様が男子高校生の無限大の想像力にどのように影響を与えているか分からないでもなくわざとらしくその肩に胸部に指を這わせて顔の横に手を着くと殊更ゆっくり顔を近づけていく

「ハッハッハ、キスされると思った〜?ねぇ思った?」

「はぁ〜、俺の純情が...酷い騙された」

「キスして欲しかったら一緒に体育しような?」

相手が目をつぶったのを見計らって身体を起こすと悪戯が成功した子供のような傲慢さでこれを待っていたと約束を取りつける

「悪魔だ」

「悪魔とは取り引きしない?」

「絶対後でしてよね」

「お〜任せろ!やっば鐘なった、急ぐぞ」

この後結局遅刻する事になるのだが間に合うと信じて疑わない俺達は全力疾走で要らぬ汗をかくことになった

「こっちこっちー」

「パス回せー」

「「ナイスー」」

カラフルなビブスを身につけた生徒達と色別に対抗してボールを奪い合いながら一喜一憂する様を眺めて少しでも熱を冷まそうと手で風を送る

「サッカーなんて結局やってる奴が多いチームが勝つんだからやる意味あんのか」

「お前ってほんとに冷めてるよなー」

決まったメンツで横並びに休憩に入り騒々しく盛り上がりを見せるグラウンドとは打って変わって草臥れた雰囲気を醸し出している横から声が上がった

「うみもたまには高校生らしく活力に溢れた姿を見せてくれよ」

「そーだそーだ、皆と1つの事に熱くなるのだって悪くねーぞー」

「いつからお前らはそんな優等生の模範みたいな事言うようになったの」

教師や親が心配して言いそうな事をそこまで精力的では無い友人にまで諭される生活態度とはどうなのだろうと思うが二人もからかいを含んでいる部分があるので言われても気にしていない様子だ

「てかそれ暑くねーの」

「そんなに、まぁちょっと暑い」

それと言われたのはこの時期だと少し目立つ上に羽織ったジャージの事だろう

「ヒョロヒョロでスタミナねーんだから熱中症になんぞ」

「余計なお世話、慣れてるから大丈夫だよ、焼けたくないし」

これも暑さ対策なのかファスナーが噛み合わさることは無く身体の動きと共に広かった裾がゆらゆら揺れている

「お前は女子かっ!」

「そこら辺の子より可愛いし」

コミカルに会話が進んでいくがジャージの下の体操着の白と首の境目が怪しい程白い肌が太陽に晒されるのは確かに良くない気がした

「ちょっとつゆちゃん何とかしてよ」

「おい、つゆりに助け求めんなっ」

「次ーAチームなー」

自分に話が回ってきたのと同時に別の所からも声が掛かって暑さにやられた脳は反応を鈍くするが徐々にいつもの調子を取り戻す

「俺行ってくる〜」

「おー行け行け俺がこいつの考えを矯正しといてやるから」

「程々にね」

俺としては別にある程度の健康的生活さえ送ってくれれば外や身体を動かす事に嫌悪があっても構わないと思う、しかし単位を落とすのだけは頂けないのだ、うみくんには絶対一緒に卒業して貰わないと困るから

「つゆちゃんーこんな脳筋と置いていかないで」

「んー、そうだなぁ...うみくん」

「なに?」

お母さんと剥がされるのを嫌がる子供みたいに腕に縋り付かれてどうしたものかと考えてから目線を合わせて頬に手を添える

「俺のかっこいい所ちゃんと見ててね?」

決定事項をわざとお伺い立てるようにして小首を傾げてふんわり微笑んで見つめた

「っ」

「そしたら少しは出て良かったってなるかもしれないでしょ?」

「ぅ"...王子?王子なの?うちの子がイケメンすぎる、どうしようぅ」

ステージに立つわけでも普段目立つ人間でも無いがそれなりにカッコつけようと思えば付けれるスペックだと自負しているので今回は好きな人の為に一肌脱ごうじゃないか

「俺うみくんの為にがんばるよ!」

「つゆちゃん...」

男なら好きな子の為にどんな障害をも乗り越えてそれが愛の力なんだと示す時がついに来た、と強く砂を踏み締めた