風のように過ぎ去る景色をシュパッと切り離したようにトンネルに入った電車が静かになる、ガタンガタンと揺れに身を任せ暗くなった窓が鏡のように車内を映し出す

(美人だなぁ)

車窓に映る顔とはどうしてこうも何割増に見えるのだろうか

「久しぶりだね」

「そ〜だね、最後に見に行ったのいつだったかなぁ」

窓越しに目が合って後ろから掛かった声に向き直る
ちょっぴりいつもより濃い化粧とダボッとした上着から覗く肩、重ね着されたタンクトップはとてもお洒落でうみくんのキラキラを良く引き立てるパンクカジュアルなお洋服だ

「他の奴らにも最近会ってなかったでしょ」

「確かに、じゃ〜これはデートにならないかぁ」

明確に付き合ってから初めてのお出かけ、でも本日の目的はその背に担がれているギターにあって俺達はそこに向かわなければならない

「あいつらもう着いてるかなー」

「いいの?やったぁ」

目的地のホームに降り立つ間際、さり気なく繋がれた手を凝視してキャップで分かりにくい表情を覗き込むと頷くようにニッコリ微笑まれたので嬉しくなって子供のように手を振りながら歩く

「おーす、あれつゆじゃん〜」

「おー、ほんとだ、仲がよろしくて何よりだよ」

「あれ、ビーは?」

駅の改札を抜けると集合場所には既に二人が先に到着していたみたいだ

「まだまだ〜あいつ遅いから」

俺達に最初に気付いて手を振ってくれた小柄で派手な青い髪をしている少年、顔立ちも幼くて造形だけでいうとうみくんよりも可愛らしいこいつはバンドのベースを担うシイナ

「連絡したけど既読にならねぇからどうせ寝坊でもしたんだろ」

誰よりも身長が高くて目立つこいつはえーいち、少し前に俺の元気が無いとうみくんにチクったクラスメイトである、普段から落ち着いていて面倒見がいいこのバンドのドラマーをしていて個性豊かなメンバーのまとめ役になっている

「なんかお前ら揃うとやっぱりバンドマンだな」

「つゆは今まで俺達の事なんだと思ってたのさ...」

長い前髪の奥でパッチリ大きな瞳が呆れたように細められて可愛い顔が台無しだ、綺麗な薔薇には棘があるのはこの事なんだろうか

「お前ら早いなぁー」

「「お前が来るの遅いんだよ」」

うみくんとシイナのツッコミがハモってお前ら仲良いな何てビーが呑気に歩き出す、クスクス笑う俺といつもの事のように後ろをついて歩くえーいちでライブハウスへと向かった

「「〜♪」」

至る所にされた落書きやサイン、貼られたステッカーにポスター、写真、所々から聴こえるチューニングの音、高架下に位置するここは静かだと少し電車や新幹線の音が聞こえてきてそれはそれで俺は気に入っている

