翌日。早速俺は奏の元へと向かった。
「昨日のあれはどういう事だ」
強く、そう俺は言った。
「あーあれねえ、ちょっと浅羽に会いたいっつってね、協力しちゃったわ」
そう言って笑う奏。
「俺はお前と一緒にカラオケに行くつもりだったのに」
「え、そんなにウチと歌いたかったの?」
やだーとうざいリアクションをしてくる奏。別にそう言うのじゃないってわかっているだろ。
「なんで、事前に何も言わずに渚山を連れてきたんだって言ってるんだ」
「それは単純っしょ。サプライズ」
「そんなサプライズはいらねえ」
変なことをしやがって。調子が狂うんだよ。
「全く」
俺はため息をつく。
こっちは昨日、普段着で言ったんだぞ。
奏じゃない奴が来ると知っていたら、もう少しおしゃれに気を遣うわ。
しかもそれが女子なら猶更だ。
そして、メッセージを見る。何のメッセ―ジも来てないな。
俺は少し立ち上がって、水谷の元へと向かう。
「どうしたの?」
とぼけた様子だ。今日も可愛らしい。
くそ、俺の純粋足る気持ちをぶつけるべきだとは思っている。
「俺はこの前告白を受け入れた」
俺は嘘を言う。
「可愛らしい女性だったから、告白にOKしたんだ」
完全ある嘘だ。
これは、水谷と決別するための嘘だ。
渚の告白を受けるわけには行かないが、水谷とも決別しなければならない。未練たらたらではいけないのだ。
完全に水谷を断ち切らなくてはならないと、そう俺は思っている。
こんな状態で友達関係でいていいはずがない。
「何を言ってるの?」
水谷は疑問を呈する。
「水谷、お前とはもう付き合うつもりはない。友達解消だ」
俺にはそうとしか言えなかった。
もう、水谷を俺から解放してやりたかった。
俺は同性愛者になるつもりはないから。
「そう、分かった」
水谷は弱々しい声で言った。
本当に心苦しい。でも、仕方のない事なんだ。
そして学校終わり、奏と帰る。
「ほんとっ、一時期水谷君にばかり構っててうち寂しかったから、一緒に帰れるのマジでうれしいわ」
「金曜日も帰っただろ」
「それじゃ、うちは満足できないの」
そう言って奏は俺の脇をくすぐろうとするので、「何をするんだよ」と言って抵抗する。
ただ、今日までは水谷が思考の内にあったが、今日はない。
奏と本当の意味で二人きりで帰れることになる。
ん、俺の視界の先に、渚さんが見える。
俺の家の前に立っている。
あれ、俺はこの娘を家に連れてきたことが無い。
そもそも前回が初対面だし。
なぜ、この娘は俺の家の場所、知ってるのか?
「渚じゃーん、どーしたの?」
軽い口調で、奏が言う。
まさか、奏が教えたのか?
そう思い、奏を軽くにらむ。
だが、奏の表情は揺るがない。
「実は今日、浅羽さんの家で遊びたいなと思って」
そんな俺の訝し気な視線に気づいてないのか、渚さんがそのようなことを言った。
「おーいいねー。浅羽、いいっしょ」
「いいっしょって、奏も家に上がるつもりなのか?」
「うちは大丈夫っしょ。男女のイベントが起きるわけないし。あ、それとも渚ちゃんと一緒に男女のイベント起こすつもり?」
「何を言うんだよ」
昨日振ったばかりだからあまり家には入れたくなかったが、仕方がない。
来てしまったものは仕方ない。
どうせ、奏はこの状況を見て、ひとり笑ってるんだろうな。
なんて、悪女だ。
「じゃあ、どうぞ」
俺はドアを開けた。
「ありがとうございます」
そう言って、靴を脱ぎ、家の中に入っていく渚さん。
なんだよ。いつの間にか俺の家が女子のたまり場になってるじゃん。
「ここが浅羽の家なんだねー」
そう検分するかのように見ている奏。そしてそんな奏を置いていき、渚さんは「私失礼します」と言って俺のベッドの方へと走って行った。
なんだか嫌な予感がする。
渚さんはああ見えて、積極的だ。何しろ初日で告白するんだから。
俺の部屋にはベッドがある。最悪のシナリオが目に浮かぶ。それはまずい。
俺は階段を乱雑に走り、俺の部屋に入る。
そこで、渚さんは俺のベッドに寝ころんでいた。
「あ」
「あ」
渚さんは咄嗟に俺のベッドから飛び出、逃げ出そうとする。
「逃がさないぞ」
俺はそう言って彼女の服を掴む。
★★★★★
やっちゃった。
あの言葉の真意を知りたくて、浅羽君の家に行ったのはいいんだけど、どうしてもベッドに寝ころがりたくなった。
でも、ばれちゃった。
でも今の僕は水谷亮じゃなく、渚という別の人間だ。
ばれたところで致命傷にはならない。というよりも期待してしまう事がある。
僕を押し倒してくれないかな。
僕は今渚という女という事になる。
なら、性別の壁なんてないじゃないか。
僕を押し倒したとしても何も不都合じゃないわけだ。
「ごめんなさい」
僕は、泣きまねをする。
「私、浅羽さんのにおいがかきたくて」
実際に僕はこのベッドのにおいを良いと思った。興奮するくらいの濃度の匂いだ。
「いいのかよ」
「え?」
「人の家のベッドなんかに寝て、押し倒されないかなんて、考えないのかよ。襲われたいのかよ」
そうだよ。襲われたいんだよ。
「私は何をされてもいいよ」
それが僕の望みだからだ。
「すると思うかよ。いいからどいてくれ」
そう言われベッドから起き上がらされた。
失敗した?
