幼い頃から母の舞いに従っていた事から、長時間の屋外での舞いには慣れている。
それに静には、他の白拍子にはない確信があった。
"その時" が訪れると決まって、頭の中で耳鳴りがした。
それは静にしか聞こえていない、奇妙な耳鳴りだった。
物心ついた時からその耳鳴りは起こり、頭が割れるような甲高い音もあれば、穏やかで視界が明瞭になる音もある。
今日は、その後者が静に聞こえていた。
この音が聞こえる日に白拍子の舞いを踊ると、必ずその祈りは叶う。
良好な兆しであり、一度も外したことはない。
静は院や帝の視線を気にも留めず、頭の中で鳴る音にだけ集中する。
音の波長に合わせて、腕を緩やかに頭上に掲げ、舞い始める。
一刻もしないうちにどこからか雲が現れ、日光を覆い隠す。
薄暗くなったかと院が天上を見上げると、東山の奥が鋭く光る。
そして轟音と共に雨雲が姿を表し、大地に雨を注いだ。
気を抜いていた公家衆はたちまち奮い立ち、各所への対応に追われる。
うら若い帝は空いた口が塞がらず、院は声を上げて喜んだ。
静の着る装束が雨に濡れて重くなり、ようやく我に返って舞いを止めた。
灰色の暗雲から降り注がれる、久々の雨。湿った土の匂い。
静はその匂いを知っていた。あの日もこのように強く雨が降っていた、と記憶の片隅を覗こうとする。
静は、"あの日" について回想を試みるものの、その日がいつであったのか、全く思い出せないでいた。
匂いは覚えているし、このような雨雲を見上げた記憶もあるはずなのに、その前後はさっぱり忘れている。
物心つく前の出来事かもしれないし、もしかすると夢の話かもしれない。
しかし雨の日に遭遇する度に、とても懐かしく、心を締め付けるような感情に苛まれる。
なぜなのか。
百人目の白拍子にして見事雨を降らせた静は、院から直々の言葉を受けた。
「実に見事。天に選ばれし者」
院は上機嫌で、目の前の白拍子に言葉を伝える。
静は頭を下げるも、耳は院の言葉に傾けてはおらず、頭の中の耳鳴りに向いている。
耳鳴りは「これで良し」と言わんばかりに、雨音の中に消えていく。
今回の耳鳴りは、雨乞いの成功の予兆だったらしい。
「名は何と申したか」
「静にございます」
「静、誠に大義である。此度の日照りは例年に比べ厳しさを増し、民を苦しめていた。国中の寺の僧侶に祈らせ、内裏の女子達に写経をさせ、宮中では弦打ちを行わせた。しかしどれも実らず。そこで国中の力ある白拍子を集めさせた。そなた一人じゃ。国中でそなただけが、雨を呼び起こした。朕は深く礼を申す」
「お言葉ですが」
静はそこでようやく、口を開いた。

