視線の先の、(はる)か遠くにある太陽を、学校の屋上から眺めていた。
 これがきっと、僕が見る最後の景色となるだろう。
 この太陽が沈みきったら、ここから飛び降りて死のう。
 そう心に決めて、僕はオレンジ色に輝く夕陽をじっと眺めていた。
 ひと際強い風がびゅうっと吹いて、体がよろけそうになる。体勢を整え、フェンスをしっかりと握りしめて前に向き直る。
 まだ、太陽は沈まない。
 (まぶ)しさに目を細め、僕は辛かった日々を回顧する。
 憂鬱な朝、居場所のない学校へ行き、一通りいじめを受けて、居心地の悪い自宅へと帰宅する。なにか変わるきっかけを(つか)もうと始めてみたコンビニのアルバイトも、ミスを連発して四日でクビになった。めげずに面接を受けても()()がないのか不採用が続くし、他にも僕の失敗談を挙げると枚挙にいとまがない。
 なにをしても上手くいかず、やることなすことすべてが裏目に出てしまい、思い出すだけで吐き気がする。
 高校生になったら、僕は変われると思っていた。きっと、なにかが大きく変わると思っていた。でも結局、僕は僕だった。
 ハッと我に返ったときには、太陽がずいぶん低い位置にあった。しばらく凝視していると、やがて地平線に触れた。
 ゆっくりと欠けていく太陽を、僕は瞬きもせずに見つめる。ゆらゆらと、()らすように太陽は沈んでいく。
 ここから飛び降りた先に待っているのは、死だ。四階建ての学校の屋上から飛び降りるのだから、当然だ 。疑いようがない。でも、それだけではない。
 僕を待っているのは死と、もう一つは自由だ。
 ここから飛び降りると、自由が待っている。それはここ数年間、僕がずっと欲しかったものだ。
 輝いていた太陽が、光が消えていく。僕の命の光も同様に、あとわずかで消えてしまう。
 太陽を凝視していたせいか、沈んでもなお残像が消えない。
 やっぱり飛び降りるのは、残像が消えてからにしよう。
 僕は目を(つぶ)る。まぶたの裏にも、太陽の残像が残っていた。
 父さん、母さん、それから弟の(りょう)()に、ペットのコロ(きち)。今までありがとう。それから、ごめん。

 最後に──

 僕は目を開けて、後ろ手に掴んでいた手すりから手を離し、胸いっぱいに空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
 さようなら、みんな。
 軽く助走をつけて、僕は飛び立った。
 自由を求めて、大空へ飛び立った。
 けれど体は、無情にも地面へと引っ張られる。空中でいくらもがいても、なにも掴めやしない。
 僕の体は一直線に落下していく。死という名の、自由を目掛けて。
 これで僕は、自由になれる。
 解放された喜びからきたものなのか、これから死ぬ恐怖から込み上げたものなのかわからない。涙が一粒、上空へ(こぼ)れたのが見えた。
 同時に、鈍い音が脳内に響いた。