「木村・・・だよな?よろしく!俺、新谷秋也だから!」と後ろから声をかけられる。ん?新谷秋也って今聞こえたような・・・。
ギョッとして振り返ると、茶髪のいかにも一軍という雰囲気のその男子が笑顔でこっちを見ていた____。
まさか私の席がよりによって新谷秋也の隣の席になってしまうとは思わなかった。たしかに席に着いた時からなぜかクラスメイトの女子がちらちらこっちを見ていたし、玲衣奈たちが口をあんぐり開けてこっちを見ていたのはこういうことだったか。
「あ、うん。木村です。よろしく・・・」と軽く挨拶する。元々私は仲良くなればたくさん話せるが人見知りだし、こんなチャラくていかにも一軍なタイプの男子はかなり苦手だ。でもそんな私の気持ちはお構いなしに、新谷は見た目がチャラかったが性格も明るく、隣からしょっちゅう話しかけてくるようになった。
「なあ、木村って永山さくら推しって聞いたけどマジ?俺同じグループの冬香推し!」
永山さくらというのは私が応援しているアイドルグループの推しメンだった。冬香はさくらと同じグループで活動しており、グループ内で1、2位を争うぐらいの人気があり、ライバル関係とされているメンバーだった。私がアイドルオタクなのは周りによく話しており、知り合いなら誰でも知っている。きっとクラスメイトの誰かから聞いたのだろう。
同じグループを応援しているところまでなら仲良くなる話のネタになっただろうが、お互いの推しメンがライバル関係なら仲良くなるどころかむしろ犬猿の仲になるだろう。そう思っていたのに私が肯定すると、新谷は好意的に話を続けた。
「アリサと理麻たちから聞いた!さくらソロデビューするよな!CD何枚買うの?」
「金欠だしレンタルで済ますかもだけど・・・。」
「まじっ?俺だって買うぜ!あ、良かったら俺買ったら貸そうか?」
「え、いいの?」
新谷の存在を知ってから私が想像していた人物像より明るく優しくもある男子だった。だからといって好きになるわけもなかったが、隣同士で物理的に話しかけやすく、頻繁に主にアイドルトークで話すようになった。同じクラスには新谷の他にもアイドルオタクがおり、たまに他の男子も話に加わるようになった。もちろん、私は玲衣奈や紗良、華菜と行動を共にしており、たまに3人を新谷との会話に入れたりするととても喜んでくれた。ごくたまにだが新谷に、恋バナもするようになった。
そんなある日、玲衣奈との友情を脅かし始める出来事があった。
私と玲衣奈は演劇部に所属しており、その日は部内で文化祭で上演する劇の台本決めを予定していた。私は小説家志望で毎回台本を書いて部活内の台本選考会に参加していた。
部室に入ると川口先輩と“その他”の先輩達が揃っていた。私が所属する演劇部は、私と玲衣奈を含め十人の部員で活動していた。
「あ、柚桜、玲衣奈ちゃんおつかれ!」と優しい表情の川口先輩と「お、おつかれさーん」と続いて挨拶してくれる“先輩達”。
『お疲れ様です!!今日もよろしくお願いいたします!』
文化系の部活だし普段は先輩達みんな優しいが、部活が始まると体育会系になり練習も厳しいのが、私と玲衣奈がいる演劇部だった。でも演劇部では自分らしくいられて、間違いなく私のかけがえのない居場所であり、何より川口先輩と話せる最高に幸せな空間だった。
「よし!じゃあ全部員が揃ったことだし、始めるか!全員ステージに移動するよ!」
私がいる演劇部は台本決めなど話し会いも練習も全て、学校内の講堂のステージ上で丸く集まって行うように決められている。この日はまずストレッチを行い、次に毎日欠かせない発生練習を行う。次に時期によっては台本決めを行い、練習を始める、と言った流れだ。ストレッチは必ず2人1組に分かれる。
基礎練習の一連の流れが終わり台本決めの時間になる。私を含めて部員十人が円の形に集まり、それぞれ持ち寄った台本を回して読んでいく。今回台本を持ち寄ったのは私の他に三人いた。つまり、私の台本が三人の先輩達の台本の内容より良いもの、それだけでなく文化祭で上演するのに適したものと判断されなければならない。
緊張した面持ちでいると、部長の柳田先輩が口を開く。
「なあ、これって木村が作った台本?どっかから引っ張ったやつじゃなくて?」
「あ、はい!自分で・・」
「テーマは何?」柳田先輩の表情が漢字突然無表情になる。
「えっと・・・」
「たとえば、恋愛、友情、家族愛、ハートフルストーリー、色々あると思うけど、この台本はいまいちテーマが絞り込めていないんだよなあ。何を伝えたくて書いたの?」
『いまいち』そんな言葉が繰り返し頭の中で再生される。みんなの視線が痛くなる。この台本はハートフルストーリーをテーマに意識して、いろんな人にうけるようにと意識して書いた台本だった。だが、この台本のテーマが何か、少なくとも柳田先輩には伝わらない台本だったということだ。
「なあ俺だけだったりする?みんなはどう思う?」
一斉に視線を逸らす八人の部員。川口先輩と玲衣奈は心配そうにこっちを見ているが目を合わせられない。柳田先輩は部員想いだしみんなの意見をいつも聞いてくれる。優しい面もあるが同時に言葉が厳しくなる時もある。
「玲衣奈ちゃん、木村の友人としての感情もあると思うけど、率直にどう思った?」
空気が静まる気配がした。玲衣奈。玲衣奈は毎回私の台本を早めに読んでもらっていて、玲衣奈だけはいつも私の味方だし毎回台本の選考会では私の台本に投票してくれていた。
「・・・私も・・そう思いました。」
「だよな。さすがに友人とはいえ、台本にテーマが絞られていないのは気になるよな。」
「はい・・・」
でも、玲衣奈は控えめな性格だ。部長の柳田先輩に「いいえ、そうは思いません」なんて言える性格ではない。だから柳田先輩に同調したのは仕方ないことだった。少し傷ついたが、気にしない。大事なのはこの後お気に入りの台本に投票するときに玲衣奈が私の台本に入れてくれれば、たとえ他の誰も私の台本に票を入れてくれなくても、励みにはなる。それでいいと、さっきの柳田先輩の発言で私はほぼ諦めの気持ちでいた。
「じゃあ、みんな候補の台本には目を通せたかな。投票用紙回すぞー!」
結局、私の台本には1票も入らなかった。つまり玲衣奈は入れてくれなかった。でも、柳田先輩の発言が全てとは思わなかった。柳田先輩の発言が理不尽なものというわけではなかったし、的を得た発言だった。だからこそ、落ち込む要素が強かった。文化祭で上演する劇の台本は川口先輩が持ち寄ったものに決定となり、それでなんとなく川口先輩とも気まずくなり居心地が悪く、川口先輩とも玲衣奈とも目を合わせづらく、部活の休憩時間になったタイミングでこっそり部活を抜け出した。
講堂も部室も通り過ぎ、螺旋階段を屋上まで上がって、屋上のドアに背中を預けて座り込む。私は本当に落ち込みやすい。たかが台本選考会に“また”落ちてしまっただけで知識も文章のセンスも上で頭がいい川口先輩に負けるなんて当たり前なことだ。なんでこんなに悔しいと思ってしまうんだろう。たぶん柳田先輩に見透かされていたからだ。
テーマをハートフルストーリーに決めたものの、恋愛にしようか友情にしようかテーマを迷いながら書いた台本だったことをきっと文系特進クラスの柳田先輩に見透かされたんだ。そのことが恥ずかしくてしょうがない。
そんなことを考えていると屋上のドアが開き___
「あれっ?木村?何してんの?!」
そこに立っていたのは新谷だった。
「え!どうした?こんなところで・・・」
「新谷・・・新谷は何してるの?」
「俺っ?!俺は部活中だったけどトイレ行こうとしたら木村がいて・・・」
「あー部活かー。テニス部だっけ?」
「そうそう!木村は演劇部だよな!」
「うん・・・」
「あ、もしかしてそっちも部活中だった?何かあった系?」
私は新谷にさっきまで部内で台本選考会が行われて、その時に自分の台本が選ばれなかったことを打ち明けた。新谷は話の途中で口を挟むことなく、話終わるまで真剣な顔でちゃんと聞いてくれた。