「俺フロアで待ってるのに」

「だめ」

控え室は出番前のバンドマンで賑わっていて他のグループと交流したり打ち合わせをしたり何でもない俺はとても場違いに感じる

「でも俺がいるとお前ら動きずらいだろ」

「あ〜、だいじょぶだよ〜、俺らどっかの誰かさんのおかげで話し掛けてくる奴なんて滅多にいないんだから〜、ねーえいちゃん」

「話し合う事も特に無いしな」

話し掛けたそうに遠巻きに見られている視線を知っているようにケースから楽器すら取り出さずスマホゲームに勤しむシイナにえーいちが相槌を打つ、この2人は幼馴染らしい

「俺らってさぁなーんかギラギラ感?足りねぇよなー」

ビーがどんなバンド像を掲げているのかは分からないが煙草の煙や香水の混じった空間は確かに意気込みなのかやる気なのかギラギラと熱気とはまた違う雰囲気に満ちている

「まぁ〜そもそも同じ高校で学生バンドしてんだし他より飽きる程毎日顔突き合わせてれば緩くもなるって〜新鮮さに欠けるんだよ〜」

「お前なぁーこんな濃い顔に飽きんなよー」

「濃い顔だから飽きるんじゃないの」

軽口を叩きながらもプロレス技を叫びながらじゃれ合って髪が乱れただの何だの言い合う姿は兄弟のように親密だと思う

「まーでも流石にそろそろだからつゆりはフロアに帰してやれよ」

「やだ」

「やだじゃありません」

文句垂れるうみくんを宥めるえーいちはお父さんのようでここが一つの家族になったみたいだ

「うみくん聴いてるから頑張ってね」

「ほら、つゆりが応援してるぞー」

「うるさい、ビー邪魔、つゆちゃんがギューしてくれたら頑張れる...」

「はいはい」

数時間後にはまた会えるのに極端にしょぼくれているのが面白くて元気が出るようにその背をポンポンと優しく叩く、それだけで羽が生えたように元気になってステージ向かう彼が天使に見えた

(これって後方彼氏面ってやつなのかな)

人がすし詰め状態のホームを隅でひっそり眺めているのは別に彼氏面がしたい訳ではなく人混みで誰とも分からない人間と接触出来ないからでありうみくんに前に出る事を咎められているからだ

(彼氏面っていうか彼氏だしなぁ〜)

出来るものなら俺も皆に混ざって身体を揺らしてライトの熱や出演者の迫力を全力で味わってみたい、しかし俺とうみくんの関係が変わらないようにスピーカーから流れた振動が壁や床を伝わって靴底や触れた肩に伝わるのも、目の前の事に夢中で誰が隅に居ようが気にしていないそんな距離感が俺には丁度いい

「今日も、よろしくお願いします」

いつの間にか終わっていた前のバンドと入れ替わりで入ってきた人物の髪がライトに照らされて眩い、一瞬で空気を変えた一言に続いてわ〜とかきゃ〜とかたまに野太い声でオーなんて聞こえてくる

「〜♪」

言葉少なに演奏が始まると分かっていてもやっぱりかっこよかった、いつもののほほんとした空気はどこへ行ったのか強く当たるスポットライトがオーラに見える

(っ)

何度も特等席で聴いた何処か切なさを感じる歌声をマイクに手を掛けて紡ぐその瞳とバチッとかち合う

(なんだよっ...)

こんな事をされてはたまったもんじゃない特級のファンサに耳が熱くなるのを感じた、逸らせない目を間奏が遮るようにギターに移されてほっ、と人心地つく

(心臓に悪い...これが推しに沼るオタクの心情か...)

1年の大半を過ごすクラスメイトですらステージ上では遠く感じる程ドキドキと脈打つ心臓が別の人間になってしまった感覚を与えた

「...ぇ、ねえっ」

セトリも後半に差し掛かりホールはボルテージを上げている、箱全体が一体化している波に酔うような飲み込まれるような酩酊状態とはこの事を言うのだろうか

「君っていつもボーッとしてるんだね」

「何でここにお前が...」

視界を遮った見覚えのある顔はいつかのサボりを邪魔してくれたメンヘラボーイだった

「あっ、」

「ひなと一緒じゃないよ安心して」

「そーですか」

ひなと呼ばれたうみくんのストーカー少女のお供かと人混みを見渡したがその姿は確認できずあっさりと考えを見抜いて否定されると他の疑問が浮かんでくる

「あ、今、じゃー何でいんだよって思ったでしょ」

「別に...でもよく話しかけてくるなって思って」

こいつは俺の事が嫌いなはずであの時犯した失態と共に関わりたくないリストに登録されている、こいつとてろくに話にもならない相手と会話するのは無意味なのではないだろうか

「当たり前だよー俺は君に会いに来たんだからさぁ」

想像だにしなかった言葉が投げ掛けられ、にんまり笑う顔に似合わない仄暗い瞳、薄気味悪さに背筋を冷や汗が伝うのを感じた