そんなある日、玲衣奈との友情を脅かし始める出来事があった。
私と玲衣奈は演劇部に所属しており、その日は部内で文化祭で上演する劇の台本決めを予定していた。私は小説家志望で毎回台本を書いて部活内の台本選考会に参加していた。
部室に入ると川口先輩と“その他”の先輩達が揃っていた。私が所属する演劇部は、私と玲衣奈を含め十人の部員で活動していた。
「あ、柚桜、玲衣奈ちゃんおつかれ!」と優しい表情の川口先輩と「お、おつかれさーん」と続いて挨拶してくれる“先輩達”。
『お疲れ様です!!今日もよろしくお願いいたします!』
文化系の部活だし普段は先輩達みんな優しいが、部活が始まると体育会系になり練習も厳しいのが、私と玲衣奈がいる演劇部だった。でも演劇部では自分らしくいられて、間違いなく私のかけがえのない居場所であり、何より川口先輩と話せる最高に幸せな空間だった。
「よし!じゃあ全部員が揃ったことだし、始めるか!全員ステージに移動するよ!」
私がいる演劇部は台本決めなど話し会いも練習も全て、学校内の講堂のステージ上で丸く集まって行うように決められている。この日はまずストレッチを行い、次に毎日欠かせない発生練習を行う。次に時期によっては台本決めを行い、練習を始める、と言った流れだ。ストレッチは必ず2人1組に分かれる。
基礎練習の一連の流れが終わり台本決めの時間になる。私を含めて部員十人が円の形に集まり、それぞれ持ち寄った台本を回して読んでいく。今回台本を持ち寄ったのは私の他に三人いた。つまり、私の台本が三人の先輩達の台本の内容より良いもの、それだけでなく文化祭で上演するのに適したものと判断されなければならない。
緊張した面持ちでいると、部長の柳田先輩が口を開く。
「なあ、これって木村が作った台本?どっかから引っ張ったやつじゃなくて?」
「あ、はい!自分で・・」
「テーマは何?」柳田先輩の表情が漢字突然無表情になる。
「えっと・・・」
「たとえば、恋愛、友情、家族愛、ハートフルストーリー、色々あると思うけど、この台本はいまいちテーマが絞り込めていないんだよなあ。何を伝えたくて書いたの?」
『いまいち』そんな言葉が繰り返し頭の中で再生される。みんなの視線が痛くなる。この台本はハートフルストーリーをテーマに意識して、いろんな人にうけるようにと意識して書いた台本だった。だが、この台本のテーマが何か、少なくとも柳田先輩には伝わらない台本だったということだ。
「なあ俺だけだったりする?みんなはどう思う?」
一斉に視線を逸らす八人の部員。川口先輩と玲衣奈は心配そうにこっちを見ているが目を合わせられない。柳田先輩は部員想いだしみんなの意見をいつも聞いてくれる。優しい面もあるが同時に言葉が厳しくなる時もある。
「玲衣奈ちゃん、木村の友人としての感情もあると思うけど、率直にどう思った?」
空気が静まる気配がした。玲衣奈。玲衣奈は毎回私の台本を早めに読んでもらっていて、玲衣奈だけはいつも私の味方だし毎回台本の選考会では私の台本に投票してくれていた。
「・・・私も・・そう思いました。」
「だよな。さすがに友人とはいえ、台本にテーマが絞られていないのは気になるよな。」
「はい・・・」
でも、玲衣奈は控えめな性格だ。部長の柳田先輩に「いいえ、そうは思いません」なんて言える性格ではない。だから柳田先輩に同調したのは仕方ないことだった。少し傷ついたが、気にしない。大事なのはこの後お気に入りの台本に投票するときに玲衣奈が私の台本に入れてくれれば、たとえ他の誰も私の台本に票を入れてくれなくても、励みにはなる。それでいいと、さっきの柳田先輩の発言で私はほぼ諦めの気持ちでいた。
「じゃあ、みんな候補の台本には目を通せたかな。投票用紙回すぞー!」