「そりゃあショック受けるよな!俺だってもうすぐ大会近いけどレギュラーに選ばれたことは一度もないぜー!毎回先輩とか顧問にプレイの仕方のダメ出しされてへこむけど、へこんでても上手くなるわけじゃないし、上手いなって思う先輩のプレイ見て技を盗むっていうか、良いところを真似するのを意識してる!」
「そっか、新谷ってちゃんとしてるんだね。」
「・・・どういう印象だったんだよ俺」
「うーん、チャラくてー・・・」
「おい!まあチャラく見えるだろうな!」
そう言って新谷は笑った。さっきまでの出来事を話しているときは下を向いて話していたから気づかなかったけど、新谷はトイレに行くのを我慢して私の隣に座って話を聞いてくれていて、チャラい性格のせいか距離が近くて、その近い距離で見た新谷の満面の笑顔に少し、少しだけだけどドキッとした。まるで太陽のようだった。
「・・あ!トイレ!トイレ行こうとしたんだよね?ごめんね、話聞いてもらっちゃってて・・」慌てて謝る。
「全然いいけど。俺でよければいつでも話せよ。あんま大したこと言えないけどさ、チャラい俺でも話したらスッキリはするだろ?」
「うん!スッキリした!ありがとう。部活頑張って」
「さんきゅ。じゃ。」
新谷が部活に戻り、私もあんまり部活から抜け出しているとさっきのことを気にしていたのがバレると思い、慌てて講堂に向かう。講堂に行く途中にある部室に近づくと、部室から川口先輩と玲衣奈が出てきて並んで講堂に向かっていく。二人の後ろ姿に向かって声をかけようとするが、できなかった。なんだか二人の後ろ姿を見ていると、距離が近い、お似合いかも、すごく仲良さげ、好きなのかなと謎の思い込みの感情が襲ってきて、声をかけられず、わざと遅く歩き二人との距離を空けていく。玲衣奈は、私と川口先輩とのことをすごく応援してくれているからそんなわけないのに、初めて私は玲衣奈に嫉妬の感情を抱いた。
その日は結局玲衣奈と川口先輩ともほとんど話さず、しかし全く気にしていない風を装いながら残りの時間を過ごした。部活が終わった後いつも通り玲衣奈と一緒に帰り、帰りの道中、玲衣奈は台本選考会の時のことを気にしていた。いつも通り優しい玲衣奈だった。そんな玲衣奈に嫉妬した私はなんてばかだったんだろう。
しかし、その日の玲衣奈へ抱いた疑惑はまだ続くことになる___。
台本選考会から2週間経ち、配役も決まり、本格的に劇の練習が始まった。台本は選ばれなかったが、主要の登場人物の役を勝ち取ることができて、私は台本のことに関しては切り替えることができていた。しかし、台本選考会のあの日以降、なぜか川口先輩は今までめったに話していなかった玲衣奈とよく話しかけるようになっていたことが気になっていた。玲衣奈は人見知りだがさすがにに部活で毎日顔を合わせている川口先輩には慣れたからか、楽しそうに話している。さすがに「話すな!」と思うほどは嫉妬深くはないが、なんでこのタイミングで急に仲が良くなったのか気になる。
「ねえ玲衣奈ー、最近川口先輩とよく話すようになったよね!なんかあったの?」ある朝、学校に向かう途中で歩きながら思い切って聞いてみる。
「えっ?あーそうかなあ。あんまり自覚はないけど。特になんかあったわけではないよ?」玲衣奈が答える。
嘘だ。今まで応援はしてくれていたものの、基本的に男子と話すのが苦手な玲衣奈は川口先輩だけでなく他の男の先輩とも必要最低限しか話していなかった。練習のことなどで分からないことがある時も玲衣奈が必ず聞いてくるのは私だった。でも玲衣奈は私に嘘をついたことは一度もないし、人に嘘をつくようなタイプではない。でも今の玲衣奈はあいまいに話を逸らそうとしていた。
「そういえば、柚桜、川口先輩と絡みある役だったよね?良かったじゃん!たくさん話して距離縮めるチャンスだね!」
やっぱり玲衣奈は私のことを応援してくれている。頭ではそう思うのに一瞬頭をよぎった不安が口から出てしまう。
「玲衣奈、川口先輩のこと気になってたりしないよね・・?」すると瞬時に玲衣奈の顔が曇る。
「え・・・なんでそうなるの?最近話すようになっただけだよ?なんでそれだけで私が川口先輩に気があるみたいになるの?」
一言「違う」と言ってくれれば信じたのに、急に質問攻めになった玲衣奈に疑惑の気持ちが強まる。いや、きっとここで「違う」と断言されてもあの頃の私は、心が幼く、嫉妬深く、変に疑り深いところがあった。
だから、本気で川口先輩を好きでいればいるほど、急に川口先輩と仲良くなった玲衣奈に疑う気持ちが止まらず、言葉によって自分から玲衣奈との友情を止めてしまった。
「質問攻めになってるじゃん。最近の玲衣奈怪しいよ。」
「なにそれ。怪しいって川口先輩と話したことが悪いみたいじゃん。柚桜の好きな人とは話しちゃダメルールとかあったっけ?」
「そんなルールはないけど、急に仲良くなったし・・」
「とにかく私は恋愛に興味ないし、面倒なこと言わないでよ!」
会話の流れがどんどん険悪なムードになっていき、話せば話すほどお互いにヒートアップしていった。だんだんお互いを悪く言うようになり、あんなに普段大人しくて控えめな玲衣奈でさえかなり怒っている。玲衣奈は全くそのつもりはなかったの一点張りで私に勘違いされて嫉妬されたことに呆れつつ怒っており、私はその時ただ嫉妬深く、玲衣奈が怒ったことで引くに引けなくなり、喧嘩がヒートアップしたまま学校に着く。
「もうキリがないからこの話終わりにしない?めんどくさいよ、柚桜・・とにかく!私は川口先輩に気があるとかないからさ!」と早くこの話を終わらせたい玲衣奈。
「・・・もういいよ!ずっとしらを切るつもりなら!!じゃあね!」
あの頃の私は精神的に幼く、感情的で、嫉妬深くて、大好きな親友でさえも恋愛が絡んでくると信じられなくなってしまう、ばかなやつだった。玲衣奈を置いて1人で教室に行く。
教室に行くと紗良や華菜が出迎えてくれた。
「ゆーらー!おっはよー!・・あれ?玲衣奈は?」
「一緒じゃないの?」
「・・・知らない。」適当に返事をして、不思議そうな顔で見つめる紗良や華菜を尻目に席に着く。私はまだ頭に血が昇っているようだ。少し遅れて玲衣奈が教室に入ってきた。
「あ!玲衣奈おはよう!」と紗良や華菜が玲衣奈のもとに駆け寄る。
「・・・おはようー」と元気のない玲衣奈の声が聞こえてくる。やっっぱり言いすぎたかもしれない。どうしよう。
「木村!おっす!」隣の席の新谷が話しかけてくる。今はそっとしといてほしいのに・・・。
「おはよ。」無視するのは変だと思い短く返事はする。
「・・・おう。」新谷が顔を覗き込んでくる。しかし何も聞いてはこず近くの席の男子と話し始める。
その日は部活に行かず、図書室に向かい、私が応援している永山さくらが所属するアイドルグループ、“エストレージャ”のベストアルバムを手に取る。エストレージャはさくらや冬香を初めとした17人が初期メンとしてずっとグループを支えてきて、今や国民的アイドルグループになりつつある。他の初期メンはアイドルを卒業してしまい、初期メンはさくらや冬香だけになってしまったが、2人がライバルとして切磋琢磨していることで、後から入った後輩のメンバーたちの良い刺激になっている。さくらはアイドルなのに控えめな性格で目立ちたがりじゃないのに、グループのセンターを冬香と競わされているからネットでよく叩かれているが、笑顔が眩しくて私は初めて見た日から虜になった。
「あ、木村!こんなところにいたのかよ、何してんだよ?部活じゃねえの?」エストレージャのベストアルバムを視聴していると、新谷が図書室に入ってきた。
「あ!エストレージャ!!ベストアルバムじゃん!置いてあったんだ!」
「・・・声大きいよ、図書室なんだし。」
「あ、やべっ。それ見して」声量を落として新谷が隣に座ってくる。
