翌日。水谷は俺の方を見てにこりと笑った。俺は手を振りなおす。
「あれ、あんたらおかしくない?」
そう、奏が言う。
「喧嘩したんじゃなかったのー?」
「ああ、でも仲直りした。むしろ雨降って地固まるという状況になった」
流石に昨日の出来事全てを口にするわけには行かないが。
昨日の全容を言ったら、流石の奏も引いてしまうだろう。
俺たちの行為はあくまでもおかしい事。俺はそう思わないと、そう思わないといけない。
俺は、昨日の行為自体は正解だとは思っていない。楽しいが、やはり男子同士では周りの目があるのだ。
だが、そこは周りには内緒で水谷と行けない行為を積み重ねて、理解を深めて行けばいいのだ。
「なあ、水谷」
俺は昼食事に水谷に訊く。
「何ですか?」
とぼけた様子で相変わらず言ってくる水谷。
俺は水谷のことはまだよくわかっていない。
昨日の水谷はまるで、獣のようだった。
俺に襲い掛かったのだ。そう、比喩表現だが、牙を見せて俺に襲い掛かってきたのだ。
今もその女らしい顔の裏には獣が宿っているのだろうか。
そう思うと、ドキリとする。
「どうしたんですか?」
「ああ、いや。……俺は今のお前をどう見たらいいのか分からないんだ」
自分の純粋な気持ちを言う。
「男女同士の仲って決してセックスするだけじゃないだろ? デートしたら一緒にお茶したりする。俺たちは何をしたらいい?」
「手を恋人つなぎで繫いだらいいんじゃないですか?」
「あ、ああ」
俺は水谷の手を取り、恋人つなぎをする。
「何だろうな」
俺は呟く。
恋人詰餡ぎ。なんだか生まれて初めての感覚だ。
しかも相手は女子じゃないし。
「歩いてみたらどうですか?」
「馬鹿言え、ここは学校だぞ」
知り合いに見られたら恥ずかしい。奏に見られるのもそうだし、他の知り合いに見られるのも。
「それよりも僕たちが付き合っているって公言したらどうでしょうか」
なんだよ。こいつぐいぐいとくるじゃないか。
冗談じゃねえ。
まだ女同士の恋愛は受け入れられるよ。百合アニメとか放映されるおかげで敷居は低くなっている。
それでも現実で見たら「え……」なんて声を漏らしてしまいそうだが。
だけど、男同士の恋愛は公言するにはまだ時代が早い。
何しろ、まだBLアニメとか一般的になっていないからだ。
女子から見ての視点は知らないが、男目線ではキモッが正直な反応になってしまうだろう。
「俺はなあ」
息を吸う。
「流石に言うのはまだ早いと思う。せめて言うなら奏くらいだ」
奏ならまだ理解してくれるかもしれないだろう。だけど、それ以外の人達は明らかに不可能だ。
「分かってるよ。浅羽君はそう言う性格だからね」
「ああ」
というか、世の中のほとんどの人達が理解できないだろうし。
「なら、いい方法があるよ」
「なんだ?」
そして、その週の土曜日。
俺は水谷に呼ばれた。
そこにいたのは、水谷ではなく、渚さんだった。
「なんで君がここに?」
俺は思わず訊いた。意味がよく分からない。
なんで水谷じゃない。
水谷と兄妹だったのか?
