鈴森さんには行くなと言われていたけれど、僕は屋上へ向かった。屋上の少女が僕と似たような境遇だったと聞いて、それまで抱いていた彼女の印象がガラリと変わった。
なんだか放っておけない気がしたし、僕も彼女と同じ道を歩むことになるかもしれないのだ。なんとか彼女の話を聞き出して、突破口を見出そうという考えもあった。
彼女は二十五年間も独りぼっちで、あの場所で苦しんでいたのだ。屋上には幽霊が出る、と噂されて、怖がられて、辛かったはずだ。なにか彼女の力になれやしないだろうか、とも思った。
校内には部活にやってきたと思われる生徒が何人もやってきて、今朝よりもやや騒がしくなった。屈託なく笑い合う彼らを横目に、僕は階段を上がって屋上へ出た。
ただれた両手で手摺りに掴まり、セーラー服を着た少女は僕に背を向けて、どこか遠くの景色を眺めているようだった。それとも元気いっぱいに学校へやってくる生徒たちを、恨めしそうに睨みつけているのだろうか。
恐怖で足が動かない。こんなにはっきりと幽霊が見えるなんて、未だに慣れないし慣れたくもなかった。やっぱり帰ろうかと逡巡したけれど、腹を決めて僕は恐る恐る彼女に近づき、「あの……」と声をかけた。
僕が呼びかけても、彼女は微動だにしない。聞こえなかったのだろうか。僕はもう一度、彼女に声をかける。
「あの……大丈夫ですか?」
先ほどよりも声を張った。なにが大丈夫なのか自分でもわからないけれど、他に思いつく言葉がなかったのだ。
僕の声が届いたのか、彼女はゆっくりと振り返った。
「ふ……ふふ……」
不気味に笑いながら、彼女は緩慢な動きで僕に近づいてくる。逃げようにも体が動かない。やっぱり帰ればよかった、と考えているうちに彼女はすぐそばまで迫ってきていた。
「ふふ……ふふ……」
僕は恐怖のあまり目を瞑った。
すると彼女の笑い声が消え、屋上が静寂に包まれた。穏やかな風の音だけが、僕の耳に届く。
あの不気味な少女は、消えてくれたのだろうか。僕はゆっくりと目を開ける。
少女の顔が、僕の目の前にあった。長い前髪が顔を隠し、表情が窺えない。しかし前髪の間から、薄っすらと血走った目が見えている。ひび割れた唇を開け、彼女は声を発した。
そのとき、屋上の扉が開いた。僕は反射的に後ろを振り返る。扉を開けたのは教頭先生で、作業着を着た数人の男性を引き連れて僕のすぐ横を通った。
体が動くことに気づいた僕は、もう一度振り返る。あの少女の姿はなかった。
足の力が抜けて、その場に尻餅をついた。
助かったのか。でも、なにか腑に落ちない。彼女が僕になにを伝えようとしていたのか、最後まで聞き取れなかった。
教頭先生と作業着の男性たちは、フェンスを取り付ける打ち合わせをしているようだった。僕が飛び降りたことを受けて設置を検討しているのだろう。
今さらフェンスを取り付けても遅いんだよ。そう思いながら、僕は立ち上がって屋上をあとにした。
家に帰る途中、僕はあの不気味な少女について考えていた。あの少女は、笑っているのだと僕は思っていた。けれど、彼女は泣いていたのだ。近くで見ると、彼女の瞳から涙がぼろぼろと零れていた。そして彼女のあの言葉。扉が開かれた音で上手く聞き取れなかったが、彼女は僕になにかを訴えかけていた。
なんだか放っておけない気がしたし、僕も彼女と同じ道を歩むことになるかもしれないのだ。なんとか彼女の話を聞き出して、突破口を見出そうという考えもあった。
彼女は二十五年間も独りぼっちで、あの場所で苦しんでいたのだ。屋上には幽霊が出る、と噂されて、怖がられて、辛かったはずだ。なにか彼女の力になれやしないだろうか、とも思った。
校内には部活にやってきたと思われる生徒が何人もやってきて、今朝よりもやや騒がしくなった。屈託なく笑い合う彼らを横目に、僕は階段を上がって屋上へ出た。
ただれた両手で手摺りに掴まり、セーラー服を着た少女は僕に背を向けて、どこか遠くの景色を眺めているようだった。それとも元気いっぱいに学校へやってくる生徒たちを、恨めしそうに睨みつけているのだろうか。
恐怖で足が動かない。こんなにはっきりと幽霊が見えるなんて、未だに慣れないし慣れたくもなかった。やっぱり帰ろうかと逡巡したけれど、腹を決めて僕は恐る恐る彼女に近づき、「あの……」と声をかけた。
僕が呼びかけても、彼女は微動だにしない。聞こえなかったのだろうか。僕はもう一度、彼女に声をかける。
「あの……大丈夫ですか?」
先ほどよりも声を張った。なにが大丈夫なのか自分でもわからないけれど、他に思いつく言葉がなかったのだ。
僕の声が届いたのか、彼女はゆっくりと振り返った。
「ふ……ふふ……」
不気味に笑いながら、彼女は緩慢な動きで僕に近づいてくる。逃げようにも体が動かない。やっぱり帰ればよかった、と考えているうちに彼女はすぐそばまで迫ってきていた。
「ふふ……ふふ……」
僕は恐怖のあまり目を瞑った。
すると彼女の笑い声が消え、屋上が静寂に包まれた。穏やかな風の音だけが、僕の耳に届く。
あの不気味な少女は、消えてくれたのだろうか。僕はゆっくりと目を開ける。
少女の顔が、僕の目の前にあった。長い前髪が顔を隠し、表情が窺えない。しかし前髪の間から、薄っすらと血走った目が見えている。ひび割れた唇を開け、彼女は声を発した。
そのとき、屋上の扉が開いた。僕は反射的に後ろを振り返る。扉を開けたのは教頭先生で、作業着を着た数人の男性を引き連れて僕のすぐ横を通った。
体が動くことに気づいた僕は、もう一度振り返る。あの少女の姿はなかった。
足の力が抜けて、その場に尻餅をついた。
助かったのか。でも、なにか腑に落ちない。彼女が僕になにを伝えようとしていたのか、最後まで聞き取れなかった。
教頭先生と作業着の男性たちは、フェンスを取り付ける打ち合わせをしているようだった。僕が飛び降りたことを受けて設置を検討しているのだろう。
今さらフェンスを取り付けても遅いんだよ。そう思いながら、僕は立ち上がって屋上をあとにした。
家に帰る途中、僕はあの不気味な少女について考えていた。あの少女は、笑っているのだと僕は思っていた。けれど、彼女は泣いていたのだ。近くで見ると、彼女の瞳から涙がぼろぼろと零れていた。そして彼女のあの言葉。扉が開かれた音で上手く聞き取れなかったが、彼女は僕になにかを訴えかけていた。