「俺は女には手を出さない。絶対に」
今度は逆に僕が女装してるから手を出してこない?
これじゃあ、八方塞がり?
いやでも、僕にも手はある。
女装してる状態でこちらから襲いかかるのはリスクがある。
でも、水谷亮としてならどうだろうか。
そう思い、僕は浅羽君の家を後にした。
★★★★★
その翌日。俺は家の前に立っている水谷の姿を見た。昨日は渚さんで今日は水谷か。
全く毎日毎日違う来客が来る。
なんだか疲れる。
今日は奏がいない。
でも、
「水谷、何の用だ?」
「僕を家に入れてください」
開口一番水谷はそう言った。いきなり何ていうお願いだ。
「俺はお前と友達には」
「いいから入れてください」
今日はやけに積極的だな。
とはいえ、断る理由がそこまでない。
仕方ない。
「暴れるなよ」
そう言って俺は家に入れた。
とはいえ、水谷への気持ちは収まってなどいない。むしろ強くなる一方な気がする。
胸の動機が激しい。
なんだよ、縁を切ろうとしてたのに、それなのに、俺は。
水谷は早速服のボタンを外し始めた。
「何をしてるんだよ」
「暑いから一枚になろうかなって思って……駄目ですか?」
まさかこいつ。俺を誘ってるんじゃなかろうな。いや、絶対にそうに決まってる。
「駄目だ」
「そう言われると思いました」
そう言ってなお、脱ぐことをやめようとしない水谷。
これは強引に止めなければ俺の理性が死ぬ。
俺は水谷の手を強引に触ろうとした。
だが、その瞬間、全体重を込めて上に乗っかられた。
そのまま水谷の体重が感じ取られ、そのままソファの上に叩きつけられた。
「ここまで来たら僕の番です」
まさか、今日の水谷の目的は……
「駄目だ、水谷」
「僕のことをめちゃくちゃにしてくれないなら僕がするまでです」
水谷は俺の肩を強く掴む。そして、手を。
強い力だ。だが、剥がすことはできるはずだ。
俺は全力を込めて、引き剥がそうとする。
その瞬間だった。
唇に感触を感じる。
唾液が水谷の口を伝い、俺の口の中に入っていく。
そのせいで、力がうまくはいらなくなった。
「何が目的なんだよ……」
「僕はずっと待っていたんです。浅羽くんが僕を襲う日を。でも、性別の壁とか言って全然やってこようとしない。僕は全然いいんですよ。僕は同性でも良いんですよ、同性がいいんですよ」
同性がいい。
その言葉は俺の耳元で何度も反芻する。
「少し眠っててください」
その言葉を最後に、俺の意識は途絶えていった。
次に目が覚めると、俺は縛られていた。
「もう、後戻りは出来ません」
ああ、もう後戻りは出来ない。
今水谷がやってることは完全なる犯罪だ。
監禁罪が恐らく適用される。
腕を動かそうにもほんの僅かしか動かない。
足も同様だ。
でも、俺はこんな日を楽しみに待っていたのかもしれない。俺の理性が効かなくなるこの瞬間をまさに待っていたのかもしれない。
「水谷……」
「浅羽くん……」
「やれ」
俺はまるで死刑囚のように言った。
すると早速水谷は慣れない仕草で自分の口元を舐め、そのまま俺に襲いかかろうとしたっ――
だが、いつまでたっても何も起きない。
「どうしたんだ?」
思わず俺は聞く。
「男女同士なら分かりますけど、男子同士はどうするんですか?」
無計画かよ! と思わず突っ込みたくなった。
「分からねえ、分からねえが、キスとかじゃねえのか?」
「さっきしましたよ」
「そうか」
俺もBLなんて読んだ事ないから全然分からねえ。
聞かれたとしても答えられねえよ。
「でも、水谷の好きなことをしたらいいんじゃねえの」
「そうだね」
そう、にっこりと笑った水谷はさtぅ足俺の上に馬乗りになった。
今の俺の体は、服が脱がされ、まさにパンツ一丁の状態だ。
水谷が俺の体をじっくりと検分する。
「筋肉凄いなあ」
今にも涎が出そうな雰囲気で水谷が言った。
そして、俺の筋肉をじっくりと水谷が触る。
なんだかくすぐったくて、おかしくなる。
その後も水谷は俺の体をとにかく触りまくった。
そして一時間後、俺はようやく解放された。
が、俺は正直体力がぎりぎりだった。
おかげで、ベッドから立ち上がれない。
ちくしょう、まだご飯ですら食べていないのに。
「水谷」
「朝羽君……」
「今日のことについては積極的すぎると思う。でも、水谷はそうするしかないと思ってたんだろ?」
俺の気を引くには。俺の中にある、作り込まれた常識感。それを一度還付無きままに破壊せねばならないとでも思ったのだろう。
「うん、そうだよ」
結果的にありがたかった。俺だってさっきの時間疲れたが、それでも楽しかったのだ。
「今日のことは、誰にも言わないようにしてくれ」
「分かってるよ」
「これは、二人だけの秘密だ」
「うん」
水谷が頷いた。
そして帰路に向かう水谷の背中を見送った後、俺はベッドに寝ころぶ。
なんてことをしたんだ。俺たちは明らかに一線を越えてしまった。
男女での一線は、セックスだ。
男としての一線は何なのだろうか。
水谷は俺の精機は触っていない。そのことを考えれば、一線は越えてないのだろうか。
BLを読まなくてはな。そう俺は思った。


