「何あんな大事なとこで転んでんだよ! バカじゃねえのか?!」

 教室の隅に追いやられた僕は、はるかに背が高く大柄な彼に睨みつけられ、何も言えなかった。
 だってすべては、僕がリレーのバトンパスで転んだことが原因なのは明らかだったからだ。

「お前さえ転ばなきゃ、ウチのクラス一位だったんだぞ!」
「……ご、ごめん……」
「お前、ただでさえ足が遅いんだから、みんなの足引っ張るようなことするなよな。お前のせいで、一位になれなかったんだぞ!」
「そうかもだけど、でも……」
「なんだよ、言い訳すんのか? 全部(まこと)のせいなのに!」

 名指しで責められ、僕はそれ以上弁明さえ許される状況じゃなく、周りを見ても、誰ひとりとして彼を停めてくれそうになかった。
 運動会直後の興奮した状態もあったんだろうと、いまなら思える。でも、幼かった僕や彼に、そんな冷静さがあったかはわからない。
 負けた悔しさで良かる彼の形相と罵声に、僕はうつむいて涙を堪えるしかなかった。

「やっぱ足が遅いお前なんか宛てにするんじゃなかった。マジ最悪」

 突き放すように吐き捨てられた言葉に、僕は言い返す気力もなく、ただうつむいて自分の上履きのつま先を見つめていた。
 足が速い彼の助けになればと、僕なりに頑張ってきたつもりだったのに……それさえも、その動機であった彼への想いさえも、全てこの瞬間に打ち砕かれてしまった。
 彼の中で僕がマジ最悪ならば、そんな彼に恋心を淡く抱いていた僕の気持ちはどうなるんだろう。

「……僕だって、頑張ったのに……」

 誰もいなくなった教室でひとり、誰にも届かない痛みを抱え、僕は幼い初恋の無残な終わりを突きつけられ、それ以来、僕は足の速い奴が大嫌いになった。