「エストレージャこん時から好きだったんだよな。冬香が急にダンス覚醒してさ。あ、夏曲も入ってるんじゃん、最高」
「ね、エストレージャは夏曲が1番好き」
「夏曲いいよなー!握手会は行ったりしてんの?」
「1ヶ月に1回ぐらいかな。」
「1人で?」
「うん。」
「1人で行くの寂しくね?1人でも楽しいけどよ!いつも一緒にいるやつらとは行かねえの?」
「えっ?」そう言えば、1回だけ玲衣奈をエストレージャの握手会に誘って一緒に行ったことはある。その時玲衣奈は周りの熱気に圧倒されていたが、好みの顔のメンバーがいて、その子に髪型を褒めてもらって「神対応してもらった!」と嬉しそうにしていた。私までそれがすごく嬉しかったのを思い出した。
「やっぱりなんかあったよな?朝からなんかイライラしてるし。」
ばれていた。そりゃあそうだ。私はよく感情が顔に出やすいし、朝は玲衣奈と喧嘩した直後でイライラしていたのと、玲衣奈に言いすぎてしまった自分にもイライラしていた。
「ちょっと喧嘩しちゃってさ・・玲衣奈と。」
「仲直りすりゃあいいじゃん。」
「そう簡単に言わないでよ・・玲衣奈とは何回も喧嘩したことあるけど、いつも玲衣奈から謝ってくれていて、私いつも自分から謝ることができないの。」
「でも絶好したわけじゃないんだろ?」
「絶好なんてしてない!玲衣奈は親友だし、でも私が・・ほら、前に話した川口先輩っていう好きな人と玲衣奈が仲良さそうだったから、もしかしてって思っちゃって嫉妬して・・」玲衣奈と絶好なんて考えられないしありえない。でも、何回も喧嘩してきてその度に優しい玲衣奈はいつも先に謝ってくれていた。でも私が自分から謝ることは今までで一度もなかった。
「じゃあ仲直りしたい気持ちはあるんだ?」
「うん、まあ・・・」
「じゃあ『ごめん言いすぎた!』って言ってくればいいんじゃんね?あいつ優しいし、大して怒ってないと思うぜ!」さっきはあんなにエストレージャのベストアルバムに食いついていたのに、真剣な表情でこっちを見て新谷が話を聞いてくれている。その真剣な表情に少しドキッとする。
「うん・・明日謝ってみる。」
「さっきあいつ1組で小テスト点低かったとかで居残り受けてたぜ。終わるまで待って謝っちゃえよ。明日とか言ってるとやっぱ気まずいとか言って謝りにくくなるんじゃね。」
「そうなんだ。じゃあ待って謝ってみる!ありがとう新谷!」
「おう!じゃ、俺は帰るわ。」
あれ。図書室に用があったんじゃなかったのか。私が朝から様子がいつもと違ったから、まさか気になって探してくれたとか?考えすぎか。でも、新谷に話してスッキリしたし、ちゃんと玲衣奈に謝る決心がついた。新谷がせっかく背中を押してくれたんだから、しっかりと謝りに行こう。
1組の教室の近くで30分ほど待つと先生が出てきた。そして先生に続きぞろぞろと居残り組の生徒たちが出てくる。1組を覗くと玲衣奈が帰り支度をしていた。
「玲衣奈!」教室から出てきた玲衣奈に声をかける。
「わっ!びっくりした・・・」
「あのさ、朝のことなんだけど、ごめん。さすがに嫉妬深すぎた。あと言いすぎてごめん。」
玲衣奈は笑って許してくれた。「柚桜から謝るなんて珍しー」と冗談を言われたが、何よりびっくりしたのは、最近玲衣奈が川口先輩と仲良さそうに見えた理由だった。
初めは、部活の台本選考会でのことで私が落ち込んでいないかと川口先輩が心配しており、玲衣奈が「じゃあ元気づけるために柚桜の好きそうなところに演劇部の決起集会のような感じで演劇部の部員全員でどこか遊びに行くのどうですか?」と提案してみてくれたようだ。すると、川口先輩から私の好きなものを聞かれ、色々と教えてくれたそうだった。だから、もしかしたら一緒にお出かけできるかもよと玲衣奈に冷やかされた。玲衣奈は私と川口先輩の進展のために、2人きりより、演劇部での集まりなら川口先輩も来てくれるのではないかと思い、後押ししてくれていたのに、私は全くもって勘違い野郎だった。
それから週が明けて、ある日部活を終え家に帰ると川口先輩からメールが来た。
『お疲れ様。文化祭の劇で柚桜、主要キャラに選ばれたことだし、決起集会も兼ねてどこか行きたい場所ない?』
『お疲れ様です。原宿のスイーツが食べ放題のところ行ってみたいです!』
玲衣奈によると、川口先輩は意外にも甘党らしくスイーツ好きらしいという。この情報は私がまだ玲衣奈に嫉妬していた時に、玲衣奈が私のために川口先輩に聞いてくれていた。
『オッケ!じゃあ原宿に13時くらいに待ち合わせしよう。』そこで疑問に思った。もしこのお出かけが演劇部の決起集会を意味するならば、なんで個人的なメールで誘ってくれたんだろう。今日の部活中は決起集会のことをみんなに話す様子はなかった。まさか2人でってことだろうか。玲衣奈に聞いてみよう。
「ねえ玲衣奈、川口先輩と話していた決起集会って、きっとみんなでって意味で話していたんだよね?玲衣奈は誘われている?」翌朝、学校に向かういつもの待ち合わせの場所で会った瞬間待ちきれず聞いてみた。
「おはよう!・・うん、みんなでってたしかに話していたけど・・その方が2人より柚桜が緊張しないで楽しめるかなって思って。私は誘われてないけど・・え!柚桜は誘われたの?川口先輩から?!」
昨日川口先輩から送られてきたメールを玲衣奈に見せる。
「えー!!これって絶対2人ってことじゃない?!昨日も部活中そんな話してなかったし!」
「やっぱり?」
「えー!!良かったじゃん!2人きりなら初デートじゃん!デートに誘われたなんて私感動ー。柚桜ファイト!」
「ありがとう!緊張するけど頑張るよ。」
その時はたしかに本当に嬉しかった。中学に入学してすぐ、担任の先生が部活には入った方良いと話していたため、運動が苦手な私が適当に選んで見学に初めて行った部活が演劇部で、そこで川口先輩に出会い、一目惚れをした。それから高校1年に上がるまでこうしてずっと好きでいつづけた。それぐらい大好きな川口先輩にデートに誘われたのだ。恋の快挙と言っても過言ではない。
でも人は時に自分がいかに幸せな状況に気付きながらも勿体無いことをしてしまう時がある。あの頃の私はきっと学生時代で1番幸せな波に乗っていた。でもその時期に差し出された優しくて幸せな手を自ら離してしまうとは、あの頃の私はまだ気づいていなかった___。
週末、本当に私と川口先輩は2人で会うことになった。
演劇部で新入生歓迎会や文化祭の上演後に打ち上げを称して、部員全員でマックに集まったりしたことはあったが、2人きりで会うのは初めてだった。玲衣奈の言う通り、これは正真正銘“デート”だ。そう思うととても緊張してくる。エストレージャのデビュー曲である疾走感のある恋愛ソングを聞きながら待ち合わせ場所に向かうと、“私が恋愛物語の主人公だー!”という気分になれてテンションが上がる。
待ち合わせ場所は渋谷駅のハチ公前だ。さすが渋谷駅は地元の駅と比べて人が多くて、ハチ公前に着いても周りに人がごった返していて、この中から待ち合わせの相手を見つけるのは普通なら至難の業だと思うが、好きな人ならどんなに集団に紛れていてもそこだけが光を放っているようにすぐに見つけられる。川口先輩はハチ公前で難しそうな本を読んで待ってくれていた。
「おはようございます。お待たせしました!」
「おはよう。じゃあ行こうか。」いつもみたいに優しい笑顔を向けてくれる。この笑顔が私の癒しで大好きだ。今日もかっこいい。そして今日はいつもと違って私服姿を見れるなんて最高に幸せだ。なのに・・・。
『木村!おっす!』
『なあ、木村』
『木村!こんなとこにいたのかよ?』
新谷の眩しい太陽のような笑顔が急に頭に浮かんでくる。今は川口先輩とデートしているのになんで・・・。
私たちは初めに渋谷駅の映画館で、私が気になっていたホラー映画を見た。ホラー映画は滅多に見ないが、そのホラー映画はエストレージャのミュージックビデオに出演していた俳優が主役を演じており、見てみたかったのを川口先輩に話したら、「柚桜が見たいものみよう!」と笑って言ってくれたのだ。
