「おーい、浅羽。飯食うっしょ?」

 友達である久山奏(くやまかなで)が話しかけて来た。


 「おう」

 俺、浅羽孝之(あさばねたかゆき)はそれに生返事を返す。
 いつもの流れだ。

 俺は幸せだと思う。

 だけど、俺の人生は何かがずっとかけている。
 奏たちには悪いが、俺はずっと飢えている。
 それが愛なのか、それとも夢なのかは分からない。

 だけど、兎に角俺には何かが足りないのだ。


 俺はちらっとクラスの片隅を見る。
 そこでは一人の男子生徒が絡まれている。
 じっと様子をうかがうと、何が行われているのか分かった。
 不良たちにパシられていた。
 そう、不良たちの分までパンを買わせられていた。

 おそらくいじめられているのだろう。
 今までも何度か同じような光景を見てきたのだ。
 
 確か、あの子は水谷亮(みずやりょう)とか言ったか。
 まあ、俺には関係のないことだ。

 わざわざ助けに行ってもめ事を起こす方が問題だ。
 俺は、飢えているとはいっても、それを埋めるのはもめ事ではない方がいいのだ。

 俺は不良ではないと、自分で思っている。喧嘩も強くもないし、強くありたいとも思わない。

 しかし、自分が真面目でもないと思っている。
 染めるの禁止の校則があるのに、髪の毛を金に染めていたり、耳元にピアスを付けていたりなど、先生から毛嫌いされるタイプの人間だ。

 とは言っても、ああいう人に迷惑をかけるようなタイプのクズ人間になるつもりはないのだが。

 「ねえ、浅羽ー」

 奏の声が再び聞こえる。
 そうだったな。
 呼びかけられていたことを忘れていた。

 俺は、そのいじめの現場を後めに、奏について行く。


 俺たちがいつもご飯を食べる場所は、教室ではない。ベンチだ。
 教室は騒がしいし、ゆっくりと食べられない。
 だが、このベンチは自由だ。風を浴びながらご飯を食べることが出来る。

 俺は横をちらっと見る。
 そこで、奏ははしたなく、足を広げながらパンを食べている。

 「人のことは言わんが、はしたないぞ」

 俺は別にスカートの中は見たくない。
 
 「それくらいいいっしょ。ウチと浅羽の仲なんだし」
 「まあ今更お前に発情なんてしないな」
 「うわっ酷い」

 よよよと泣きまねをする奏。

 「泣きまねされてもな」

 面白くもないし。

 すると、「へへ」と言って奏はまたご飯を食べ始める。

 俺はそっと空を眺める。
 今日も青空はきれいだ。

 俺は幸せなはずなんだ。一般論的に考えて、俺が幸せでないわけがない。
 女友達にも恵まれ、クラスの半数暗いとは挨拶を交わす仲になっている。
 しかもあんな陰湿ないじめの対象になるようなことも無い。

 
 「なに、暗い顔してんの」

 奏は俺の顔を見てくる。
 そしておでこにで軽くデコビンをしてきた。

 「うちといるんだから、うちに構え」
 「はいはい」

 うぜえうぜえ。

 その日、常にあのいじめ現場がリピートされている。
 脳内に幾度も幾度も流れて来る。
 そして、いじめられていた、水谷亮。
 その顔が幾度もリピートされてしまう。

 あの顔、可愛かったな。

 あれだったら俺の人生の渇きも満たされるだろう。
 時間を置くたびにそんな思いが強くなる。

 なんでだよ。俺はすぐにそう自分の頬を軽く殴った。

 男相手にそんなことを考えてしまったらだめだ。
 あれは関係ないだろ。

 可愛いなとか、女子に対して思うべきことだ。
 奏にすら思ったことが無いのに、今日の俺はどうしたんだろう。
 今日の俺おかしいな、そう思い俺は少し外へと走りに出た。
 こんな雑念をいつまでも置いておくわけには行かない。
 雑念消却だ。





 翌日もまた、水谷亮はいじめられていた。
 彼はまた、ストレスのはけ口にさせられている。

 不良たち、暇なんだなと遠目で可哀そうだなと思う。

 だけど、また雑念が出てしまう。
 その虐められている姿を見ると、今日もまた色っぽく感じてしまう。
 もっと不良たち水谷亮のもっと多くの感情を見せてくれだなんて、人として思ってはいけないはずのことを考えてしまう。
 ああくそ、もうだめだ。
 やはり、今の俺はおかしい。
 昨日からおかしくなってしまっている。

 俺は自身の胸をグッとつかむ。こういう時こそ、今の俺がよくわからないのだ。

 「ういーす」

 後ろから奏に話しかけられた。
 良かった。奏のおかげで少しだけ落ち着いた。

 「何見てたの? まさか浅羽もいじめを」
 「しねえから」

 こっちは見てただけだ。完全に勘違いされたかもしれない。
 だが、半分くらいは正解かもしれない。

 あの姿に見とれていたんだから。


 あれ?


 ここで俺はある悪魔的考えを思いついてしまった。

 俺が水谷亮を助けたら、彼は俺になびくんじゃないか?
 友達になれるんじゃないか?
 さすれば、俺のこの空いた胸を埋めてくれるようなイベントが起きるんではないかと。

 そう考えれば、俺の行動は早かった。

 「何をしているんだ」

 俺は男たちの前に飛び出した。

 「おー、浅羽ジャン。どうしたんだ?」
 「こんなことやめろよ」

 俺は低く鋭い声でそう言った。
 純粋にいじめという行為自体許せないが、俺の目的が、水谷亮と友達になる事、なんてことを知られたら笑われるだろうなと思う。でもそんなもの関係ない。

 「嫌がってるだろ」
 「おーい、浅羽ちゃん何言ってんの?」

 そう言って男――右京恭平は俺に近づいてくる。
 そのおかげで、その日焼け跡のすごい顔が俺の視界にすっぽりと収まる。

 「浅羽ちゃんもこっち側でしょ。陽キャ」

 別に俺は自身を陽キャだとは思っていない。ただ、友達が多いだけだ。
 それに人を虐めて快感を得る人種が陽キャなら、俺はそう呼ばれたくはない。

 「うるさい」

 俺はその首を掴む。

 「いじめは好きにしてくれ。でも、俺の目の前でやるなよ、目障りだ」
 「やるのか?」
 「ああ」

 すると早速恭平が俺に向かって殴り掛かってくる。
 好都合だ。恭平は怒りで前が見えていない。
 激情した男ほど行動を予測しやすいものはない。

 俺は早速、ズボン付近を触り、そのまま投げ飛ばした。
 昔柔道的なことはしたことがあるのだ。

 「もうこんなことすんなよ」

 俺はそう言って恭平とその取り巻きたちを無視して、水谷亮に話しかける。

 「大丈夫か?」

 水谷亮はコクコクと頷いた。
 俺は彼に「ちょっと昼にいいか?」と言った。すると彼は黙って頷ずいた。

 「おい、俺を無視すんじゃねえ!!」

 またか。やめればいいのに。
 恭平はまた俺に襲い掛かってきた。
 全く面倒くさい。

 「お前にかまっている暇はないんだよ!!」

 俺はまた恭平の顔に向け拳をふるう。
 その事態は教師人が気づき、止めに動くまで続く事となった。

 俺はその後、職員室で話を聞かれた。
 俺は、いじめられていた水谷を助け立正直に言った。俺はすぐに解放された。
 喧嘩を起こしたから即停学とかそのようなことにならなくてよかった。
 最後に髪の毛黒染めにしろーとは言われたが。

 教室に戻るとその場は収まっていたように感じた。