「アイミ&ダーティJ」の夢のような時間がしばらく続いた。

「キャー、スタジオで写真撮るのって緊張するー!」
 ジャケットの写真、いわゆるジャケ写と、バンドメンバーが集合したアーティスト写真、いわゆるアー写の撮影日に、素子は誰より浮かれていた。メジャーデビューとなるミニアルバムの発売に合わせ、名古屋市の写真スタジオをコロンバスレコードが用意してくれた。
「いや、写真撮られたくないんだけど」
 エミはそもそも写真に撮られるのが嫌いらしい。
「いいじゃないのー、エミちゃん。せっかくだから楽しもうよ」
「この衣装は何だ? スカートを履かなきゃいけないなんて聞いてない」
「そんな照れないで。かわいいから、エミちゃんにぴったりだよー」
「どこがだ! 素子はスカートを履き慣れてるだろうけど、私は、普段、ほぼ履かないし、履きたくもないんだよ。高校もスカートじゃなくてパンツルックだしな。私はドラムとスティックさえあればいい」
「わ、職人ねー」

「佳津子ちゃんも似合っているー。しかも、ちょっとミニなのもいい」
「素子は、相変わらずうるさいわね。仕方ないよ。プロとして仕事をするっていうのは、こういうのも含まれてるんだから」
 佳津子は、冷静だ。

 フィッティングルームからメンバーの会話を聞いていた。
 アタシも着替えるには着替えたが、カーテンを開けてこの姿を晒すのが恥ずかしい。
 何で、メンバーみんな、カフェ店員のような衣装なのか? ……理由は簡単だ。アイミのつくった「バイバイ、カフェ」という曲が、今回のミニアルバムのリードトラックで、その世界を写真で表現しようとするからだ。加えて、これはアイミの強い要望によるものでもある。
 あと、ガールズバンドというと、こういう路線の方が売れる、……みたいだ。

 嫌だが、仕方がない。
 思い切ってカーテンを開けると、みんなの好奇の目線が私に集まった。
「かわいい!」
 顔から火が飛び出そうだ。
 すると、すぐ横のフィッテイングルームのカーテンが勢いよく開いた。
 アイミがその姿を顕わにした。

「キレイ……」と全員が息を飲む。
 チェッ、コイツは人間そのものに、華がある。
 濃いメイクも、曲のイメージにぴったりだし、主役感が満載だ。

「おい、さっさと撮影を終えるぞ! この後、昼から東京へ行って、ラジオ局を2つはしごで生出演だ。あと、雑誌の取材も1本入ってる。忙しいんだよ」
 緩みまくっているメンバーに、アタシは喝を入れる。
「ふふ。今日から泊まりだね、1週間も。まるで修学旅行みたい。東北から四国まで行けるなんて、嬉しいわ」
 佳津子は、静かにメジャーアーティストの喜びを噛み締めていた。

 レコーディングは、苦しみ抜いたが、先週終わった。来月、正式に「アイミ&ダーティJ」はメジャーデビューする。
 ここからは、サンプル音源を持って全国を周り、メディアに自分たちを売り込まなければならない。
 メディア取材の後、夜には、小さなライブハウスの出演もいくつか入っていて、スケジュールはかなりハードなものだった。

 この2日後はさらに刺激的だった。
「すごい。カメラが並んでるよ」
「ホントだ」
 エミと佳津子は、珍しそうにテレビ局のスタジオを見て回る。
 この日は、横浜市のローカルテレビ局の音楽番組に生出演する日だった。
 イベントやライブハウスではなく、テレビ局のスタジオで演奏するのは、初めてだ。
 しかも、一緒に出演するアーティストは、有名な人ばかり。
 さすがにアタシも緊張してしまう。しかし、アイミだけは、一流アーティストのように堂々としてやがる。
 リハーサルをしても勝手が違って、メンバーはピンとこない。
 前にいるのは人ではなくて、カメラやカメラマン、ディレクター。照明もライブハウスなものとはまるで違う。
 でも、それも高校生だったアタシらからすれば、楽しくて仕方がなかった。

「本番、お願いします」
 ついに、楽屋にスタッフがやってきた。
 生放送だから、失敗は許されない。

「ついにメジャーデビューですね、おめでとうございます」
 演奏前にアナウンサーとのトークがあるのもテレビならではだ。
「ありがとうございます!」
 アタシらは、声を合わせて元気に返事する。
「『アイミ&ダーティJ』って古めかしいバンド名ですが、みんな、高校生のガールズバンドなんですね?」
「はい。名古屋を拠点にしていて、ロックを中心としたサウンドにこだわっています」
 緊張しているのがバレないように気をつけながら、アタシが答える。
「今回、唄っていただく『バイバイ、カフェ』は、かなり毒の入った失恋ソングで、デビュー前から注目されていますね?」
「はい、失恋ソングって、キレイなものじゃなくていい、と思っていて……」
 楽曲についての質問は、つくったアイミが答えた。コイツはムカつくくらい、どんなところでも堂々としてやがる。
「それでは、スタンバイをお願いします」

 ついに、きた。
 ステージに立つとギターを肩にかけ、他のメンバーを見る。
 全員が準備できると、アタシにアイコンタクトをとってきた。
「やらかしちゃう? まさか、ビビってないよね?」
 センターに立つアイミが、アタシを挑発するように言う。
「チェッ、当たり前だろ! アタシが震えてるのは、嬉しいからだ」
 そして、アタシはアイミは見つめ合って笑った。

 ディレクターが手で演奏開始の合図をする。
 すると、真っ青な空のような照明がアタシらを包みこんだ。
 まるで空の中にいるようだ。
 夢みたい。

「チェッ、アタシらが、『アイミ&ダーティJ』だぁ! よろしく!」
 アタシは叫んだ。
 届け、この曲が、多くの人へ。

 エミのドラムとともにイントロのギターソロを掻き鳴らす。
 アイミはやるじゃん、という顔をしてアタシをチラッと見ると、負けないように唄い出した。

 青のスタジオの照明は、アタシらを火照らせる。
 そう、この時、アタシらはアオハルを叫ぶことで、謳歌していたのだ。