僕が自殺を考え始めたのは、自殺決行日のおよそ一ヶ月前だった。
それまでの僕は、いくら酷いいじめを受けても、バイトを四日でクビになろうとも、自ら命を絶とうだなんて一度も考えたことがなかった。
中学の頃から僕は、学校に居場所がなかった。 僕とは正反対の、成績優秀でスポーツ万能な双子の弟の存在が、幼少期から僕を苦しめていた。
テストの点数では一度も勝ったことがないし、中学では同じサッカー部に入部したが、弟の諒也は一年の頃からチームの中心となって活躍していたのに、僕は万年補欠だった。
小学生の頃はまだマシだった。何人かの生徒は僕と諒也を比べるやつもいたけれど、あの頃は割と皆仲良しで、他人と比べたり優劣をつけたりといった面倒くさい人間関係とは無縁の毎日を過ごせていた。
けれど、中学生になると周りは人間関係を気にするようになり、途端に息苦しくなった。不運なことに僕には格好の比較対象となる優秀な弟がいる。結果、僕は学校に居場所を失くした。
「兄の翔也はドジでのろまなのに、弟の諒也はなにをやらせても天才的だよな」
「たぶん母親のお腹の中にいるときに、諒也が全部栄養とか吸収したんだろうな」
「諒也の唯一の欠点は、翔也というポンコツな兄貴を持ったことだけだな」
中学に入ると、そんな言葉を浴びせられるようになった。二卵性双生児であるため、顔は年の離れた兄弟程度にしか似ていない。似ている点は、声と背丈くらい。僕とは違って容姿のいい諒也は女子からの人気は絶大だった。
でも、弟と比べられるのは中学を卒業するまでの辛抱だ。そう自分に言い聞かせ、どんなに辛いことがあっても弱音を吐かず、いつかはきっと浮かぶ瀬もあるだろうと信じて生きてきた。
高校は絶対に諒也と別のところを受験するつもりだったし、そもそも僕の学力では諒也と同じ高校に行くことは難しい。僕と諒也のことを誰も知らないような地元から離れた高校へ通えば、この苦しみも少しは和らぐ気がしたのだ。中学ではどんなに頑張っても無意味だと悟り、高校に入って周囲の環境が変わればきっと好転するだろうと僕は思っていた。
けれど、高校生になっても僕の居場所はどこにもなかった。
高校に入学してから一ヶ月、二ヶ月経っても、僕を取り巻く環境が変わることはなかった。それどころか次々とグループができあがっていく教室の中で、日に日に孤独感は増していった。
そこに追い打ちをかけるように、僕はいじめの対象になってしまった。なんでも、僕の目つきが気に入らなかったらしい。
今までは諒也という存在がいたから、腐ってもあの諒也の双子の片割れという事実が、僕を守ってくれていたのだと悟った。そのことも僕を酷く打ちのめした。
そんな悩みの数々を相談できる友人も皆無で、強い孤独を感じた結果、生きることに疲れてしまったのだ。この先何年も生きていたって、きっと幸せになんかなれない。ただただ傷ついて、終わりの見えない索漠とした毎日が続いていくだけだ。
そうやってネガティブなことばかり考えてしまう自分も嫌いで、なにもかもどうでもよくなった。
だから僕は、楽になりたくて自分を殺す道を選んだ。
僕の好きなRPGゲームでは、もっぱら『いのちだいじに』という作戦名を使っていた。そんな僕がまさか、『いのちそまつに』を選択するとは夢にも思わなかった。
中学の頃から僕は、ニュースで中高生の自殺が取り上げられていると、目を逸らさずにはいられなかった。
自殺の要因はいじめや人間関係、家庭問題や漠然とした将来の不安など様々で、決して他人事ではない気がしていたからだ。
ああ、彼は、彼女は逃げてしまったのか。弱いなぁ、と思う反面、いつか僕も心が折れて生きることを投げ出し、報道される側になってしまうときが来るのではないかと恐れもしていた。
僕はそういったニュースを見た日の夜、いつも布団の中で心を痛めていた。
彼らは、どんな思いで自ら命を絶ったのか。命を絶つことで、果たして救われたのか。なにもかも嫌になって死にたくなる気持ちは、僕にも少しはわかる。けれど、なにも死ぬほどのことではないんじゃないか。死ぬ勇気があるのなら、なんだってできるんじゃないのか。のちに自殺を決行することも知らないそのときの僕は、本気でそう思っていた。
夜にそんなことを考え出すと、止まらなくなる。しばらく考え込んでいるうちにいつの間にか眠ってしまって、気づけばまた憂鬱な一日が始まる。そんな日々を、僕は過ごしていた。
