テスト一週間前の登校日。
駐輪場に自転車を止める。ママチャリのカゴは前より角度のついた平行四辺形になっており、教材の詰まったリュックは背負って登校しなければならなくなった。おかげで最近肩こりがひどく、部活の練習にも支障が出ている気がする。秀人と光晴には「凛ちゃん、おじいちゃんすぎ。じじりん」とまた訳の分からない弄られ方をした。
「凛、鍵かけないと生徒指導の先生に怒られるよ」
「うわっ、やべぇっ。サンキューな。燈司」
「ほんとだよ。ほんと、凛は俺がいないとダメなんだから」
「うん、頼りにしてる。お前がいないと俺生きてけないわ」
「ほら。また、調子のいい~」
マジマジ、と言えば燈司はふいっと顔を逸らしてしまった。でも、本当だ。
そんな意味を込めて、燈司に後ろから抱き着けば、子ウサギのように身体を震わせた。
「ちょっと」
「誰か来たら離れる」
「……そう言われたら、拒む理由ないじゃん」
「やっぱ、周りにバレるの嫌か?」
俺の質問に燈司は「どうだろう」とあいまいな答えを出す。
「嫌じゃないけど、それで囃し立てられるのは嫌。俺たち、そんな持ち上げられて恋人ですーって感じじゃないじゃん。もっと、プラトニックというかロマンチックじゃん」
「ロマンチックねえ」
「……二人の秘密ってのが、俺、好きかも」
燈司は、恥かしいこと言ったかも、と言ってさらに身をきゅっと縮める。
俺がダサいなら、燈司はちょっとロマンチストだ。お互いに、お互いの悪いようないいようなところを知っているし、それを許容しているつもりだ。
燈司がそういうなら俺は安易にこの関係を言いふらしたりはしない。てか、燈司もあの日「恋人出来たんだって」いう嘘、俺にしか言っていなかったから。
(いや、狩谷にはいってたのか……)
あいつは、燈司の唯一の協力者だったのだろう。
だが、協力者にしては口が軽いし、結果的に余計じゃなかったものの、余計なことをしていた。そのおかげで、俺が嫉妬という感情に気づけたわけだが、やはり腹立たしいやつであることには変わりない。
俺たちの関係に気づくやつは出てくるだろう。あの二人もきっとそうだ。
俺は、自転車のカギをポケットに突っ込み。燈司からゆっくり離れる。そのタイミングで、曲がり角から二組の女子高校生が自転車を押して駐輪場にやってきた。
邪魔にならないように端のほうを通りながら、俺は後ろに手を伸ばす。すると、その手を優しく燈司が握り返してくれた。
「おっ。いつも通り、白雪姫カップルしてんなあ」
「はよー凛ちゃん、おうじくん」
「お前らも、熟年夫婦だよなあ。運よくいっつも、上下か左右席同士だし」
教室に入ると、仲がいいグループが点々と散らばって話していた。一番後ろの席になった秀人と光晴は俺たちを見つけると一目散に挨拶をしてくれる。こいつらは、ただの幼馴染だが、俺たちは違う。それだけで見る目が変わってしまうのはいけないことだろうか。
光晴はニマニマと「あれ? 手、つないでた?」と俺たちの腰辺りを見て眉をピクンピクンと上げる。
「バーカ、光晴。こいつらいつもつないでるだろうが」
「えーそうだっけ、秀人。うーんそうかも」
「な?」
そう秀人に言われ、俺たちは「お、おう……」と何とも言えない返事をしてしまう。
秀人は庇ってくれたのか、それともいつものノリなのか。
「うーん、でも秀人。俺、やっぱり変わったと思うんだよね」
「言ってやんなよ。こいつら、ずっとラブラブだろ? ま、いつにも増してってのは同感」
そんな二人の会話を盗み聞ぎしながら、俺たちはそそくさと自分たちの席につき、重たいリュックサックを下ろした。
肩に乗っていた重みから解放され、首を左右に振るとコキ、ボキと音が鳴る。
「ああ、ダメだよ。凛。首の筋イっちゃって死んじゃう」
「と、燈司、朝から物騒なこと言うなよ」
