「は?」
「だーかーらぁ君に会いに来たんだって、つゆりくん?」
「何、きもいんだけど」
こいつの執着の強さはよく知っている、それが少しでも自分に向いていると思うと反射的に口が悪くなるのも仕方なかった
(会いたくて来ちゃったのノリが許されるのは美少女だけだろ)
脳内には何かの帰りを健気に待つ美女とそれに喜ぶイケメンのチープなショートムービーが流れる
「そんな事言うなよぉ、俺らの仲だろ?」
「どんな仲だよ、触んなっ」
前回の敵意と打って変わって好意故なのか馴れ馴れしく回ってきた腕を弾き落とす
「ちぇっ、つれないねぇー」
「ひなちゃんとやらはどうしたんだよ」
「あぁ、ステージにいる彼が手を引いてくれたからそれはもうご乱心よ」
聞く事の無くなった彼女の近況に不憫に思いながらも心の何処かではホッとしている自分がいる
「お前にとっては良かったんじゃないの」
こんな事を言うのも何だか傷心中というのは何かと好都合に事が運ぶ絶好のチャンスなのではないだろうか
「まーね、あと俺だいちって言うんだけど」
「あっそ」
「名前で呼んでくれないの?あ、だいちゃんとか」
食い付いてくると思っていた話題はあっさり交わされて名前なんてどうでもいいと言っていたのが遠い過去のようにあだ名なんて提案してくる目の前の人物が何を考えているのか分からない
「呼ばねーよっ何でそんなに絡んでくんだよ」
「んー君の事気になっちゃったんだよね」
「うわっ無理きもい」
何処に気になる要素があったのか詳しく教えて欲しい、そしてその原因を徹底的に無くしてこういう奴にははっきりと拒絶を示すのが正解だと身に覚えのある感覚が言っている
「ひどー、でも今ひなが躍起になってるからそのうち俺にもチャンスがくるかもね」
それはどんなチャンスなのだろうか、彼女と親密になる事を指すのか、はたまたま考えたくもない予想が頭に浮かんで瞬時にかき消した
「...上手く行くといいな」
「応援してくれるの!?」
「あんだけ熱烈な牽制受けたらな」
「ちょっと違うけど今はいいか、優しいつゆりくんに免じて良い事教えてあげる」
節くれだった男の手がゆっくり伸びてきて脳裏に過った影と重なり強く目を閉じる
「しばらくしたらビックニュースが流れると思うよ、荒れるだろうねぇ、君達はどうするのかな」
顎を捕まえる感触に身体から抜けない強ばりを我慢して前を見据えるととても愉快だとでも言いたげに歪んだ表情が広がっていた
「どういう...」
「まだ内緒かなー、これは可愛いつゆりくんの為にサービスしてあげたみたいなものだから」
とっくの昔にライブの喧騒は遠くで鳴り響いていて二人だけになったような錯覚に陥る、声が出ない、身体が動かせない、スローモーションで近付いてくる顔を押し退けたいのにどうする事も出来ずに頭だけがグルグルと回ってパニックになる
(やだやだやだ)
グッと喉に熱いものが込み上げた時背後からふわっと温かいものに包まれた
「大丈夫?」
「うみくんっ」
魔法みたいに金縛りが解けて見上げた顔に堪えていたものがじわっと溢れる
「あらら、良い所だったのに」
「お前誰」
「ひどいなー同じ学校なのに」
下がった眉に悲しそうな表情を浮かべるが大して残念に思ってもなさそうな調子で軽快に言葉を並べていく
「ま、どうせまた近々面白い事になるからその時ね」
意味深に含み笑いだけを残して立ち去る後ろ姿をこの時はまだ気にも止めていなかった
「つゆちゃん遅くなってごめんね」
「ううん、俺こそ巻き込んでごめん」
何一つ悪い事などしていないのに謝るうみくんに楽しみで集まるライブハウスの高揚感なんかを一掃してしまった気がして申し訳ない気持ちになる