その後は渋谷駅から原宿まで歩いてスイーツ食べ放題のカフェに行った。歩いている道中はほとんど部活の話をしていた。
そして玲衣奈の話題も出た。玲衣奈は台本選考会でのことをすごく心配してくれていて、どうしたら私が元気出るか川口先輩に相談してくれていたそうだ。玲衣奈は私が思っていた以上に優しいし、友達の好きな人をとろうなんて考えるような子じゃないのに、そんな玲衣奈を私は疑ってしまった。冷静になって考えてみれば分かることなのに分からなかったのは、大事なところが私には見えていなかった。“恋は盲目”と誰かが言っていたけれど、本当にそうなのかもしれない。
自分のそんな短所に気づき反省していると、川口先輩は話題を変えた。
「そういえば、柚桜は最近もエス・・トレージャ?だっけ?今もハマっているの?」
「あ、はい!かなりハマってしまっています。最近新曲も出て、握手会に行くためにお小遣い貯めてCD買っています。」
「そうなんだ!柚桜、お誕生日も近いし、誕プレってことでCD買ってあげても良いよ?」とまさかの提案をされる。川口先輩が私ののお誕生日を知っていたなんて驚きすぎる。自分のお誕生日を教えたこともなかったのに。でも好きな人に自分のお誕生日をしてもらえていて、さらに誕プレを買おうとしてくれただなんてこの上ない幸せすぎるんじゃないだろうか。でも、そんな幸せな思いに浸っていてもあいつの顔が思い浮かんでくる。新谷だった。
新谷とその友人の近藤は同じエストレージャのファンでよく新曲の話やライブの話に音楽番組の話などで大いにいつも盛り上がる。3人で大好きなエストレージャの話をする時間は楽しくて密かに毎日の楽しみでもあった。エストレージャは今や国民的アイドルグループになりつつあるし、クラスメイトの中でもいわゆる新規ファンが少しずつ増えてきているが、新谷と近藤はかなりマイナーな曲も分かっているし話していてすごく楽しい。
玲衣奈とまだ喧嘩していて図書室に駆け込み、エストレージャのベストアルバムを聴いていた日のことを思い出す。新谷は隣に座り真剣に私の話を聞いてくれた。新谷はいつだって距離が近いしふいにドキッとしてしまうこともある。新谷は、新谷は____。
「柚桜?聞いてる?」ハッとした。何、私___。なんで川口先輩とせっかくのデートなのに新谷のことばかり考えているんだろう。
「あっすみません。ボーっとしてました。」
「疲れちゃった?もうすぐ柚桜が言っていたスイーツのカフェ着くけど、そこのベンチで休憩する?」
「いえいえ!大丈夫です!早くいきましょう!混んでいる時は行列すごいらしいですし!」
つい、焦って川口先輩の手を引いた。大好きな人の手。私より大きくて、私より指が長くて、綺麗な手。この手といつか私の手が交わる日を夢見ていた。でも、今はそれほどドキドキはしなかった___。
川口先輩とのデートでは、あんなに楽しみにしていた割には大してドキドキしていない自分に気付き、目の前に川口先輩がいるのになぜか新谷のことばかり考えてしまい、そんな自分に戸惑うばかりだった。
それ以降、川口先輩とは何回かデートに誘ってもらえるようになり、そのことを玲衣奈や紗良に華菜に話すと大喜びしてくれて「良かったねー!付き合うまで時間の問題かも!」と祝福してくれたが、私はなんだか複雑な気持ちでいた。新谷のせいだった。やたらと新谷を目で追ってしまうし、新谷に話しかけられるのを待っている自分がいる。でもそれはきっと一時の気の迷いだと自分で納得し、ただただいつもと同じ変わらない日常を過ごしていた。
あれから一年が過ぎ、クラス替えの日がやってきた。私、玲衣奈、紗良、華菜、新谷、近藤の6人は高校2年生になった。
またこの嫌な緊張感が漂うイベントが始まった。全てが決まる。一年間誰と行動を共にするか、寂しくぼっちで過ごすことになるか否か、クラスメイトのメンツによっては楽しい一年になるかが関わる。今回のクラス替えはそれだけではなかった___。
「今年も同じクラスになれるといいね!」学校に着くと、あちこちで聞こえる同級生・他級生の声。私はよく元気があるとかいつも笑顔だとか言われるが実は人見知りだ。だから友人の誰もいないクラスに所属になってしまったら、友人を新しく作る勇気はないし、ぼっち確定だろう。
「私たちも同じクラスになれるといいね。」玲衣奈が言う。
去年も同じクラスだった紗良や華菜は一昨年はそれほど仲が良いとは言えなかったが、去年でかなり仲良くなって休みの日に一緒にテーマパークに行ったりした。
玲衣奈、紗良、華菜と一緒にクラス替えのプリントが貼ってある掲示板の前に着くと、やはり大勢の同級生たちが群がっていた。今日のために眼鏡を持ってきた私は必死に自分の名前を探す。まずは1組。早速私の名前があった。私の名前の下を辿っていくと、玲衣奈の名前もあった。ほっと肩を撫で下ろす。
「柚桜、同じクラスだったね!良かった!」玲衣奈の声でハッとする。玲衣奈の名前が見つかった後、なぜか私は新谷の名前を探していた。でも一組に新谷の名前はなかった。どうして私は新谷の名前を探してしまっているんだろう。そう思いながらも他のクラスの名簿を見始めた時に玲衣奈に話しかけられた。
「・・あっ、ね!良かったよー!」玲衣奈と喜び合う。
「私たちはクラス離れちゃったねー・・・3組だった。でも華菜とは一緒だ!」と紗良。私と玲衣奈は一組、紗良と華菜は三組になった。紗良と華菜とはテーマパークに行ったをきっかけに仲良くなれた。なのにクラスが離れてしまった。これできっと話すこともなくなってしまうだろう。
そんなことを思いながら一組の教室まで行くと、三組の教室は一組の向かい側にあった。
「向かい側なんだね!クラスは離れちゃったけど、休み時間とかそっちに話に行くね!」と華菜が言った。
「だね。私たちからも三組に行ったりするね!」
そう言い、私と玲衣奈、紗良と華菜は別れた。そして緊張しながら私と玲衣奈が教室に入ろうとすると___。
「木村!」新谷が話しかけてきた。
「おっす!木村一組なんだ?クラス離れちゃったな!」
「うん。新谷は何組?」
「おれ三組!」紗良や華菜と同じクラスだ。
「そっか!・・・」言葉が出てこない。今、私は新谷に話しかけられてものすごく嬉しいと思ってしまった。
それになんだか体が暑い。すごく緊張するのはなんでなんだろう。去年同じクラスであんなにほぼ毎日話していたのに、なんで今更緊張して体まで暑くなるんだろう。
「まあクラスは違くなっちゃったけどさ!たまには話そうぜ!じゃあ!」そう言って新谷はいつもの笑顔を浮かべて三組の教室に入って行った。
一組の教室に戻ってからも、体が暑いのが続き、気持ちが高揚していた。席に着いて玲衣奈が何回も話しかけてきているのに、頭が追いつかなくて全然気づけなかった。
「あっごめん玲衣奈!なに?」
「どうしたの?ぼーとして・・」
「・・・玲衣奈、あとで話がある。」
私はこの日になって、新谷に話しかけられて、初めて気づいた。私は、新谷のことが好きなんだ___。
担任の先生が教室に入ってきてホームルームを始め、新しいクラスということで先生の提案で全員がみんなの前で自己紹介をするという地獄が終えたところでチャイムが鳴り休み時間になった。玲衣奈は私の1つ後ろの席だった。玲衣奈がこっそり言う。「で?話ってどんな?」
「ちょっと部室行こう。」高校2年生の教室は演劇部の部室と同じ階にあったので10分しかない休み時間の間でも行って話ができる距離だ。
部室に入ると早速本題に入る。
「前に玲衣奈に、川口先輩のことで嫉妬して言い過ぎちゃったことあるでしょう?あんなに嫉妬しといて急にって思うかもしれないんだけど・・・好きな人ができたの、違う人。」いくら親友の玲衣奈が相手でも、好きな人ができた報告は緊張して早口になってしまう。真剣に聞いてくれていた玲衣奈は、私が言いきると目をぱっちり見開き、
