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ああ、満たされた。僕の気持ちが満たされた。
興奮したよ。僕と浅羽君のお風呂で交わったのは。あのキスは。
行けないことをしてるという罪悪感からか、僕は気持ちよくなった。
浅羽君と一緒にあんな行為をしたのが信じられない。
なんだかもっとしたくなっちゃった。
僕の家に浅羽君を読んだ方がよかったかな。
「亮、部屋に入るぞ」
そんなことを考えていると、僕の部屋にお父さんが入ってくる。僕は「はーい」といって通した。
「亮、大事な話がある。リビングに来てもらっていいか?」
やけに真剣な顔だ。
よほどの大事な話なのだろう。
そう思って僕は震える足を抑えながら、父さんの元へと歩いていく。
「近々引っ越すと言ったらどう思う」
その言葉を聞いて僕は「へ?」なんて声を漏らしてしまった。
どうする? なんて言われてもその答えなんてわかっている。
「困るよ」
そうなったら僕は浅羽君と会えなくなるかもしれない。
そんなの絶対に困る。
「そうはいってももう止められないんだ。僕の方で何とか断りは入れたいと思っている。でも、僕は転勤するかもしれない。その際には覚悟しといて欲しい」
その後も色々と話をしていた。
だが、その間僕は呆然としていて、上手く話を聞く事が出来なかった。
父さんはそう言って部屋を後にした。部屋には僕一人になった。
僕は引っ越さなくてはならないかもしれない。その言葉が僕に重くのしかかっている。
そしたら僕は浅羽君と会うのが難しくなる。
父さんの転勤先は秋田県と言っていた。ここ茨城とはかなりの距離がある。
会いたいから、という理由だけで会いに行くのが難しい距離。
父さんを恨みたい。でも、父さんも嫌そうだった。
でも、父さんには断るのが難しいのだろう。
浅羽君と会えなくなったら僕は。
いや、今はこの思考は置いておこう。浅羽君に相談しなくてはいけない。
これからのことを。
「ねえ、朝羽君」
翌日俺が学校に行くと、水谷は早速俺にそう言ってきた。
その言葉には何か意味深なものがあった。
世間話、なんていうノリではない。
恐らく水谷は俺に何か大切なことを言おうとしているはずだ。
俺はすぐに座り直し、そして「どうしたんだ?」と訊いた。
すると、水谷は唾をのんだ。それも俺に見えるくらいわかりやすく。
そして、彼は言った。
「僕ね、引っ越すかもしれない」と。
俺は思わず、「はあ?」と叫んだ。
その言葉に、奏も含めたその場の大半が俺たちの方を見る。
「どしたのー?」
軽い口調で奏が訊いてくる。俺はそれに対し「何でもない」と答える。
「ちょっと場所を変えないか?」
「そうだね」
ここで話すにはいろいろとリスクのある話だ。
俺たちは、男子トイレの個室に移動した。
個々ならば話を聞かれるリスクが低くなる。
そして――
「どうしたんだ?」
再び俺が訊く。
いや、どうしたんだじゃないか。
話の題は先ほど聞いた。
俺は気が動転しているのかもしれない。
「どうしてだ?」
水谷が引っ越すっていったいどういう事かいまだに理解が追い付かない。
水谷は軽く息を吸い言った。
「僕の父さんが秋田県に転勤するんだ。だからそれについて行くんだよ」
「秋田だと」
秋田と言えば、そんな気軽に行ける距離ではない。
これが神奈川とか群馬とか栃木とかならまだ気軽に行ける距離なのだが。
それにしても、親の転勤とか、ベタすぎる引っ越しの理由だ。
「それは断れなさそうなのか?」
子どもがいる家庭の父親の転勤なんて一般的に考えて困る。
まだ子供が赤ん坊とかではない分幾分かましだが、それでもあまり好ましくはないはずだ。
水谷はそれに対し無言で首を振った。
勿論今日の件に関して決定権を持つのは上司であり、そしてそれをどうこうできる可能性を持つのは水谷の父親だ。
水谷に決める力なんてない。
「それでさ」力弱く水谷が言う。「提案なんだけど」
「僕たちの関係を父さんにばらしたいんだ」
何を言っているんだと、俺は思った。
あまりにも無鉄砲すぎる。
何しろ、水谷の父親に伝えるという事だ。
これが異性カップルならいい。
だが、同性カップルは一般的には認められていない。
「友達関係にある事だけを言えばいいんじゃないのか?」
何しろ、この場所に大切な人がいるという事実だけを伝えればいいだけなのだから。
キンコンカンコンキンコンカンコン。
チャイムが鳴った。
そう言えば、今はホームルーム前。
たぶん今のは予鈴だ。
「水谷、授業に行こう」
「だめだよ」
水谷は冷たい声で行った。
その声にぞくっとした。
「今の僕は何振り構わないんだ。この前の温泉の時とは比べ物にならないくらいね」
確かに温泉では、責めてきてはいたが、それもどころどころ感が大きかった。
まだ臆病な心があったように見る。
しかし、今の水谷は今までで一番獣という感じがする。
「僕はね、もう我慢しないよ」
そう言った水谷にトイレの中で襲われた。
「くそ何なんだよ」
クラスに二人で戻ると、俺は頭を抱えながらそんなことを言った。
結局ホームルームに遅刻し、先生に怒られてしまった。
それもこれも水谷のせいだ。
しかしトイレという個室でのあの行為はなんとなく良い感触があったが。
「疲れてるねえ」
「ああ、全くだ」
「なーんかあったの?」
「いや、なんも」
ありすぎる。
だが、これは奏には言えない。
奏は基本チャラチャラとしているが、奏に対してだけはあまりこのことを言うべきではない。
水谷と同棲カップルになってるっていう事は。
「えー教えたっていいっしょ」
「だめだよ」
そう言って俺は洋室から飛び出した。
今俺が話さなければならないことは、まさに水谷の「同性カップルであることを明らかにする」という話に対する返答だ。
あの後すぐに水谷が襲ってきたから、話自体は満足には行っていない。
俺は洗面台の水を顔に当て、顔を洗った。
「くそっ」
俺は一体どうしたらいいんだ。
俺はその場で顔を洗っていると、見慣れた声をかけられた、
「浅羽君。話の続きをしようよ」
そう、後ろで水谷が立っていた。先程急にトイレで襲われてから、水谷の顔を見るのが怖い。
だが、話がしたいのは事実。俺は水谷の方に顔を向き直した。
そこにはいつも通りの水谷が立っていた。
俺はそれに軽くほっとい嘆息をして、
「とりあえず、俺が水谷の家に言って父さんさんを説得するのは前提条件だよな」
俺がそう言うと、水谷はただ頷いた。
「俺は恋人として紹介されるのにはまだ慣れていないんだ。だから、今回は親友でいいか?」
「うん、いいよ」
水谷は軽い口調で言った。
俺はほっとした。だけど、その後に水谷は続けた。
「その代わり今度はよろしくね」
よろしくね?
俺が目を丸くしていると。
「後で朝羽君の家に行かせてよ」
その瞬間、水谷の言いたいことがはっきりとわかった。つまりそういう事なのだろう。
構わない。別にそれくらいなら。
「ああ、行くか」
そして俺たちは水谷の家に向かう。


