『続いて、二年三組の発表です。タイトルは――』
ブゥーンと、機械的な音が体育館に響く。
文化祭当日。結局、その翌日までダメ出しをされて、百回くらいはキスシーンだけやり直された気がする。それ以外の、白雪姫と狩人の愛の逃避行は一発オッケーだったのに、この違いは何だろうか。
でも、最後の練習では「まあ、形になってんじゃない?」と上から目線なオッケーをもらい、何とか当日を迎えることができた。
「ちゃんと黒いTシャツ着てきたか……って、おい、光晴。それは黒って言わねえだろ」
「黒でーす。黒っていったら黒なんでーす」
舞台裏で、準備を進めていた俺は森役の秀人と光晴に声をかけた。大道具担当は、黒Tシャツに、体育の短パンを着てくるよう言われているため真っ黒なクラスメイトがそこら中にいる。しかし、光晴が着てきたのはあろうことかあのゲーミング化け猫が印刷された黒いクラスTシャツだった。
光晴は生地のベースが黒だから黒と言い張って、ポコポコと怒っていたが、その後ろで秀人が笑いをこらえきれていない様子を俺はばっちりとみていた。まあ、怒られていないならいいのだろう。
「凛ちゃんも似合ってんじゃーん。てか、白雪姫の王子さまって王冠被ってたっけ?」
「あーこれ……いや、被ってねえけど。燈司が、修学旅行中に買ったやつだからって」
「おっ、ラブラブだねぇ。もうジェラジェラ期終わった?」
「ん、まあ、ちょっとは……?」
俺は、燈司が修学旅行で買った王冠付きのカチューシャを弄りながら二人の質問に答える。光晴はひゅ~とからかい半分、喜び半分といった感じで俺のわき腹をグイグイと押してきてた。秀人は鼻で笑いつつも「そりゃあ、よかった」と安心した様子だった。
多分この二人は、俺が燈司を好きだけど、好きだと自覚できていないことにやきもきしていたのだろう。そのうえで、俺を応援してくれていた。
それにすら気付けない俺は鈍感どころの騒ぎじゃなくて、ド鈍感だ。
「それで、どぉ~なのさ。おうじくんのプリンセース姿見た?」
「見てねえ。なんか、女子たちが昨日の練習で見せてくれなくて。ああ、衣装は見てたけど」
光晴は何故かこそこそと話すように俺に寄ってくると、燈司の服について聞いてきた。
燈司だけじゃなく、俺がきているこの王子の服もネット通販で買ったもので、本番の一週間前には届いていた。現物は見せてもらったものの、燈司があの青と黄色のドレスを着ている姿を俺は見せてもらえなかった。女子たちはキャーと叫んでいたが、俺には燈司がドレスを着ている姿を見せてくれなかった。それはもうセコムのように守って。
だから見ていない。俺がそう答えると、光晴はあからさまにがっくりと肩を落とし「ドンマイ凛ちゃん」と俺の肩を叩いた。別に、そこまでテンションが下がることではないが。
「――凛」
「おっ、噂をすれば~?」
鈴のなるような声が聴こえ、俺はパッと顔を上げる。
舞台の端からこっちへタタタッとやってきたのは、あの白雪姫のドレスに身を包んだ燈司だった。
実際に来ている姿を見るのは初めてだったが、想像以上のかわいさだった。
ドレス自体は見ていたが、ふんわりとなるようにドレスの下に何か履いているらしく、動いても形が崩れない。当初はかつらをかぶる予定だったらいいが、地毛の上に真っ赤なリボンを乗せている。これは俺が修学旅行で買ったやつだ。
「ほーら、凛ちゃん感想いうぅ!」
「……っと、押すなよ。あ、えーっと、燈司」
「凛、似合ってる。本物の王子様みたいでかっこいいよ。見惚れちゃった」
「うぅ~~~~」
「ほんと、凛ちゃんとおうじくんって逆だよな。おうじくんのほうが王子様じゃんよぉ」
