会食を終え、帰宅した。

　俺は本棚から一冊の本を取り出した。
　小学生の時に買ったライトノベル。

　板垣春人 イラスト／板垣春花

　俺が一番大切にしていた本は、板垣芽吹の両親の本だった。
　ワクワクするような高校生の夏休みの冒険の話で、俺もいつかきっとこんな高校生になるんだと思っていた。

「瞬く間に過ぎて行く日常こそが青春なんだ」

　新入生挨拶で引用した、俺が一番好きで心に残っている言葉がこれだ。
　本文に使われたこの言葉は、後書きにもう一度出てくる。

『瞬く間に過ぎて行く日常こそが青春なんだ。
　だからどうか1日1日を丁寧に、出来れば
　たくさんの笑顔で過ごして行ける様に
　願っています。
　私たちの元に芽吹いてくれた愛しい君へ』

　初版は俺たちの産まれた年。
　この本は、両親が娘に贈った手紙だったんだな…。

　読み返してみた。
　ワクワクする様な冒険は今でも楽しい気持ちになる。
　でも、本質は別の所にあった。
　
　くだらないバカ話。
　好きな子と目が合った回数。
　自転車で走り回る放課後。
　学校脇の行き止まりに侵入した選挙カー。
　片方ずつのイヤホン。

　夏休みの冒険にワクワクしながら笑って読んでいた小学生の俺。
　しょうもない日常のエピソードに泣きながら笑って読んでいる今の俺。

　板垣芽吹に出会っていなかったら気づかなかったかも知れない。