「私は荒木アイミ。アイミでいいよ。あのね、もう、私たちが売れるのは間違いないから。だから、問題はボーカルのワタシをどんな路線で売っていくか、じゃない?」
アタシの実家にあるスタジオで他のバンドメンバーとともに、アイミに初めて会ったのは12年前。ヤツは自己紹介でいきなりこんなクレイジーなことを言った。
まだミュージシャンとしてデビューすらしていない状態なのに、よくこんなことが言えるもんだ。
この時、メンバーは全員高校生で、アイミは最年少の高校生1年生。アタシは最年長の3年生で、ほかの3人は2年生だった。
メンバーは全員、芸能活動がある程度許される高校にいて、そういう意味では、まるで大学生のように音楽に打ち込める環境があった。
コロンバスレコードは、シンガーソングライターだったアイミをバンドのボーカルにしてメジャーデビューすることを先に決めた上で、演奏できる同世代の女子をかき集めて無理矢理バンドにしたものだから、話がややこしい。
「アイミ&ダーティJ」というバンド名も、コロンバスが勝手に決めた。
コロンバスの担当は、そもそもアタシたちバックバンドメンバーをおまけのようにしか見ていない。アイミまでアタシたちを見下げているようで、許せなかった。
「チェッ、ろくに楽器も弾けないヤツが何を言ってやがる」
語気を荒くして話すアタシに、ほかのバンドメンバーは黙るが、気の強いアイミだけは睨み付けてきた。
「あなたは誰?」
「アタシが、ギターでバンドマスターのジュンだ。リーダーはアタシだから、従うところは従ってもらうよ」
アイミは、返事をしない。自信過剰でふざけたヤツだ。
「私はドラムのエミ。よろしくね」
エミは大きな黒ぶちのメガネがトレードマーク。身体は小さいが、前々から東海エリアのバンド界隈では、エミの安定したスティックさばきは有名だった。
「ベースの佳津子です。バンドが解散して行くところがないので、よろしくね」
佳津子は、大人っぽい。指ではなくピックのダウンストロークを中心に弾くスタイルで知られるベーシストだ。前に所属していたバンドですでにメジャーデビューしていたらしい。
「ピアノの素子でーす。私だけクラシック系からやってきたので、雰囲気が今までと違ってドキドキしてます。バンドって、初めてで嬉しー」
素子はノリが軽い。クラシックでそれなりの経歴を持っているらしいが、本人がバンドをやってみたい、とコロンバスに売り込んできたそうだ。
「ねえ、みんな。私がフロントガールになるんだから、もう売れるのは、確定してんのよ」
またアイミは大口を叩く。
「バカめ! アイミはボーカリストとしてもまだまだなんだよ。一体、どうしてそんな自信過剰なんだ?」
「ジュンさん、アイミちゃんも、まあ、落ち着いて」
ベースの佳津子は、なだめようと割って入る。
しかし、アイミは引こうとしない。
「だって、ほら」とアイミは何やら十字架のネックレスを胸元から出して、見せてくる。
「悪魔と契約したの」
「悪魔? アイミちゃん、超ウケるー!」
素子だけは楽しそうに反応した。
ヤバいな、コイツ。
「ウソじゃないもん。悪魔に私の操を捧げるから、交換条件で、売れっ子のミュージシャンにしてほしい、って取り決めてハンコも押したから」
アイミは、この頃特にイカれていた。当時は何かのあやしい宗教に入っていたのを覚えている。
「アイミ、やめときな。騙されてるだけだって」
エミは、姉のようにアイミを諭そうとした。
「いいの。私が決めたんだから。だからこの先、私は結婚しないし、子どももつくらない。人が求める幸せは手に入らない。でも間違いなく売れるの」
「ハハハッ!」
無口で暗そうな佳津子が大声で笑った。すると、張り詰めていた空気が、ふっと緩んで、皆も笑う。
佳津子はそういう場のムードを変える力を持っている。
アイミの突出したクレイジーぶりに皆、怒りを通り越して、大爆笑となった。
