土曜日、俺は外へと遊びに出た。

 奏とカラオケに行く予定だ。

 昨日の夜。『浅羽―、明日ウチとカラオケいかね?』というメッセージが来たのだ。
 俺は水谷としゃべれない状況にストレスを感じていた。
 そんな中で歌唱でストレスを解消できるなら、そんなにいいことは他にない。

 カラオケに行くのは久しぶりだ。
 だけど、正直楽しみだ。
 歌を歌う事は楽しいのだから。

 俺は待ち合わせ時間の十分前に家を出た。
 俺たちは現地で集合することとなっている。
 カラオケには何度も行ったことがあるから分かるのだ。

 「ん?」

 そこには奏はいない。代わりに一人の少女が立っていた。
 美少女だ。
 だけど俺が待っているのは奏だ。
 俺はそばのソファーに座り、奏を待つことにした。

 しかし、待ち合わせ時間になっても奏が現れることはなかった。

 「あの」

 代わりに女性が話しかけて来た。

 「浅羽さんですよね」
 「誰だ?」

 俺に何か用なのだろうか。

 「私は、馳川渚と言います」

 渚と名乗った彼女は俺に向けて頭を下げた。
 見た目のかわいらしさとは違った低音ボイスだった。
 まるで無理して地声よりも高音を出しているかのような感じだ。
 おそらく、低い声がコンプレックスなのだろうな。
 そりゃ見た目と反してるのだから嫌になるだろう。

 さて、

 俺が訊きたいことは沢山ある。
 特にだ、

 「なんで奏が来ていないんだ?」
 「彼女には協力してもらったの」

 協力。奏の友達なのか?
 いや、それよりもだ。

 「それで君は誰なんだ?」

 名前を教えてもらっても、それだけでは何も分からない。

 「私は奏ちゃんの友達です」
 「はあ」

 それは知ってる。

 「私は好きだから、浅羽君のこと」
 「っ」

 意味が分からない。
 誰か俺を助けてくれ。
 出会った事のない女性に告白された。
 流石に脳が破裂しそうだ。

 奏の名前を知ってるという事は信じてもよさそうだが、一応。

 「奏と友達だという証拠を見せてくれないか?」
 「告白の答えは……?」
 「それは待ってくれ」

 いきなり答えが出るはずがない。
 本当に酷いことを言うものだ。
 一瞬で答えを出せなんて。

 「ふふ、冗談だよ。私の証拠はこれです」

 そう言って彼女はスマホを見せて来る。
 そこには、奏の連絡先が登録されている。
 そうなれば、信用できる。
 先程奏に送った『知らない人がいるんだけど』に対して、『私の友達!』という返事が返ってきていたし。


 「じゃあ、立ち話もそこそこに、部屋に入りませんか?」
 「…………おう」

 カラオケ入室時間は過ぎている。
 もう、予約は確定しているのだ。
 つまり今はいらなければ、お金がどんどんと消滅している状況なわけで。

 くそ、奏怨むぞ。この埋め合わせはどこかでしてもらうからな。


 カラオケ室に入るとすぐに渚さんははしゃぎながらカラオケの機械を持つ。
 カラオケで歌いたい曲を入れるマシンだ。

 「一番手貰っていいですか?」
 「あ、ああ」

 楽しそうな渚さんを見ると、一番手を取る気にはならない。
 それに、カラオケで一番手で歌う人は

 そして早速渚はマイクを掴み、歌い始める。
 有名な恋愛映画の主題歌だ。俺も聴いたことのある。
 渚は早速裏声で歌っていく。
 なぜ裏声なのかは気になるが、それでもかなり歌は上手い。
 
 
 90点近くいくだろうな、と思う。
 そして俺予想通りに88点。中々の高得点だ。

 「じゃあ、次は俺の番か」

 そして俺は、某少年漫画のオープニング曲を歌う。
 85点だ。
 そして交互に歌っていくが、やはり渚が歌っている姿に惹かれてしまう。
 必死なのがかわいいし、何より楽しそうだ。

 そんな彼女に惹かれて行くことで、俺はなんだか安心感を覚える。
 俺の性的志向はちゃんと女性だったんだなって。
 なんだかいい意味で水谷のことを忘れられそうだ、そう俺は思った。

