新谷(しんたに)のお誕生日が過ぎてからはあっという間に月日が流れた。あれからお似合いな新谷(しんたに)(みお)はあっという間に噂の的になり、『誕プレを渡した日に付き合い始めた』とか『二人で手繋いでデートしていた』とか本当かは分からない噂が広まった。
 本当かは分からないというより信じたくない気持ちが強かった。だが、二人が付き合っているという噂は私のように新谷(しんたに)に片想いしている女子には大きな衝撃と影響を与えた。
 潮が引くように新谷(しんたに)に話しかける女子はいなくなり、新谷(しんたに)は男子達と(みお)と話す姿しか見なくなった。
 私は相変わらず新谷(しんたに)を目で追っていたが、話しかけることは一気に減った。新谷(しんたに)への気持ちを忘れるためだった。新谷(しんたに)を諦めるには物理的に話す機会を減らすしかなかった。三組に行くこともほとんどなくなった。でも、どうしても新谷(しんたに)と同じ場所で顔を合わせる新聞係の活動の日はサボることはできず、新谷と話す数少ない機会となった。

 そのまま私たちは高校三年生に進学した。クラス替えは去年と同じく一組だったが玲衣奈(れいな)紗良(さら)華菜(はな)とみんなで同じクラスになれた。でもそれで私は満足とは言えなかった。新谷(しんたに)を諦めると決めたのに、新谷(しんたに)の名前が同じクラスの名簿にないことにショックを受けていた。   
 そして、新谷(しんたに)(みお)と二組で同じクラスになった。そのことに『悔しい』と思っている自分がいた。『好き』という気持ちがありながら『諦める』というのはひどく苦しいものだった。どうして人を本気で好きになってしまうと気持ちを抑えきれなくなってしまうんだろう。
 新しいクラスの席では私は1番後ろの席で一個前に近藤。隣の列の1番前の席に玲衣奈(れいな)がいた。そして端っこの列に紗良(さら)華菜(はな)がいた。仲の良いみんなで同じクラスになれたというのに、私は心の中に空虚感を抱えていた。
 休み時間になり水道で水を飲んでいると、同じクラスになった近藤が話しかけてきた。近藤は新谷(しんたに)の大の仲良しの親友だ。
「よっ!木村」
「あ、近藤。・・よっ!」
「なあ最近気になっていたことなんだけど聞いていい?」
「え、無理。」
「なんでだよー!めっちゃ聞きたいんだけど!」
「何?」
「木村さ、最近新谷(しんたに)と急に話さなくなったじゃん?なんかあったの?」
 そりゃあ気づくか。あんなに毎日挨拶をしたり三組にわざわざ行って話しかけたりしていたのが急に話しかけなくなったのだ。気づかないほうがおかしいのかもしれない。
「別に。ただ話さなくなっただけだよ。」
「別にって・・木村、新谷(しんたに)のこと好きだったんじゃないの?」
「・・・」気づかれていた、近藤には。
「もしかして(みお)ちゃんと最近仲良さげだからか?」
「関係ないよ、(みお)は。ただ話さなくなっただけ。新谷(しんたに)なんか好きでもないし、話さなくなった理由は特にないよ!じゃ。」
 全部図星だった。ただ悔しくて早口で捲し立て、近藤から逃げるように足早に教室に戻る。
 
 授業が始まると、近藤が先生にバレないように手紙を回してきた。ルーズリーフを破った小さい手紙。そこにはなぜかわたしへの応援の言葉が書いてあった。
新谷(しんたに)(みお)ちゃんは噂されてるけど付き合ってはないよ!新谷(しんたに)が言ってた!まだ間に合うから頑張れよ!』
 なんで近藤が応援してくれるんだろう。不思議に思いながらも『ありがとう。』と手紙を返す。
 
 私たちはもう高校三年生だ。この学年になると受験組は部活を辞めたり勉強で忙しくなる。新谷(しんたに)は志望校の話をしているのを廊下で聞こえたから受験組だろう。きっと一月ごろになればセンター試験もあるし、志望校の試験などで学校に来る回数がみんな減ってくる。今年は去年に比べて一年間が短く感じるだろう。その分新谷(しんたに)と話せる機会も刻一刻と少なくなっていく。
 
 本当にこれでいいんだろうか。このまま新谷(しんたに)を諦めて新谷(しんたに)と話すことなくアピールすることなく終わって卒業していっていいんだろうか。
 
 私はまだ新谷(しんたに)のことが好きだ。諦めると決めたけれど、実際は諦めることなんてできていない。諦めたくなんかない。たとえ新谷(しんたに)(みお)と付き合っていたとしても、将来付き合うことになるとしても、別の誰かを選ぶことになったとしても、その時に後悔はしたくない。卒業式までに私は新谷(しんたに)に想いを伝える____。
 ああ今すぐ新谷(しんたに)に会いたい。新谷(しんたに)と話したい。話したいことがたくさんある。
 今どこにいるんだろう。授業が終わるとすぐに二組の教室まで駆け出した。するとすでに(みお)新谷(しんたに)に話しかけていた。今までの私ならそこで負けていた。だってライバルが好きな人と話している中、割り込めほど図太くはない。それが私だ。でも変わりたい。もう新谷(しんたに)に距離なんか置かない。『好き』を捨てない。

新谷(しんたに)!!」
 精一杯の声で新谷(しんたに)を呼ぶ。(みお)のきょとんとした驚いたような顔が視界に入る。新谷(しんたに)は眩しい太陽のような笑顔で私を見る。
 その笑顔はたしかに、私にだけ向けられたものだった。私だけの“新谷(しんたに)の笑顔”だった。その時は___。

「おっす!木村久しぶりじゃん!元気かよ?」
「うん!久しぶりだねっ!元気だよ。またクラス離れちゃったねー!でも新聞係ではよろしくね!」
「おう!よろしくな!」
 新谷(しんたに)は今年も新聞係になったことは近藤が手紙で教えてくれた。なぜか近藤は私と新谷(しんたに)を応援してくれているようだった。
「じゃあね!」
 久しぶりに話して緊張と嬉しさと恥ずかしさで顔が紅潮し、会話は短めにして教室を出る。すると(みお)が追いかけてきた。

柚桜(ゆら)りんっ!」
(みお)・・どうしたの?」
「ずっと気になっていたことがあって・・・柚桜(ゆら)りんはさ・・秋也(しゅうや)君のこと好きなの?」

 ついに聞かれてしまった。きっと(みお)はずっとそのことを聞こうとしていた。それを私はずっと逃げていた。だってその答えに嘘しか受けなかったから___。
 でも、もう逃げない。『好き』をはぐらかしたりしない。『好き』は誰がなんと言おうと、ライバルが何人いようと、噂に広められようと、絶対に変えられない。変えない。

「うん!大好きなんだ!これだけはどうしようもないんだ、ごめんね。」
 
 その時の(みお)の顔は忘れられない。顔がこわばり、困惑と『やっぱりそうか』という納得が入り混じった顔だった。ライバルを一瞬でも困らせた日だった___。