「ここにあった村が、まだそこそこの探索者で賑わっていたあの時、俺もここを拠点に活動していたんだ。村の人たちは良い人だったし、俺以外にここを拠点にしていた探索者も気のいい奴らばかりだったよ」

 一人で思い出すことはあっても、結局今まで誰にも話したことのなかった俺の苦い過去。
 これを語るのは自ら古傷をえぐるような、鈍くて重たい痛みがあった。
 
「店主さんも探索者だったんですか?」

「ああ、まあ、……似たようなものかな?」

「?」

 曖昧な答えに二人は不思議そうな顔をするが、俺は気にせず話を続ける。

 「俺は一人で活動していたんだけど、ここでとある二人組と知り合ったんだ。ちょうどキミたちみたいなシダとマインって言う男女で幼馴染の探索者パーティでね、中々馬が合って一緒に探索するようになった」

 
 ◇◇◇

「――ファレスっ! とどめっ!」

「任せろっ!」

「最近、二人の連携すごい良くなってるね!」

「ファレスがうまく合わせてくれるんだ」

「ははっ、マインの魔法もすごいよ。シダの動きに完璧にあってる」

「ま、俺たち幼馴染だからな!」

「ほんとにそれだけか~?」

「ちょっと! 違うからっ!」
「ちゃ、茶化すなよ!」

 ◇◇◇


「すごく仲のいい二人で、まだ成人したばかりでもしっかりとした実力を備えていた。そんな二人に俺が加わって攻守のバランスの取れたいいパーティだったと自分でも思うよ」

「その二人は今どこにいるんですか?」
「ちょっと! ユーリ!」

 俺の話を広げてくれようとしたのだろう。
 ユーリは無邪気に聞いてきた。
 だが、俺の語り口調から事情を察していたアメリは咄嗟にそれを遮る。

「ああ、いいんだよ。……事実だからね。アメリちゃんは察しているようだけど、そう……二人は、死んだよ。この村を襲った魔族に……殺されてね」

 でも、この話をすると決めた以上ここは避けては通れない道だった。

「……! あの、僕、そんな!」

「大丈夫、そんな気がなかったことは分かってるよ。……あの日俺たちは探索を休みにしていてね。俺は一人で森の中にある花を探しに行ってたんだ」
 
「その花って……」

 ハッとしたような表情でアメリが呟く。

「そう、この宿の名前にもなっているピロテスさ。どう見てもお互いを意識しているのに、どっちも距離が近すぎてもどかしいままだったから背中を押してやりたくてな」

「ピロテス……」
「確か花言葉は永遠の愛……でしたよね?」

「うん、そうだよ。王国でも有名な花だからすぐに見つかるだろうと、一人で村を離れてたんだ。でも意外と見つからないし、せっかくなら花束を贈りたいと思ってね。数を探していたらだいぶ時間がかかってしまった」

 あの時の花束を抱えた俺の頭には、慌てながらもなんだかんだ頬を染めて喜ぶ二人の顔しか浮かんでいなかった。
 二人とは円満な別れをして、いつか再開する日には幸せな二人の姿が見られるのかな、なんて幸福な未来を信じて疑わなかった。

「それで、戻ったら……もう、村は見る影もないような状態だったよ。ここに現れたのは到底初中級レベルの探索者が数人いた所で対処できるようなレベルの魔族ではなかった」

 何度思いだしてもあの光景は色褪せない。
 のどかだった村は戦禍に飲まれ崩れていき、これから名を上げていこうと毎夜語り明かした探索者たちは次々に命を落としていった。

「……」

 予想以上に重たい話しに二人は下を向いてしまう。

「でも、そんな探索者のおかげで救われた命もあるだろう? だから、そんな顔をしないでくれ。ここには彼らが眠ってる。ユーリくんはここの出身なのかもしれないんだろう? いい顔を見せてやってくれ」

「……はい!」

 顔を上げて気合いの入った返事が返ってくる。
 うん、いい顔だ。

「二人は明日からシローテダンジョンに探索へ行くのかい?」

「はい、そのつもりです」

「じゃあ、そうだな……一つだけ探索者の先輩としてアドバイスをしておこう。後悔だけは残さないように。探索者っていう職業は世間の色々な縛りから開放される対価として、自分の命を賭けているって言うことを忘れちゃだめだよ」

「「……はい!」」

 真剣な眼差しに二人はとても眩しい。
 みっともなく逃げ帰ったっていい、お金が無くなったっていいでもどうか、今後もその輝きを持ち続けてほしい。
 光を失うことに慣れてしまった人生は……とても辛いものだから。