いや、そんなはずはない。苗字が違うんだから。
そもそも兄妹だったとして、ここにいる理由にはなりえない。
「実は……」
そこで俺は衝撃的な事実を知った。実は、渚さんは水谷だったという事だ。
「マジかよ」
「マジだよ」
いや、意味が分からない。しかし、色々と事情を考察していくと、段々と納得してきた。
通りで、声が低く、歌う時に裏声だったという訳か。
しかも俺の家を知っていたし、一日交替で渚と水谷が家に来た。
いや、俺気づいておけよ。そこまで品と会ったらさあ。
俺が鈍感過ぎだな。
「てか、奏と友達だったのか?」
「うん、仲直りするために考えたんだ」
「それにしては、やり方が何と言うか」
「過激? やりすぎたかな」
「いや、いいんだ。女装姿もきれいだと思うから」
「そう、ありがとう」
水谷はそう言って頭を下げた。
「それで、水谷今日はどうしたんだ?」
「私は、今日一緒にデートしたいだけ。男と女として。それにどうせ浅羽さんは男同士だと遠慮するでしょ」
「そうだな」
何しろ、男同士だと周りの目が気になってしまう。
だから、女と化した渚、基水谷と一緒に行くのだ。
「今日はよろしくな」
「よろしくお願いします」
渚は頭を下げた。
そのまま俺たちは二人手を繫ぎ、町を歩いていく。
勿論、恋人つなぎだ。
周りから見たら、俺たちはただの仲睦まじいカップルなんだと思われているのだろう。
しかし、実態は男同士で恋人つなぎをしている。先時代なカップルだ。
渚の顔を見るとどきどきする。
本当に渚の顔、いや水谷の顔がかわいいのだ。
ここまで女装が似合う男というのも稀だ。
「興奮しないでよ」
そんなことを渚が言うので、俺の情緒はバグりまくりだ。
歩いて行くと、渚が、「あそこだよ、私の行きたいの」
と言い出した。そこは、ゲームセンターだった。
「女装してまで行きたいのが、ここかよ」
俺は思わず突っ込んだ。すると、渚は笑顔を見せた。
まあ、男二人で来るなら普通ここだな。
そして早速俺たちは一番前に置いてある格ゲーをプレイする。
「それでお前はどちらの口調で行くんだ?」
「私は」
渚はそうためらいがちに言って――
渚の操作するキャラクターが拳を繰り出してきた。
俺は慌ててキャラを操作し、避ける。
「あぶねえ」
「油断した方が負けよ」
あくまで女性の感じで言うのか。
うーむ。俺的には渚よりも、水谷本人の方がいいや。
だけどそれを伝えるのも野暮なので、そのままプレーを続行していく。
そして所詮は不意打ちのこともあって俺が負けたが、その後の四戦は俺の三勝一敗だった。
その後は、クレーンゲームで遊んだ。
「すごいな、こんなにうまかったんだな」
渚は沢山のぬいぐるみを取った。
俺なんてこんなのいくらお金使っても取れなさそうなのに。
「意外な才能だな」
「うん。私も驚いたよ」
渚はそう言って笑った。
「取って欲しいものはある?」
「そうだな」
そして俺のカバンの中には、沢山のぬいぐるみやフィギュアが入っている。
全て渚が取ってくれたものだ。
ゲームセンターから出た際に、
「楽しかったね」
そう、女口調で渚は言う。とは言っても水谷は元々中性的な顔立ちだから、普段とそこまで変わらないのだが。
違いは声の高さくらいか。
でもなんだか違う。
俺が求めているのは。
「渚、いや水谷。男口調で話してくれないか?」
「っ何で?」
「俺は男のお前としゃべりたいんだ」
「この前は楽しんでくれていたのに?」
「違うんだ。この前は単純に俺が楽しいから良かったんだ。でも今は男としてのお前としゃべりたいんだよ。渚が水谷だと知ってしまったから」
俺は渚よりも水谷の方が好きだ。
だからも水谷としゃべりたい、水谷とデートしたいというのは何ら間違っていないと思う。
「そう思うんだね」
「ああ」
俺は頷いた。
「なら僕も男口調で言うよ」
「その方が助かる。好きだ」
「へっ……急に言われても」
「ははは」
そして俺たちは次の目的地に向かって歩き出す。
水谷がもう一つ行きたいと言っていた場所は、そう。映画館だ。
「映画か」
俺は呟く。
まさか二つ目の目的地が映画館だとは思わなかったが、水谷曰く、男女デートだったらここしか思いつかなかったそうだ。
それにしても、一つ目の目的地の格ゲーと格差出てるけどな。
デートらしさで。
というよりも、格ゲーがシンプルにしたかったのか。
「僕が気になる映画だけど、どれが好き?」
水谷は純真な笑みでそう訊いてくる。
その姿がかわいすぎて、水谷と映画を観れるなら何でもいいや、とさえ思ってしまう。
とはいえ、どれを見るかは絶対に決めなければならないわけで、