「あいつ知り合い?」
「あー、うみくんに絡んでたあの女の子に執着してる男的な?前にも1回話しかけられたんだよ」
「そっか...大丈夫?じゃないよね」
「うみくんが来てくれたから大丈夫!でも早くお家帰りたいかも」
考え込むように難しい顔をしたのも一瞬で顔色を伺うように気遣う視線を吹き飛ばすように笑顔を向けた
「そうだね帰ろうか」
「皆に会わなくていいの?」
「どーせ明日も会うし大丈夫だよ、ねぇつゆちゃん」
早く二人になってこの気持ちを払拭したい、そんな思いを汲み取ってくれたのか手を引いて会場を後にするうみくんが良い事を思いついたと言わんばかりに振り返った
「なに?」
「帰りに甘いもの買って帰ろうか」
「うんっ!」
とても魅力的な誘いに重い足取りがフワッと軽くなり連れられるように進んでいた歩みを隣に並べて家を目指す
「「ただいまー」」
落ち着く匂いが身を包んで身体から力が抜ける、手を洗い服を着替えて帰宅ルーティンをこなすとリビングのラグに腰を落ち着かせた
「ん〜っ!おいしぃ〜」
口に広がった甘味が疲れた頭も心も癒してくれる
「うみくんもあ〜ん」
「ん、苺すっぱ」
「酸っぱかった?チョコ食べてたからかなぁ〜」
「美味しいよ、口直しみたいでさっぱりした」
「味変かぁ〜!」
安っぽいコンビニの苺のショートケーキは間に挟まった苺ジャムが程よい酸味でクリームとの相性抜群なのだが食べる順番を誤ったかと不安になっていると素敵な発想で覆された
「味変だね、それじゃあつゆちゃんもはい」
「ん、甘っ」
「ふふっ、甘いね」
「ずっずるい、何それ!!かわいい」
小さなスプーンに乗ったチョコムースに釣られて吸い寄せられた口が別のものに捕らえられチュッと音を立てて離れていく、手で口を押さえてあわあわしている俺を目の前に悪戯っ子の顔をして笑いかけるから口に残る甘ったるさと沸騰しそうな頭が今にも溶けてしまいそうだ
「はいはい」
「そーいえば今日最後までちゃんと見れなかったんだよ、ごめんねめっちゃかっこよかったのに...悔しい」
キスと言えばで思い出したくは無いが邪魔が入った今日のライブを思い出して優しく頭を撫でるうみくんに後悔が押し寄せた
「つゆちゃんが謝る事じゃないよ、ありがとね」
「可愛いのにかっこいいとかうみくんはずるい」
「可愛さでつゆちゃんには勝てないよ」
欲張りセットみたいな人間に勝てないと言わせる俺とはこんなにもパッとしない人間なのに彼の目にはどう映っているのか
「だから変な男について行かないでね?」
「う、うん」
後頭部に回された手が額を突き合わせるように引き寄せて暗示でもかける勢いで真剣に問いかけてくる
「もし、そんな事あったら...分かってるよね?俺つゆちゃんもその男も」
「分かってる分かってる!ごめんね心配させて」
珍しく強い口調で諭されて、らしくない強引なキスも実はメンヘラ少年とのやりとりに怒っていたりするのだろうか
「あいつあんなにあの子の事好きって言ってたのに、変な事言ってたね」
「変な事?」
「ほら、面白い事になるとか、後、チャンスがくるとか」
「チャンスねぇ...」
伏し目がちにスプーンをフラフラさせて意味深気にポツリと呟くその顔はいつもの空気より一段も二段も冷めたもので怖気付いた俺は仕切り直すように透明な箱に入った黄色いモンブランを手に取る
「ね〜うみくん!これも食べていい?」
「いいよ」
「うみくんも一緒に食べようねっ」
呼応したようにニコニコ笑顔に変わった事に安堵しつつパナージュされた艶々の黄色い栗が心を再びわくわくと踊らせてくれた