「ええっ?!違う人好きになったの?!あんなに好きだったのに?何があったの?え、本当に??誰?私知っているかな??」私がどれほど川口先輩を好きでいたか隣でずっと見守ってくれていた玲衣奈は、相当衝撃だった様子で、質問攻めを始めた。
「さすがに驚くよね。うん、玲衣奈も絶対知っているよ。去年同じクラスだった新谷。」そう答えると、さっきよりも目を見開いて驚かれた。
「え!!あの新谷?川口先輩とタイプ違う気がするけど・・でも応援するよ!新しい恋おめでとう!」
親友の玲衣奈に、また自分に好きな人ができただけで祝福されて、嬉しくなる。でも好きな人ができるって実は普通のことではなくで、とても喜ばしいことなんだと思う。春に激しい雨で桜が降られ、それでも桜が全部は散らずに綺麗に咲き続けるぐらいに素敵なことなんだと思う。恋には嬉しい時も悲しい時もあるものだけれど、私は好きになれるような人に出会えることがとても幸せに思う。
チャイムが鳴り慌てて教室に戻る。この新しいクラスになれるまではどのくらいかかるのだろう。まず顔すら見慣れないクラスメイトが多く、先生が来ていないため賑やかな教室中を見渡す。
すると一際目立つ美少女がいた。黒髪だがうっすら茶髪も混じっていて、髪はロングで話すたびにサラサラなびき、明るく綺麗な声で愛くるしく笑う。目はぱっちりと大きく、見目麗しい子だ。何という名の子だろう。あの子を見た人全員が全員そう思うだろう。間違いなくクラスのマドンナになるだろう。そう思うながら見つめてしまっていると、その美少女がこちらを向いた。そしてニコッと笑いかけてこっちに来る。
「木村さんだよね?演劇部の!初めまして!私、澪っていうの、よろしくね!」
「あ、うん、木村柚桜です。よろしくね。」
「下の名前、柚桜ちゃんっていうんだ!あっ、じゃあ柚桜りんって呼んでいい?響き可愛くない?」
「あ、うん、いいよ。」
するとここで先生が教室に入ってきた。
「あ、じゃあまたあとでね!柚桜りん!」
可愛らしすぎる呼び方をされて照れ臭かったが、なんだか嬉しかった。私は人見知りだし自分からはうまく話しかけられないので急に美少女に話しかけられて緊張した。
それから澪はよく話しかけてくれるようになった。柚桜りんと気さくに呼んできて愛らしい笑顔で笑う澪は、女の私でさえドキッとする時があるくらいに見目麗しかった。澪と話しているときは男子からもちらちら視線を感じる。
そんなある日、三時間目の休み時間に澪と話し込んでいると衝撃的なことを打ち明けられた。玲衣奈はその時三組に行って紗良や華菜と話し込んでいた。
「ねえ柚桜りんってさあ、好きな人いる?」
「・・・いるよ。」澪はクラスの男子がチラチラつい目で追ってしまうほど、見目麗しい見た目で性格も明るくて優しく、否の打ちどころがなかった。澪はクラスの一軍女子に所属していたが、こんなに完璧な澪となら苦手な一軍に所属してようが仲良くなりたいと思い始めていた。だから好きな人がいることを打ち明けた。
「え!誰??このクラスの人?」
「澪はいるの?」名前を言うのはさすがに恥ずかしく話を逸らす。
「私?実はいるんだあ。秋也君って知ってる?」
新谷だ、新谷は下の名前を秋也と言う。
「新谷か!去年同じクラスだったよ!新谷みたいな男子がタイプだったんだね!」
「うーん、チャらく見える人はタイプじゃなかったんだけど、体育の授業中に具合悪くなって保健室行った時に秋也君がいて、秋也君は足擦り抜いて絆創膏貼りに来てたみたいで、それで初めて話したんだけど、かっこいいなあって思ったの。一目惚れみたいな感じかなー。」
きっとこの話を盗み聞きしている男子がいたら、間違いなく絶望しているだろう。クラスのマドンナ・澪が学年で1番モテている新谷秋也に片想いしているなんてあまりにも悲報すぎるから。でも、それは他の誰よりも私がそう思っていた。だって私は新谷秋也が好きだ。そのことに気づいたばかりだったのに____。
「で、私のことより柚桜りんの好きな人は誰なの?」
言えるわけない。この場で『私だって新谷が好きなの!あなたはライバルです!』なんて宣言できるわけない。
だから嘘をついた。
「澪は知らないと思う。演劇部の先輩だったんだけど、去年高校3年だったから卒業しちゃった。」つい嘘をついてしまった。川口先輩のことを話した。たしかに好きだったのは本当だがその時はもう好きと言う気持ちはなかった。だって新谷が好きとは澪には言えない。
「卒業しちゃったんだ!第二ボタンとかもらった?」
「第二ボタン?なんで?もらっていないけど・・・。」
「ええー卒業式の日に好きな人から第二ボタンもらうのは定番じゃん!!」
「そうなんだ、じゃあ貰えば良かったなぁ。」
思ってないことを口にする。私は澪には嘘をつき続けなければならないのかもしれない。せっかく仲良くなれてきたのに、好きな人がかぶっているって知られたら、きっと口を聞いてくれなくなる。それだけじゃない。きっと噂が広まって、白い目で見られることになるだろう。“澪にライバル宣言した身の程知らずな女”として。
放課後、部室に行くと、川口先輩や柳田先輩ら3人の先輩たちがいなくなり、一気に部室が寂しくなった。部員は他にもいるが学校の行事である新入生歓迎会の劇の上演でどうにか新入生を迎え入れたいところだ。でも今はそのことよりも気がかりなことがあった。澪のことだ。
部室にはまだ他の部員が来る前だったので玲衣奈に澪と話したことを相談してみる。
「澪ちゃんも新谷のこと好きなんだ・・・かなり強いライバル登場って感じだね。」
「うん・・・澪にはまだ川口先輩のことが好きってことになっている。好きな人いるって答えたあとで引っ込みつかなくて・・・」
「そういうことにして正解じゃない?澪ちゃんに同じ人好きってバレたら最悪だよ。」
「うん・・・澪は優しいしこのまま仲良くしていたい。でも新谷のことは諦められない・・・。」
「別に諦めなくてもいいんじゃない?あの新谷だよ?新谷のこと好きな女子なんてたくさんいるんだよ?1人くらいクラスメイトで好きな人被りしても当然だよ!諦めないでアタックしなよ!」玲衣奈はいつも私を応援してくれて背中を押してくれる。本当にどこまでも優しい親友だ。
「ありがとう。私なりにアタックしてみるよ。」
「うん!頑張れ柚桜!」
玲衣奈に、新谷が好きだと言うことを打ち明けた日、玲衣奈と“どうやって私が新谷にアピールするか”について私の家で会議をした。そして決まった“新谷へアピール作戦”のリストがこれだ。
①頻繁に三組に顔を出してなるべく新谷の視界に意図的に入る。②新谷に毎朝必ず挨拶をする。 ③新谷と同じ係になる。同じ何かを始める。④新谷にLINEの連絡先を聞く。⑤恋に関わるイベント(誕生日やバレンタイン、クリスマス)にはさりげなくプレゼントを渡す。そして気持ちを伝える。
次の日から私は毎朝必ず駅か学校で新谷に会ったら「おはよう!」と声をかけるようになり、休み時間には3組に頻繁に顔を出すようになった。これで“新谷へアピール作戦”の①②はクリアだ。
紗良や華菜に話すために三組に顔を出すことは時折あったが、二人とはメールでやり取りしていたり週末に一緒に遊びに行ったりして仲は変わらず続いていたから、わざわざ三組にしょっちゅう顔を出していたわけではなかったが、澪がライバルと知り、澪よりも新谷との距離を縮めたいという思いがあり、頻繁に三組に顔を出すようになった。玲衣奈と一緒に紗良や華菜達に話しかけに行き、話ながらも新谷を目線で追っていた。どうにか話すネタが欲しい。
すると、玲衣奈がこっそり私の背中をポン!と叩く。玲衣奈を見ると頷いてみせた。話すネタがなくたってただ話しかければいい。「おはよう」ってただ挨拶すればよっぽど人見知りでもなければ、話は続くものだ。
「新谷ー!おっすー」新谷に駆け寄る。
「おう!おっす!木村、最近良く三組に来るよな!」
