あのフワフワしたような、青い夢のような時間は、いつまでも続かなかった。
「この曲は、もっとテンポを上げないか? イントロも、ギターのアルペジオから入るんざじゃなくて、カッティングしてポップなイメージにしてみるとかさ」
「イヤ」
アイミはアタシの提案を聞こうともしない。アイミはレコーディングの時、いつもこうだ。
楽曲のアレンジの変更を極度に嫌う。
「アイミちゃん。ジュンちゃんはリーダーなんだから、言うことを聞いてあげたらどう? アイミちゃんのつくった曲を否定なんかしてないよー。もっとよくしたいだけだから、ね」
普段はメンバーの意見に口出しをしない素子だが、この時ばかりはアイミのの態度を見かねたようだ。
「素子さん、ごめんなさい。でも、できない」
アイミは、かたくなだ。
アタシたちは、焦っていた。
すでにメジャー・デビューし、ミニアルバム1枚とシングル1枚をリリースしているが、さっぱり売れず、音楽誌などのマスコミにも注目されない。
このまま売れないままだと、契約が切れてしまう。今レコーディングしているこのシングル曲を、どうしてもヒットさせたかった。
まだ、この場所にいたい。
この想いは、アイミや他のバンドメンバーも同じだ。しかし、想い描く手法が違う。
夢の時間を終わらせるのは、あまりにも哀しい。
夢を夢のまま継続するラストチャンスのつもりでアイミがつくってきた曲の一つが、今レコーディングしている「ラブ・センセーション」だ。
最初にデモ音源を聴いた時、お父さんの世代のニューミュージックを彷彿とさせるノスタルジックなテイストと、四つ打ちのダンサブルなリズムが混在していて、アタシは売れる可能性を感じた。
これをシングルで出せば、うまくいくかもしれない。
しかし、まだ磨きあげられていないイマイチさも同時に感じ取った。とにかく惜しい。
ギターのカッティング音を効果的に使ってテンポを上げたら、面白くなるのがイメージできて、口を出さずにはいられない。
アタシの意見に、アイミ以外は賛成してくれていた。
「ねえ、ヒロシさん。アタシの意見はダメか?」
アタシはプロデューサーのヒロシに聞いてみる。
ため息を一つついて、ヒロシはやっと口を開いた。
「とりあえず、やってみてよ」
仮で一発収録をやってみて、感触を確かめることとなった。
強めのカッティングでイントロに入る。
すると、リズミカルでメンバーは身構えることなく、のびのびとしている。音がこれまでになく、活きていた。アイミも、想定外の早いテンポに合わせてくる。
いい。これなら勝てる。
仮収録が終わって、売れるイメージの共有ができた。……アイミを除いては。
「ダメ、ダメ、絶対ダメ」
「何で?」
バンドで一番クールな佳津子まで、アイミのかたくなな姿勢に嫌悪感を顕にしたいた。
「ワタシのアレンジが気に入らないなら、ワタシは即、このバンドを辞める」
「チェッ、それはないだろう。それじゃ、独裁じゃないか!」
アタシは声を荒げる。
すると、アイミはスタジオを出ていった。
「勝手にしなさい、もー!」
素子も怒り心頭だ。
しかし、困り果てたコロンバスレコード側の結論は残酷なものだった。
「もう、アイミの言うとおりして」
プロデューサーのヒロシは、アタシたちを諭し出す。
「アタシたちが折れろって言うのか? 聞いたろ、どっちの音がいいかなんて、誰にでも分かる」
「そうだ。単にいい楽曲をつくるなら、ジュンの言い分は最もだ。でも、このバンドはアイミを顔に売り出しているから、アイミのセンスでやり抜いた方がいい」
「ふざけんな。それじゃもう、活動を継続できないぞ」
「ジュンやエミ、素子、佳津子がそう判断するなら仕方がない」
プロデューサーにそこまで言われては、もうどうしようもない。エミや素子ももう、辞める、と言っている。
やがてアイミは、スタジオに戻ってきた。
「ごめんなさい、みんな」
アイミが謝罪しても、誰も目を合わさない。
「それでも、譲れないの。ねえ、今から10年後の10月20日以降なら、悪魔との契約が切れてるから、言うことを聞けるけど、今はダメなの。10年後なら言うことを聞くよ。約束する」
アイミはこの期に及んで、途方もないことを言う。
「何で10年後とか、訳の分からないことを言うんだ?」
もはや、聞いても意味のないことだとは分かっていたが、アタシは最後の最後まで分ろうとしたかった。
「モカ暦で、ワタシのパワーバランスが切れる未来の日付は決まってるから」
「チェッ。偶然、その日はアタシの誕生日だな。10年後だから、その時でちょうど28歳になるな」
「そうなの?」
もはや、他のメンバーはアイミと会話すらしたくなかったようだ。
この日を境にアイミとアタシたちバンドメンバーには大きな溝が生まれ、修復不可能となった。実質的にこの時、バンドは解散していたのだ。
この「ラブ・センセーション」は後日、アイミの思うとおりにレコーディングされたが、シングルカットされずにお蔵入りとなった。
シングルでリリースした違う曲もさっぱり売れず、アタシと佳津子、エミ、素子は契約が切れ、すぐにお払い箱となった。
解散コンサートすら開かせてもらえなかったのを覚えている。
ただし、アイミだけはこの後もソロで活動し、後に大ヒットを連発した。
あの頃、アタシはどれだけアイミを恨んだだろう。
アタシたちの存在を消した原因が、訳の分からない悪魔との契約だいうクレイジーなヤツ。
アタシはその後、レコード会社を転々として、楽曲提供で何とか食っていこうとしたが、生活は苦しく、実家の三重県いなべ市に戻った。