「だーかーらぁ君に会いに来たんだって、つゆりくん?」
「何、きもいんだけど」
こいつの執着の強さはよく知っている、それが少しでも自分に向いていると思うと反射的に口が悪くなるのも仕方なかった
(会いたくて来ちゃったのノリが許されるのは美少女だけだろ)
脳内には何かの帰りを健気に待つ美女とそれに喜ぶイケメンのチープなショートムービーが流れる
「そんな事言うなよぉ、俺らの仲だろ?」
「どんな仲だよ、触んなっ」
前回の敵意と打って変わって好意故なのか馴れ馴れしく回ってきた腕を弾き落とす
「ちぇっ、つれないねぇー」
「ひなちゃんとやらはどうしたんだよ」
「あぁ、ステージにいる彼が手を引いてくれたからそれはもうご乱心よ」
聞く事の無くなった彼女の近況に不憫に思いながらも心の何処かではホッとしている自分がいる
「お前にとっては良かったんじゃないの」
こんな事を言うのも何だか傷心中というのは何かと好都合に事が運ぶ絶好のチャンスなのではないだろうか
「まーね、あと俺だいちって言うんだけど」
「あっそ」
「名前で呼んでくれないの?あ、だいちゃんとか」
食い付いてくると思っていた話題はあっさり交わされて名前なんてどうでもいいと言っていたのが遠い過去のようにあだ名なんて提案してくる目の前の人物が何を考えているのか分からない
「呼ばねーよっ何でそんなに絡んでくんだよ」
「んー君の事気になっちゃったんだよね」
「うわっ無理きもい」
何処に気になる要素があったのか詳しく教えて欲しい、そしてその原因を徹底的に無くしてこういう奴にははっきりと拒絶を示すのが正解だと身に覚えのある感覚が言っている
「ひどー、でも今ひなが躍起になってるからそのうち俺にもチャンスがくるかもね」
それはどんなチャンスなのだろうか、彼女と親密になる事を指すのか、はたまたま考えたくもない予想が頭に浮かんで瞬時にかき消した
「...上手く行くといいな」
「応援してくれるの!?」
「あんだけ熱烈な牽制受けたらな」
「ちょっと違うけど今はいいか、優しいつゆりくんに免じて良い事教えてあげる」
節くれだった男の手がゆっくり伸びてきて脳裏に過った影と重なり強く目を閉じる
「しばらくしたらビックニュースが流れると思うよ、荒れるだろうねぇ、君達はどうするのかな」
顎を捕まえる感触に身体から抜けない強ばりを我慢して前を見据えるととても愉快だとでも言いたげに歪んだ表情が広がっていた
「どういう...」
「まだ内緒かなー、これは可愛いつゆりくんの為にサービスしてあげたみたいなものだから」
とっくの昔にライブの喧騒は遠くで鳴り響いていて二人だけになったような錯覚に陥る、声が出ない、身体が動かせない、スローモーションで近付いてくる顔を押し退けたいのにどうする事も出来ずに頭だけがグルグルと回ってパニックになる
(やだやだやだ)
グッと喉に熱いものが込み上げた時背後からふわっと温かいものに包まれた
「大丈夫?」
「うみくんっ」
魔法みたいに金縛りが解けて見上げた顔に堪えていたものがじわっと溢れる
「あらら、良い所だったのに」
「お前誰」
「ひどいなー同じ学校なのに」
下がった眉に悲しそうな表情を浮かべるが大して残念に思ってもなさそうな調子で軽快に言葉を並べていく
「ま、どうせまた近々面白い事になるからその時ね」
意味深に含み笑いだけを残して立ち去る後ろ姿をこの時はまだ気にも止めていなかった
「つゆちゃん遅くなってごめんね」
「ううん、俺こそ巻き込んでごめん」
何一つ悪い事などしていないのに謝るうみくんに楽しみで集まるライブハウスの高揚感なんかを一掃してしまった気がして申し訳ない気持ちになる