「うん!紗良と華菜とクラス違くなっちゃったし、寂しくて玲衣奈と一緒に絡みに来てる!」
「なるほどな!そういやさあ、木村は今年係決めた?おれ迷ってんだよねー!あんま忙しいのは部活に支障出て先輩に怒られるしさ!」
「係?」たしかにまだ決めていなかった。
係は学年が変わるたびに新しく決めなければいけない。もちろん去年と同じ係でも良いことにはなっている。とにかく何かしら係りの仕事をやることが私の学校では義務付けられている。去年私は新聞係をやっていてやり甲斐があったが、毎月学校新聞を見る人がいないのに書き続けなければいけないのが虚しかった。だから他の係に比べて楽ではあったが、今年は違う係にしたい。でも新聞係は選ぶ人が少ないから先生に今年も新聞係やってほしいと頼まれていた。そうは言っても新谷と同じ係になりたい。そうすれば自然と話せる機会が増える。
「係は・・まだ決めてないや。去年と同じ係にしようかなとは思っているけど・・・。」
「まじで?俺何気に木村が書いた新聞読んでたんだけど!木村字うまいし読んでて面白かったぜ!」
「ええっ?!読んでくれたんだ、びっくり」
「意外だった?」
「うん。ありがとう!」
「新聞係って忙しい?」
「ううん、あんまり忙しくなかったよ。毎月新聞出すけど、分担して書くところ決めて書くから一人当たり書く文量はそんなにないし、新聞書く時だけ係りの集まりに顔出すって人がほとんどかな。」
「まじ?!めっちゃ楽じゃん!俺新聞係にしようかな!」
「ほんと?助かる!新聞係選ぶ人絶対少ないから・・・」
こうして新谷と私は同じ係りになった。これで新谷と話せる機会が増える。大きな成果だと思う。二週間後の放課後、早速新聞係の集まりがあった。それに新谷と一緒に行く。新聞係は専用に集まる場所はないし、図書室で集まることになっている。ただし、図書室では基本的におしゃべり厳禁だからヒソヒソ声で話す。
「今日は五月号の新聞で書くことを決めようと思うんだけど、何か案あるかな?」
新聞係に集まった人たちに聞いてみる。誰も何も話さないから私がリーダーシップを取る羽目になった。そして誰も答えてくれない。いつものことだ。みんなイヤイヤ新聞係になったのだ。いわば余り物の係り。そう思っていると___。
「新入生歓迎会のこととか体育祭のことは?」と新谷が発言してくれる。みんなが新谷を見る。
「あ、ありがとう。たしかに、新入生歓迎会の開催報告と、体育会のプログラムとか書いてみたらいいかも。他、何か意見ありますか?」
「賛成でーっす!」また新谷が発言してくれる。これではまるで新谷との2人会議だ。
周りがみんな発言しないから困っている私を見て、新谷は積極的に発言してくれたのだ。本当に新谷はチャラい見かけによらず優しい。そういうところも好きだ。
これで“新谷へのアピール作戦”の③『 新谷と同じ係になる。同じ何かを始める。』がクリアだ。
次は④の『新谷にLINEの連絡先を聞く。』だ。LINEの連絡先を聞くなんてハードルが高すぎる。でも、LINEを交換できたら学校以外の場所でもLINEで語り合ったりできるのだ。どうすればいいんだろう。
「うちらこんなに話すのにLINE交換していなかったよね!交換しよう!そう言えばいいんだよ!」と華菜が言う。
「そっか、なるほど、でもやっぱり緊張する・・・」
「早くがんばって進展しないとライバルに先越されるよ!ただでさえ新谷モテるんだから」と紗良に釘を刺される。
「それか新聞係一緒になったんだし連絡用としてみたいな感じで言ったら交換しやすいんじゃない?」と玲衣奈。
「あ!それなら違和感ないね!いいかも」と紗良。
玲衣奈と家で新谷のことで会議をした後、紗良や華菜も信頼できる友人だから、新谷が好きであることを打ち明けることにしたのだ。打ち明けると、二人ともあまり驚いていなく、不思議に思い聞いてみると、「だって柚桜急に三組にたくさん来てくれるようになったし、話しててもずっと新谷のこと目で追っているしバレバレだったよ。」と笑っていた。
私と玲衣奈、紗良、華菜の休み時間の溜まり場となっていた演劇部の部室から出て、私は紗良や華菜と一緒に三組に行き、男子達に囲まれて話している新谷に近づく。
「あ、おっす!木村!」先に新谷が気づいてくれる。
「おっす・・あのさ、私たち係一緒になったじゃん?集まりの日はわりと不定期だし、連絡用にLINEの連絡先知っといたほうがいいかなって・・・」
「あ!助かる!じゃあ俺QRコードだすわ!」
「あ、うん!・・・・・追加できた!スタンプ送っとく!じゃあね。」
「おう!さんきゅうな!」
なんとか無事に作戦4つ目の『新谷にLINEの連絡先を聞く。』をクリアできた。 ほっと胸を撫で下ろし1組の教室に向かおうとして教室を出ると、1組の教室の前の壁に背中を預けながらこっちを見ている澪と目が合った___。
澪と目が合った瞬間慌てて目を逸らす。足早に教室に戻ろうとする。すると、澪が追いかけ話しかけてくる。
「柚桜りんー!ちょっといい?」
「もうチャイム鳴るよ。」
何か不都合なことを言われる予感しかしなくてつい少し冷たい口調になる。きっと『新谷と何話していたの』とかそういうことだ。きっと新谷と私が話していたところを、澪がいた位置から考えて見ていた。
「そっか!じゃあ後で!」嫌だ。話しかけないで。後で話しかけられる前にどうにか逃げなきゃ。
澪と私は最悪なことに同じ人を好きになった。澪は優しくて美人で仲良くしていたいけれど、新谷のことで口を出されたり邪魔されたくない。
澪と仲良くい続けたい気持ちと、澪を邪険に思う負の感情で頭の中が一杯になる。私も新谷のことが好きだと澪に知られたら、澪には嫌われるだろう。
知られてはいけない。知られないように新谷にアピールするんだ。でも、どうして好きな人にアピールするんだろう。好きと気づいて欲しいわけじゃない。好きだから、好きな人にはアピールするものだと思ってアピールしている気がする。そして、アピールして“好き”に気づかれて相手から告白されて両想いになれる保証があるなら、好きな人にアピールする理屈は分かる。だが、私の場合そんな保証はない。きっと“好き“が相手にバレたら困るけれど、他のライバル達に先を越されたら困る。だから、好きな人にアピールすることはきっと、”私はあの人のことが好きだから手出さないでね“という他のライバル達へのアピールなのかもしれない。
授業が終わり休み時間になり、澪から逃げるように教室から出る。早歩きで歩いていると、パタパタと走る音が聞こえてくる。きっと澪だ。いっそ走って行こうか。
「柚桜!」玲衣奈だった。ホッとして立ち止まる。
「あ、玲衣奈・・・」
「どうしたの?顔険しいよ?次移動教室なのに教科書持ってかなかったでしょ。はい、これ。」
「あ、そうだった・・ありがとう。」
「何かあったの?」玲衣奈が私の顔を覗き込む。
「ん・・新谷のことでさ、同じクラスの澪に、新谷と話しているところ見られたかもしれなくて・・・澪が何か話した気にしていたの。」
「なるほど・・・」
「うん・・だからちょっと逃げてしまっていたの・・」
すると玲衣奈は思っても見なかったことを口にする。
「いいじゃん、放っておけば。」
「えっ?」
「そりゃあ柚桜も好きってことは隠したほうがいいけど、聞かれたら適当に誤魔化してアタックし続ければいいじゃん!じゃないと新谷取られちゃうよ?その子に。」
玲衣奈がそんな言い方をするなんて意外だった。でも、玲衣奈に話してそう言ってもらえてスッキリした。たしかに、新谷のことだから澪の他にもライバルはたくさんいるだろうし、澪のことを気にしている場合ではない。
もう澪のことは気にしないで突っ走ろう。たとえ澪に私も新谷が好きっていうことがバレたとしてもそのまま自分の気持ちに突っ走る。絶対に後悔する恋にしない。