「アイミは、面白いヤツだな」
エミはアイミの頭を無造作になでる。
「そう?」
「私はコロンバスに、このバンドのドラムをやれって言われて、最初は嫌だった。でも楽しくなりそうだね」
エミは、生意気な妹のような存在であるアイミをすっかり気に入っている。
「バンドの世界って、クラシックと違ってハデでドキドキしちゃう。私もアイミちゃんみたいに、ノビノビやってこー」
素子も上機嫌だ。
「アイミ。スタジオに入って、何か唄ってみてよ。こっちが合わせるからさ。な、ジュンさん、いいだろ?」
佳津子はアタシに許しを願い出ておきながら、許可を出す前に、そそくさとベースをケースから出してスタジオに入っていった。
佳津子や素子、エミとアイミは意気投合している。
チェッ、アタシは無視か。
仕方がないからアタシも付いていった。
「アイミちゃん。とりあえずジャムるから、キーはAでいいー?」
ピアノの素子が勝手にジャムを取り仕切り出す。
「あ、できればハ長調だったら助かります」
アイミは、声が高目のようだ。
「Cか。いいねー、アイミちゃん。バンドサウンドは慣れてないから、私も最初はCからだと、やりやすいなー」
「え~、素子さんもC好き? 私はCからE7、Am7、FM7、Gみたいな進行がエロティックでドキドキする」
「うん。確かにFM7が入るとミステリアスでエロいねー」
素子も同意した。
「でしょ、でしょ」
「ねえ、エミちゃん。リズムはどうするー?」
「うーん。佳津子どうしよ?」
急に素子に聞かれて戸惑うドラムのエミは、同じリズム楽器の佳津子に助けを求めた。
「陽気にアップテンポでいかない? これくらい」と話しながら、佳津子はベースでビートを刻みだす。
佳津子の重低音が響き出すと、急に全員が緊張し出した。
初めて合ったばかりでのセッション。
これまでぞれぞれ経験を積んできたから、それなりにできるのは間違いない。でも、そうであるがゆえ、皆が皆、不安になるのだ。
見くびられたくない。
認めさせたい。──私は、このバンドにふさわしいメンバーなんだ、と。
「いいね」とエミは佳津子のビートに合わせるように、スネアやタム、バスドラ、ハイハットでリズムを生み出していく。
先行する佳津子に、テクニックでも追いついていく。エミのリズムの安定感は、さすがだ。
「超速いー! これ、BPM150くらいいってない? もうついていくのが大変」と言いながらも素子は持ち前のテクニックで合わせだした。
必死そうな表情をしているが、そんなのウソだ。あざといな、素子は。クラシックの基礎ができているから、このようなジャムなど余裕だろう。
アタシはいつ入ろうか。タイミングを探っていたら、アタシを置いて、アイミが唄い出そうとしている。こいつは緊張など無縁のようだ。
チェッ、やっぱりアタシは無視か。
────Sha la la la pa pah yeah
アイミはフェイクを上手く織り交ぜ、シャウト、ファルセットと声色を巧みに変えていく。
何て器用なんだ! 低音は存在感があって、高音は切なくて人を惹きつける。それに何よりも、即興なのに音程を外さない。
ベースの佳津子が一小節ごとに最初の音程を半音ずつ上げていくと、アイミはそれにアドリブで合わせて各小節の唄い出しも半音ずつ上げていった。
アイミは、耳も一流みたいだった。おそらくギフトされたものだろう。
まるで、パレットに広げたパステルカラーが淡くグラデーションになっていくように、しなやかな声の変化。
チェッ、面白いじゃないか。
やってやろう。
アタシも負けない!
ギターのシールドケーブルをアンプにつないで、ジャムに参加した。ボーカルがのっている最中にあえて、メロディーとずれたソロをプレーすると、アイミは負けじとボーカルのグルーヴ感をギターに合わせてくる。
アイミにはボーカリストとしての力量があるから、意地悪をして試したくなる。
あれ?