「あいつ知り合い?」
「あー、うみくんに絡んでたあの女の子に執着してる男的な?前にも1回話しかけられたんだよ」
「そっか...大丈夫?じゃないよね」
「うみくんが来てくれたから大丈夫!でも早くお家帰りたいかも」
考え込むように難しい顔をしたのも一瞬で顔色を伺うように気遣う視線を吹き飛ばすように笑顔を向けた
「そうだね帰ろうか」
「皆に会わなくていいの?」
「どーせ明日も会うし大丈夫だよ、ねぇつゆちゃん」
早く二人になってこの気持ちを払拭したい、そんな思いを汲み取ってくれたのか手を引いて会場を後にするうみくんが良い事を思いついたと言わんばかりに振り返った
「なに?」
「帰りに甘いもの買って帰ろうか」
「うんっ!」
とても魅力的な誘いに重い足取りがフワッと軽くなり連れられるように進んでいた歩みを隣に並べて家を目指す
「「ただいまー」」
落ち着く匂いが身を包んで身体から力が抜ける、手を洗い服を着替えて帰宅ルーティンをこなすとリビングのラグに腰を落ち着かせた
「ん〜っ!おいしぃ〜」
口に広がった甘味が疲れた頭も心も癒してくれる
「うみくんもあ〜ん」
「ん、苺すっぱ」
「酸っぱかった?チョコ食べてたからかなぁ〜」
「美味しいよ、口直しみたいでさっぱりした」
「味変かぁ〜!」
安っぽいコンビニの苺のショートケーキは間に挟まった苺ジャムが程よい酸味でクリームとの相性抜群なのだが食べる順番を誤ったかと不安になっていると素敵な発想で覆された
「味変だね、それじゃあつゆちゃんもはい」
「ん、甘っ」
「ふふっ、甘いね」
「ずっずるい、何それ!!かわいい」
小さなスプーンに乗ったチョコムースに釣られて吸い寄せられた口が別のものに捕らえられチュッと音を立てて離れていく、手で口を押さえてあわあわしている俺を目の前に悪戯っ子の顔をして笑いかけるから口に残る甘ったるさと沸騰しそうな頭が今にも溶けてしまいそうだ
「はいはい」
「そーいえば今日最後までちゃんと見れなかったんだよ、ごめんねめっちゃかっこよかったのに...悔しい」
キスと言えばで思い出したくは無いが邪魔が入った今日のライブを思い出して優しく頭を撫でるうみくんに後悔が押し寄せた
「つゆちゃんが謝る事じゃないよ、ありがとね」
「可愛いのにかっこいいとかうみくんはずるい」
「可愛さでつゆちゃんには勝てないよ」
欲張りセットみたいな人間に勝てないと言わせる俺とはこんなにもパッとしない人間なのに彼の目にはどう映っているのか
「だから変な男について行かないでね?」
「う、うん」
後頭部に回された手が額を突き合わせるように引き寄せて暗示でもかける勢いで真剣に問いかけてくる
「もし、そんな事あったら...分かってるよね?俺つゆちゃんもその男も」
「分かってる分かってる!ごめんね心配させて」
珍しく強い口調で諭されて、らしくない強引なキスも実はメンヘラ少年とのやりとりに怒っていたりするのだろうか
「あいつあんなにあの子の事好きって言ってたのに、変な事言ってたね」
「変な事?」
「ほら、面白い事になるとか、後、チャンスがくるとか」
「チャンスねぇ...」
伏し目がちにスプーンをフラフラさせて意味深気にポツリと呟くその顔はいつもの空気より一段も二段も冷めたもので怖気付いた俺は仕切り直すように透明な箱に入った黄色いモンブランを手に取る
「ね〜うみくん!これも食べていい?」
「いいよ」
「うみくんも一緒に食べようねっ」
呼応したようにニコニコ笑顔に変わった事に安堵しつつパナージュされた艶々の黄色い栗が心を再びわくわくと踊らせてくれた
