リレーの決勝の結果は、明花高校の大会記録更新を出して優勝となった。
それにより、名実ともに陸上部の来年の活動は保障されるだろう、と生徒会長の浩輝と僕が主将に伝えると、陸上部員は手を取り合い、肩まで組んで涙目で喜んだ。
眼に見えて安堵した様子の楽田の眼にも、涙が光っているのが見えた気がして、どれだけ彼にプレッシャーがかかっていたかがいまさらにわかり、とても申し訳ない気持ちになる。
「正式通達は来週中になると思うけれど、もう、大丈夫だと思っていいから」
「あざっす!」
浩輝の言葉に涙目の首相が深く頭を下げ、そして僕の方を向いてくる。何か今になって文句の一つや二つでもあるのかと思って、僕が内心びくびくしながら構えていると、主将は僕に涙目で笑いかけてきた。
「陸上部は目の敵にされてるって聞いていたから、廃部の話が出た時はもうダメかと思ってた。でも、楽田のこと気にかけてくれたり、今日も応援してくれたり……ありがとう、真木野」
「いや、僕の方こそ、理不尽な振舞いをしてしまって……ごめんなさい」
慌てて僕が頭を下げると、主将はくしゃりと笑い、「まあ、でもお陰ですごくいい引退試合になったし」と言ってくれ、僕はホッと胸をなでおろした。
そうして、陸上部とのわだかまりのような件もなくなり、競技会の閉会式を見届けて帰路に就こうとしたら、浩輝や青川さん達からヘンな顔をされたのだ。
「何してんの、真木野くん」
「え、何って帰ろうかと思って……」
「なんで?」
まるで僕が生徒会のみんなと帰るのがおかしいみたいな言い分に、こちらこそヘンな顔をしてしまう。
お互いに何を言っているんだ? みたいな空気になっている所に、「真木野さん!」と、声をかけられる。
みんなで一斉に振り返った先にいたのは、額に汗をかいて、どう見てもあわてて帰り支度をしたとわかる楽田が立っていた。髪もぼさぼさで、心なしか頬が上気している。
「よかった、まだいて」
「まだっていうか、もう帰るとこで……」
それよりも楽田は陸上部で帰らなくていいのか? と、言いかける僕の背中を、誰かがぐいぐいと押してくる気配がする。後ろを向くと、浩輝や青川さん、柿田までもが僕の背中や肩をつかむようにして楽田の方に押しやっているのだ。
「え、ちょ、なにしてんですか?」
「ほらほら、今日大活躍だったわが校のエーススプリンターにひと言お祝いを言いなよ」
「そういうのは会長からの方が……」
「いいからいいから」
そう言いながらすごく近い距離にまで押しやられ、僕と楽田が並ぶと、みんなは何か含みのあるような顔をして、「じゃ、また月曜日にね!」と言って、さっさと帰ってしまったのだ。
お祝いを言えと仕向けておきながら、それを聞きもしないで先に帰るってどういう了見だ? と、問いただそうにも、残された僕と楽田ではどうしようもない。ポカンとしたまま互いを見つめ合い、唖然としてしまう。
「どうしたんすかね、みんな……なんか、陸上部からも俺、先輩から、生徒会に挨拶して来いって言われて……」
「挨拶?」
「何か、応援のお礼言って来い、って」
「そんな、べつにそんな大したことは……みんな待ってるんじゃない?」
「いや、もう邪魔者は帰るねぇって帰っちゃいました」
「え? 帰った?」
邪魔者ってどういうことだ? と、楽田に聞いたところでわかるのだろうか……と、思案していると、楽田は急にもじもじとうつむき加減になり、後頭部辺りを掻きながらぽつりと呟く。その顔がなんだか真っ赤に染まっている。
「や、でも、真木野さんにはお礼言わなきゃだなって、俺も思ってたんで……。真木野さん、今日、すっげーデカい声で俺のこと、呼んでくれたから……それ、すっげー、嬉しかったんで……」