__________________________
そうやってせっかく固く決心したのに、どうしてすぐ決心が揺らいでしまうんだろう。後悔しないって決めたのに。一体何のための決心だったんだろう。後悔しないのは不可能なことなのだろうか。そう思うぐらい、数えきれない後悔を今までの人生でしてきた気がする。
大人になった今も新谷が夢に出てくる時期がある。それはきっと新谷が好きだった時の恋に後悔が残っているからだろう。だから何度も夢に見てしまうのだろう。今頃、新谷はどうしているんだろう。
新谷は少しでも私を想ってくれているだろうか。一瞬でもいいから私のことを思い出していてほしい。新谷に話しかけた時の私の顔、話した内容、新聞係での思い出、同じアイドルグループが好きで意気投合したこと、同じクラスだった時初めての席は私と席が隣だったこと。今更また会えるとは思わないからどうか私を一瞬でもいいから思い出して。忘れないで。ほんの少しでもいいから私を想っていて。会いたいなって一瞬でもいいから思って。
新谷のことを夢に見た後は目覚めが良い。だってとても満たされているから。たかが夢なのに、新谷と話せている自分は誰よりも輝いていて、人生のどんな瞬間よりも輝いていて、幸せで満たされている。そして直後、猛烈な後悔に襲われる。ああ新谷に会いたい____。
__________________________
玲衣奈に相談したあの日以来、私は周りの女子の目を気にしないで新谷にアピールするようになった。相変わらず頻繁に三組に出入りしては新谷の視界に入る位置に立って玲衣奈・紗良・華菜と話すし、毎朝欠かさず新谷に「おはよう!」と話しかけるのが私のミッションになっている。新聞係の活動では、新谷も癖のある字で模造紙に書くのを手伝ってくれているし、距離が近くて緊張して困るのがたまに傷くらいだ。せっかく交換したLINEのメッセージのやり取りは、しつこいと思われないように、初めに送るメッセージは一週間に二回ほどに抑えている。
そして“新谷にアピール作戦”五つ目。もうすぐ新谷のお誕生日だ。十一月五日。そのお誕生日当日に新谷に誕プレを渡すのが重大なミッションだ。学年一モテている新谷はきっといろんな人からもらうだろうから、私が誕プレを渡さなかったら新谷にとって影が薄くなる。そう思うのだ。
誕プレは、週末に玲衣奈・紗良・華菜が誕プレ探しに付き合ってくれることになっている。三人は新谷に恋をしている私に真剣にアドバイスしてくれたり、応援してくれている。その三人の応援に私は応えたい。新谷のお誕生日には少しくらい進展したい。直接プレゼントを渡して、気持ちを伝えるんだ。
週末、玲衣奈・紗良・華菜と一緒に新谷の誕プレを買いに渋谷駅に出かけた。誕プレは実用性のあるスポーツタオルと名前入りのシャープペンシルにした。誕プレを買いに行った後はカラオケに行って恋愛ソングをたくさん歌った。
「大人になってからもこうやって一緒に遊びに行ったりカラオケではしゃいだりしたいなあ。」と華菜が言った。
私も、心の底からそう思う。玲衣奈・華菜・紗良たちとなら大人になってもきっと仲良しでいられると思うし、そうありたいと思う。
「私も!大人になってお仕事で忙しくなってもさ、予定合わせて会ったりしよう!」と宣言する。
「私も。みんなとずっと仲良くしていたい。」と玲衣奈が言う。
「みんなとならずっとマブダチだよー!!」と紗良。
ああ幸せだなあと思う。恋をするのも楽しくて幸せなことだと思うけれど、みんなとの友情は恋以上に楽しくて幸せで大切だ。そのことを忘れてはいけないと思う。恋に夢中になりすぎて、周りが見えなくなってもこの3人はずっとそばにいてくれた。
ついに十一月五日。新谷のお誕生日当日になった。今日はいつも以上にライバルが多いだろう。でも負けない。絶対にプレゼントを渡す。
学校に着き高校二年生の教室がある階まで螺旋階段を登ったところで、ちょうど新谷の姿が見えた。水道の蛇口で水を飲んでいた。チャンスだ。
家から忘れずに持ってきた誕プレをの手提げ部分を握りしめ新谷に駆け寄る。すると、私が新谷の名前を呼ぶのと被せるように、ワンオクターブ高い声で新谷を呼ぶ声がした。
「秋也くん!おはよう!お誕生日おめでとうー!」澪だった。澪はロングのストレートにおろした黒髪を艶やかになびかせ、新谷に駆け寄った。そして澪は私が持っている誕プレの紙袋よりも華やかに見える紙袋を新谷に差し出した。それを驚いた顔で新谷は紙袋と澪を交互に見る。
澪が新谷に誕プレを渡したことはすぐに噂に広まった。新谷が私からのではなく澪からもらった誕プレを持って廊下を歩いていると、新谷の仲良い近藤という男子が寄っていき、それは誰からのだと興奮気味に聞き新谷が答え、近藤がその話を噂に広めた。
「あの澪ちゃんから誕プレもらうなんて羨ましいー!俺ももらいてえー!!」
「澪ちゃん綺麗だし新谷にお似合いだよね。」
「もしかして告白したりしたのかなっ?!」
「新谷、澪ちゃんと付き合ったりして!」
耳を塞ぎたくなる噂話があちこちから聞こえてくる。まだ渡せていない誕プレは、朝は手に持っていたが今はバレないようにスクール鞄にしまっている。
「次の休み時間に渡せばいいよ。」玲衣奈がこそっと言う。たしかに、次の休み時間に渡しに行こう。
次の休み時間、誕プレを制服のセーターの中に隠して三組に持っていく。三組の教室を見渡す。すると、紗良と華菜が駆け寄ってきて、二人の話だと、ひと足さきに澪がやってきて、新谷を呼び出したと言う。慌てて廊下を飛び出し、新谷を探し回る。すると、朝二人が話していた水道の前に澪と一緒にいた。
その姿は同級生達の言う通り、お似合いだった。太陽のように眩しい笑顔に少し日に焼けた顔がかっこいい新谷と、腰までおろしたロングのストレートの黒髪を艶やかになびかせ愛くるしく笑う、男子の憧れのマドンナである見目麗しい澪。勝てない。そう思った。なぜなら二人が話す様子はすごくいい雰囲気で、新谷が私には見せたこともないような笑顔をしていた。新谷の笑顔なんてたくさん話した分たくさん見たことあったはずなのに、澪に見せていた笑顔は私が見たことないものだった____。
言えない。好きなんて言えない。澪にこんな私が勝てるわけがないし、あんないい雰囲気の二人を見て割り込みに行けるほど私は図太くなれない。今のうちに諦めよう。二人が本当に付き合う前に____。
新谷のお誕生日が過ぎてからはあっという間に月日が流れた。あれからお似合いな新谷と澪はあっという間に噂の的になり、『誕プレを渡した日に付き合い始めた』とか『二人で手繋いでデートしていた』とか本当かは分からない噂が広まった。
本当かは分からないというより信じたくない気持ちが強かった。だが、二人が付き合っているという噂は私のように新谷に片想いしている女子には大きな衝撃と影響を与えた。
潮が引くように新谷に話しかける女子はいなくなり、新谷は男子達と澪と話す姿しか見なくなった。
私は相変わらず新谷を目で追っていたが、話しかけることは一気に減った。新谷への気持ちを忘れるためだった。新谷を諦めるには物理的に話す機会を減らすしかなかった。三組に行くこともほとんどなくなった。でも、どうしても新谷と同じ場所で顔を合わせる新聞係の活動の日はサボることはできず、新谷と話す数少ない機会となった。
そのまま私たちは高校三年生に進学した。クラス替えは去年と同じく一組だったが玲衣奈・紗良・華菜とみんなで同じクラスになれた。でもそれで私は満足とは言えなかった。新谷を諦めると決めたのに、新谷の名前が同じクラスの名簿にないことにショックを受けていた。
そして、新谷は澪と二組で同じクラスになった。そのことに『悔しい』と思っている自分がいた。『好き』という気持ちがありながら『諦める』というのはひどく苦しいものだった。どうして人を本気で好きになってしまうと気持ちを抑えきれなくなってしまうんだろう。
新しいクラスの席では私は1番後ろの席で一個前に近藤。隣の列の1番前の席に玲衣奈がいた。そして端っこの列に紗良や華菜がいた。仲の良いみんなで同じクラスになれたというのに、私は心の中に空虚感を抱えていた。