 そして、しっかりと二時間互いに楽しんだ。

 
 「奏とはどういう関係なんだ?」

 カラオケ店から出る際に、俺は彼女に言った。
 純粋に気になった。
 友達とは言っていたが、奏にこんな清楚そうな友達がいるとは全く知らなかった。
 

 「奏さんとは、最近仲良くなったんです」
 「どうやって?」

 正直そんな話は聞いたことが無い。

 「ヤンキーから助けてくれたんです。そこから仲良くなって」
 「あー」

 それなら、あり得る。
 というか、奏ならやりそうだ。
 納得だ。

 奏はああ見えて弱者には優しいからな。
 恭平のようなカツアゲみたいなチンピラ的行為はしない。
 荒れてたとは言っても、悪いことはあまりしてなかったみたいだから。

 「なるほど分かった」
 「奏さん、最初は怖いと思ってたのですけど、思ったよりもいい人です」
 「っだろ」

 奏は友達として素晴らしい関係だと思う。
 恋愛感情という点では全然だが。
 たぶん俺じゃなかったら惚れていたと思うのだ。

 「それでこれで解散でいいか?」
 「えっと」

 俺がそう言うと、彼女はもじもじとし始めた。

 「私はもっと浅羽さんと一緒にいたいです」

 まいったな。いつもの俺なら、何なよなよしてんだよとでも言いそうだが、今日の俺は違う。

 「行こうか」

 そう、思わず初心な感じで言ってしまった。


 ★★★★★


 「奏さん、お願いがあります」

 あの日の後、僕は単身奏さんの元へと向かった。
 奏さんは怖い。
 でも、僕は行かなきゃならない。
 そんな感じがしたんだ。


 僕にとって奏さんは恐怖の対象だ。
 明るいし、浅羽君が信頼しているのもうなずけるけど、やはり見た目が怖すぎる。
 
 でもいい人なのだろうなというのは分かるし、僕は行くしかない。


 「僕のことを浅羽君が好きになる方法を教えてくれませんか?」

 僕はあのまま浅羽君にめちゃくちゃにされると思っていた。でも、性別の壁がそれを妨げてしまった。
 僕はあの日から浅羽君しか目に映らなくなってしまったのに。

 僕を助けてくれた浅羽君。あの時僕は恋しちゃったのだ。
 これこそ、禁断の恋だ。
 だからダメだとわかりつつも、浅羽君と友達になった。
 こんな気持ちを持っていいはずがないと、思いながら。

 でも、浅羽君は僕を認めてくれた。
 僕に襲い掛かってくれた。でも、止めてしまった。

 だから僕はまた浅羽君に襲い掛かってきて欲しい。

 僕たちは両想いのはずだ。なのに、性別なんて変なものがあるから僕は襲われない。
 僕はあの後、自室で枕を抱きしめながら大泣きしたものだ。

 だから恋人関係になるために、浅羽君のことをよく知っている人物から教えを乞うのだ。

 「はあ、何言ってんの?」

 冷たい目で見られる。分かっていた。こんなリスクがあるなんて。
 男性同士の恋愛なんてそうみられて当たり前だ。
 
 でも、怯んではいけない。

 僕にはもうこれしか道が無いんだから。

 「僕は本気で浅羽君のことが好きなんです。今の日本でおかしいかもしれないですけど」
 「驚いた……」

 そうぼそっと呟いた彼女はそのまま、

 「自分がおかしいことを言ってるってことは分かってる?」
 「はい」

 僕はおかしいんだ。男子のことを好きになってしまうなんて。
 でも、僕のこの気持ちが嘘だとは思えない。

 「僕にメイクを教えてくれませんか?」

 奏さんはメイクが濃い。という事はそれ相応にファッションに興味があるという事。
 奏さんに弟子入りしたら、僕が見た目の性別を変えることが出来るかもしれない。そしたら、浅羽さんと一緒に遊べるかもしれない。
 キスとかもできるかもしれない。
 つまりは、男子同士の恋愛がだめなら男女での恋愛に持ち込もうという作戦だ。

 「なるほどね」

 奏さんは腕を組む。

 「面白そう。ウチも乗るわ」

 その言葉を聞いた途端、僕はほっとした。
 元々門前払いみたいなことになったらどうしようと思っていたのだ。
 だけど、面白そうだからという理由とは言え、僕の計画に乗ってくれた。
 嬉しい事だ。

 そこから僕はみっちりと奏さんのメイク術やファッションを伝授された。

 「水谷君、素材がいいからウチも楽しいわ」

 そう笑顔で言う奏さん。
 そして決行日には、「結果、うちに教えてね」と言ってくれた。

 デートの日程も組んでくれたし、何もかも協力してくれた。
 そんな奏さんに、僕は結果で応えなければならない。
 奏さんに僕の中の漢を見せてやらないと。


 そして今に至る。

 僕はカラオケ店で待つ浅羽君を見てドキッとした。
 浅羽君の姿はまさに凛々しくて、疎遠になって浅羽君に飢えていた僕にとっては素晴らしい贈り物になった。

 僕は最初緊張して話しかけるのに時間がかかった。
 だけど、予約時間が来たからえいっと説明を開始した。
 なぜ、奏さんじゃなくて、僕がいるのかという説明を。

 その中で、浅羽君はいくつかの疑問を提示したが、僕のことを疑わなかった。
 僕の説明を受け入れたのだ。

 僕はカラオケでとにかく歌った。終始裏声で歌うのは慣れていない。
 でも、上手く歌えた、そう個人的に思っている。
 
 浅羽君が僕の歌をしっかりと訊いている。それを想ったら嬉しくなった。
 しかも、僕の顔を直視している。
 僕は浅羽君の顔は整っていると思ってる。
 それが僕の顔を見ている。
 一種の羞恥プレイかと思ったよ。

