そしてすぐに授業が始まり、いつも通りの日常に戻った。

 だが、いつもと違う事が一つ。

 そこからしばらく、水谷亮は授業中に俺のことを直視していたのだ。

 ホワイトボードではなく、まさに俺を。
 なんだか見つめられると緊張してしまう。
 しかし悪い気がしない。

 あの可愛らしい顔で見られるほどうれしいことは無いのだ。


 思わず顔がにやけてしまう。俺は一体どうしてしまったのだろうか。



 そして昼食の時間。奏に断りを入れて、水谷亮と一緒にご飯を食べに行く。
 

 「あれから嫌なことはなかったか?」

 俺がそう訊くと、彼はこくっと頷いた。

 「それならよかった」

 水谷のかわいらしい姿を見るのはいいが、水谷が嫌な思いをするのは嫌なのだ。

 「どうして助けてくれたの?」

 彼は眼鏡をくいっと直しながら言う。
 本当に先ほどの俺の行動は信じられないのだろう。
 それもそうだ。水谷は今まで誰も助けてくれない、先の見えない地獄にいたのだろう。
 そこから不意に俺が助け出してしまったから、意味が分からないのだろう。

 「俺に得があったからだよ」
 「僕を助けても得はないと思うけど」
 「ただ、目の前でいじめを見るのが嫌だったからだ。他に意味なんてない」

 嘘だ。意味ならある。ただ、お近づきになりたいという願望だ。
 ただそれを言ってしまえば、ドン引きされる可能性がある。


 「それに、自分に価値がないなんて言うなよ。俺はどんな人間にも価値があると思ってるから」

 この世に意味のない人間を生み出してしまったら、それこそ神様は馬鹿みたいなものだ。
 恭平なんていう救いようのないクズにも生きてる意味はあるはずだ。

 「僕のどこが?」

 それに、水谷はその意味が大きい方の人間だ。特に俺にとってはな。

 「お前はまず顔がかわいいんだよ。小動物みたいに、他はわかんね。俺もお前とそこまで親しいわけではないからな」
 「そう、でもうれしい」

 その朗らかな笑顔。マジで男かよと思う。男装女子でもおかしくはない。
 その笑顔がまた俺の欲をそそらせる。

 たぐいまれな才能だぜ。
 本人が気づいてないのが惜しいところだが、この愛嬌を上手く使えば、モテモテになるんじゃね?
 まさに男子校の姫。
 いや、男女両方から好かれるはずだ。

 「逆に考えてみてくれ」

 俺は迷った結果、言葉を紡ぐ。

 「お前の長所は何だ? 何でもいい、とりあえずあげてみてくれ」

 短所は今言える。

 「え、え、えっと」

 水谷亮は自身の指で数を数え始めて。

 「僕の良いところ。僕は、陰気だし、自己肯定感低いし」

 と思ったら自身の短所を数え始めていた。これじゃあまずい。
 それが短所だから、自己肯定感を上げさせようとしてるんじゃねえか。

 「違う。自分の長所だ。あるだろ」
 「僕は、年上の女子からモテる」

 いきなりぶっ飛んだことを言い始めた。

 なんだよ、やっぱりモテてるんじゃねえかよ。

 「後は、僕は小説を書いてる」

 おお、小説家。そりゃ凄いな。

 「後、自分で服縫えるし」

 裁縫技術まで?

 「料理を作れる」

 まいった。思ったよりも女子力が高すぎる。
 改めて思うけど、こいつ男だよな。
 実は女だったとか見たいなテンプレ展開ないよな。

 ああ、興奮する。いじめてた恭平よりも絶対にスペック高いじゃん。
 人間性だけじゃなくてな。

 「なあ、見返してやりたくないか?」
 「見返したく?」
 「ああ。なめられっぱなしは嫌だろ」

 水谷亮は頷く。

 「俺がお前をクラスのリーダー的存在にしてやる」

 ただ、コミュ力が低いだけで馬鹿にされる立場、そこから引っ張り上げてやる。
 何しろ、いじめられるだけの人生。そんな中で自己肯定感が上がるわけがない。
 そこで俺が水谷を絶対的な人間にしてやる。
 ああ、俺の人生も楽しくなる未来しかない。
 楽しいな、そう俺は思った。

 「あー、浅羽!!」

 奏が俺を指さした。

 
 そう言えば今日は食堂で食ってくるって言って教室を飛び出したんだっけ。
 奏には嘘をついていた手前、少し顔が見ずらい。

 「なんでここにいるのよ。ウチと食べるのそんなに嫌だった?」
 「ちげえ、そんなんじゃねえよ」

 実際、最近奏とばかり食べるのも飽きては来ていたのは事実なのだが。

 「それで横にいるのって」

 俺は水谷の方をちらっと見る。すると、水谷は顔を背けてしまう。
 そう言えば奏は茶髪でネイルもつけている。しかも可愛い。
 校則前全無視のギャル? みたいなやつだ。
 そりゃ、怖いか。

