デートプランは何もない。
 そもそも、このデート練習は突発的に決まったため、デートプランを練る時間もなかった。行き当たりばったりでいくこととなったが、それはそれで面白いと思う。
 燈司は「本番デート当日までにはプランを決めておくことにする」と、自身の失敗を次に生かそうというやる気を見せていた。
 とりあえず、予約が取れた映画を見に行くことになり、映画の次には最近はやりのカフェに行くことになっている。
(確かSNS映えのカフェだったよな。となると、恋人は女子……?)
 俺も甘党だし、SNS映えはどうでもいいにしろ、そのカフェにはいってみたかった。ちょうど俺の需要ともマッチしていたため、昼ご飯が楽しみである。
 それで、映画は今話題の青春ラブストーリーだ。
 映画館は、日曜日ということもあって込み合っており、開演ギリギリまでジュースとポップコーンの列に並んでいた。しかし、ポップコーンは直前で売り切れてしまったため買えずじまい。代わりに長いチュロスを二本かった。ちなみに、燈司は直前でジュースの大きさに驚いて買うのをやめた。
 それから、シアターに入ったがすでに席は埋まっており、俺たちは番号と照らし合わせ緩やかな階段を静かに登る。
「凛、場所交代しよっか」
「何でだよ」
「凛は左利きだし、ジュースがとりやすいほうがいいかなって」
 燈司はそういうと、俺のムビチケに表示されていた席番号に座り、こっちと俺に合図を出した。俺はそんな燈司に導かれるように、身を屈ませながら燈司のもとに向かった。
 奇跡的に後ろの席が取れたことで、身長の高い俺も気兼ねなく見える。やはり、後ろの人が見えなくなってしまうのは申し訳ないからだ。
「燈司ってそういうところ気が利くよな。ありがと。恋人も喜ぶだろーな。どっち利きか知らないけど」
「そういってくれるのは、今のところ凛だけだね。でも、凛こそ、ありがとうって言ってくれるじゃん」
「当たり前だろ。お前の気遣いに感謝って伝えるのが当たり前。普通に嬉しいからな?」
 長く一緒にいたから俺が左利きということも燈司は知っている。そのうえでの配慮。でも、その何気ない配慮が嬉しかった。俺のことちゃんと気にしてくれてんだなって、胸が熱くなる。
(そんな燈司だから、こいつの恋人も燈司に惚れたんだろうな……)
 俺は、左のドリンクホルダーにジュースを置き右手でチュロスを握った。
 ほどなくして、映画が始まった。
 映画の序盤は、いかにも青春ラブストーリーの導入だった。今時べたすぎる曲がり角から出てきてぶつかるという始まり方。主人公はすでに幼馴染を好いていたが、幼馴染にはすでに付き合っている人がいて。主人公は失恋の末、新たな恋を見つける。それが、最初曲がり角でぶつかった男っていう話。その男は一途に主人公を思い続けていて、主人公に好きな人がいるのを知ってもあきらめなかった執着心の強いやつだった。
 それで実は、曲がり角でぶつかった男も幼馴染で幼少期引っ越していたとかいう設定で、結局は曲がり角でぶつかった男改め昔の幼馴染と結ばれるー的な内容だったのだ。
 あるあるで、どこがおもしろいのか分からなかったし、途中寝そうになった。だが、そんな俺を起こしたのは燈司だった。
「うぅ、よかった……」
 退屈な俺と違い隣で、ずびずび泣きながら映画を見ていた。
 そして、一番のラブシーンで、俺の左手をそっと握った。またも恋人つなぎだ。
 無意識でやっているのかと思いきや、燈司はスクリーンではなくこっちを見ていた。
「見なくていいのかよ、見せ場だろ?」
 きっとこの後キスシーンがくる。恥ずかしくてこっちを見ているのかもしれないな、と思っていると、燈司は意地悪気に微笑んだ。
「暗いから、誰も俺たちが手をつないでるってバレないでしょ? ドキドキしない?」
「それも、恋人にしたいデートでのプランか?」
 燈司は、俺の質問に対して答えなかった。でも、手を離すことなくまたスクリーンに目を移す。
 スクリーンには、主人公と男主人公のキスシーンが映し出されている。涙を流しながら幸せそうに唇を合わせるシーンは、本当なら感動ものなのだろう。俺がそれに心動かされないのは、やっぱり恋を知らないからなのかもしれない。
(でも、キスか)
 ふと、俺は燈司のほうを見た。
 隣で唇をきゅっと噛みながら涙を流している燈司の唇のほうが気になってしまったのだ。形の言い小さな口。リップクリームを縫っているのかぷっくりとした唇。
(燈司も、恋人とこんなふうにキスすんのかな……)
 高校生だし、キスくらいするんじゃないか。
 意外と燈司ってロマンチストだし。
 知らぬ間に、エンドロールが流れ始める。俺は、高速で流れていくスタッフロールを目で追いながら考えていた。
 この映画みたいに、燈司は一世一代の恋をしているのだろうか。
 シアターの明かりがつく。でも、明かりがつく瞬間まで俺と燈司は手を握っていた。俺も何故か燈司の手を離せなかったのだった。