◇
「大智、なにしてんだよ。おいてくぞー?」
龍馬の急かすような声に、はっとした。
まさかと思い時計を見ると、今は1時間目が終わって間もなくの、休み時間らしい。
「お、おう」
俺はドア付近で待つイツメンに声を飛ばすなり、急いで荷物をまとめ始めた。
次の授業は理科の移動教室だ。悠長に座っている暇はない。
「わり、お待たせ」
二人の元まで駆け寄ると、俺は何かを誤魔化すようにハハッと笑った。
*
『──俺がこの前言ったこと全部、忘れてくれていいから』
今朝、そんな台詞を突きつけられて以来、俺の心はずっともやもやとした何かに取り憑かれていた。
冗談で言ったにしては、声も表情もやけに真剣で──なのに、朝練が終わって再び顔を合わせた滉大は、いつものクールな笑顔で俺に「おつかれ」と声をかけてきたんだ。
更にわけがわからなくなった。
だけど時間とともに、思考回路の狂った脳でも理解した。
言葉通り、アイツはこの前俺に伝えてきた〝好き〟という感情を全て忘れてほしい、そう言ったんだと。
全部夢だったと錯覚するくらい、連日続いた好き好き攻撃はパタリと止んだ。
でも変わったのはそれだけで──。
違う。変わったんじゃない。ただ、前の滉大に戻ったんだ。
ふざけ合って涙が出るほど笑ってた頃の、純粋にバッテリーやってた頃の、100%親友で相棒だったアイツに。
──そう、戻っただけ。それなのに、俺は……。
「ちょっと、大智ー?」
「わっ、なに!?」
ガチャッと勢いよく開かれたドアに驚いて目を向けると、そこには目を平たくし、ムスッと口をへの字に曲げた、妹の知紗希が立っていた。
「さっきから何回も呼んでるんだけど?」
「……あー、悪ぃ」
今日は自主練もせず、まっすぐ家に帰った。それから自室で苦手な英語のテスト勉強をしていたはずが、いつの間にか考え事にうつつを抜かしていたらしい。
「もー」
小学5年生の知紗希は、最近母親によく似てきた。俺とは似ても似つかないくりっとした丸い目は、特に瓜二つに思える。
7つも離れた兄を〝大智〟と呼び捨てで呼ぶのは正直どうかと思うが……まあ、愛嬌だと思うことにして許している。
「で、なにか用?」
すぐに尋ねると、知紗希の目は本来の愛らしい形を取り戻した。
「パパもママも今日帰り遅くなるって。だから、今日は私が夕飯作ろうと思って」
「おー、知紗希が作ってくれんの?」
「うん、それでね? 大智、何か食べたいものない?」
控えめにもキラキラとした瞳が俺を見つめる。
近頃料理にハマっているらしい知紗希は、今日みたいな両親が不在の時、進んで夕飯作りをしてくれる。ちょっと前までは俺が作ってたのになあ。成長の早さに驚くよ……って、俺は孫大好きじいちゃんか。
「んーっと……」
脳を切り替えた俺は、頭に食べ物を浮かべてみた。ハンバーグもいいし、唐揚げも捨て難い。
そうやって次々に思いつくものを闘わせていた最中、「あれ?」と驚いたような声が落とされた。
「うそ、大智彼女できたの!?」
「はっ?」
「だってだって、これ! 絶対手作りでしょう?」
急になんの話だ?
そう思いながら、興奮気味に指差す知紗希の指先を辿るとすぐ、俺のエナメルバッグに行きついた。
彼女に手作り。連想に当てはまるものは、一つしかない。
「御守りのことなら、残念だけどそんなんじゃねーよ」
「えーー! うそうそ!」
ストレートに伝えるも、知紗希はまだ信じていない様子で拳を上下に振る。
たしかに女の子にもらったものではあるけど……。
「これは……滉大のついでにもらったんだよ」
ぽつりと呟くように落とした。
するとやっと納得したのか、知紗希は俺を慰めるように肩を撫でた。
「なーんだ。やっと大智にもモテ期がやってきたと思ったのにぃ」
「うっせえ。俺は野球一筋だからいいの」
「ふぅん。でも大丈夫よ。私は大智、結構イケてると思うし。みんなまだ気づいてないだけなんだから!」
「はいはい、ありがとなー」
俺は見え透いたお世辞を受け流しながら、さらさらの頭を優しく撫でる。
小せぇ頭。ふとそんなことを思った時、「あっ!」と今度は何か思い出したように知紗希が声を響かせた。
「滉大ってもしかして、あの超イケメンな滉大さん?」
うわマズったか。今あんまり触れたくない名前を自ら出してしまったことに、後悔が過ぎる。
そんな中、「え……そうだけど」と怖々答えると突然、目の前の口元がにっこりと弧を描いた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんにお願いがあるんだけど」
で、でた! こう言う時だけお兄ちゃん!