 「大丈夫だ水谷、こいつは悪いやつじゃない」

 俺は水谷の頭をポンポンと撫でる。

 「大丈夫だ」

 すると水谷は安心――などするわけもなく、逃げ出してしまった。
 

 「あーあ、まだ連絡先聞いてないのに」

 俺は肩を落とした。
 連絡先くらいは訊いておきたかったな。


 そして空いたベンチに奏が座る。

 「それでー、何の話をしてたの?」
 「別に大した話はしてない」
 「大した話はしてないのね」

 そう言って奏は鼻を鳴らした。

 「あ、もしかしてあの子を虐める気?」
 「なんでだよ」
 「ただ、なんとなく―」

 ああ、なんだか空気が変えられてしまった。

 「じゃあ、俺は教室に戻るよ」
 「ええ、戻るの?」
 「俺は水谷と一緒に飯食ってただけだから」

 それにご飯のパンもほとんど食べきれている。


 そして俺はベンチから経つ。
 「えー、ひどーい」などと言っている奏を無視して教室に戻った。

 ★★★★★

 「ウチ、浅羽と食べようと思って、ここに来たのに」

 そう言って奏は一人でお弁当を食べ始めた。

 ★★★★★

 教室に戻ると、ちょこんと席に座ってる水谷の姿が見えた。
 小説を読んでいる。
 その姿を見てほっとした。
 元気そうだったから。

 ちなみに恭平は停学になったみたいだ。
 ひとまずは安心そうだ。
 
 そして放課後。

 再挑戦という事で、俺は水谷の元へと言った。

 「一緒に帰らないか?」と言って。
 今日は奏と一緒に帰るつもりはない。
 今日は水谷と一緒に帰りたいのだ。

 「やっぱり奏はこわかったのか?」
 
 俺が聞くと、コクコクと頷いた。

 「僕はああいうタイプの女子が苦手なんだ」
 「知ってる」

 奏のあのスタイルは、一般的に受け入れられない人もいると思う。
 実際に奏ではよくバイクに乗る。
 そして元ヤンだ。
 俺と出会う前は喧嘩にありふれていたらしい。
 実際は彼女の頭には針を縫うくらいの重傷の傷があるらしい。
 彼女は武勇伝みたく語っていたが、俺はそれを見て恐ろしいと思った。


 普通の人間は奏と友達になろうとはしないだろう。
 俺は、シンプルに奏と隣の席だから懐かれただけだ。
 近寄りがたいと思う水谷の気持ちもよくわかる。

 「まあ、俺の目が輝いているうちは怖い目にはさせないし。大丈夫だ。もし奏が怖い目に合わせてきたら、俺が絶対に守ってあげるから」
 「ありがとうございます」

 そう言う水谷の頭をなでる。

 まだ、俺に気を使っている様子だ。
 俺と対等かのように話してほしいのだが、それはまだまだ先の話だろう。
 とりあえず水谷と仲良くなりはじめているという点で満足すべきなのだ。
 そして、次にすべきことは、そう。彼を教育することだ。

 「お前はもっと、自分をアピールをするべきなんだよ。お前は価値のある人間なんだから」
 「うん」

 少し笑顔が見えた気がする。

 「俺はお前に友達を作ってやりたいと思ってる」

 水谷は頷く。

 「でも、僕の友達は、浅羽君だけでいいよ」
 「は」

 変なことを言われた。
 何でだよ。
 その顔辞めろよ。

 「あーもうずりい」
 「どういう?」
 「お前の顔ずるいんだよ」

 そう言うか押されるたびに、脳裏にこべりついて離れねえ。
 ダメだろうが。
 俺たちは同性同士なんだよ。

 「とりあえずその顔辞めてくれ。もっと凛々しい顔してくれ」
 「こう?」

 水谷は口元にぎゅっと力を入れる。
 うーん、なんだかちげえな。

 「とりあえずお前はなよなよした顔をしてるからいじめられるんだ。俺がもっとお前のその顔はなってねえ。ほらやるぞ。こうだ」

 俺は全力で強そうな顔をする。
 それを見てまねるように水谷はまた力を入れるが、まだまだなよなよとした顔のままだった。

 結局その帰り道。ずっと俺たちは練習をしたが、結局生まれ育っての物なのか変わることはなかった。

 難しいなと思う。人に教えるというのも難しいものだ。
 っそれよりもだ。
 なんで、全部色っぽいんだ。
 これは、早く男らしくしないと、俺が水谷の魅力にメロメロにされてしまう。