「凛ちゃんが、ハート射抜かれてどうすんの。ヘタリン」
秀人と光晴は俺の背中をバシバシと叩いていた。痛いし、この服は多分燈司のと違って脆い。そのうえ、俺の身長に会うものなんてほとんどなくて、今だってぱっつぱつだ。本番にびりって破けたらどうするつもりだ。
いつもの俺たちの会話を聞きながら、燈司はくすくすと笑っていた。その仕草もドレス姿と相まって本当のお姫様に見える。
「と、燈司」
「何? 凛」
「ににに、似合ってる。すっげえ、かわいい。燈司さまさまだな」
「ありがとう。凛っぽいね」
燈司は、ほんの少し眉を下げてそういった。
もしかしたらお気に召す感想じゃなかったのかもしれない。俺は、俺を小ばかにして笑っている二人を無視し、燈司の腰をスッと抱いた。さすがにいきなりの行動だったため、燈司は俺の胸板をおす。
「り、凛?」
「誰にも見せたくねえ。あと、めっちゃ今ならキスできそう」
「り、凛!!」
バシンと燈司の平手打ちを食らってしまう。その音は、舞台上に響いたらしく、何々? と準備中のみんなが振り返る。
「いったぁ、効いたぜ」
「な、何言ってんの。凛。本番前!!」
「本番前だから。燈司、この間言ったことちゃんと覚えてるか?」
暫くの沈黙の後、燈司は小さく頷いた。
今日、いや……明日か。俺は、燈司に告白する。告白予告しているためドキドキ感はないと思っていたが、案外燈司は意識してくれているらしい。
燈司は、監督役の女子に呼ばれサッとその場を離れていった。
「凛ちゃん、なんかやるようになったな」
「チャラリンだね……いいと思うよ、俺は」
「うっせえ。お前らには感謝してるけど」
舞台の端から端へと移動していった燈司を、俺は暗い舞台袖から眺めていた。ひらひらと揺れる黄色いドレスのスカートは蝶々のようで、赤いリボンはどこにいてもすぐに燈司をみつけられる目印だった。
ブゥーンと、機械的な音が体育館に響く。
文化祭当日。結局、その翌日までダメ出しをされて、百回くらいはキスシーンだけやり直された気がする。それ以外の、白雪姫と狩人の愛の逃避行は一発オッケーだったのに、この違いは何だろうか。
でも、最後の練習では「まあ、形になってんじゃない?」と上から目線なオッケーをもらい、何とか当日を迎えることができた。
「ちゃんと黒いTシャツ着てきたか……って、おい、光晴。それは黒って言わねえだろ」
「黒でーす。黒っていったら黒なんでーす」
舞台裏で、準備を進めていた俺は森役の秀人と光晴に声をかけた。大道具担当は、黒Tシャツに、体育の短パンを着てくるよう言われているため真っ黒なクラスメイトがそこら中にいる。しかし、光晴が着てきたのはあろうことかあのゲーミング化け猫が印刷された黒いクラスTシャツだった。
光晴は生地のベースが黒だから黒と言い張って、ポコポコと怒っていたが、その後ろで秀人が笑いをこらえきれていない様子を俺はばっちりとみていた。まあ、怒られていないならいいのだろう。
「凛ちゃんも似合ってんじゃーん。てか、白雪姫の王子さまって王冠被ってたっけ?」
「あーこれ……いや、被ってねえけど。燈司が、修学旅行中に買ったやつだからって」
「おっ、ラブラブだねぇ。もうジェラジェラ期終わった?」
「ん、まあ、ちょっとは……?」
俺は、燈司が修学旅行で買った王冠付きのカチューシャを弄りながら二人の質問に答える。光晴はひゅ~とからかい半分、喜び半分といった感じで俺のわき腹をグイグイと押してきてた。秀人は鼻で笑いつつも「そりゃあ、よかった」と安心した様子だった。
多分この二人は、俺が燈司を好きだけど、好きだと自覚できていないことにやきもきしていたのだろう。そのうえで、俺を応援してくれていた。
