それからの数日間は、なにをすればいいのかわからなくて無駄な時間を過ごしてしまった。毎朝八時頃に起きて、早川さんに会いにいくことだけは欠かさなかった。
 昼くらいまで彼女と何気ない言葉を交わし、午後からはふらふら散歩をしたり、昔遊んだ懐かしい公園へ足を運んだり、僕が入院している病院へ行ったりと、目的もなく町中を(しょう)(よう)していた。
 時々すれ違う幽霊とは、特に話すこともなく軽く会釈をしてやり過ごした。向こうも僕を気にする様子はなく、ただ下を向いて歩いているだけだった。
 一度だけ、どこへ向かっているのか気になって、あとをつけたことがある。五十代くらいの薄毛の男性だ。なにかヒントになればと思い、数メートル後ろから彼を尾行してみた。しかし散々歩き回ったが、結局徒労に終わった。そのおじさんはゆっくりと時間をかけ、市内を一周しただけだった。二周目に入ろうとしたところで足を止め、彼の背中を見送った。
「なんだよ、あのおじさん」
 ちぇっと舌打ちをして、その日は家に帰った。
 次の日は病院へ向かった。特にやることもなかったので、ふらふら歩いてついでに病院に立ち寄った。
 階段を上がっていると、背後から声をかけられ僕は足を止めた。
「あれ、お前確か、どこかで会ったことあるよな」
 振り返ると端麗な顔立ちの若い男性が僕を見ていた。髪はやや長めの金髪で、両耳にはピアスをつけている。見たことがある顔だったが、思い出せない。彼は僕に歩み寄り、まじまじと顔を覗き込む。
 どっかで会ったよなぁ、と彼は再度呟く。そこで思い出した。そもそも、僕に話しかけている時点で彼はこの世の者ではない。もしかしたら鈴森さんのように霊感の強い人の可能性もあるが、僕ははっきりと思い出した。彼は数日前、ここの病院で亡くなった男性だ。ベッドに横たわる魂の抜けた自分を見て、慟哭(どうこく)していたあの男性だ。
「そういえばその学生服、俺も昔着てた。てことはお前、俺の後輩だな」
 白い歯を見せて彼は笑った。つい数日前の、あの泣き(わめ)いていた姿が嘘のようだ。まだ死んだばかりだというのに、彼は少しも傷心している様子はなく、むしろ晴れ晴れとした表情を見せていた。きっと屋上の女性と同じで、もともと明るい性格なのだろう。
「お前さ、俺より若いのに死んじまって、なんか可哀想(かわいそう)だな。まだ童貞だろ? 辛えよな」
「別に、そんなのどうでもいいです」
 僕は強がってそう答えた。もちろん僕も男なので、そういうことに興味がないわけじゃない。でも今となっては、もう諦めはついていた。
「どうでもいいってことはないだろ。お前だって、好きな人くらいいたんだろ?」
 一瞬、早川さんの顔が頭に浮かんだ。かつて好きだった人、と表現する方が今は正しい。浮かんだ顔は、昔のような屈託のない笑顔ではなく、最近よく見せる(はかな)い笑顔の早川さんだ。
「いましたけど、その人はもう死にました」
「死んだって? よくわかんねぇけど、若いのに大変だな、お前ら」
 彼は驚いたように目を見開き、僕の肩に手を置いた。「まあ、元気出せよ」
 僕は頭を下げ、目の前の階段を上がる。余計なお世話だし、ほぼ初対面だというのに馴れ馴れしい人は苦手だ。病院の屋上の女性も馴れ馴れしいところはあるけれど、口調が柔らかいのでまだ平気だった。だが彼は違う。人の心に土足で入ってくるタイプだ。
「俺、(あずま)(りゅう)()っていうんだ。竜司って呼んで。お前、名前は?」