「滉大さんのLI〇E教えて♡」
ああそんなことだろうと思ったよ。
いつだったか、たまたま俺と写ってる滉大の写真を見て、目をうっとりさせてたからなあ。
「悪いけど、アイツはやめとけ」
俺は迷うことなくそう答えた。
知紗希は案の定不満を露に、ぷくっと頬を膨らませる。
「なんでー! もしかして彼女いるの!?」
「かのっ、じょは……いないけど」
「けど……?」
うぐっと思わず口ごもる。〝けど〟なんなのか。自分でもよくわからない。
「アイツLI〇Eやってねーんだよ」
「え? 今どきそんな人いる?」
「こら、アナログ人間をバカにしちゃあいけません」
意味不明なことを口走ってしまったが、もう引くに引けない。
そのまま変な俺を貫くことに決めて数分、先に折れたのは知紗希の方だった。
「もー、じゃあわかった! 写真。写真でいいからちょうだい!」
「まあ……それだったら」
俺はスマホを取り出し、写真のフォルダを漁る。
そうしていくつかピックアップした写真を送ると、知紗希は「ありがとー」と言って、満足したようにふふんと鼻歌らしき声を洩らした。
「あ、それで夕飯のメニューは?」
すっかり忘れてた。
「んーっと、じゃあ……生姜焼きがいいかな」
「了解〜」
足取り軽やかに去っていく後ろ姿を静かに見送る。
やがてパタンとドアが閉められたのを確認した俺は、そっとスマホ画面に視線を落とした。
「懐かしいな……」
静かになった空間で一人、画面をスライドさせていく。小さな四角いそれには、たくさんの記憶が詰まっていた。
「あ、これ……」
何枚か見送ったところで、ぴたりと手が止まった。思わず見入ってしまったのは、滉大と二人、棒アイスを片手に笑顔でピースしてる写真だった。
その日は確か1年の夏休みで、暑くてたまらなかった部活の帰り道。
龍馬が『アイス買って帰ろうぜ〜』とか言い出して、3人でコンビニに寄ることになって……。そう、それで〝買い食いなんてしたことない〟って言った俺と滉大に、龍馬がいきなりスマホを向けてきたんだ。『祝! バッテリーズの初寄り道記念!』とかなんとか言いながらゲラゲラ笑ってさ。
この頃はまだ〝滉大智〟なんて言葉はなくて、二人とも仲良くなったばかりで……にしても、おかしいや。
じっと画面の中の自分を見つめながら、つい吹き出してしまった。
口は開けすぎだし、目なんて糸みたいに細い。俺、いつもこんな馬鹿な顔して笑ってんの?
ふっとニヤけた顔のまま、また新たに指をスライドさせていく。
次に目に止まったのは、2年の夏、大会の打ち上げとして、野球部全員で花火大会をやった時の写真だった。
その名も〝激レア・千早滉大の横顔写真〟!