もう、遠い過去の話。思い出したくもない話だ。
「この曲は、もっとテンポを上げないか? イントロも、ギターのアルペジオから入るんざじゃなくて、カッティングしてポップなイメージにしてみるとかさ」
「イヤ」
アイミはアタシの提案を聞こうともしない。アイミはレコーディングの時、いつもこうだ。
楽曲のアレンジの変更を極度に嫌う。
「アイミちゃん。ジュンちゃんはリーダーなんだから、言うことを聞いてあげたらどう? アイミちゃんのつくった曲を否定なんかしてないよー。もっとよくしたいだけだから、ね」
普段はメンバーの意見に口出しをしない素子だが、この時ばかりはアイミのの態度を見かねたようだ。
「素子さん、ごめんなさい。でも、できない」
アイミは、かたくなだ。
アタシたちは、焦っていた。
すでにメジャー・デビューし、ミニアルバム1枚とシングル1枚をリリースしているが、さっぱり売れず、音楽誌などのマスコミにも注目されない。
このまま売れないままだと、契約が切れてしまう。今レコーディングしているこのシングル曲を、どうしてもヒットさせたかった。
まだ、この場所にいたい。
この想いは、アイミや他のバンドメンバーも同じだ。しかし、想い描く手法が違う。
夢の時間を終わらせるのは、あまりにも哀しい。
夢を夢のまま継続するラストチャンスのつもりでアイミがつくってきた曲の一つが、今レコーディングしている「ラブ・センセーション」だ。
最初にデモ音源を聴いた時、お父さんの世代のニューミュージックを彷彿とさせるノスタルジックなテイストと、四つ打ちのダンサブルなリズムが混在していて、アタシは売れる可能性を感じた。
これをシングルで出せば、うまくいくかもしれない。
しかし、まだ磨きあげられていないイマイチさも同時に感じ取った。とにかく惜しい。
ギターのカッティング音を効果的に使ってテンポを上げたら、面白くなるのがイメージできて、口を出さずにはいられない。
アタシの意見に、アイミ以外は賛成してくれていた。
「ねえ、ヒロシさん。アタシの意見はダメか?」
アタシはプロデューサーのヒロシに聞いてみる。
ため息を一つついて、ヒロシはやっと口を開いた。
「とりあえず、やってみてよ」
仮で一発収録をやってみて、感触を確かめることとなった。
強めのカッティングでイントロに入る。
すると、リズミカルでメンバーは身構えることなく、のびのびとしている。音がこれまでになく、活きていた。アイミも、想定外の早いテンポに合わせてくる。
いい。これなら勝てる。
仮収録が終わって、売れるイメージの共有ができた。……アイミを除いては。
「ダメ、ダメ、絶対ダメ」
「何で?」
バンドで一番クールな佳津子まで、アイミのかたくなな姿勢に嫌悪感を顕にしたいた。
「ワタシのアレンジが気に入らないなら、ワタシは即、このバンドを辞める」
「チェッ、それはないだろう。それじゃ、独裁じゃないか!」
アタシは声を荒げる。
すると、アイミはスタジオを出ていった。
「勝手にしなさい、もー!」
素子も怒り心頭だ。
しかし、困り果てたコロンバスレコード側の結論は残酷なものだった。
「もう、アイミの言うとおりして」
プロデューサーのヒロシは、アタシたちを諭し出す。
「アタシたちが折れろって言うのか? 聞いたろ、どっちの音がいいかなんて、誰にでも分かる」
「そうだ。単にいい楽曲をつくるなら、ジュンの言い分は最もだ。でも、このバンドはアイミを顔に売り出しているから、アイミのセンスでやり抜いた方がいい」
「ふざけんな。それじゃもう、活動を継続できないぞ」
「ジュンやエミ、素子、佳津子がそう判断するなら仕方がない」
プロデューサーにそこまで言われては、もうどうしようもない。エミや素子ももう、辞める、と言っている。
やがてアイミは、スタジオに戻ってきた。
「ごめんなさい、みんな」
アイミが謝罪しても、誰も目を合わさない。
「それでも、譲れないの。ねえ、今から10年後の10月20日以降なら、悪魔との契約が切れてるから、言うことを聞けるけど、今はダメなの。10年後なら言うことを聞くよ。約束する」
アイミはこの期に及んで、途方もないことを言う。
「何で10年後とか、訳の分からないことを言うんだ?」
もはや、聞いても意味のないことだとは分かっていたが、アタシは最後の最後まで分ろうとしたかった。
「モカ暦で、ワタシのパワーバランスが切れる未来の日付は決まってるから」
「チェッ。偶然、その日はアタシの誕生日だな。10年後だから、その時でちょうど28歳になるな」
「そうなの?」
もはや、他のメンバーはアイミと会話すらしたくなかったようだ。
この日を境にアイミとアタシたちバンドメンバーには大きな溝が生まれ、修復不可能となった。実質的にこの時、バンドは解散していたのだ。
この「ラブ・センセーション」は後日、アイミの思うとおりにレコーディングされたが、シングルカットされずにお蔵入りとなった。
シングルでリリースした違う曲もさっぱり売れず、アタシと佳津子、エミ、素子は契約が切れ、すぐにお払い箱となった。
解散コンサートすら開かせてもらえなかったのを覚えている。
ただし、アイミだけはこの後もソロで活動し、後に大ヒットを連発した。
あの頃、アタシはどれだけアイミを恨んだだろう。
アタシたちの存在を消した原因が、訳の分からない悪魔との契約だいうクレイジーなヤツ。
アタシはその後、レコード会社を転々として、楽曲提供で何とか食っていこうとしたが、生活は苦しく、実家の三重県いなべ市に戻った。
もう、遠い過去の話。思い出したくもない話だ。