「ほんとだよ。俺、未亡人になっちゃう」
「待て、それは困る。燈司、ごめん」
すでにリュックサックを下ろし、俺の机に来ていた燈司が、届かないながらに俺の背中を叩く。気持ちいいところには一歩届かずと言った感じだが、懸命に手を伸ばして俺の背中を叩いている様子を想像するとかわいい。何で、人間って後ろに目がついていないんだろうと思う。
今の席は、燈司と離れているが、テスト終わりの席替えでは隣同士……無理でも近くになれるよう願っている。そのためには地獄のテストを乗り切らなければならないが。
「今日、家に帰ってからシップ張りにいってあげよっか?」
「いやいや、いいって。シップ張りに家にくるってなんか初めて聞くぞ。何で来たんだよって、俺の母ちゃんに言われたらやだろ」
「凛のお母さんそんなこと言わないだろうけどなあ……てか、また凛酷いこと言った」
「え、俺がいつ、酷いこと言った?」
燈司に近寄ると、ムッとした表情で燈司は俺の耳を掴んだ。
「あいたたたた、鼓膜、鼓膜伸びてる!!」
「鼓膜は伸びないよ…………もう、凛の家に行く口実作りたかっただけなのに」
ヤバい、朝から俺の恋人幼馴染がかわいすぎる。
耳を引き延ばされたおかげか、それとも俺の耳がいいのか。燈司の声がはっきりと聞こえてしまった。そんな可愛いこと言われてしまっては、どんな口実でも、口実なくても家に来てほしくなる。
ただ――
「でも、燈司。あ、痛い。待って、まだ耳……!! と、お前がさ、夜俺の家きたら、抑え利かないかもだろ」
「へっ?」
パッと手を離されて、俺は自分を引っ張る引力がなくなったためおっとっと、と近くの机に手をつく。
燈司は申し訳なさそうに眉を八の字に曲げていたが、唇がかすかにふるふると震えていた。
「別に、俺は、いーよ。あ、でも、ちょっと、付き合ってまだ、早いかも」
「お、俺が手を出すのが早いみてえに。けど、俺ずっとお前のことかわいいって思ってたんだからな」
「かわいいって、顔がでしょ?」
「全部だよ、全部。全部すっげーかわいい」
俺がそういうと、燈司は「そんなこと言うの、臨だけ。自分の席に戻るね」とくるりと方向転換してしまった。
待ってくれ、と手を伸ばしたが、数歩ずんずんと進んだ後、トトトッと燈司は俺のもとに帰ってきた。だが、先ほどの話の続きではないようで、少し顔を赤らめつつもにこりと笑った。
「凛、恋人同士になったけどさ。ちゃんと授業終わり起こしてあげるからね。チューじゃないけど、そこはごめんして?」
「じゃ、じゃあ。朝起こしに来てくれるときはちゅ、ちゅーしてくれんの?」
「気が向いたらね。あ! でも、授業寝ないのが普通だからね。じゃ、またあとでね」
燈司はかわいく言って、ひらりと身を翻した。嬉しそうに足を弾ませながら自分の席へと戻っていく。
そんな燈司を目で追っているとちょうど朝のHRを告げる鐘がなった。教室に担任が入ってくると、まばらになっていたクラスメイトが一斉に席につく。
俺は、一番後ろの席でふぁあ、と欠伸をしながら机の上で頬杖をついた。
いつもの日常。俺が寝たら、授業終わりに燈司が起こしてくれる。
でもその幼馴染は、今や恋人だ。それだけで少しだけ、いやかなり俺の世界が明るくなる。
(今日もいい夢見れそうだな。そんで、燈司が俺を起こしてくれて……)
目覚めのキスはないけど、あいつの声が好きだ。匂いも、キスも。ちょっとロマンチストなところも。そういうところ含めて燈司のすべてが好きだ。
くふっと何もないのに笑ってしまう。後ろにいた秀人と光晴に冷たい目で見られたが、まあかまわない。
そんなことが気にならないくらい、前の席にいる燈司に俺は夢中だったから。
キスのその先、少ししたら進めたら……
そう思いながら、襲ってきた睡魔に俺は立ち向かうことなく目を閉じた。
