「疲れたあ」

 亮、水谷はそう言ってベッドに横たわる。

 「ああ、よく頑張ったよ。お疲れ様」
 「うん、お疲れ様」

 そして俺たちはグータッチを噛ました。

 「しかし、あんな提案をするとは思わなかったよ」

 俺にとっては想定外な事ばかりだった。

 「せめて俺に提案しておいてくれ」
 「ごめんごめん」

 そう言って水谷は天井をじっと見る。

 「僕も緊張してたんだよ。父さんにちゃんと僕の気持ちが伝わったか分からないけどね」
 「伝わってるさ」
 「それに、浅羽君に先に伝えていたら、どうせ何とかなると思ってそこまで強く懇願してこないだろうなと思ってたし」
 「それはどういう事だよ」
 「僕は浅羽君の切羽詰まった表情を見たかったんだ」
 「何を言っているんだよ、全く」

 俺はそう言って軽く息を吐いた。

 「でも、父さん驚いてたよ。僕に友達が出来るなんてって」
 「そんなこと言ってたか?」
 「表情で分かるよ。僕もあの日からだったなあ」
 「いじめから助けた日からか?」
 「うん、そうそう」

 そう言って亮は笑顔を見せる。

 「そろそろ本当に名前で呼び合わない?」
 「え?」

 思わず腑抜けた声が出てしまった。
 それくらい、驚きの言葉だったのだ。

 「さっき、亮って呼んでたじゃん」
 「ああ」
 「あれ、僕気に入ったから」

 そう言う話じゃない気がするが、
 そもそも、名前同士で呼び合うのっハードルが高いのだ。

 なんだか脳内で亮呼びしてた俺が恥ずかしくなってきた。
 おかげで脳内の呼び方も水谷呼びに戻ってしまいそうだ。

 「隆之くん」

 俺が了承する前に、水谷が言ってきた。

 「おま、それずるい」

 俺の精神的な体力が破裂しそうだ。
 ドキドキドキドキ。
 名前を呼ばれただけなのに、なぜ俺の体はこんなに火照っているのだろうか。

 「隆之くん?」
 「いったんそれ禁止」
 「僕は構わないよ」
 「そう言う話じゃねえ」

 俺の体が限界を迎えそうなんだよ。
 もう、どうしたらいいのか分からないんだ。

 「水谷」

 俺は水谷の肩をつかむ。

 「やめてくれ」
 「亮って呼んでくれたらいいよ、隆之くん」
 「っずる過ぎるんだよ、お前は」
 「呼んでくれないの? 隆――」
 「分かったよ、亮」
 「好きだよ、亮は?」
 「好きだよ、亮」

 もう仕方ない。
 こう言うしかないのか。

 「僕も好きだよ、隆之くん」

 ああ、もう。結局俺のメンタルブレイクしてくる。
 ドキドキが限界突破してしまう、

 「もうだめだ」

 俺は床に倒れ込む。

 「ベッドに倒れ込んでもいいのに」
 「そう言う話じゃない」

 ★★★★★

 俺は父親に電話をした。

 「俺の友達を家に住まわせたいんだけど、だめかな」

 父親は今単身赴任中だ。
 実質俺の一人暮らし状態だ。
 そこに一人入れる。
 あまりハードルも無いはずだ。

 「だめだ」

 だが、俺の予想は一撃で壊された。

 「その期間は?」
 「二年だ」
 「なら駄目だ」


 だが、俺の予想は一撃で壊された。

 「一日二日ならまだしも、二年だなんて長すぎる。大方高校卒業までという事だろうが、流石にそれは認可できん。一人の父親としてな」

 まさかだった。すぐに許可されると思っていた。

 「だが、事情があるんだろう。流石に一蹴してしまうのも良くないと思っとる。俺にその子と合わせてくれないか?」

 ん、希望が見えて来たな。


 「会えば気に入ると思う」
 「そんな子なのか」
 「とりあえず詳細は後で話すから」
 「わかった」

 相変わらず威圧感がすごい。
 話すだけで冷や汗をかいてしまう。
 ここに水谷が居なくてよかった。
 何しろ、今の俺は緊張し過ぎてみっともなかった。

 とりあえず五日後に父さんは家に戻ってくる。
 その時に顔合わせして、許可を貰わないといけない。
 ほとんどそれがラストチャンスという事になる。
 何しろ、その日を逃すと次はもう無いと思っていたほうがいいからだ。

