アスファルトがジリジリと焦げるような熱気が足元から立ち上りじわじわと汗が吹き出す感覚がする

俺はあの日から慈しみというものが分からないまま、分からない事を分からないと言えずに雁字搦めに絡まり心のどこかが抜け落ちてしまった空虚感を永く持て余していた

「あっつ〜」

青い空に何処までも高く積み上がる白い雲が目に突き刺さる、今年の夏も蝉は短い寿命を全うしようと煩い程この音色を奏で続けるだろう

「うみくん!まってまって」

暑さも軽減しそうな涼やかな声が制止の声を掛けて力を入れていたライターから手を離した

「お線香の前に花飾らないと」

慌てたように包装に手を掛けて派手ともいえる色とりどりな花を器用に飾り付け満足気な顔をして無邪気な笑顔を見せる
綺麗にしたばかりの墓石に流れる水滴もカラフルな花達も目の前の人物もキラキラと眩しくて思わず目を細めた

「...ごめんな、あおちゃんまたすぐに会いに来るからね」

フルフル震える厚いまつ毛、毛先がクルクル跳ねてふわふわの髪、ふっくらした触りたくなるほっぺたは目を瞑っていると幼さを生み出して実は天使なんじゃないか、なんて馬鹿な事を考える

「来るのが遅いのよ〜!って怒ってそうだね」

「だな!あっ、でもあおちゃんがじっとしてるなんて考えられないからここにはいなそうだよなぁ」

「確かにね」

やっとこちらを向いた猫みたいな瞳が悪戯っぽくクスクス笑うから釣られて口角が上がった
きっと彼女はこの言葉にも腹を立ててムキになるだろう

(君にはなれなかったけど君の事忘れたわけじゃないからね)

「そろそろ行く?」

「そうだね」

名残惜しそうにしている彼の頭を無性に撫でたくなりそっと頭上に手を乗せた
夏の喧騒が遠くに聴こえる穏やかな時間、辺りを一瞥してスルリと手の下から抜け出すと石で出来た段差に上がり石碑にゆっくり顔を近づけるとそっと口付けた

「またね」

呟きがポツンとその場に揺蕩う
その光景は一瞬の動作がずっと長く感じる程、その場の時の流れを遅くするものだった

(もう大丈夫だよね、おやすみ、歌姫)

優しさや愛情、楽しい事や嬉しい事、悲しみや寂しさ、胸が心が痛いという事、人を慈しむ気持ちに苦しんでも今は受け入れられるよ
それが温かさに溢れてる事を知れたから

「行こっか」

「うん!」

少しひんやりした細い手を握る、体温が混ざり合う感覚がむず痒い
別れを告げた彼女がこちらを見ているのならば羨ましがって小言の一つや二つ言っているだろう

「あとで俺にもキスしてね」

「ふはっ、はいはいうみくん」

呆れたように笑うけど君の唇を奪った罪は重い
今回は最後のキスだから許した迄であって彼女ですら許し難い

「アイス買って帰ろ〜ぜ」

繋がった腕をブンブン振りながらご機嫌に何のアイスにしようか考えているのが可愛くて今すぐキスしたくなるのを我慢した

「うみくんは何味にする〜?」

「ハーゲンダッツ」

「いや、それ味じゃないし!」

苦言を呈しながら俺もハーゲンダッツ食べたいなぁ〜なんて続けるから何個でも買ってあげたくなる

「フンフン〜フン〜♪」

鼻から抜ける軽やかな声と暑い陽射しを目一杯吸い込んだ黒い髪が突然強く吹き抜けた風に煽られる

「わっ」

咄嗟に髪を押えて勢いよく俺を振り返る
驚きから大きく見開いた目で訴えるような顔が彼に似合わずワンコのようで笑いが溢れた

「ね、ねえっ!絶対、今のあおちゃんだよね!」

「うん、俺も思った」

「やっぱり!」

驚きつつも真剣な表情は求めていた解答が返ってきたのか破顔する

「相変わらず荒っぽい」

「そんな事言ったら怒って竜巻でも起こしそうだから辞めようよ」

不満を顕にしているのか風が俺達の間を行ったり来たりして髪を弄ぶ

(あぁ、やっぱりこれはあの人だ)

「あおちゃんはほんとにこの曲が好きだね」

「俺も、前より好きなった...かも」

「かもってなんだよ〜」

口ではそんな事を言いながらも困ったように下がった眉に余計な事を言ってしまったかもしれないと気付くより早く正面を向いた彼は続きを口ずさんでいた

「〜♪」

一番耳に馴染んだ曲、まだ少し心に寂しさを感じるけどそれも少し嬉しく感じるなんて自分が別人に変わってしまったような気がする

「つゆりはハーゲンダッツ何味にする?」

「ん〜どうしようかなぁ、抹茶もいいし、でもやっぱ苺かなっ」

名前を呼ばれてビクッと揺れた身体、曲が止んで
パッと振り返ると華が咲いたように屈託なく二パッと笑った顔

「苺ね」

「うみくんの奢り〜?」

「じゃん負けが奢りです」

「えぇ〜絶対俺が負けるじゃん〜」

2人の影は繁茂した新緑の影に呑み込まれ一つになり青々しい匂いに包まれ火照った身体を冷ます、その背を後押しするようにそよ風がふわふわと靡いていた