結局、私の台本には1票も入らなかった。つまり玲衣奈は入れてくれなかった。でも、柳田先輩の発言が全てとは思わなかった。柳田先輩の発言が理不尽なものというわけではなかったし、的を得た発言だった。だからこそ、落ち込む要素が強かった。文化祭で上演する劇の台本は川口先輩が持ち寄ったものに決定となり、それでなんとなく川口先輩とも気まずくなり居心地が悪く、川口先輩とも玲衣奈とも目を合わせづらく、部活の休憩時間になったタイミングでこっそり部活を抜け出した。
講堂も部室も通り過ぎ、螺旋階段を屋上まで上がって、屋上のドアに背中を預けて座り込む。私は本当に落ち込みやすい。たかが台本選考会に“また”落ちてしまっただけで知識も文章のセンスも上で頭がいい川口先輩に負けるなんて当たり前なことだ。なんでこんなに悔しいと思ってしまうんだろう。たぶん柳田先輩に見透かされていたからだ。
テーマをハートフルストーリーに決めたものの、恋愛にしようか友情にしようかテーマを迷いながら書いた台本だったことをきっと文系特進クラスの柳田先輩に見透かされたんだ。そのことが恥ずかしくてしょうがない。
そんなことを考えていると屋上のドアが開き___
「あれっ?木村?何してんの?!」
そこに立っていたのは新谷だった。
「え!どうした?こんなところで・・・」
「新谷・・・新谷は何してるの?」
「俺っ?!俺は部活中だったけどトイレ行こうとしたら木村がいて・・・」
「あー部活かー。テニス部だっけ?」
「そうそう!木村は演劇部だよな!」
「うん・・・」
「あ、もしかしてそっちも部活中だった?何かあった系?」
私は新谷にさっきまで部内で台本選考会が行われて、その時に自分の台本が選ばれなかったことを打ち明けた。新谷は話の途中で口を挟むことなく、話終わるまで真剣な顔でちゃんと聞いてくれた。
「そりゃあショック受けるよな!俺だってもうすぐ大会近いけどレギュラーに選ばれたことは一度もないぜー!毎回先輩とか顧問にプレイの仕方のダメ出しされてへこむけど、へこんでても上手くなるわけじゃないし、上手いなって思う先輩のプレイ見て技を盗むっていうか、良いところを真似するのを意識してる!」
「そっか、新谷ってちゃんとしてるんだね。」
「・・・どういう印象だったんだよ俺」
「うーん、チャラくてー・・・」
「おい!まあチャラく見えるだろうな!」
そう言って新谷は笑った。さっきまでの出来事を話しているときは下を向いて話していたから気づかなかったけど、新谷はトイレに行くのを我慢して私の隣に座って話を聞いてくれていて、チャラい性格のせいか距離が近くて、その近い距離で見た新谷の満面の笑顔に少し、少しだけだけどドキッとした。まるで太陽のようだった。
「・・あ!トイレ!トイレ行こうとしたんだよね?ごめんね、話聞いてもらっちゃってて・・」慌てて謝る。
「全然いいけど。俺でよければいつでも話せよ。あんま大したこと言えないけどさ、チャラい俺でも話したらスッキリはするだろ?」
「うん!スッキリした!ありがとう。部活頑張って」
「さんきゅ。じゃ。」
新谷が部活に戻り、私もあんまり部活から抜け出しているとさっきのことを気にしていたのがバレると思い、慌てて講堂に向かう。講堂に行く途中にある部室に近づくと、部室から川口先輩と玲衣奈が出てきて並んで講堂に向かっていく。二人の後ろ姿に向かって声をかけようとするが、できなかった。なんだか二人の後ろ姿を見ていると、距離が近い、お似合いかも、すごく仲良さげ、好きなのかなと謎の思い込みの感情が襲ってきて、声をかけられず、わざと遅く歩き二人との距離を空けていく。玲衣奈は、私と川口先輩とのことをすごく応援してくれているからそんなわけないのに、初めて私は玲衣奈に嫉妬の感情を抱いた。
その日は結局玲衣奈と川口先輩ともほとんど話さず、しかし全く気にしていない風を装いながら残りの時間を過ごした。部活が終わった後いつも通り玲衣奈と一緒に帰り、帰りの道中、玲衣奈は台本選考会の時のことを気にしていた。いつも通り優しい玲衣奈だった。そんな玲衣奈に嫉妬した私はなんてばかだったんだろう。
しかし、その日の玲衣奈へ抱いた疑惑はまだ続くことになる___。