 水谷の引っ越しの日が着々と近づいているのだ。
 それまでに、水谷の定住先を確定させないと、水谷は水谷の父親について行かなければならないのだ。
 そうなればもはや終わりだ。

 俺と水谷は離ればなれになってしまうのだ。


 そして、運命の日はすぐにやってきた。

 「水谷、覚悟はいいか?」
 「うん、隆之くん」

 いつしか水谷は俺のことをたあきゅき君と言ってくるようになっている。
 なんだか俺は諦め切っている。
 だが、なんとなく水谷のことを亮と呼びたくなく案っている。
 それは、俺の意地だと思う。
 いつしか水谷の隆之くん呼びも慣れてきた気がするが、今もどきどきしてしまう。

 そして俺たちはファミレスの前にいる。
 ここで、父さんと対面するのだ。

 父さんは福岡県に出張に出ていた。
 そんな父さんがわざわざ栃木まで戻ってくるのは大変だっただろうなと思う。
 だが、わざわざ会いに来てくれたんだ。
 水谷の魅力を存分に味わってもらいたい。

 「緊張するなあ」
 「この前の俺も同じ気持ちだったよ。さあ、行くぞ」
 「うん」

 水谷が頷き、俺たちはファミレスの中へと入っていく。
 そこには、先に来ていたらしき父さんがいた。
 久しぶりに会う。この前はお盆に会ったっきりだ。
 それか二か月ほどあっていない。

 「それで、その子が噂の水谷亮か」

 腕を組みながら言う父さん。中々怖い雰囲気を纏っている。
 だが、臆するわけには行かない。

 「俺は亮と離れたくないんだ。だから俺の家に住まわせることによって、転校を回避できないかなと思った次第なんだ」

 俺は淡々と状況を説明した。

 「それは可能かもしれないな。しかし、問題はある。よその子を家に入れるという事は責任問題に生じる。そのことは分かっているのか?」
 「分かっている。よその、亮を家です回すという事は亮の健康を維持するという責務が生じるという事だ。だけど、そう言う部分で父さんに迷惑をかけようだなんて思っていない。実際に俺は父さんに一度も迷惑をかけてないと思う」
 「一人暮らしという意味ならほとんど迷惑をかけていないな。しっかりと自炊は出来てるみたいだし」

 そう言って父さんは鍵をジャラジャラと見せる。
 ここに来る直前に家に酔っていたのか。

 「しかし、二人になると別だ。二人分の炊事など出来るのか?」
 「僕がやります。僕、実は料理が得意なんです」

 水谷、しっかりと発言した。
 出会った頃は弱気で内気な少年だったのに、良く変わったものだ。

 「僕は僕自身で責任を負います。浅羽さんには何も迷惑をかけるつもりはありませんし、お金も払います。それでもだめですか?」

 父さんは息を吐き、そして腕を組みなおした。

 「正直なところ、どれくらい本気なんだ?」
 「ここで土下座出来ます」
 「土下座はだめだ。しかしやり切る自信があるというなら構わないと思っている。勿論、そちらのご両親が亮君の責任をすべて取るというのならば」
 「それは当たり前のことです。実際僕も両親と話して、責任は親が取ると言っています」
 「もそ出来なかったらどうする。その時になっては遅いぞ」
 「その時は素直に家に帰ります。でも、僕はそうならないように隆之くんと協力して頑張りたいと思っています」

 そう、亮が強く告げたところで、父さんが息を再び吐いた。

 「分かった。いいだろう。認めよう」
 「「ありがとうございます」」

 俺たちは全力のお礼をした。
 父さんはその後すぐに帰って行った。
 一晩家に泊まればいい物を、どうやら仕事が忙しいらしい。
 父さんは風のように来て、風のように帰って行ってしまった。

 「やれやれ、でもとりあえず」
 「うん、僕たちの同棲が決まりだね」
 「ああ」

 漸く、水谷と一緒になれる。
 嬉しい事だ。
 一緒にしたいことなんて山ほどある。今からでも妄想が膨らむ。
 ああ、楽しみだ。

 俺は水谷の顔をふと見た。すると亮は微笑み返してくれた。
 それを見て俺はうれしい気持ちになった。