……まあ、所謂盗み撮りみたいなもんだけど。みんなでわいわいと騒ぐ中、滉大だけは一人、花火も持たずに星を見上げていて。その時の憂いを帯びた横顔が妙に暗闇に映えててさ。モデルかよ! って思ったらもう、手が勝手にスマホを構えてた。
俺的にはこっそり撮ったつもりだったんだけどなあ。滉大にはあっさりバレてて、撮り終えるや否や『何してんだ』と怒られる始末。
『少しくらいいーじゃん』とか言う俺に、滉大が『なら俺も撮らせろ』と言ってスマホを奪ってきて、更に俺もやり返すわでもうめちゃくちゃだった。
おかげでブレて不細工な写真がフォルダにいっぱい残ってる。それも変なのは俺だけで、アイツは半目でもイケメンなのが、また俺たちらしいというか……。
ふとその時、何とも言えない感情が胸に押し寄せた。
──そうか。滉大とこうやって過ごすのも、この夏で最後になるのか。
運命だと思った出会いから、俺たちは色んな経験をしてきた。バッテリーを組んで、練習して、試合して、その間いいことばかりじゃなく、悔しい思いもたくさんしてきた。……全ては、甲子園に行くために。
それももう、今年で最後になる。俺たちが夢を叶えるチャンスは、あと一回しか残されていないんだ。
滉大が隣にいて、俺の前でミットを構えていて、その真ん中へボールを投げて、お互いに励まし合って、勝利にハイタッチを交わして。当たり前だと思っていた日々は、当たり前なんかじゃなくて。例え心から願ったとしても、いつまでも永遠には続いてくれない。
そんなこと、ちゃんと頭ではわかっていたつもりだった。なのにいざ目の前にすると、線香花火がぽとりと地面に落ちたみたいな気持ちになる。
『──俺がこの前言ったこと全部、忘れてくれていいから』
今やっと、そう言った滉大の気持ちが本当の意味で理解できた気がする。
なんでもわかるとか思ってたくせにな。結局こうなるまで気づけなかった自分に不甲斐なさが募る。
好きな人を頑なに隠してたのも、教えてくれなかったのも、忘れてと言ってきたのも全部。
俺のため、だったんだ──。
*
次の日、俺は慣れた足取りで朝練に向かった。
昨日は考え事をしていたせいでいつもより寝るのが遅くなってしまった。テスト勉強だって、中途半端なところで切り上げた。
でもおかげで頭が冷えたのか、今日の朝練は昨日のことが嘘だったみたいに絶好調だった。
滉大は、そんな俺に安心してるみたいだった。
やはり最後の甲子園へのチャンスを掴むために、俺に変な気を遣わせないために、自分の気持ちをなかったことにしようとしているんだと思った。
滉大が望むのなら、俺も今までのことを忘れた方がいいのかもしれない。
滉大が俺に好きだと言ってくれたことも、その時心臓がおかしくなったことも、きれいさっぱり忘れるのが正解なのかもしれない。
そしたら大好きな野球をなんの気兼ねもなく続けられる。甲子園にだってきっと近づける。
これはお互いの幸せのためなんだ。全て忘れて、目の前のことに集中しよう。
少し前の俺と滉大に、戻るだけなんだから。
──なんて、誰が思うか。
「滉大!」
朝練が終わってすぐ、部室から出てきた滉大の腕を俺は掴んだ。
滉大がどんな顔をしてたかなんて、見てないからわからない。俺はただひたすらに、人気のない校舎裏の木陰まで腕を引っ張った。
「話がある」
そう言って立ち止まると、目の前の表情が固くなった。
「……何?」
「あのさ──」
すっと首筋に汗が流れる。緊張のせいではない、腹はとっくに括ってある。そのために着替えだって急いだ。あとはもう、この声に乗せるだけ。
「滉大。この夏が終わったら、俺たち付き合おう」
確かめるように、ハッキリとした口調で落とすと、滉大は「は?」と短く言って瞬きをした。
それでも俺は、何度も何度も考えては出した答えを胸に、ゆっくりと唇を動かしはじめる。
晴れやかな青空は、俺の背中を押してくれているみたいだった。
「俺さ、ずっと考えてたんだ。俺って滉大のことどう思ってるんだろうって、恋愛感情として好きなのかって」
初めは違いなんてわからなかった。
ドキドキするのも、嫉妬するのも、嬉しいと思うのも、ただ友達に向けるそれと何が違うのか、ハッキリとした決め手がなかった。
だが〝忘れてほしい〟と言われたあの時、嫌だと思う自分に気がついた。
あんなにも戸惑ってたはずがさ。滉大が俺にぶつけてくれた感情は、その時抱いた感情は、全部俺には大切で、なくしたくない特別な気持ちだったんだ。
失いかけて初めてわかるとともに、自然と一つの答えに辿り着いた。
「多分そういう意味で好きなんだよ、滉大のことが」
だから付き合おうと言うと、滉大は素早く目線を外した。滉大は、俺の言葉を信じていない様子だった。……いや、すぐに信じられなかっただけかもしれないが。