駐輪場に自転車を止める。ママチャリのカゴは前より角度のついた平行四辺形になっており、教材の詰まったリュックは背負って登校しなければならなくなった。おかげで最近肩こりがひどく、部活の練習にも支障が出ている気がする。秀人と光晴には「凛ちゃん、おじいちゃんすぎ。じじりん」とまた訳の分からない弄られ方をした。
「凛、鍵かけないと生徒指導の先生に怒られるよ」
「うわっ、やべぇっ。サンキューな。燈司」
「ほんとだよ。ほんと、凛は俺がいないとダメなんだから」
「うん、頼りにしてる。お前がいないと俺生きてけないわ」
「ほら。また、調子のいい~」
マジマジ、と言えば燈司はふいっと顔を逸らしてしまった。でも、本当だ。
そんな意味を込めて、燈司に後ろから抱き着けば、子ウサギのように身体を震わせた。
「ちょっと」
「誰か来たら離れる」
「……そう言われたら、拒む理由ないじゃん」
「やっぱ、周りにバレるの嫌か?」
俺の質問に燈司は「どうだろう」とあいまいな答えを出す。
「嫌じゃないけど、それで囃し立てられるのは嫌。俺たち、そんな持ち上げられて恋人ですーって感じじゃないじゃん。もっと、プラトニックというかロマンチックじゃん」
「ロマンチックねえ」
「……二人の秘密ってのが、俺、好きかも」
燈司は、恥かしいこと言ったかも、と言ってさらに身をきゅっと縮める。
俺がダサいなら、燈司はちょっとロマンチストだ。お互いに、お互いの悪いようないいようなところを知っているし、それを許容しているつもりだ。
燈司がそういうなら俺は安易にこの関係を言いふらしたりはしない。てか、燈司もあの日「恋人出来たんだって」いう嘘、俺にしか言っていなかったから。
(いや、狩谷にはいってたのか……)
あいつは、燈司の唯一の協力者だったのだろう。
だが、協力者にしては口が軽いし、結果的に余計じゃなかったものの、余計なことをしていた。そのおかげで、俺が嫉妬という感情に気づけたわけだが、やはり腹立たしいやつであることには変わりない。
俺たちの関係に気づくやつは出てくるだろう。あの二人もきっとそうだ。
俺は、自転車のカギをポケットに突っ込み。燈司からゆっくり離れる。そのタイミングで、曲がり角から二組の女子高校生が自転車を押して駐輪場にやってきた。
邪魔にならないように端のほうを通りながら、俺は後ろに手を伸ばす。すると、その手を優しく燈司が握り返してくれた。
「おっ。いつも通り、白雪姫カップルしてんなあ」
「はよー凛ちゃん、おうじくん」
「お前らも、熟年夫婦だよなあ。運よくいっつも、上下か左右席同士だし」
教室に入ると、仲がいいグループが点々と散らばって話していた。一番後ろの席になった秀人と光晴は俺たちを見つけると一目散に挨拶をしてくれる。こいつらは、ただの幼馴染だが、俺たちは違う。それだけで見る目が変わってしまうのはいけないことだろうか。
光晴はニマニマと「あれ? 手、つないでた?」と俺たちの腰辺りを見て眉をピクンピクンと上げる。
「バーカ、光晴。こいつらいつもつないでるだろうが」
「えーそうだっけ、秀人。うーんそうかも」
「な?」
そう秀人に言われ、俺たちは「お、おう……」と何とも言えない返事をしてしまう。
秀人は庇ってくれたのか、それともいつものノリなのか。
「うーん、でも秀人。俺、やっぱり変わったと思うんだよね」
「言ってやんなよ。こいつら、ずっとラブラブだろ? ま、いつにも増してってのは同感」
そんな二人の会話を盗み聞ぎしながら、俺たちはそそくさと自分たちの席につき、重たいリュックサックを下ろした。
肩に乗っていた重みから解放され、首を左右に振るとコキ、ボキと音が鳴る。
「ああ、ダメだよ。凛。首の筋イっちゃって死んじゃう」
「と、燈司、朝から物騒なこと言うなよ」