ボーカリストとして天才的のはずなのに、いや、天才であるがゆえの意外な弱点を見つけた。
アタシがギターのリフで同じ演奏を繰り返すよう、メンバーの演奏を強引に引っ張ると、2巡目でアイミは固まってしまう。
「ごめん」
アイミが急に唄わなくなったから、みんなも演奏を止める。
「なるほどな。ループは苦手か?」
「うん」
アイミは落ち込んだ表情で素直に答えた。きっと極楽から地獄に落とされたような気分だろう。
「才能とその感覚だけでやってるから、アドリブは強いけど、同じことを決められたように何度もするのはつらいんだな?」
「うん」
「でも、プロの世界は、そうはいかない。新曲をリリースしたら、その曲をどこに行っても同じように唄ったり、演奏したりしなきゃいけないぞ」
「そんなの無理! 音楽だけじゃない。仕事でもプライベートでも、私は普通の人が普通にする当たり前のこととか、同じ繰り返しの作業とかできないよ」
アイミは泣き出した。弱点を突かれたのがよっぽどショックだったのだろう。
「チェッ、ダメだ。やれ、アタシたちと一緒にやっていくんなら」
「ジュンちゃん。そんなキツい言い方をしなくてもいいじゃないのー。仲良くしようよー」
「素子、黙れ。お前らだって分かるだろ? 音楽で生きていくのがどれだけ厳しいか」
素子もエミも佳津子も、黙った。
「やるよ」
アイミは、アタシを睨みつけるように言う。生意気な顔をしてやがる。
「小さい頃から、変だとか、気持ち悪いとか言われてきた。そんな私にとって歌は、苦しさを忘れさせてくれる唯一の友だちなの。だから、続けたいし、続けるためには悪魔と契約してでも売れたい。だから、やるよ。私はやってみせる」
「厳しいこと言っているけどさ、ジュンもアイミも似た者同士じゃない」
佳津子は嬉しそうに言う。
「2人とも、面倒そうだな」
エミが言うと、みんな笑った。
このジャムの感触は、気持ちよかった。可能性を感じさせてくれる。個性は強いが、いいメンバーだ。ひょっとしたら、化けるかもしれない。
このジャム以来、みんな、寝る時間も惜しんで練習に励んだ。
メジャーデビューのレコーディングまで、わずか2か月しかない。
人生の中で最も忙しなかったあの頃、着実に力のあるバンドになっているのが実感できて、アタシは幸せだった。
アタシの実家にあるスタジオで他のバンドメンバーとともに、アイミに初めて会ったのは12年前。ヤツは自己紹介でいきなりこんなクレイジーなことを言った。
まだミュージシャンとしてデビューすらしていない状態なのに、よくこんなことが言えるもんだ。
この時、メンバーは全員高校生で、アイミは最年少の高校生1年生。アタシは最年長の3年生で、ほかの3人は2年生だった。
メンバーは全員、芸能活動がある程度許される高校にいて、そういう意味では、まるで大学生のように音楽に打ち込める環境があった。
コロンバスレコードは、シンガーソングライターだったアイミをバンドのボーカルにしてメジャーデビューすることを先に決めた上で、演奏できる同世代の女子をかき集めて無理矢理バンドにしたものだから、話がややこしい。
「アイミ&ダーティJ」というバンド名も、コロンバスが勝手に決めた。
コロンバスの担当は、そもそもアタシたちバックバンドメンバーをおまけのようにしか見ていない。アイミまでアタシたちを見下げているようで、許せなかった。
「チェッ、ろくに楽器も弾けないヤツが何を言ってやがる」
語気を荒くして話すアタシに、ほかのバンドメンバーは黙るが、気の強いアイミだけは睨み付けてきた。
「あなたは誰?」
「アタシが、ギターでバンドマスターのジュンだ。リーダーはアタシだから、従うところは従ってもらうよ」
アイミは、返事をしない。自信過剰でふざけたヤツだ。
「私はドラムのエミ。よろしくね」
エミは大きな黒ぶちのメガネがトレードマーク。身体は小さいが、前々から東海エリアのバンド界隈では、エミの安定したスティックさばきは有名だった。
「ベースの佳津子です。バンドが解散して行くところがないので、よろしくね」