それにすら気付けない俺は鈍感どころの騒ぎじゃなくて、ド鈍感だ。
「それで、どぉ~なのさ。おうじくんのプリンセース姿見た?」
「見てねえ。なんか、女子たちが昨日の練習で見せてくれなくて。ああ、衣装は見てたけど」
光晴は何故かこそこそと話すように俺に寄ってくると、燈司の服について聞いてきた。
燈司だけじゃなく、俺がきているこの王子の服もネット通販で買ったもので、本番の一週間前には届いていた。現物は見せてもらったものの、燈司があの青と黄色のドレスを着ている姿を俺は見せてもらえなかった。女子たちはキャーと叫んでいたが、俺には燈司がドレスを着ている姿を見せてくれなかった。それはもうセコムのように守って。
だから見ていない。俺がそう答えると、光晴はあからさまにがっくりと肩を落とし「ドンマイ凛ちゃん」と俺の肩を叩いた。別に、そこまでテンションが下がることではないが。
「――凛」
「おっ、噂をすれば~?」
鈴のなるような声が聴こえ、俺はパッと顔を上げる。
舞台の端からこっちへタタタッとやってきたのは、あの白雪姫のドレスに身を包んだ燈司だった。
実際に来ている姿を見るのは初めてだったが、想像以上のかわいさだった。
ドレス自体は見ていたが、ふんわりとなるようにドレスの下に何か履いているらしく、動いても形が崩れない。当初はかつらをかぶる予定だったらいいが、地毛の上に真っ赤なリボンを乗せている。これは俺が修学旅行で買ったやつだ。
「ほーら、凛ちゃん感想いうぅ!」
「……っと、押すなよ。あ、えーっと、燈司」
「凛、似合ってる。本物の王子様みたいでかっこいいよ。見惚れちゃった」
「うぅ~~~~」
「ほんと、凛ちゃんとおうじくんって逆だよな。おうじくんのほうが王子様じゃんよぉ」
「凛ちゃんが、ハート射抜かれてどうすんの。ヘタリン」
秀人と光晴は俺の背中をバシバシと叩いていた。痛いし、この服は多分燈司のと違って脆い。そのうえ、俺の身長に会うものなんてほとんどなくて、今だってぱっつぱつだ。本番にびりって破けたらどうするつもりだ。
いつもの俺たちの会話を聞きながら、燈司はくすくすと笑っていた。その仕草もドレス姿と相まって本当のお姫様に見える。
「と、燈司」
「何? 凛」
「ににに、似合ってる。すっげえ、かわいい。燈司さまさまだな」
「ありがとう。凛っぽいね」
燈司は、ほんの少し眉を下げてそういった。
もしかしたらお気に召す感想じゃなかったのかもしれない。俺は、俺を小ばかにして笑っている二人を無視し、燈司の腰をスッと抱いた。さすがにいきなりの行動だったため、燈司は俺の胸板をおす。
「り、凛?」
「誰にも見せたくねえ。あと、めっちゃ今ならキスできそう」
「り、凛!!」
バシンと燈司の平手打ちを食らってしまう。その音は、舞台上に響いたらしく、何々? と準備中のみんなが振り返る。
「いったぁ、効いたぜ」
「な、何言ってんの。凛。本番前!!」
「本番前だから。燈司、この間言ったことちゃんと覚えてるか?」
暫くの沈黙の後、燈司は小さく頷いた。
今日、いや……明日か。俺は、燈司に告白する。告白予告しているためドキドキ感はないと思っていたが、案外燈司は意識してくれているらしい。
燈司は、監督役の女子に呼ばれサッとその場を離れていった。
「凛ちゃん、なんかやるようになったな」
「チャラリンだね……いいと思うよ、俺は」
「うっせえ。お前らには感謝してるけど」
舞台の端から端へと移動していった燈司を、俺は暗い舞台袖から眺めていた。ひらひらと揺れる黄色いドレスのスカートは蝶々のようで、赤いリボンはどこにいてもすぐに燈司をみつけられる目印だった。