 ドキドキする。
 でも動揺を歌に出したらその瞬間男だとばれることになる。
 我慢だ。

 そして浅羽君の歌も低い低音がしっかりしていて良かったよ。


 でもその後、浅羽君が解散の流れに持ってきたとき、僕は嫌だったんだ。今浅羽君と離れるのが。
 だから僕は、すがるように「もっと浅羽さんと一緒にいたいです」なんて言ってしまった。



 結局ファミレスに行くことになったが、僕も浅羽君もどきどきしているようで、浅羽君は僕の顔を直視出来ていないようだった。
 きっと照れているんだと思うけど、僕は不満足だ。
 僕は浅羽君をもっとじっくりと見ていたいのに。
 彼は僕に顔を見せてくれない。男子をも魅了するその魅力的な顔を。

 ファミレスに着いた。

 「何か食べるか?」

 早速浅羽君はそう訊いてきた。

 「私は……」

 何を食べようか。僕は迷ってしまう。

 僕は考えた結果店一番人気のドリアを頼むことにした。
 結局店一番人気を頼んでおけば間違いはないだろうという、僕の勝手な考えだ。

 「浅羽さん」

 僕は浅羽君の方を見る。

 「先ほども言いましたけど、私は浅羽さんのことが好きです」

 浅羽君は明らか僕に照れている。
 その状況下なら、女子と化した僕なら告白を成功させられる。そう確信してのものだ。

 「俺は……」

 だが、僕の予想とは裏腹に、彼は考え込む。
 なぜ考えこむのかい?
 僕の告白にOKしてくれればすべてが解決するというのに。

 「俺には好きな人がいるんだ。その気持ちには答えられない」

 その言葉を聞いた瞬間、僕はドキッとした。
 この好きな人は、男としての僕、水谷亮のことではないかと思った。
 この奏さんに伝授させられたメイク術とファッション術でも、浅羽君の気は引けないのか。
 男としての僕でしか無理なのか。

 「だからごめん」

 そう頭を下げる彼に対して僕は「いいのよ。私は少しずつ君を好きにさせるんだから」そう、元気よく言った。
 仮に浅羽君が好きな人が僕だと仮定したら、浅羽君が好きな人はどちらにしても僕という事になるけど。

 「いいんだ。俺の好きな人と付き合う事はかなわない事なんだから」


 そう言った浅羽君の顔は暗く、悲しそうだった。
 なんで、そんなふうに思ってるなら僕と付き合ってよ。
 僕と、本当の姿の僕と一緒に恋人らしいことをしようよ。

 僕は我儘なのかな。急に自分が認められて、変に気分が高揚してるだけなのかな。
 僕で僕が分からない。

 でも、今分かっていることはある。
 今はデート中だ。今は浅羽君との時間を楽しまなくちゃ。
 せっかく女装なんて恥ずかしいことをやっているんだし。

 「浅羽さん。その相手と何かもめたんですか?」
 「ああ」

 浅羽君は頷いた。
 別に僕たちは喧嘩なんてしていないのに。

 「俺がやらかしたんだ。それに、俺たちは付き合うには大きな壁があるんだよ。俺はその壁を壊してまで付き合おうなんて思わないんだ」

 僕はその壁を壊してほしいんだよ。

 「なら、私と付き合ったらだめなのですか?」
 「君とこのまま付き合ったら、俺は本気になれないと思うんだ。ごめん」

 そう言って頭を下げた彼を僕はじっと見つめた。
 浅羽君。僕は君がどう思っていようと関係ないんだ。僕は性別の壁なんてどうでもいいんだ。
 僕は攻め続けないといけないのかもしれない。
 それこそ、浅羽君のその壁を完全に破壊するために。



 「俺は何をやっているんだ」

 告白された影響かどうかは知らないけど、俺は自分の禁断の恋の内容を吐露しそうになった。そんなことをしてはいけないと、俺自身で分かっている。
 だから理性が働いたんだ。
 俺は告白を受けるべきだったのだろうか。

 だけど俺の中の、水谷の姿が脳裏に浮かんできて離れなかった。
 妥協で付き合うのは良くないと思った。

 結局俺は同性愛者なのか、そう思うと深いため息をついてしまう。
 俺は、社会から認められていないという事を知っているのだ。
 奏でさえ、ちゃんと理解してくれるのかすら怪しい。

 そんなものに水谷を加えたくない。しかし、脳裏から離れないのは、水谷だ。
 くそっ、本当におかしな話だ。

 俺たちが解散後、俺は再びカラオケに戻った。この胸のモヤモヤを晴らすためだ。
 もっといい方法があったのかもしれない。しかし、今の俺にはこの方法しか考えつかなかった。

 後で、奏に話を訊かないとな、と思いながら大熱唱した。