そこから二週間の時が経過した。
そこから驚くことに、水谷の筋力がどんどんとついて行くのを感じた。
意外だ。
いや、元から素質はあったのかもしれない。水谷は真面目だから、俺が指示した筋トレもしっかりとやってるんだろう。
しかし、ここまで急成長するとは予想外だ。
まだ、じっくりと見てぎりぎり分かるレベルだが、少しずつ腕ががっちりしている。
真面目さとは才能だと俺は思っている。
やっぱり、水谷は凄い人間だ。
「なあ、奏」
「んー、どうした?」
「すごくねえか?」
「何が?」
奏は何が何だか分かっていない様子だ。この感じ、もしや気が付いてないな。
しかし、そうなれば俺だけが気づいていることになるのか。
一応奏にも、水谷に運動させているとは言っているのだが。
嬉しいことだ。
俺は早速水谷のもとに行く。
「筋力,日につけて凄くなってないか?」
俺がそう言うと、水谷はにっこりと笑った。
「僕は、浅羽さんに見合う男になりたいんです。浅羽さんに言われた運動は欠かさずやってます。朝と夜に」
まさか倍の量をやっているというのか。二日にいっぺんやったらいいとさえ思っていたのに。
「流石は水谷だ」
俺が水谷の頭をなでると、水谷はにっこりと笑った。
俺はその笑顔にドキッとした。
浅羽さんに見合う男になる、か。その言葉が脳裏に焼き付いてしまう。
友達としてだろうに、何で特別感を感じ取ってしまうのだろうか。
それくらい俺の情緒がよくわからなくなっているのだろうか。
こんな気持ちはさっさと忘れちまわないとな。
そして昼休み。今日も奏を置いていき、水谷と二人でご飯を食べる。
水谷はお弁当、俺は購買のパンだ。
「今日、良かったらですけど」
食事中に水谷から話が飛んで来る。
珍しいな。水谷から、なんて。
「今日、浅羽さんの家に遊びに行ってもいいですか?」
俺はごくりと唾をのんだ。
いきなり家に行きたい。まさかの発言だ。
普通家に行くというのには多少のハードルがある。
異性ではなく、同性であってもだ。
異性は当然の話、二人きりになる可能性もある。
そんな中、行為に及ぶ意味である可能性もあるのだ。というか、カップルなら、大体は何かしらの絡みをしたいから、というのが普通だ。
水谷は俺たちが男子だから、同性だからそんなことはないと思っているんだろうな。
今の俺は俺自身でもコントロールできないのに。
ああ、この笑顔をぐちゃぐちゃにしてやりてえ。そんな悪魔的考えが思い浮かんでしまった。
言えの仲という逃げ場のない状況で水谷をめちゃくちゃにしてやりたいと。
本当に今日の俺はおかしい。
今日の俺の思考回路はどうなっているんだ。
もしかしたら俺が水谷に抱いてる感情ってまさか友愛じゃなくて、別の特別な感情なのか?
いやいやいやいや。水谷は男だ、頼むからもう変なことは考えさせないでくれ。今おねだりしてる水谷の顔が、男とは思えないくらい色っぽい物であったとしてもだ。
「分かったよ」
俺はそのおねだりに、頷くしかなかった。
そして俺たちは、言葉を互いに交わさずに、家までの道を歩いていく。
なんだか、少しむずむずとする。
今は少し水谷の顔を見るのが怖い。
単に怖いんじゃなく、男に対して特別な感情を持ってしまう事が怖いのだ。
不思議だな。
あいつ――奏――にはそう言う感情など一度も持ったことが無いのに。
そもそも奏に恋愛感情の類のものを感じたことが無いのだ。
そして家にたどり着いた。
今日は親はいない。
母親は俺が幼いころに死に、父さんは働きに出て、普段家にいない。
そしてこの家には奏すら上げたことがあない。
初めての来訪者だ。
「こんな感じなんだね、浅羽君の家」
「ああ、そうだ」
「ふーん」
そして検分でもするかのように水谷は部屋の中をじっくりと見る。
その姿を見ると、なんだか可愛らしいなとさえ思える。
俺は思わず、水谷の肩をつかむ。
「なに?」
そう、水谷は驚いたかのような様相でこちらを見る。
そして、水谷に「俺の部屋に行こう」そう言った。
やはりだ。謎の焦燥感が俺を襲う。
不思議だ。不思議で仕方がない。
そしてベッドに座った水谷を見て、俺はなんだか衝動が抑えきれなくなってしまった。
俺は気づけば水谷を押し倒していた。
「浅羽君?」
愛らしい声で言う水谷。
絶対に駄目だ。だめだ、人間として駄目だ。
男と女がひかれあうという世の中のルールを壊すわけには行かないのに。
「すまない」
俺はとりあえず場を和ませるためにそう言った。
そして気が付けば、俺はそう口にして、水谷から離れた。
「僕たち同姓だよね」
水谷に言わせてしまった。
「でも、僕はいいよ」
何を言っているんだ。
そんなこと言われたら俺の理性が吹っ飛んでしまう。
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。
「なあ、水谷」
「なに?」
「今日は帰ってくれないか?」
そう言うのがやっとだった。
水谷はすんなりと「いいよ」と言って立ち去ってくれた。
で
罪悪感がすごい。せっかく俺の家に来てくれたのに、俺の不必要な行動で嫌な目に合わせてしまった。
ぴこん、そのタイミングでメッセージを受信した。送信主は水谷だ。
正直見るのが怖い。でも、見なければ何も始まらない。
俺は、メッセージを見た。
そこでは、『別に僕は嫌じゃないよ』
先程聞いた言葉と似通った言葉を送ってきた。
ああいう行為が嫌じゃないという事か?