佳津子は、大人っぽい。指ではなくピックのダウンストロークを中心に弾くスタイルで知られるベーシストだ。前に所属していたバンドですでにメジャーデビューしていたらしい。
「ピアノの素子でーす。私だけクラシック系からやってきたので、雰囲気が今までと違ってドキドキしてます。バンドって、初めてで嬉しー」
素子はノリが軽い。クラシックでそれなりの経歴を持っているらしいが、本人がバンドをやってみたい、とコロンバスに売り込んできたそうだ。
「ねえ、みんな。私がフロントガールになるんだから、もう売れるのは、確定してんのよ」
またアイミは大口を叩く。
「バカめ! アイミはボーカリストとしてもまだまだなんだよ。一体、どうしてそんな自信過剰なんだ?」
「ジュンさん、アイミちゃんも、まあ、落ち着いて」
ベースの佳津子は、なだめようと割って入る。
しかし、アイミは引こうとしない。
「だって、ほら」とアイミは何やら十字架のネックレスを胸元から出して、見せてくる。
「悪魔と契約したの」
「悪魔? アイミちゃん、超ウケるー!」
素子だけは楽しそうに反応した。
ヤバいな、コイツ。
「ウソじゃないもん。悪魔に私の操を捧げるから、交換条件で、売れっ子のミュージシャンにしてほしい、って取り決めてハンコも押したから」
アイミは、この頃特にイカれていた。当時は何かのあやしい宗教に入っていたのを覚えている。
「アイミ、やめときな。騙されてるだけだって」
エミは、姉のようにアイミを諭そうとした。
「いいの。私が決めたんだから。だからこの先、私は結婚しないし、子どももつくらない。人が求める幸せは手に入らない。でも間違いなく売れるの」
「ハハハッ!」
無口で暗そうな佳津子が大声で笑った。すると、張り詰めていた空気が、ふっと緩んで、皆も笑う。
佳津子はそういう場のムードを変える力を持っている。
アイミの突出したクレイジーぶりに皆、怒りを通り越して、大爆笑となった。
「アイミは、面白いヤツだな」
エミはアイミの頭を無造作になでる。
「そう?」
「私はコロンバスに、このバンドのドラムをやれって言われて、最初は嫌だった。でも楽しくなりそうだね」
エミは、生意気な妹のような存在であるアイミをすっかり気に入っている。
「バンドの世界って、クラシックと違ってハデでドキドキしちゃう。私もアイミちゃんみたいに、ノビノビやってこー」
素子も上機嫌だ。
「アイミ。スタジオに入って、何か唄ってみてよ。こっちが合わせるからさ。な、ジュンさん、いいだろ?」
佳津子はアタシに許しを願い出ておきながら、許可を出す前に、そそくさとベースをケースから出してスタジオに入っていった。
佳津子や素子、エミとアイミは意気投合している。
チェッ、アタシは無視か。
仕方がないからアタシも付いていった。
「アイミちゃん。とりあえずジャムるから、キーはAでいいー?」
ピアノの素子が勝手にジャムを取り仕切り出す。
「あ、できればハ長調だったら助かります」
アイミは、声が高目のようだ。
「Cか。いいねー、アイミちゃん。バンドサウンドは慣れてないから、私も最初はCからだと、やりやすいなー」
「え~、素子さんもC好き? 私はCからE7、Am7、FM7、Gみたいな進行がエロティックでドキドキする」
「うん。確かにFM7が入るとミステリアスでエロいねー」
素子も同意した。
「でしょ、でしょ」
「ねえ、エミちゃん。リズムはどうするー?」
「うーん。佳津子どうしよ?」
急に素子に聞かれて戸惑うドラムのエミは、同じリズム楽器の佳津子に助けを求めた。
「陽気にアップテンポでいかない? これくらい」と話しながら、佳津子はベースでビートを刻みだす。
佳津子の重低音が響き出すと、急に全員が緊張し出した。
初めて合ったばかりでのセッション。
これまでぞれぞれ経験を積んできたから、それなりにできるのは間違いない。でも、そうであるがゆえ、皆が皆、不安になるのだ。
見くびられたくない。
認めさせたい。──私は、このバンドにふさわしいメンバーなんだ、と。