私と玲衣奈は演劇部に所属しており、その日は部内で文化祭で上演する劇の台本決めを予定していた。私は小説家志望で毎回台本を書いて部活内の台本選考会に参加していた。
部室に入ると川口先輩と“その他”の先輩達が揃っていた。私が所属する演劇部は、私と玲衣奈を含め十人の部員で活動していた。
「あ、柚桜、玲衣奈ちゃんおつかれ!」と優しい表情の川口先輩と「お、おつかれさーん」と続いて挨拶してくれる“先輩達”。
『お疲れ様です!!今日もよろしくお願いいたします!』
文化系の部活だし普段は先輩達みんな優しいが、部活が始まると体育会系になり練習も厳しいのが、私と玲衣奈がいる演劇部だった。でも演劇部では自分らしくいられて、間違いなく私のかけがえのない居場所であり、何より川口先輩と話せる最高に幸せな空間だった。
「よし!じゃあ全部員が揃ったことだし、始めるか!全員ステージに移動するよ!」
私がいる演劇部は台本決めなど話し会いも練習も全て、学校内の講堂のステージ上で丸く集まって行うように決められている。この日はまずストレッチを行い、次に毎日欠かせない発生練習を行う。次に時期によっては台本決めを行い、練習を始める、と言った流れだ。ストレッチは必ず2人1組に分かれる。
基礎練習の一連の流れが終わり台本決めの時間になる。私を含めて部員十人が円の形に集まり、それぞれ持ち寄った台本を回して読んでいく。今回台本を持ち寄ったのは私の他に三人いた。つまり、私の台本が三人の先輩達の台本の内容より良いもの、それだけでなく文化祭で上演するのに適したものと判断されなければならない。
緊張した面持ちでいると、部長の柳田先輩が口を開く。
「なあ、これって木村が作った台本?どっかから引っ張ったやつじゃなくて?」
「あ、はい!自分で・・」
「テーマは何?」柳田先輩の表情が漢字突然無表情になる。
「えっと・・・」
「たとえば、恋愛、友情、家族愛、ハートフルストーリー、色々あると思うけど、この台本はいまいちテーマが絞り込めていないんだよなあ。何を伝えたくて書いたの?」
『いまいち』そんな言葉が繰り返し頭の中で再生される。みんなの視線が痛くなる。この台本はハートフルストーリーをテーマに意識して、いろんな人にうけるようにと意識して書いた台本だった。だが、この台本のテーマが何か、少なくとも柳田先輩には伝わらない台本だったということだ。
「なあ俺だけだったりする?みんなはどう思う?」
一斉に視線を逸らす八人の部員。川口先輩と玲衣奈は心配そうにこっちを見ているが目を合わせられない。柳田先輩は部員想いだしみんなの意見をいつも聞いてくれる。優しい面もあるが同時に言葉が厳しくなる時もある。
「玲衣奈ちゃん、木村の友人としての感情もあると思うけど、率直にどう思った?」
空気が静まる気配がした。玲衣奈。玲衣奈は毎回私の台本を早めに読んでもらっていて、玲衣奈だけはいつも私の味方だし毎回台本の選考会では私の台本に投票してくれていた。
「・・・私も・・そう思いました。」
「だよな。さすがに友人とはいえ、台本にテーマが絞られていないのは気になるよな。」
「はい・・・」
でも、玲衣奈は控えめな性格だ。部長の柳田先輩に「いいえ、そうは思いません」なんて言える性格ではない。だから柳田先輩に同調したのは仕方ないことだった。少し傷ついたが、気にしない。大事なのはこの後お気に入りの台本に投票するときに玲衣奈が私の台本に入れてくれれば、たとえ他の誰も私の台本に票を入れてくれなくても、励みにはなる。それでいいと、さっきの柳田先輩の発言で私はほぼ諦めの気持ちでいた。
「じゃあ、みんな候補の台本には目を通せたかな。投票用紙回すぞー!」
