◇◇◇
五時ぐらいになると、ちょうど夕日が沈んで暗くなり始める。まだ、四月。二年生が始まったばかりだ。
今日は思いのほか、部活が早く終わった。夜練なしだ。
駐輪場で待っていると、部活を終えた燈司が走ってきた。部活でも走ったのか、髪の毛がしんなりしていて、額に張り付いている。額からは汗が吹き出し、顎を伝って落ちていく。
「ごめん、待った」
「いーや? 俺も今終わったところ」
俺も先ほど部活を終え着替えて駐輪場に来たばかりだ。時間ぴったしに落ちあうことができた。
燈司は、カバンの中からカギを取り出し、駐輪場の一番奥まで行くと自転車のカギを回しこちらに戻ってきた。ママチャリのカゴにはギチギチに部活道具とリュックが詰められている。
「凛のママチャリ曲がってるね」
「そーなんだよ。家に帰って倒しちまって。カゴの部分が歪んだんだよなーショック」
「平行四辺形だね」
「だな。てか、平行四辺形って言葉久しぶりに聞いたわ」
俺の鞄はぐにゃりと曲がっていた。そのため、まっすぐ鞄を入れられず、部活道具だけ入れて、重い教材が入ったリュックは背負っている。
燈司は「力づくで戻せないかな」と王子さまらしからぬことを口にしながら、俺のママチャリを観察していた。
そんなふうに駐輪場でたむろしていると、他の学生も部活を終えたのかぞろぞろとやってくる。俺たちは邪魔にならないようにと、自転車を引きながら校門に向かって歩いた。
黒い長い影が、灰色のアスファルトに伸びている。カラカラと細い自転車のタイヤが回る。
生徒指導に見つかったらまずいため、俺たちは二列にならず自転車を曳いていた。燈司の小さな背中を俺は目でゆっくりと追う。
校門を潜り抜け、しばらく行ったところで二列になる。歩道が広いため、二列になっても問題ない。向こう側から人が来たら一列になろうと注意しながら歩く。
燈司は、白線の上を落ちないように歩いていた。
「それで、昼休みの続き」
「ああ、そうだった。凛が当ててくれなかったやつね」
「言い方がひでぇ。燈司、少し意地悪になっただろ」
「そうかな?」
「それも恋人の影響か?」
俺がちゃかして聞くと、燈司は少しスピードを緩めつつ「違う」と答える。
なら、ただ単に機嫌が悪いだけなのか。俺に意地悪したいだけなのか。
「クラスメイト……じゃないと思う。だったら、俺気付くし」
「凛は鈍感だから気づかないでしょ」
「はあ? じゃあ、クラスメイト?」
俺の質問に燈司は「そう」とだけ答えた。
クラスメイトとなると、三十六人、燈司を除いて三十五人だ。俺たちは文系クラスで女子が多い。そこから男子を引くと、二十人になる。
うちのクラスには七人の美女と呼ばれている女子たちがいるのを思い出した。もしかしたら、そのうちの誰かかもしれない。
「リーダーシップのある赤城さん、とか?」
「違う」
「じゃあ、頭がいいめがねっこの青葉さん」
「違う」
「もしかして、静かだけど太宰治が実は好きで話し始めると止まらない紫原さ……」
「違うよ。全然」
「違うのかあ……」
この調子だと、七人の美女と呼ばれる女子たちじゃないのかもしれない。
(じゃあ、とりあえず三十五人……ああ、いや、俺を除いて三十四人だけどさ……)
全員名前を言っていくこともできたが、燈司は途中で「全員ったら正解するからダメ」とか言いそうだ。俺は燈司の顔色を窺いつつ、探りを入れ続ける。
「部活さえわかれば絞れるんだけどなあ……」
「言っちゃったら答えになっちゃうし、言わないよ?」
「ふ~ん、じゃあ絞り込みやすい部活ってことだな」
となると、クラスの中で大勢を絞めている部活、サッカーやテニスは除外対象となるのではないか。確か、弓道部は一人だった気がする。
(……けど、あいつじゃないだろうしな)
考えれば考えるほど、ますます誰も彼も怪しくなっていく。
燈司が好きなタイプから考えようと思っても、まず燈司の好きなタイプを知らない。
「分かんねえ」
「でも、三十五人の中の誰かだって考えたら絞れない?」
「三十四人だろ。俺を除くわけだし。てか、さっきの三人も違うなら、三十一人か……てか、俺と燈司は幼馴染。兄弟みたいな関係だろ」
はあ~と俺はため息にもならない声を漏らしながら、カゴの曲がったママチャリのブレーキを握ったり、放したりを繰り返す。
「そいつのどこが好きなの? あ、そいつって言い方悪いか」