「ほんとだよ。俺、未亡人になっちゃう」
「待て、それは困る。燈司、ごめん」
すでにリュックサックを下ろし、俺の机に来ていた燈司が、届かないながらに俺の背中を叩く。気持ちいいところには一歩届かずと言った感じだが、懸命に手を伸ばして俺の背中を叩いている様子を想像するとかわいい。何で、人間って後ろに目がついていないんだろうと思う。
今の席は、燈司と離れているが、テスト終わりの席替えでは隣同士……無理でも近くになれるよう願っている。そのためには地獄のテストを乗り切らなければならないが。
「今日、家に帰ってからシップ張りにいってあげよっか?」
「いやいや、いいって。シップ張りに家にくるってなんか初めて聞くぞ。何で来たんだよって、俺の母ちゃんに言われたらやだろ」
「凛のお母さんそんなこと言わないだろうけどなあ……てか、また凛酷いこと言った」
「え、俺がいつ、酷いこと言った?」
燈司に近寄ると、ムッとした表情で燈司は俺の耳を掴んだ。
「あいたたたた、鼓膜、鼓膜伸びてる!!」
「鼓膜は伸びないよ…………もう、凛の家に行く口実作りたかっただけなのに」
ヤバい、朝から俺の恋人幼馴染がかわいすぎる。
耳を引き延ばされたおかげか、それとも俺の耳がいいのか。燈司の声がはっきりと聞こえてしまった。そんな可愛いこと言われてしまっては、どんな口実でも、口実なくても家に来てほしくなる。
ただ――
「でも、燈司。あ、痛い。待って、まだ耳……!! と、お前がさ、夜俺の家きたら、抑え利かないかもだろ」
「へっ?」
パッと手を離されて、俺は自分を引っ張る引力がなくなったためおっとっと、と近くの机に手をつく。
燈司は申し訳なさそうに眉を八の字に曲げていたが、唇がかすかにふるふると震えていた。
「別に、俺は、いーよ。あ、でも、ちょっと、付き合ってまだ、早いかも」
「お、俺が手を出すのが早いみてえに。けど、俺ずっとお前のことかわいいって思ってたんだからな」
「かわいいって、顔がでしょ?」
「全部だよ、全部。全部すっげーかわいい」
俺がそういうと、燈司は「そんなこと言うの、臨だけ。自分の席に戻るね」とくるりと方向転換してしまった。
待ってくれ、と手を伸ばしたが、数歩ずんずんと進んだ後、トトトッと燈司は俺のもとに帰ってきた。だが、先ほどの話の続きではないようで、少し顔を赤らめつつもにこりと笑った。
「凛、恋人同士になったけどさ。ちゃんと授業終わり起こしてあげるからね。チューじゃないけど、そこはごめんして?」
「じゃ、じゃあ。朝起こしに来てくれるときはちゅ、ちゅーしてくれんの?」
「気が向いたらね。あ! でも、授業寝ないのが普通だからね。じゃ、またあとでね」
燈司はかわいく言って、ひらりと身を翻した。嬉しそうに足を弾ませながら自分の席へと戻っていく。
そんな燈司を目で追っているとちょうど朝のHRを告げる鐘がなった。教室に担任が入ってくると、まばらになっていたクラスメイトが一斉に席につく。
俺は、一番後ろの席でふぁあ、と欠伸をしながら机の上で頬杖をついた。
いつもの日常。俺が寝たら、授業終わりに燈司が起こしてくれる。
でもその幼馴染は、今や恋人だ。それだけで少しだけ、いやかなり俺の世界が明るくなる。
(今日もいい夢見れそうだな。そんで、燈司が俺を起こしてくれて……)
目覚めのキスはないけど、あいつの声が好きだ。匂いも、キスも。ちょっとロマンチストなところも。そういうところ含めて燈司のすべてが好きだ。
くふっと何もないのに笑ってしまう。後ろにいた秀人と光晴に冷たい目で見られたが、まあかまわない。
そんなことが気にならないくらい、前の席にいる燈司に俺は夢中だったから。
キスのその先、少ししたら進めたら……
そう思いながら、襲ってきた睡魔に俺は立ち向かうことなく目を閉じた。