それまでの僕は、いくら酷いいじめを受けても、バイトを四日でクビになろうとも、自ら命を絶とうだなんて一度も考えたことがなかった。
中学の頃から僕は、学校に居場所がなかった。 僕とは正反対の、成績優秀でスポーツ万能な双子の弟の存在が、幼少期から僕を苦しめていた。
テストの点数では一度も勝ったことがないし、中学では同じサッカー部に入部したが、弟の諒也は一年の頃からチームの中心となって活躍していたのに、僕は万年補欠だった。
小学生の頃はまだマシだった。何人かの生徒は僕と諒也を比べるやつもいたけれど、あの頃は割と皆仲良しで、他人と比べたり優劣をつけたりといった面倒くさい人間関係とは無縁の毎日を過ごせていた。
けれど、中学生になると周りは人間関係を気にするようになり、途端に息苦しくなった。不運なことに僕には格好の比較対象となる優秀な弟がいる。結果、僕は学校に居場所を失くした。
「兄の翔也はドジでのろまなのに、弟の諒也はなにをやらせても天才的だよな」
「たぶん母親のお腹の中にいるときに、諒也が全部栄養とか吸収したんだろうな」
「諒也の唯一の欠点は、翔也というポンコツな兄貴を持ったことだけだな」
中学に入ると、そんな言葉を浴びせられるようになった。二卵性双生児であるため、顔は年の離れた兄弟程度にしか似ていない。似ている点は、声と背丈くらい。僕とは違って容姿のいい諒也は女子からの人気は絶大だった。
でも、弟と比べられるのは中学を卒業するまでの辛抱だ。そう自分に言い聞かせ、どんなに辛いことがあっても弱音を吐かず、いつかはきっと浮かぶ瀬もあるだろうと信じて生きてきた。
高校は絶対に諒也と別のところを受験するつもりだったし、そもそも僕の学力では諒也と同じ高校に行くことは難しい。僕と諒也のことを誰も知らないような地元から離れた高校へ通えば、この苦しみも少しは和らぐ気がしたのだ。中学ではどんなに頑張っても無意味だと悟り、高校に入って周囲の環境が変わればきっと好転するだろうと僕は思っていた。
けれど、高校生になっても僕の居場所はどこにもなかった。
高校に入学してから一ヶ月、二ヶ月経っても、僕を取り巻く環境が変わることはなかった。それどころか次々とグループができあがっていく教室の中で、日に日に孤独感は増していった。
そこに追い打ちをかけるように、僕はいじめの対象になってしまった。なんでも、僕の目つきが気に入らなかったらしい。
今までは諒也という存在がいたから、腐ってもあの諒也の双子の片割れという事実が、僕を守ってくれていたのだと悟った。そのことも僕を酷く打ちのめした。
そんな悩みの数々を相談できる友人も皆無で、強い孤独を感じた結果、生きることに疲れてしまったのだ。この先何年も生きていたって、きっと幸せになんかなれない。ただただ傷ついて、終わりの見えない索漠とした毎日が続いていくだけだ。
そうやってネガティブなことばかり考えてしまう自分も嫌いで、なにもかもどうでもよくなった。
だから僕は、楽になりたくて自分を殺す道を選んだ。
僕の好きなRPGゲームでは、もっぱら『いのちだいじに』という作戦名を使っていた。そんな僕がまさか、『いのちそまつに』を選択するとは夢にも思わなかった。
中学の頃から僕は、ニュースで中高生の自殺が取り上げられていると、目を逸らさずにはいられなかった。
自殺の要因はいじめや人間関係、家庭問題や漠然とした将来の不安など様々で、決して他人事ではない気がしていたからだ。
ああ、彼は、彼女は逃げてしまったのか。弱いなぁ、と思う反面、いつか僕も心が折れて生きることを投げ出し、報道される側になってしまうときが来るのではないかと恐れもしていた。
僕はそういったニュースを見た日の夜、いつも布団の中で心を痛めていた。
彼らは、どんな思いで自ら命を絶ったのか。命を絶つことで、果たして救われたのか。なにもかも嫌になって死にたくなる気持ちは、僕にも少しはわかる。けれど、なにも死ぬほどのことではないんじゃないか。死ぬ勇気があるのなら、なんだってできるんじゃないのか。のちに自殺を決行することも知らないそのときの僕は、本気でそう思っていた。
夜にそんなことを考え出すと、止まらなくなる。しばらく考え込んでいるうちにいつの間にか眠ってしまって、気づけばまた憂鬱な一日が始まる。そんな日々を、僕は過ごしていた。