「優しいところ?」
「優しいって」
「俺に優しいところ」
燈司は繰り返しそう言って、ふっと笑う。
並んで歩いているため、燈司の顔がよく見える。
(優しいって、どの程度優しいんだよ。ヒントじゃねえよ……)
燈司に優しいって、そりゃみんな優しくするだろう。なんていったって、燈司がみんなに優しくするから。それで、周りのみんなも優しい気持ちになって燈司に優しくする。燈司を中心とした優しい世界だ。
「他には何かねえの?」
俺は、反対車線から車が来たため、スッと燈司の肩を引いて白線の内側に戻らせる。
「じゃあ、最大ヒント」
「おっ、待ってました。最大ヒント!!」
「最大ヒントは~~~~俺を必要としてくれる人でーす」
俺に肩を抱かれながら燈司は、陽だまりのような笑顔を向けてきた。その顔には幸せが詰まっており、本当に恋人のことが好きだと窺える表情をしていた。
(燈司がそんな顔……)
そんな顔を向ける人。
「――……いや、わっかんねえ! クラスメイトに、そんなやついるのか? お前に、そんな顔させるやつ」
「そんな顔ってどんな顔?」
「幸せだ~って、凝縮した顔」
「幸せを凝縮って……ぷっ」
燈司は噴き出した。その顔もかわいくて、ついつい見とれてしまう。
燈司にこんな顔させるやつならきっといいやつだ。それだけは言い切れる。
「やっぱり、凛にはわかんないかあ」
「教えてくれねえの?」
「はい! 今日は、当てられなかったのでここで終了です。閉店です、がらがらがら」
チリンチリンと、燈司は自転車のベルを鳴らす。
結局二度目の挑戦も失敗し、俺は燈司の恋人について聞けずじまいだった。
とりあえず今日分かったのは、同じクラスのやつってこと。三十四人の誰か。燈司を必要としてくれる優しいやつ。
誰にでも当てはまりそうなそのヒントから、俺は答えを導き出すことができなかった。
帰って一人、小一時間ぐらい悶々と考えたが、答えは出ずじまいだ。
ただ、俺の脳裏に焼き付いた燈司の笑顔は、きっと明日になっても忘れないんだろうなと思う。俺は、燈司にあんな笑顔を向けられる知ってる誰かを想像し、その日は眠りについた。
五時ぐらいになると、ちょうど夕日が沈んで暗くなり始める。まだ、四月。二年生が始まったばかりだ。
今日は思いのほか、部活が早く終わった。夜練なしだ。
駐輪場で待っていると、部活を終えた燈司が走ってきた。部活でも走ったのか、髪の毛がしんなりしていて、額に張り付いている。額からは汗が吹き出し、顎を伝って落ちていく。
「ごめん、待った」
「いーや? 俺も今終わったところ」
俺も先ほど部活を終え着替えて駐輪場に来たばかりだ。時間ぴったしに落ちあうことができた。
燈司は、カバンの中からカギを取り出し、駐輪場の一番奥まで行くと自転車のカギを回しこちらに戻ってきた。ママチャリのカゴにはギチギチに部活道具とリュックが詰められている。
「凛のママチャリ曲がってるね」
「そーなんだよ。家に帰って倒しちまって。カゴの部分が歪んだんだよなーショック」
「平行四辺形だね」
「だな。てか、平行四辺形って言葉久しぶりに聞いたわ」
俺の鞄はぐにゃりと曲がっていた。そのため、まっすぐ鞄を入れられず、部活道具だけ入れて、重い教材が入ったリュックは背負っている。
燈司は「力づくで戻せないかな」と王子さまらしからぬことを口にしながら、俺のママチャリを観察していた。
そんなふうに駐輪場でたむろしていると、他の学生も部活を終えたのかぞろぞろとやってくる。俺たちは邪魔にならないようにと、自転車を引きながら校門に向かって歩いた。
黒い長い影が、灰色のアスファルトに伸びている。カラカラと細い自転車のタイヤが回る。
生徒指導に見つかったらまずいため、俺たちは二列にならず自転車を曳いていた。燈司の小さな背中を俺は目でゆっくりと追う。
校門を潜り抜け、しばらく行ったところで二列になる。歩道が広いため、二列になっても問題ない。向こう側から人が来たら一列になろうと注意しながら歩く。
燈司は、白線の上を落ちないように歩いていた。
「それで、昼休みの続き」
「ああ、そうだった。凛が当ててくれなかったやつね」
「言い方がひでぇ。燈司、少し意地悪になっただろ」
「そうかな?」
「それも恋人の影響か?」
俺がちゃかして聞くと、燈司は少しスピードを緩めつつ「違う」と答える。
