約二時間の映画を見終わり、感想を語り合いながら僕たちは暗い夜道を歩いた。
「まさかヒロインの子が最後死んじゃうなんてねぇ。てっきり二人は結ばれてハッピーエンドだと思ってたのに。バッドエンドなら観たくなかった」
「でもまあ、あれはあれでリアルというか、映画も現実も、そんなに甘くないんだってことをあの映画から教わったね、僕は」
 ご機嫌斜めの鈴森さんを(なだ)めるように、僕は今しがた鑑賞した映画をその一言で評した。それでも彼女は納得がいかないようで、脚本に文句を垂れながら誰もいない公園に入っていった。
「あれ、帰るんじゃないの?」
「青春といえば、これも必須でしょ」
 鈴森さんはしきりに周囲を確認しながら鞄の中を(あさ)り、中から小ぶりな花火セットを取り出してみせた。
「え……どうしたの、それ」
「さすがにもう売ってなかったから、ネットで取り寄せたの。ちょっと神村、人が来てないか見張ってて」
 鈴森さんは持参したチャッカマンを使い、さっそく一本目の手持ち花火に火を点ける。数秒の沈黙のあと、しゅわっと炭酸が弾けるように火花が炸裂する。
 滑り台の陰に隠れながら、花火を持った腕を伸ばして一人で花火を楽しむ鈴森さん。夜の公園で花火をすることも、彼女の言う青春っぽいことの一つなのだろう。これもまた、僕が憧れた青春の一ページと言えなくもなかった。
 僕は当然花火に触れることはできないけれど、雰囲気だけでも味わってほしかったのかもしれない。彼女のその心遣いに、胸がぎゅっと苦しくなる。
「私さ、今、やばくない? 傍から見たら一人で花火をしてる痛い女子高生だよね。今目の前に神村がいるから私は全然違和感ないんだけど、絶対やばいよね」
 やばいと言いながら、鈴森さんはキョロキョロしつつ二本目に火を点ける。確かに夜の公園で女子高生が一人で花火をしていたら、痛いどころか怖い。
「同じクラスのやつに見られたら、とんでもないことになると思う。もういいよ、そこまでしなくて。いろいろ考えてくれてありがとう」
 そのとき、自転車に乗った男が公園内を横切っていった。男は花火の光に気づいたのかブレーキを握り、鈴森さんに目を向けた。
「お前、同じ中学だった鈴森だよな? 一人でなにやってんの?」
 鈴森さんに軽蔑の目を向けたのは、僕の弟である諒也だった。この時間にこの道を通るということは、きっとこれから塾に行くのだろう。諒也は自転車に(またが)ったまま、じっと鈴森さんを見つめている。
「あ、神村の弟……。えっと、夏に買った花火が余ってて、賞味期限が切れる前に使っちゃおうかと……」
 尻つぼみに声が小さくなる鈴森さん。助け船を出したいところだけど、僕の声は諒也には届かない。
「賞味期限って……食べる気かよ」
 ふん、と鼻で笑ったあと、諒也はペダルを漕いで公園から出ていった。よっぽど恥ずかしかったのか顔を真っ赤に染めた鈴森さんは、半べそになって片づけを始める。
「神村の弟、マジでなんなの。賞味期限って……食べる気かよ、だって。なにあいつ最悪。ほんとに全然似てないね」
 鈴森さんは諒也の口ぶりを真似ながら悪態をつく。僕は「まあまあ」と腫れ物に触るように宥めながら彼女と一緒に公園を出る。
「それで、体に変化はない? 成仏できそう?」
 ようやく落ち着いたのか、数分歩いたところで彼女は思い出したように僕の体を確認する。しかし残念なことに、なにも変化はなかった。
「言いにくいんだけど、まったくかな。楽しかったけど、たぶん未練は別のことだと思う」
「そっかぁ。けっこう体張ったんだけどなぁ」
 がっくりと項垂れる鈴森さん。彼女は最初から最後まで、今日は一人で行動していたようなものなのだ。周囲の視線を気にしながら僕にも気を配るのだから、相当疲れたことだろう。
 僕はもう一度お礼を言ってから、傷心気味の鈴森さんをバス停まで送り届けた。