「え、あ……あれは……」
決勝のレースの際、スタンド席で立ち上がって、つい、“走介!”なんて叫んでしまったことを今更思い出し、聞こえていたのかと思うと僕まで一層赤くなっていく。
「だ、だってあの時、楽田、って言おうとしたんだけど……それだと、透のことも含めちゃうことになるから……。僕はもう、透のことは考えてもいなかったし、それよりも、楽田に……走介に、勝って欲しかったから……だから、その……」
言い訳をしようにも、言葉がとっさに上手くまとまらなくて、結局恥ずかしいくらいバカ正直な言葉が口をついて出て行く。話しながら、頬が、耳の端が、どんどん赤く熱くなっていくのが止まらない。だけど同じように、僕の言葉を聞きながら、楽田の顔も、耳の端も真っ赤になっていく。
これ以上にないくらい本当の気持ちを口にしてしまって、取り繕うこともできない僕は、ただじっと、楽田と見つめ合っていた。黒目がちで睫毛が長い目許が、まっすぐに僕を見据えている。黒い大きな目は吸い込まれそうに深い色をしている。
日によく焼けた長い指先がすっと伸びてきて、僕の白い耳元や頬の辺りに触れたかと思うと、そのまま肩まで伸びて包まれるように抱きしめられていた。
「……すげぇ、マジで、すっげぇ嬉しい……真木野さんが勝って、って思ってくれたの、すげぇ嬉しい。応援してくれたことも、名前叫んでくれたことも、ぜんぶ嬉しい。どうしよう、俺、いますっごく真木野さんが好きだ」
包んでくる腕も、それを通して聞こえる声も、震えていた。震える肩越しに見る彼の首筋はとても綺麗で、僕はそれに触れるように彼の首に腕を回し抱き寄せる。
「僕も、楽田が……走介が、好きだ。走っている時の君も、笑っている時も、僕の名前を呼んでくれるときも、君の全部が好きだ」
「真木野さん……」
「だから、僕はこの先もずっと、君を応援し続けたい。そばに、いてもいいかな?」
問いかけへの答えは、少しほどけた抱擁の先の口付けがすべてだった。日向のにおいのする肌が唇に触れ、食むように唇を重ねてくる。その感触は初めてのはずなのに、とても心地よくて、僕は小さく笑ってしまった。
数センチのインターバルを置いて再び離れた楽田の顔は、夕焼けの中で甘くとろけていて、軽薄さよりもいっそ底抜けに明るい彼の性格そのものに見える。
「ずっと、一緒っす。好きな人の応援ってすげぇ力になるんで。真木野さんがいてくれるなら、俺、どこまでもいつまでも走れそう」
「じゃあ、それに僕も連れて行って。一緒に走ろう」
いいっすね! と楽田は無邪気に笑い、また僕に口付けてくる。音がしそうなほど甘いそれは、僕らの間の蟠りをたちまちに溶かしていくようだ。
「真木野さんって短距離より長距離っぽいすよねぇ。ジョギングみたいのから始めてみます?」
「いいね。走介と一緒なら、きっと楽しそうだな」
「うん、走るの楽しいんだよ、真木野さん。俺が言うのもヘンだけど、勝つとか負けるのの前に、楽しいってのがあるんだよ。俺は、真木野さんは頑張り屋だから、きっとすごく楽しくなると思うんだ」
「頑張り屋、だなんて小さい子への誉め言葉みたいだな」
僕が思わず苦笑すると、楽田は僕の頭を、まるで幼い子にするように撫でながら、こう囁く。
「だってそうじゃん。真木野さんは、転んでも、ビリでも、絶対あきらめないで最後まで走る頑張り屋じゃん。俺、真木野さんのそういうとこ、昔からすっごい好きなんだ」
「え……待って、それって……」
「真木野さん、兄ちゃんのことばっかりで気付いてなかっただろうけど、俺も同じ小学校だったんだよ? だから、真木野さんが兄ちゃんのことで悲しい思いしてたのも、全部知ってた。名前までわかんなくて、入学した時に見かけて、同じ学校だ! って、すっごい嬉しくって……」