「俺と大智の好きは違う」
そんな言葉が聞こえた瞬間、俺はたまらずその胸ぐらを掴んだ。
「違わない!」
「……っ」
「5年後も、10年後も、滉大のことを一番知ってるのは俺がいい。知らないお前の顔を一番近くでもっと見たい。それってお前の言う〝好き〟と何が違うの!?」
ダメだ、涙が零れる。かっこよく決めてやるつもりだったのに。
朧げになっていく視界の中、俺はありったけの力を込め声帯を震わせる。
「お前は俺のこと、そんな簡単に諦められんのかよ……っ!」
キッと上目遣いに視線を送ると、限界だった雫がぽろぽろと頬を伝い始めた。止まらない涙。流れてしまえばもう、あとはどうだってよかった。
「俺は絶対無理だよ。ずっと、滉大には隣にいてほしいから。お前の一番傍にいるのが俺以外なんて、そんなの考えるだけで嫌だ。……お前のミニトマト食べてやんのは、死ぬまで俺じゃなきゃ嫌なんだよ……っ」
思いのままに言葉を紡ぎ、ボロボロの顔で指先に力を込める。お前が俺の気持ちを認めるまで、絶対離してなんかやるもんか。
静寂の中、そんな思いを込めながら待っていると、ポツリ。
「……そんなの、俺もに決まってんだろっ」
溢れた掠れ声に、すかさず重ねる。
「なら受け止めろよ。なかったことになんかすんなよ」
「でもそれじゃあ大智が──」
「また暴投するかもって?」
「……」
やっぱりな……。あの時俺がミスったせいで、きっと滉大は自分を責めたんだ。俺を動揺させてるのは自分の好意のせいだと思って、それで〝忘れてくれ〟なんて、あんなことを。
だけどそれは、大きな間違いだ。
「さっきお前が受けた俺の球、どうだった?」
「っ、それは……」
「お前を好きだって思ってんのに、完璧だっただろ?」
「……っ」
「一人で抱え込むなんて絶対許さねえから」
……お前がいつもそうしてくれてるように。
「俺だって、お前の全部をしっかりと受け止めてやりたいんだよ……!」
「……大智」
「俺なら大丈夫だから。……だから、信じてよ」
二人で乗り越えるのが、〝バッテリー〟だろ?
そこまで伝えると、俺はおもむろに頬を緩めた。逡巡するように唇を噛む、アイツの顔を見つめて。
その唇は、程なくしてゆっくりと開かれた。
「でも俺、男だよ」
「わかってる」
「やっぱり間違いだったって言われても、聞いてやれねえかもよ?」
「それもわかってる」
何度だって考えた。
俺は男で滉大も男。そこに恋なんて生まれるものなのかって。でも、どうしてもこの気持ちを否定することはできなかった。滉大が隣にいない人生なんて、想像できなかった。
「俺はお前がいい。滉大じゃなきゃダメなんだ」
そう言ってまっすぐ見据えた俺は、
「これが俺の覚悟ってやつだ!」
吐き捨てるように言い投げ──塞いでやった。……その、否定的で憎らしい唇を。
「「〜〜っ!」」
痛い。多分すごい勢いで歯がぶつかった。
ズキズキと痛む口元を押さえながら「どうだ、わかったか」と睨みつける。
間もなく目に入った顔は、今までに見たことのない赤に染まっていた。
「……へたくそ」
斜め下に視線を落としながら放たれた一撃は、俺の顔をみるみるうちに上気させた。
「なっ、んなこと言われても俺っ、初めてだったし……!」
慌てて弁解みたいな言葉を早口で喋ってしまう。勢いであんなことをしたが、急に恥ずかしさが押し寄せてきたのだ。
どうにか挽回しなければ。早急に画策していたその時、「フッ」と洩れた笑い声が耳に届いた。
「ほんっと、大智って変わってるよな」
「……へ?」
思いもよらぬ言葉に間抜けな声を洩らしてしまった。
そんな俺の頬に、滉大の右手がそっと触れた。
「人がせっかく離してやったってのに、自分から飛び込んでくるんだもん」
「……っ」
「そういうとこ……ほんと好き」
聞いたことのない妖艶な声に、耳がぞわぞわと震えた。
目尻を優しく垂らしたアイツは、親指で形をなぞるようにゆっくりと頬を撫でていく。
「俺のこと、好きって言ってくれて嬉しかったよ」
「……えっ。あぁ、うん」
待って、やばい。こんなに近くでそんなこと言われると、本当にやばい。心臓が、呼吸が、何もかもおかしくて死にそうだ。
跳ね上がるドキドキゲージに必死に耐える。と突然、「けど……」と滉大が声色を変えて言って。
「〝多分〟なんだ。ちょっとショックかも」
「そっ、れは……! ごめん、恋愛とかしたことなくて、だから……」
幾分か暗くなったトーンに焦り、すぐにフォローの声をかける。そうやってあたふたする俺に、滉大は案外あっさりと「まあいいよ」と笑って返してくれた。
しかし、ほっとした俺が言葉を続けようと思った、次の瞬間だった。
「今は、な」
え──?