なら、ただ単に機嫌が悪いだけなのか。俺に意地悪したいだけなのか。
「クラスメイト……じゃないと思う。だったら、俺気付くし」
「凛は鈍感だから気づかないでしょ」
「はあ? じゃあ、クラスメイト?」
俺の質問に燈司は「そう」とだけ答えた。
クラスメイトとなると、三十六人、燈司を除いて三十五人だ。俺たちは文系クラスで女子が多い。そこから男子を引くと、二十人になる。
うちのクラスには七人の美女と呼ばれている女子たちがいるのを思い出した。もしかしたら、そのうちの誰かかもしれない。
「リーダーシップのある赤城さん、とか?」
「違う」
「じゃあ、頭がいいめがねっこの青葉さん」
「違う」
「もしかして、静かだけど太宰治が実は好きで話し始めると止まらない紫原さ……」
「違うよ。全然」
「違うのかあ……」
この調子だと、七人の美女と呼ばれる女子たちじゃないのかもしれない。
(じゃあ、とりあえず三十五人……ああ、いや、俺を除いて三十四人だけどさ……)
全員名前を言っていくこともできたが、燈司は途中で「全員ったら正解するからダメ」とか言いそうだ。俺は燈司の顔色を窺いつつ、探りを入れ続ける。
「部活さえわかれば絞れるんだけどなあ……」
「言っちゃったら答えになっちゃうし、言わないよ?」
「ふ~ん、じゃあ絞り込みやすい部活ってことだな」
となると、クラスの中で大勢を絞めている部活、サッカーやテニスは除外対象となるのではないか。確か、弓道部は一人だった気がする。
(……けど、あいつじゃないだろうしな)
考えれば考えるほど、ますます誰も彼も怪しくなっていく。
燈司が好きなタイプから考えようと思っても、まず燈司の好きなタイプを知らない。
「分かんねえ」
「でも、三十五人の中の誰かだって考えたら絞れない?」
「三十四人だろ。俺を除くわけだし。てか、さっきの三人も違うなら、三十一人か……てか、俺と燈司は幼馴染。兄弟みたいな関係だろ」
はあ~と俺はため息にもならない声を漏らしながら、カゴの曲がったママチャリのブレーキを握ったり、放したりを繰り返す。
「そいつのどこが好きなの? あ、そいつって言い方悪いか」
「優しいところ?」
「優しいって」
「俺に優しいところ」
燈司は繰り返しそう言って、ふっと笑う。
並んで歩いているため、燈司の顔がよく見える。
(優しいって、どの程度優しいんだよ。ヒントじゃねえよ……)
燈司に優しいって、そりゃみんな優しくするだろう。なんていったって、燈司がみんなに優しくするから。それで、周りのみんなも優しい気持ちになって燈司に優しくする。燈司を中心とした優しい世界だ。
「他には何かねえの?」
俺は、反対車線から車が来たため、スッと燈司の肩を引いて白線の内側に戻らせる。
「じゃあ、最大ヒント」
「おっ、待ってました。最大ヒント!!」
「最大ヒントは~~~~俺を必要としてくれる人でーす」
俺に肩を抱かれながら燈司は、陽だまりのような笑顔を向けてきた。その顔には幸せが詰まっており、本当に恋人のことが好きだと窺える表情をしていた。
(燈司がそんな顔……)
そんな顔を向ける人。
「――……いや、わっかんねえ! クラスメイトに、そんなやついるのか? お前に、そんな顔させるやつ」
「そんな顔ってどんな顔?」
「幸せだ~って、凝縮した顔」
「幸せを凝縮って……ぷっ」
燈司は噴き出した。その顔もかわいくて、ついつい見とれてしまう。
燈司にこんな顔させるやつならきっといいやつだ。それだけは言い切れる。
「やっぱり、凛にはわかんないかあ」
「教えてくれねえの?」
「はい! 今日は、当てられなかったのでここで終了です。閉店です、がらがらがら」
チリンチリンと、燈司は自転車のベルを鳴らす。
結局二度目の挑戦も失敗し、俺は燈司の恋人について聞けずじまいだった。
とりあえず今日分かったのは、同じクラスのやつってこと。三十四人の誰か。燈司を必要としてくれる優しいやつ。
誰にでも当てはまりそうなそのヒントから、俺は答えを導き出すことができなかった。
帰って一人、小一時間ぐらい悶々と考えたが、答えは出ずじまいだ。
ただ、俺の脳裏に焼き付いた燈司の笑顔は、きっと明日になっても忘れないんだろうなと思う。俺は、燈司にあんな笑顔を向けられる知ってる誰かを想像し、その日は眠りについた。