「いいね」とエミは佳津子のビートに合わせるように、スネアやタム、バスドラ、ハイハットでリズムを生み出していく。
先行する佳津子に、テクニックでも追いついていく。エミのリズムの安定感は、さすがだ。
「超速いー! これ、BPM150くらいいってない? もうついていくのが大変」と言いながらも素子は持ち前のテクニックで合わせだした。
必死そうな表情をしているが、そんなのウソだ。あざといな、素子は。クラシックの基礎ができているから、このようなジャムなど余裕だろう。
アタシはいつ入ろうか。タイミングを探っていたら、アタシを置いて、アイミが唄い出そうとしている。こいつは緊張など無縁のようだ。
チェッ、やっぱりアタシは無視か。
────Sha la la la pa pah yeah
アイミはフェイクを上手く織り交ぜ、シャウト、ファルセットと声色を巧みに変えていく。
何て器用なんだ! 低音は存在感があって、高音は切なくて人を惹きつける。それに何よりも、即興なのに音程を外さない。
ベースの佳津子が一小節ごとに最初の音程を半音ずつ上げていくと、アイミはそれにアドリブで合わせて各小節の唄い出しも半音ずつ上げていった。
アイミは、耳も一流みたいだった。おそらくギフトされたものだろう。
まるで、パレットに広げたパステルカラーが淡くグラデーションになっていくように、しなやかな声の変化。
チェッ、面白いじゃないか。
やってやろう。
アタシも負けない!
ギターのシールドケーブルをアンプにつないで、ジャムに参加した。ボーカルがのっている最中にあえて、メロディーとずれたソロをプレーすると、アイミは負けじとボーカルのグルーヴ感をギターに合わせてくる。
アイミにはボーカリストとしての力量があるから、意地悪をして試したくなる。
あれ?
ボーカリストとして天才的のはずなのに、いや、天才であるがゆえの意外な弱点を見つけた。
アタシがギターのリフで同じ演奏を繰り返すよう、メンバーの演奏を強引に引っ張ると、2巡目でアイミは固まってしまう。
「ごめん」
アイミが急に唄わなくなったから、みんなも演奏を止める。
「なるほどな。ループは苦手か?」
「うん」
アイミは落ち込んだ表情で素直に答えた。きっと極楽から地獄に落とされたような気分だろう。
「才能とその感覚だけでやってるから、アドリブは強いけど、同じことを決められたように何度もするのはつらいんだな?」
「うん」
「でも、プロの世界は、そうはいかない。新曲をリリースしたら、その曲をどこに行っても同じように唄ったり、演奏したりしなきゃいけないぞ」
「そんなの無理! 音楽だけじゃない。仕事でもプライベートでも、私は普通の人が普通にする当たり前のこととか、同じ繰り返しの作業とかできないよ」
アイミは泣き出した。弱点を突かれたのがよっぽどショックだったのだろう。
「チェッ、ダメだ。やれ、アタシたちと一緒にやっていくんなら」
「ジュンちゃん。そんなキツい言い方をしなくてもいいじゃないのー。仲良くしようよー」
「素子、黙れ。お前らだって分かるだろ? 音楽で生きていくのがどれだけ厳しいか」
素子もエミも佳津子も、黙った。
「やるよ」
アイミは、アタシを睨みつけるように言う。生意気な顔をしてやがる。
「小さい頃から、変だとか、気持ち悪いとか言われてきた。そんな私にとって歌は、苦しさを忘れさせてくれる唯一の友だちなの。だから、続けたいし、続けるためには悪魔と契約してでも売れたい。だから、やるよ。私はやってみせる」
「厳しいこと言っているけどさ、ジュンもアイミも似た者同士じゃない」
佳津子は嬉しそうに言う。
「2人とも、面倒そうだな」
エミが言うと、みんな笑った。
このジャムの感触は、気持ちよかった。可能性を感じさせてくれる。個性は強いが、いいメンバーだ。ひょっとしたら、化けるかもしれない。
このジャム以来、みんな、寝る時間も惜しんで練習に励んだ。
メジャーデビューのレコーディングまで、わずか2か月しかない。
人生の中で最も忙しなかったあの頃、着実に力のあるバンドになっているのが実感できて、アタシは幸せだった。