 それから少し他愛のない話を交わして二人は部屋へ戻って行った。

「……最後のは余計だったかな」

 久しぶりの会話で少し話しすぎてしまった気がして反省する。しかし、この後悔は良い後悔だ。
 やらないで引きずる後悔ほどタチの悪いものは無い。
二人の明日が良い日になることを願って俺も自室に戻った。

 ◇◇◇

「ユーリ」

 部屋の手前までやってきたアメリは自室に戻ろうとするユーリの手を引いた。

「どうしたのアメリ?」

「ちょっと来て」

 そのまま引く手に力を入れて、ユーリを自室に連れ込む。

「あ、アメリ? どうしたの?」

 普段とは違った雰囲気を纏うアメリにユーリは戸惑いを隠しきれなかった。

「探していたものは見つかった?」

 ユーリの手を離さないままアメリは一言そう言った。

「何の、話?」

 先のファレスの話を聞いてアメリはひしひしと感じていた。永遠に続くものは無いのだと。
 ファレスが突然仲間を失ったように、アメリ自身もある日突然、このどこか気の抜けたようで行動力だけは高い最愛の幼馴染を失うかもしれないのだと。
 だから――

「勇者の訃報を聞いた時、ユーリは突然ここを目指すって言い出したよね?」

「……うん」

「あの時、勇者の足跡を追おうとしてるってことは分かった。でも、なんでここなのかが分からなかった。勇者に由来のある街や村、都市、ダンジョンだっていくらでもある。なのにどうしてここに来たの?」

 なるべく彼の理解者でありたい。
 分からないことを残したまま命をかけるなんてやめようと決めた。

「僕は……勇者様を見たことがあるはずなんだ。さっき店主さんが話してくれた話、僕もそれを実際に見ていた。あの時、魔族を倒したのは勇者様だった。でも、おかしいんだ。そんな衝撃的な記憶なのに魔族の姿は思い出せるのに、勇者様だけはどうしても思い出せない。こんなことっておかしいだろっ!? シダさんもマインさんも僕は覚えてる。名前までは忘れてたけど、あの後亡くなったことまでは知らなかったけど僕を逃がしてくれた探索者の顔は忘れない! なのにどうして勇者様だけ思い出せないんだっ!」

 ユーリから溢れたのは疑問と恩人を忘れている自分に対する怒りだった。

「ユーリ……」

「ここに来れば思い出せるかもしれない、そう思ったんだけどね……ダメだったよ」

 ………………
 ………………
 ………………

 少しの沈黙、次に口を開いたのはアメリだった。

「……でもさ、ユーリ。勇者様も解放されたんじゃないかな?」

「解放?」

「そう。さっき店主さんが言ってたことだけどさ、探索者は縛りから解放されるために命をかけるんだったら、勇者様は勇者っていう立場から解放されるために命をかけたのかもしれないよ?」

 アメリの言葉をユーリは静かに聞く。

「きっとすごく大変だったと思う。だって一人で魔王討伐したんだよ! それに勇者様なんて居たらみんな心のどこかで頼っちゃうでしょ? だからさ、今、ユーリが勇者様のことを思い出せないのはもしかしたら勇者様が望んだことかもしれない。勇者様は、自分の役目を終えて、誰にも知られないまま、静かに旅立てたんだと思う。誰かの英雄じゃなくて、ひとりの人間に戻ってね。そう言う風には考えられない?」

「勇者様が忘れられることを……望んだ?」

「うん。確かに言われてみれば私も勇者様の顔どころか名前すら思い出せないけどさ、きっと勇者様は勇者をやりきったんだよ」

「勇者をやりきった……」

「だからさ、ユーリが自分を責める必要は無いと思う。だって勇者様に助けられた事実は覚えてるんでしょ? それでいいじゃん!」

 アメリのその言葉でユーリの表情が変わった。
 顔から憑き物が落ちていくように強ばっていた表情がいつものアメリのよく知るユーリの顔へと戻っていく。
 
「……アメリ、その、ごめん! こんなとこまで着いてこさせちゃって。きっと、様子がおかしくなった僕を心配してくれてたんだよね?」

「まあね。でも、幼馴染でしょ? そんなこといちいち気にしなくていいよ。でもこれからはさ、何を考えてるのかとか、そういう細かいことも共有していこうよ。私たちは」

「うん! ありがとうアメリ! じゃあ、おやすみ!」

 すっきりとした表情で自室へ戻って行くユーリを見送る。

「この気持ちは……ちょっとまだ、共有できないかな」

 微笑を携えたアメリはユーリが戻ってからも彼がいたその空間を少しの間見つめていた。