思ってもいなかった告白に、僕は目が点になり、そしてあらゆる恥ずかしさで顔が熱くなっていく。透と楽田は一つ違いなのだ。よくよく考えなくても、二人が同じ小学校に、つまり僕と同じ小学校なのも当然だろう。ただあの当時は、面識がなかっただけで。
「ごめん、すぐに言わなくて……でも、俺を兄ちゃんの弟って見られたくはなかったから」
「うん、それでよかったんだよ。走介が走介として僕に出会ってくれたから、僕は走ることを好きになれそうだから」
僕の言葉に、楽田が嬉しそうに顔をほころばせ、また頬に口付け、「真木野さん、超好き!」と囁く。
好き、愛しい、大好き――言葉にする時間さえ惜しいほどに楽田のことが好きな気持ちが溢れてくる。一緒にいよう、というよりも、一緒に走ろう、という言葉を僕が言えるようになるなんて思ってもいなかった。
(でも、それが、すごく嬉しい――――)
自分の中に新たに湧く感情に、くすぐったいような喜びを感じて口許が緩んでしまう。
「じゃ、帰ろうか、僕らも」
「そっすね。バス、あるかなぁ」
抱擁を解いて手を繋ぎ、僕らは夕陽に包まれるようにして歩きだす。
いまはまだ走るよりも一緒に歩きたい。そうしていつか、一緒に並んで走れたらいい。
走ることしかできないと言っていた彼から、走ることの美しさやすごさを教えてもらった。今度はそれに、楽しさを教えてもらえたらいいな、と思う。
好きな大切な人となら、かつて憎むほど嫌っていたことでさえも、愛しく見えてくるのかもしれない。
「走介、ありがとう」
歩きながら呟いた言葉に、楽田が嬉しそうに頷いて笑う。その笑みはサバンナの黒い翼をもつ大きな鳥のようでいて、それよりもはるかに美しく愛しかった。
それにより、名実ともに陸上部の来年の活動は保障されるだろう、と生徒会長の浩輝と僕が主将に伝えると、陸上部員は手を取り合い、肩まで組んで涙目で喜んだ。
眼に見えて安堵した様子の楽田の眼にも、涙が光っているのが見えた気がして、どれだけ彼にプレッシャーがかかっていたかがいまさらにわかり、とても申し訳ない気持ちになる。
「正式通達は来週中になると思うけれど、もう、大丈夫だと思っていいから」
「あざっす!」
浩輝の言葉に涙目の首相が深く頭を下げ、そして僕の方を向いてくる。何か今になって文句の一つや二つでもあるのかと思って、僕が内心びくびくしながら構えていると、主将は僕に涙目で笑いかけてきた。
「陸上部は目の敵にされてるって聞いていたから、廃部の話が出た時はもうダメかと思ってた。でも、楽田のこと気にかけてくれたり、今日も応援してくれたり……ありがとう、真木野」
「いや、僕の方こそ、理不尽な振舞いをしてしまって……ごめんなさい」
慌てて僕が頭を下げると、主将はくしゃりと笑い、「まあ、でもお陰ですごくいい引退試合になったし」と言ってくれ、僕はホッと胸をなでおろした。
そうして、陸上部とのわだかまりのような件もなくなり、競技会の閉会式を見届けて帰路に就こうとしたら、浩輝や青川さん達からヘンな顔をされたのだ。
「何してんの、真木野くん」
「え、何って帰ろうかと思って……」
「なんで?」
まるで僕が生徒会のみんなと帰るのがおかしいみたいな言い分に、こちらこそヘンな顔をしてしまう。
お互いに何を言っているんだ? みたいな空気になっている所に、「真木野さん!」と、声をかけられる。
みんなで一斉に振り返った先にいたのは、額に汗をかいて、どう見てもあわてて帰り支度をしたとわかる楽田が立っていた。髪もぼさぼさで、心なしか頬が上気している。