意味深な言葉が響いたと同時、いきなりグイッと顔を引き寄せられたと思ったら──唇に触れた、柔らかい感触。
2度目の、キスだった。
不意打ちに起こったそれに、俺はこういう時目を瞑るなんてことを忘れて、大きく瞼を見開いていた。
それから、何秒が過ぎただろう。触れ合っていた唇がゆっくりと離れた。そのまま自然に視線が絡み合い、そして──。
「これが本物のキス。わかったか」
まだ呆ける俺に、不敵な笑みが降り注いだ。
勝ち誇ったような、そんな顔。俺は何も返せず、ただそれを見つめてしまう。
「大智、顔真っ赤じゃん。〝多分〟が取れるのも意外とすぐかもね」
「……っ、見んな!」
俺は叫ぶや否や、腕で顔を隠した。
「大丈夫。すぐ慣れるって」
「〜〜〜〜っ」
恋愛初心者はお互い様じゃなかったのか。余裕ないのが俺だけなんて、なんか悔しい。
腕の隙間から睨みつけていると、
「そうだ、安心して?」
ニヤリと言った滉大に、首を捻る。
「もっと濃厚なのは夏大後まで取っといてやるから」
「のっ……!?」
ぼんっと一気に頭が沸騰した。
「ど、どうかお手柔らかにお願いします」
俺の口から洩れたのは、なんとも情けない声だった。
恥ずかしい。恥ずかしくて、今すぐ消えてしまいたい。そんな気恥ずかしさを取り払うように、
「……というか、お前は初めてじゃないのかよ!」
やけになって見上げたその人は、当たり前だと言わんばかりの顔で俺を見下ろした。
「初めてだよ。俺の初恋、大智だし」
「な、ならそれらしくしろってんだよ……っ」
「それらしくって?」
こいつ、絶対わかってて訊いてる。
ニヤニヤと口端を持ち上げながら、指をするりと俺の手に這わせてくる滉大は、最早策士だ。
「このっ……」
悔しい。何か言い返してやろう。そう考えているうちに、先を越された。
「ごめん冗談。本当は、嬉しくて死にそう」
「……ほんとかぁ?」
「本当だって」
滉大はそう言うと、俺の身体を自身の身体に引き寄せた。
「聞こえる?」
「お、おう」
どっちの音かわからない。激しく全身に響く二つの音。
「もう絶対、離さないから」
「……おう」
「その時がきたら……今度は俺から言う。改めてちゃんと告白するから。待ってて」
「……うん」
トクントクン──。高鳴る鼓動に酔いしれるように、そっと目を閉じた。
ぎゅっと強くなった腕から、滉大の熱を感じる。やっと、俺たちの気持ちは繋がったんだ。
そう思ったらまた、引っ込んだはずの涙が出てきそうになった。
「てか滉大の心臓やばすぎじゃない?」
「そう言う大智だって」
バッテリーの呼吸って、こんなところにまで現れるもんなの?
なんとなく恥ずかしくなって、お互い黙り込む。
そんな沈黙に最初に耐えきれなくなったのは、滉大だった。
「ははっ、俺たち心臓まで仲良しかよ」
急にそんなことを言うものだから、俺はここぞとばかりに呟いた。
「……そりゃあ滉大智だし?」
「フッ、それ自分で言うなって」
途端に滉大が吹き出して、つられるように俺も笑った。
そんな俺たちの笑い声は、高い空にまで届き、大きく響き渡っていた。
「なあ滉大」
「ん?」
「俺たち、絶対甲子園行こうな」
「……ああ。んでもって、少しでも長く一緒に野球やろう」
「おう!」
その時コツン、と拳と拳がぶつかり合った。
それからのことは、二人で一緒に考えればいい。
二人なら、キラキラの先へ向かっていける。
何の合図がなくても。俺たちのハートはこうしてちゃんと、重なっているんだから。