『俺たち、同性だぞ。だめだそんなの』
俺は思わず返信した。
『同性同士が付き合ったらだめって誰が決めたの?』
っそれは、昔の神様とか王様とかだろ。
でも、付き合ってもいいという事か。
いや、俺はそんなこと可能だとは思わない。
『少し考えさせてくれ』
俺はそうとだけ送り、スマホの電源を切った。
水谷は俺のことが好きなのか?
よくわからねえ。
でも水谷は悪戯にそんなことを言うやつじゃない。
冗談とかを言うタイプではない。
そもそも俺は水谷のことが好きなのか?
一瞬の気の迷いだったのか?
俺には訳が分からなくなってしまっている。
翌日。俺が教室にはいったら、水谷が元気に手を振ってきた。
俺はと言うと、その笑顔に若干のイラつきを感じてしまった。
昨日あれほど俺は悩んだのに、能天気なのかよと。
勿論水谷に非はない。どちらかと言えば被害者だ。
しかし、上手く言えないモヤモヤがあるのだ。
その顔は可愛らしくて。
っ駄目だ。俺はそんなことを考えるわけには行かない。
「水谷」
俺は水谷の方へと歩いていく。
昨日の件を何とか解消させたい。
「昨日の件だが」
「うん」
「俺は同性同士ではだめだと思う」
「浅羽君は命の恩人だよ」
「分かってる。それでもだ」
それでも一晩経った今、結論としてするわけには行かないと決めた。
俺たちは同性。最近は同性カップルも増えているが、あくまで世間からはみ出し者にされてるのが現状だ。
まっとうに生きるなら。恋愛対象は女性であるべきだ。
そう、女と、奏と付き合った方がいいに決まっている。
「僕は……」
彼はそう言葉を紡ぎ、そして押し黙った。
もはや、何も言えないのだろう。
俺は、そんな水谷をしっかり見つめる。すると水谷は「待っててほしい。すぐに答えは出せそうにないや」と言った。
俺はそれを聞き、自分の席に戻る。
これ以上じらしても無為な時間を過ごすだけになるだろう。
「おーす浅羽」
席に座るとすぐに奏がやってきた。
「さっきまで何をしてたの?」
「けじめをつけてきた。水谷と大切な話をしてたんだ」
「どんな?」
「言えない」
「ウチにも言えないのかよー」
そう言って背中をパンと叩き、一点低い声で言った。
「でもまあ、済んだんならよかったよ。ウチも浅羽の暗い顔嫌いだし」
「そうなのか」
「そうだよ」
そう言ってゲラゲラと笑う奏。
そうだ。今までおかしかったのが、元に戻っただけなんだよ。
水谷も、きっと急に俺に襲われかけたから、自身の気持ちが分からなくなったんだ。
好きとかじゃなく、友達として接したらいいだけだよな。
そうだよな?
そして、それからの一週間。俺たちは互いに会話をせずに過ごした。
もう、何も話していない。
まるで元通りの関係に戻ってしまった。
そう考えると俺の短慮による行動を悔いる。
なぜあんなことをしてしまったのかと。
水谷と離せないのはつらい。また心にアナがぽっかりと空いてしまった様な感覚がある。
その代わり奏には、「水谷君に取られてたのが戻ってウチマジで幸せー!!」と言って喜んでいた。
それを見て、奏良かったなと、俺は思った。
幸せそうだ。
奏には悩み事なんてないんだろうな。