「よかった、まだいて」
「まだっていうか、もう帰るとこで……」
それよりも楽田は陸上部で帰らなくていいのか? と、言いかける僕の背中を、誰かがぐいぐいと押してくる気配がする。後ろを向くと、浩輝や青川さん、柿田までもが僕の背中や肩をつかむようにして楽田の方に押しやっているのだ。
「え、ちょ、なにしてんですか?」
「ほらほら、今日大活躍だったわが校のエーススプリンターにひと言お祝いを言いなよ」
「そういうのは会長からの方が……」
「いいからいいから」
そう言いながらすごく近い距離にまで押しやられ、僕と楽田が並ぶと、みんなは何か含みのあるような顔をして、「じゃ、また月曜日にね!」と言って、さっさと帰ってしまったのだ。
お祝いを言えと仕向けておきながら、それを聞きもしないで先に帰るってどういう了見だ? と、問いただそうにも、残された僕と楽田ではどうしようもない。ポカンとしたまま互いを見つめ合い、唖然としてしまう。
「どうしたんすかね、みんな……なんか、陸上部からも俺、先輩から、生徒会に挨拶して来いって言われて……」
「挨拶?」
「何か、応援のお礼言って来い、って」
「そんな、べつにそんな大したことは……みんな待ってるんじゃない?」
「いや、もう邪魔者は帰るねぇって帰っちゃいました」
「え? 帰った?」
邪魔者ってどういうことだ? と、楽田に聞いたところでわかるのだろうか……と、思案していると、楽田は急にもじもじとうつむき加減になり、後頭部辺りを掻きながらぽつりと呟く。その顔がなんだか真っ赤に染まっている。
「や、でも、真木野さんにはお礼言わなきゃだなって、俺も思ってたんで……。真木野さん、今日、すっげーデカい声で俺のこと、呼んでくれたから……それ、すっげー、嬉しかったんで……」
「え、あ……あれは……」
決勝のレースの際、スタンド席で立ち上がって、つい、“走介!”なんて叫んでしまったことを今更思い出し、聞こえていたのかと思うと僕まで一層赤くなっていく。
「だ、だってあの時、楽田、って言おうとしたんだけど……それだと、透のことも含めちゃうことになるから……。僕はもう、透のことは考えてもいなかったし、それよりも、楽田に……走介に、勝って欲しかったから……だから、その……」
言い訳をしようにも、言葉がとっさに上手くまとまらなくて、結局恥ずかしいくらいバカ正直な言葉が口をついて出て行く。話しながら、頬が、耳の端が、どんどん赤く熱くなっていくのが止まらない。だけど同じように、僕の言葉を聞きながら、楽田の顔も、耳の端も真っ赤になっていく。
これ以上にないくらい本当の気持ちを口にしてしまって、取り繕うこともできない僕は、ただじっと、楽田と見つめ合っていた。黒目がちで睫毛が長い目許が、まっすぐに僕を見据えている。黒い大きな目は吸い込まれそうに深い色をしている。
日によく焼けた長い指先がすっと伸びてきて、僕の白い耳元や頬の辺りに触れたかと思うと、そのまま肩まで伸びて包まれるように抱きしめられていた。
「……すげぇ、マジで、すっげぇ嬉しい……真木野さんが勝って、って思ってくれたの、すげぇ嬉しい。応援してくれたことも、名前叫んでくれたことも、ぜんぶ嬉しい。どうしよう、俺、いますっごく真木野さんが好きだ」
包んでくる腕も、それを通して聞こえる声も、震えていた。震える肩越しに見る彼の首筋はとても綺麗で、僕はそれに触れるように彼の首に腕を回し抱き寄せる。
「僕も、楽田が……走介が、好きだ。走っている時の君も、笑っている時も、僕の名前を呼んでくれるときも、君の全部が好きだ」
「真木野さん……」