「じゃあ、このアニメ映画で」
俺はそう言った。
小学生高学年向けと言った感じが強い国民的アニメ映画。
これにした理由は単純だ。
一周回って、こういった懐かしいシリーズを見るのもありだと思ったのだ。
「じゃあ、これにしよう」
それにあまり複雑じゃない映画の方がいい。
そして、外れの確率がほとんどゼロの映画の方がな。
「じゃあ、買おうよ」
水谷が急にそう言ったので、俺は「何を?」と言った。
「ポップコーンセットだよ」
そうだった、忘れてた。映画館の魅力と言えばそれだ。
しかもだ、合法的に水谷と手を触れあえる。
水谷と俺のポップコーンを取る手が当たって、それでドキッとイベントが生じるのだ。
なんて楽しそうなんだ。考えただけで笑みがこぼれる。
「浅羽くん、どうしたの?」
「なんでもない」
顔に出ていてしまったようだ・
そして、ポップコーンペアセットを買って中へと入る。
そこには小学生の子たちが沢山いた。
とはいえ、この作品は大人でも楽しめる作りになっているはずだ。
水谷と手を繫ぎながら、席へと向かう。
「イチャイチャカップルだー」
唐突にすれ違った小学生男子がそう言った。
その言葉で急に恥ずかしく思った。
「ごめんなさいね」
そう、小学生の母親らしき人物が謝る。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫だよ」
俺たちは二人でそう言った。
席に座ると、水谷が耳元に近づいてくる。そして一言。
「イチャイチャカップルだってさ」
その言葉で俺の体が熱くなっていく。
「照れてるの?」
「やめてくれ」
反則過ぎる。
合法的なささやきなんてずるい。
「映画を集中して見られなくなるからやめてくれ」
「分かったよ」
そう言って水谷は席に戻りポップコーンをつまみ出す。
とりあえず危機は去ったと一安心し、ポップコーンを取る。
しかし、一瞬の油断が愚かだったか、
俺たちの手が、ポップコーンを取ろうとする手が触れあった。
その感触で俺はまたドキッとした。
気持ちいいが連続はだめだ。
俺の精神が持たなくなる。
おお、神よ。何という試練を与えたんだ。
これは、恥ずかしすぎる。
とりあえず、広告に夢中になろう。
『今秋、大ヒット少女漫画がついに映画化。朝霧君のささやきがずる過ぎて』
なんでだよ、と俺は思った。
ダメだろ今このタイミングで。
先程水谷からささやきをくらった後でのこの広告はずる過ぎる。
だめだ、耐えられる気がしねえ。
俺は咄嗟に、水谷を見た。すると水谷はにまーと笑って。
「ささやきだって」と言った。
天国のはずのこの映画館デートがこんな修羅の時間になるとは全くもって思っていなかった。
くそ、早く映画始まってくれ。
そして映画が始まる。
そこからは雑念が消えて行った。
俺の心が映画にとらわれたからなのだろう。
そこから、たまに隣の水谷の顔を見る。
やはり水谷の顔が一番可愛らしいが、渚もそこそこ可愛い。今となれば水谷じゃなくてよかったと思う。まだ渚だからあまりドキドキしないのだ。
これが水谷の巣の姿だったらやばかった。
映画自体は面白い。
子供向けのクオリティじゃないなと思った。
少しうがった見方をしているかと思われるが、実際に恋愛シーンやバトル描写、そしてミステリ要素など、子どもだけじゃなく、大人も楽しめるようにしているのだ。
「はあ、面白かったね」
水谷はそう笑顔で言った。
俺はそれに対して「ああ」と返す。
いつまでも映画館にいるのもあれなのでファミレスに言った。
カラオケと映画という違いはあれど、この前のデートと流れは一緒だ。
そこで俺たちは映画の感想を互いに共有し合う。
「そう言えば、浅羽君僕の顔結構見てなかった?」
うっ、ばれていた。
「かわいいから仕方ないだろ」
「あら、嬉しいわね」
なぜ、女口調にした。
「俺にはそれは効かない。素のお前が好きだから」
「それはうれしいよ」
くそ、俺としたことが、わざわざ弱点を教えてしまった。
しかし、
ん?
こいつの顔をよく見ると、照れてないか?
「なあ、水谷。もしかして、可愛いと言われるのが嬉しかったのか?」
「うるさいです」
そう言って水谷も顔を背けてしまった。
「浅羽君、僕も実は浅羽君の顔を見てたんです」
「え?」
そりゃ初耳だ。
「浅羽君の真剣な顔も良かったよ」
そうにやにやと笑う水谷。
だが、その顔もまた照れているようで。
俺たちは結局、相討ちになったという事か。
俺たちは二人でもうやめようという結論となった。
そして、ご飯を済ませて、店を出た。