 くそ、今日の俺は変だ。

 そして翌日の事だった。
 俺はある提案をメッセージアプリでした。

  水谷に「ジムに行かないか」と。

 理由は至極単純だ。筋肉は全てを解決する。
 
 ――などと言えば筋肉狂に思われるかもしれないが、今の水谷の特技は全てインドア系のものだ。
 水谷が内気なのもそう言う理由があるのだと睨んでいる。

 勿論それが悪い事とは言わないが、そう言った趣味は人にはわかりにくい。
 例えば、見た目でこの人運動出来そうな人だ、だなんて感想を抱くことはあるかもしれない。だが、見た目でこの人勉強が出来そうな人だとなることはほとんどない。
 そもそも何らかのハラスメントに抵触する可能性すらあるのだ。
 それに大体の勉強できそうだなんて印象は眼鏡から生じることが多い。つまり、完全に主観的な物でしかないのだ。


 だからこそ、筋肉という目に見える強さを持てば、自身が持てて、友達も増えるのではないか、そう睨んだ結果だ。
 
 「いいの? おかねとか」

 水谷はそう言ってくる。

 「大丈夫だ、俺が出す」

 このくらいの出費は大したことが無い。それに、会員による招待という事で安くなるし。
 それにだ。俺が水谷を強くしたいのだ。
 これは水谷強化大作戦と言っても過言ではない。

 「その代わり、必死で運動してくれ」
 「うん、僕頑張る」

 そう、筋肉のないふにゃふにゃな手を強く握る水谷。

 何だこれ、可愛い。
 やっぱり、こいつ男女だ。

 「じゃあ、とりあえず今日は二時間みっちりやるぞ」
 「うん!」

 そして、放課後にジムに向かう。


 「水谷はジムに対して何かイメージとかあるか?」
 「うーん、屈強な男たちがいるイメージかな」
 「正解だけど、正確には結構老人の方が多いぞ」
 「そうなの?」

 驚いているようだ。
 こんなこと言ったら偏見に値するかもしれないが、基本老人は暇人だ。
 労働しなくても勉学に励まなくてもいいのだから。

 そんな彼ら彼女らが暇をつぶすために主にやるのが運動だ。
 健康寿命を延ばすことになるから一石二鳥と言ったところか。

 「ああ、結構そう言うところを注視して見てみると面白いぞ」
 「うん!」

 そしてジムの中に入っていく。
 隣同士のロッカーを使う。
 まず、互いに衣服を脱いで体操服に着替える。

 その中で、水谷の裸が俺の視界に映った。
 言い訳をさせて欲しい。
 別に見ようと思ってみたわけじゃない。
 ただ、視界に映っただけだ。

 その姿は俺を興奮させてくれる。
 今はふにゃふにゃで可愛い。
 だが、将来的にどうなるのかが楽しみで仕方がない。
 俺は水谷のファンでもあるのだから。

 そんなことを考えていると、水谷の視線も俺に着いているという事に気が付いた。

 「どうしたんだ?」

 俺がふとそう訊くと、

 「筋肉ムキムキですごいね」

 という答えが返ってきた。
 別に俺もそこまで筋肉があるわけではないが、一般的に考えれば筋肉がある方だろう・

 「水谷も頑張れば、これくらい行けると思うぞ」
 「うん、僕も頑張る」


 その笑顔、素晴らしい。


 そして、更衣室から出て互いに運動をし始める。
 とりあえずは別々行動だ。
 早速腕のトレーニングに入る。

 そのさなか、隣の水谷を見るが、あまり持ち上がっていないようだ。
 苦戦している。無理もないか。水谷の筋力があまりないからな。
 仕方ない。俺が必死でコーチしてやるか。

 「いい持ち上げ方を教えてやる」
 「本当?」
 「ああ、俺のいう事を守ったらきっと、もっと持ち上がるようになるぞ」
 「それは楽しみだね」

 そう朗らかに笑う水谷。

 「ああ、今日で変わろうぜ」

 そして俺と水谷のワンツーマンのトレーニングが開始された。

 水谷は俺のいう事を守り、必死に努力していく。
 流石に今日一日で変わるほど都合のいい話は無いが、それでも水谷の顔つきが段々と変わって行っていた。
 男から漢に。
 それでいて、可愛らしさは変わらないのがずるい。

 「疲れたあ」

 水谷は帰り道、息も絶え絶えな様子だ。
 一応シャワーは浴びたはずだが、それだけでは体力回復が出来なかったみたいだ。

 「俺も疲れたよ」
 「でも、ちょっと楽しい」
 「そうだな。汗をかくのは楽しいな」
 「うん。僕の中の悪いものが流れ出た感じがする」
 「そう言ってくれて俺はうれしいよ」

 水谷も運動のすばらしさに気が付いてくれたか。
 俺も帰宅部にしては筋トレを頑張ってると思う。


 そして水谷に宿題を与えた。
 スクワットや腹筋、またその他の様々なトレーニングだ。
 水谷は少し苦い顔をしたけれど、「がんばる」と言った。


 「無理はしなくてもいいぞ」
 「僕が浅羽君が出した宿題を漏らすわけないじゃん」
 「そう、だな」

 水谷はそう言う人間だ。
 真面目なのだ。
 とはいえ、無理だけはしないで欲しいが。