結局、私の台本には1票も入らなかった。つまり玲衣奈は入れてくれなかった。でも、柳田先輩の発言が全てとは思わなかった。柳田先輩の発言が理不尽なものというわけではなかったし、的を得た発言だった。だからこそ、落ち込む要素が強かった。文化祭で上演する劇の台本は川口先輩が持ち寄ったものに決定となり、それでなんとなく川口先輩とも気まずくなり居心地が悪く、川口先輩とも玲衣奈とも目を合わせづらく、部活の休憩時間になったタイミングでこっそり部活を抜け出した。
講堂も部室も通り過ぎ、螺旋階段を屋上まで上がって、屋上のドアに背中を預けて座り込む。私は本当に落ち込みやすい。たかが台本選考会に“また”落ちてしまっただけで知識も文章のセンスも上で頭がいい川口先輩に負けるなんて当たり前なことだ。なんでこんなに悔しいと思ってしまうんだろう。たぶん柳田先輩に見透かされていたからだ。
テーマをハートフルストーリーに決めたものの、恋愛にしようか友情にしようかテーマを迷いながら書いた台本だったことをきっと文系特進クラスの柳田先輩に見透かされたんだ。そのことが恥ずかしくてしょうがない。
そんなことを考えていると屋上のドアが開き___
「あれっ?木村?何してんの?!」
そこに立っていたのは新谷だった。
「え!どうした?こんなところで・・・」
「新谷・・・新谷は何してるの?」
「俺っ?!俺は部活中だったけどトイレ行こうとしたら木村がいて・・・」
「あー部活かー。テニス部だっけ?」
「そうそう!木村は演劇部だよな!」
「うん・・・」
「あ、もしかしてそっちも部活中だった?何かあった系?」
私は新谷にさっきまで部内で台本選考会が行われて、その時に自分の台本が選ばれなかったことを打ち明けた。新谷は話の途中で口を挟むことなく、話終わるまで真剣な顔でちゃんと聞いてくれた。
「そりゃあショック受けるよな!俺だってもうすぐ大会近いけどレギュラーに選ばれたことは一度もないぜー!毎回先輩とか顧問にプレイの仕方のダメ出しされてへこむけど、へこんでても上手くなるわけじゃないし、上手いなって思う先輩のプレイ見て技を盗むっていうか、良いところを真似するのを意識してる!」
「そっか、新谷ってちゃんとしてるんだね。」
「・・・どういう印象だったんだよ俺」
「うーん、チャラくてー・・・」
「おい!まあチャラく見えるだろうな!」
そう言って新谷は笑った。さっきまでの出来事を話しているときは下を向いて話していたから気づかなかったけど、新谷はトイレに行くのを我慢して私の隣に座って話を聞いてくれていて、チャラい性格のせいか距離が近くて、その近い距離で見た新谷の満面の笑顔に少し、少しだけだけどドキッとした。まるで太陽のようだった。
「・・あ!トイレ!トイレ行こうとしたんだよね?ごめんね、話聞いてもらっちゃってて・・」慌てて謝る。
「全然いいけど。俺でよければいつでも話せよ。あんま大したこと言えないけどさ、チャラい俺でも話したらスッキリはするだろ?」
「うん!スッキリした!ありがとう。部活頑張って」
「さんきゅ。じゃ。」
新谷が部活に戻り、私もあんまり部活から抜け出しているとさっきのことを気にしていたのがバレると思い、慌てて講堂に向かう。講堂に行く途中にある部室に近づくと、部室から川口先輩と玲衣奈が出てきて並んで講堂に向かっていく。二人の後ろ姿に向かって声をかけようとするが、できなかった。なんだか二人の後ろ姿を見ていると、距離が近い、お似合いかも、すごく仲良さげ、好きなのかなと謎の思い込みの感情が襲ってきて、声をかけられず、わざと遅く歩き二人との距離を空けていく。玲衣奈は、私と川口先輩とのことをすごく応援してくれているからそんなわけないのに、初めて私は玲衣奈に嫉妬の感情を抱いた。
その日は結局玲衣奈と川口先輩ともほとんど話さず、しかし全く気にしていない風を装いながら残りの時間を過ごした。部活が終わった後いつも通り玲衣奈と一緒に帰り、帰りの道中、玲衣奈は台本選考会の時のことを気にしていた。いつも通り優しい玲衣奈だった。そんな玲衣奈に嫉妬した私はなんてばかだったんだろう。
しかし、その日の玲衣奈へ抱いた疑惑はまだ続くことになる___。