「だから、僕はこの先もずっと、君を応援し続けたい。そばに、いてもいいかな?」
問いかけへの答えは、少しほどけた抱擁の先の口付けがすべてだった。日向のにおいのする肌が唇に触れ、食むように唇を重ねてくる。その感触は初めてのはずなのに、とても心地よくて、僕は小さく笑ってしまった。
数センチのインターバルを置いて再び離れた楽田の顔は、夕焼けの中で甘くとろけていて、軽薄さよりもいっそ底抜けに明るい彼の性格そのものに見える。
「ずっと、一緒っす。好きな人の応援ってすげぇ力になるんで。真木野さんがいてくれるなら、俺、どこまでもいつまでも走れそう」
「じゃあ、それに僕も連れて行って。一緒に走ろう」
いいっすね! と楽田は無邪気に笑い、また僕に口付けてくる。音がしそうなほど甘いそれは、僕らの間の蟠りをたちまちに溶かしていくようだ。
「真木野さんって短距離より長距離っぽいすよねぇ。ジョギングみたいのから始めてみます?」
「いいね。走介と一緒なら、きっと楽しそうだな」
「うん、走るの楽しいんだよ、真木野さん。俺が言うのもヘンだけど、勝つとか負けるのの前に、楽しいってのがあるんだよ。俺は、真木野さんは頑張り屋だから、きっとすごく楽しくなると思うんだ」
「頑張り屋、だなんて小さい子への誉め言葉みたいだな」
僕が思わず苦笑すると、楽田は僕の頭を、まるで幼い子にするように撫でながら、こう囁く。
「だってそうじゃん。真木野さんは、転んでも、ビリでも、絶対あきらめないで最後まで走る頑張り屋じゃん。俺、真木野さんのそういうとこ、昔からすっごい好きなんだ」
「え……待って、それって……」
「真木野さん、兄ちゃんのことばっかりで気付いてなかっただろうけど、俺も同じ小学校だったんだよ? だから、真木野さんが兄ちゃんのことで悲しい思いしてたのも、全部知ってた。名前までわかんなくて、入学した時に見かけて、同じ学校だ! って、すっごい嬉しくって……」
思ってもいなかった告白に、僕は目が点になり、そしてあらゆる恥ずかしさで顔が熱くなっていく。透と楽田は一つ違いなのだ。よくよく考えなくても、二人が同じ小学校に、つまり僕と同じ小学校なのも当然だろう。ただあの当時は、面識がなかっただけで。
「ごめん、すぐに言わなくて……でも、俺を兄ちゃんの弟って見られたくはなかったから」
「うん、それでよかったんだよ。走介が走介として僕に出会ってくれたから、僕は走ることを好きになれそうだから」
僕の言葉に、楽田が嬉しそうに顔をほころばせ、また頬に口付け、「真木野さん、超好き!」と囁く。
好き、愛しい、大好き――言葉にする時間さえ惜しいほどに楽田のことが好きな気持ちが溢れてくる。一緒にいよう、というよりも、一緒に走ろう、という言葉を僕が言えるようになるなんて思ってもいなかった。
(でも、それが、すごく嬉しい――――)
自分の中に新たに湧く感情に、くすぐったいような喜びを感じて口許が緩んでしまう。
「じゃ、帰ろうか、僕らも」
「そっすね。バス、あるかなぁ」
抱擁を解いて手を繋ぎ、僕らは夕陽に包まれるようにして歩きだす。
いまはまだ走るよりも一緒に歩きたい。そうしていつか、一緒に並んで走れたらいい。
走ることしかできないと言っていた彼から、走ることの美しさやすごさを教えてもらった。今度はそれに、楽しさを教えてもらえたらいいな、と思う。
好きな大切な人となら、かつて憎むほど嫌っていたことでさえも、愛しく見えてくるのかもしれない。
「走介、ありがとう」
歩きながら呟いた言葉に、楽田が嬉しそうに頷いて笑う。その笑みはサバンナの黒い翼をもつ大きな鳥のようでいて、それよりもはるかに美しく愛しかった。