休み時間になり水道で水を飲んでいると、同じクラスになった近藤が話しかけてきた。近藤は新谷の大の仲良しの親友だ。
「よっ!木村」
「あ、近藤。・・よっ!」
「なあ最近気になっていたことなんだけど聞いていい?」
「え、無理。」
「なんでだよー!めっちゃ聞きたいんだけど!」
「何?」
「木村さ、最近新谷と急に話さなくなったじゃん?なんかあったの?」
そりゃあ気づくか。あんなに毎日挨拶をしたり三組にわざわざ行って話しかけたりしていたのが急に話しかけなくなったのだ。気づかないほうがおかしいのかもしれない。
「別に。ただ話さなくなっただけだよ。」
「別にって・・木村、新谷のこと好きだったんじゃないの?」
「・・・」気づかれていた、近藤には。
「もしかして澪ちゃんと最近仲良さげだからか?」
「関係ないよ、澪は。ただ話さなくなっただけ。新谷なんか好きでもないし、話さなくなった理由は特にないよ!じゃ。」
全部図星だった。ただ悔しくて早口で捲し立て、近藤から逃げるように足早に教室に戻る。
授業が始まると、近藤が先生にバレないように手紙を回してきた。ルーズリーフを破った小さい手紙。そこにはなぜかわたしへの応援の言葉が書いてあった。
『新谷と澪ちゃんは噂されてるけど付き合ってはないよ!新谷が言ってた!まだ間に合うから頑張れよ!』
なんで近藤が応援してくれるんだろう。不思議に思いながらも『ありがとう。』と手紙を返す。
私たちはもう高校三年生だ。この学年になると受験組は部活を辞めたり勉強で忙しくなる。新谷は志望校の話をしているのを廊下で聞こえたから受験組だろう。きっと一月ごろになればセンター試験もあるし、志望校の試験などで学校に来る回数がみんな減ってくる。今年は去年に比べて一年間が短く感じるだろう。その分新谷と話せる機会も刻一刻と少なくなっていく。
本当にこれでいいんだろうか。このまま新谷を諦めて新谷と話すことなくアピールすることなく終わって卒業していっていいんだろうか。
私はまだ新谷のことが好きだ。諦めると決めたけれど、実際は諦めることなんてできていない。諦めたくなんかない。たとえ新谷が澪と付き合っていたとしても、将来付き合うことになるとしても、別の誰かを選ぶことになったとしても、その時に後悔はしたくない。卒業式までに私は新谷に想いを伝える____。
ああ今すぐ新谷に会いたい。新谷と話したい。話したいことがたくさんある。
今どこにいるんだろう。授業が終わるとすぐに二組の教室まで駆け出した。するとすでに澪が新谷に話しかけていた。今までの私ならそこで負けていた。だってライバルが好きな人と話している中、割り込めほど図太くはない。それが私だ。でも変わりたい。もう新谷に距離なんか置かない。『好き』を捨てない。
「新谷!!」
精一杯の声で新谷を呼ぶ。澪のきょとんとした驚いたような顔が視界に入る。新谷は眩しい太陽のような笑顔で私を見る。
その笑顔はたしかに、私にだけ向けられたものだった。私だけの“新谷の笑顔”だった。その時は___。
「おっす!木村久しぶりじゃん!元気かよ?」
「うん!久しぶりだねっ!元気だよ。またクラス離れちゃったねー!でも新聞係ではよろしくね!」
「おう!よろしくな!」
新谷は今年も新聞係になったことは近藤が手紙で教えてくれた。なぜか近藤は私と新谷を応援してくれているようだった。
「じゃあね!」
久しぶりに話して緊張と嬉しさと恥ずかしさで顔が紅潮し、会話は短めにして教室を出る。すると澪が追いかけてきた。
「柚桜りんっ!」
「澪・・どうしたの?」
「ずっと気になっていたことがあって・・・柚桜りんはさ・・秋也君のこと好きなの?」
ついに聞かれてしまった。きっと澪はずっとそのことを聞こうとしていた。それを私はずっと逃げていた。だってその答えに嘘しか受けなかったから___。
でも、もう逃げない。『好き』をはぐらかしたりしない。『好き』は誰がなんと言おうと、ライバルが何人いようと、噂に広められようと、絶対に変えられない。変えない。
「うん!大好きなんだ!これだけはどうしようもないんだ、ごめんね。」
その時の澪の顔は忘れられない。顔がこわばり、困惑と『やっぱりそうか』という納得が入り混じった顔だった。ライバルを一瞬でも困らせた日だった___。
あれからあっという間に一年が過ぎた。でも新谷への気持ちは変わらず、濁らないまま溢れるばかりだった。受験シーズンになり、受験強化クラスという講習を新谷と同じクラスで受けることになり、私は勉強よりも新谷に夢中になり模試でB判定だったところがC判定に落ち、かなり受験ギリギリになって危機感に焦ることになったが、なんとか目指していた第二志望校には合格することができた。
それぞれの進路を胸に抱き、私たちは今日この青春に満ちた高校を卒業する___。
美術部だったクラスメイトの描いた黒板アート、慌ててヘアアイロンを貸し合っていつもより温度高めにストレートヘアにする女子達、スマホで仲の良い友人や先生と写真を撮る同級生達、制服のブレザーの胸ポケットに紫色のコサージュを入れる。何もかもが非日常だった。
「よっ!木村!ついに今日が来ちゃったな!」
「新谷、おはよう。ついに来ちゃったねー。なんかあんまり実感湧かないけど。」
実感なんてなかった。今日で高校を卒業するということも、自分が大学生になるということも、今日でこの学校には通わなくなり新谷に会えなくなるということも。
明日からも変わらず新谷に会いたい。
明日からも新谷とエストレージャの話も世間話もしたい。そして二人で笑っていたい。ずっと。
新谷の未来にどうか私がいてほしい。
私の笑顔がどうか新谷の脳裏に焼きついていてほしい。
「あの、さ・・・」
「ん?」
「新谷ってモテるでしょ?第二ボタンほしいとか言われなかった??」
「いや、俺は確かにモテるけどな!はは!第二ボタン隠しちまったんだよ。」
「え、隠した??どういうこと?」
「近藤達でさ、卒業式の思い出にタイムカプセル的な感じで、自分の持ち物を学校内に隠してみようぜってなったんだよ。落書きで済ましたやつもいたけど。」
「へえ・・それで第二ボタンを?」
「おう。隠すなら小さいものがいいかなって思ってそれで第二ボタンにしようって思いついてさ。」
「そうなんだ・・実はね。」
「ん?」
今日まで私は新谷に話しかける勇気はあっても想いを伝える勇気はなかった。今日が新谷に気持ちを伝えるラストチャンスだ。
私が新谷に告白をし始めようとした、まさにその瞬間だった。
「秋也くんっ!ちょっと話せる?」澪だった。
「おう。ごめん木村。あとでいい?」
嫌だ。行かないで。全然後で良くない。きっと告白だ。絶対行かせたらダメに決まっているのに、私は止められなかった。
「あ、うん!全然いいよ!大した話じゃなかったし!」
私の悪いところだ。普段は顔に出やすいくせに、こういう時はうまく嘘の笑顔ができてしまうんだから。
楽しそうに話し始める新谷と澪を尻目に、その場を去る。きっとお似合いのカップルになるだろう。
その後の卒業式はずっと新谷を目で追っていた。席に座っている新谷、卒業証書を受け取る新谷、校歌・卒業ソングを歌う新谷、卒業式会場を退場する新谷。まるでもう二度と見れないものを目に焼き付けるように必死に目で追った。やがて涙が溢れてきたが、友人と離れ離れになるのが悲しいからなのか、新谷と離れ離れになるのが悲しくて切なかったからなのかどっちかもう訳がわからなかった。訳も分からず私はただ涙を流した___。
卒業式が終わった後、新谷と話そうとしたができなかった。ずっと澪が独占してしまっていたからだ。告白したのかしていないのか定かではなかったが、とても私が割り込みに行ける雰囲気ではなかった。
愛くるしく笑う澪に微笑みかける新谷の笑顔は紛れもなく私の太陽のはずだった。でも紛れもなく今は澪の太陽になっていた___。