「ああ、えっと! 今の俺、怖かったよな!!」
まさか泣くとは思っていなくて、俺は彼の肩から手を放そうとした。しかし、俺の左手首を燈司の小さな手が掴む。燈司は、片手で自転車のバランスを取り、それから自転車のスタンドを蹴る。
「ううん、大丈夫。手、離さないで。お願い」
「あ、うん、分かった……」
燈司に言われればそれに従うしかない。俺は、燈司の両肩を掴んだまま見つめあった。先ほどは勢いで掴んでしまったし、正面から言葉を投げたが、熱が引くと恥ずかしいことをものだと羞恥にかられる。
だが、またここで自分の気持ちに嘘をついてしまったり、下手な言葉を駆けたりしたら、それこそ燈司を傷つけて、もう二度と俺のこと信じてもらえないかもしれない。それだけは嫌だった。
「凛、いつから?」
「いつからって、俺の妄想? それとも」
「……ぷっ、あははっ」
堪えきれなくなったように、燈司は噴き出した。何がツボったのか俺にはわからず、でも、手は話すなと言われたのでそれだけは守っていた。
燈司はひとしきり笑うと「そっか」と何やら納得したように言うと、また顔をこちらに向ける。顔は、先ほどの涙と笑って生理的に出た涙でぐちゃぐちゃになっていたが、燈司は特に気にする様子はないようだ。かわいい顔がぐちゃぐちゃだ。けど、その顔は輝いているようにも見えた。
「よかった、伝わってたんだ」
「伝わってたってつぅか……おおお、俺、すすすす」
「待って、凛」
「は、はい」
文化祭まで待つと決めたが、もうここで言ってしまってもいいだろうかと俺は『好き』と伝えようとした。だが、これも燈司に待ったをかけられる。
「ダメ、それ、もうちょっと取っておいて?」
「なあ、もしかして、燈司。今俺と同じこと考えてんのか?」
「多分そうだよ。よくわかるね。やっぱり幼馴染だから?」
燈司の質問に俺はすぐに答えられなかった。これまで、幼馴染のアピールに気づかなかったくせに、ここで都合よく気付いたとか言ったらかっこ悪いと思ったからだ。
俺は「そうかもしれない」とあいまいに返しつつも「分からないこともある」とちゃんと口にした。俺は、多分これまで幼馴染という言葉を都合のいい何かだと勘違いして生きてきた。言葉がなくったって、だいたいのことは伝わるし、ニュアンスでくみ取れるくらいの関係性にあったからだ。
けど、今回のことでよくわかった。
「分かんなかった。お前の好きな人、でも分かったし……」
「うん。よかった、よかった」
「よかったって、お前なあ……」
「凛が、俺とのキスを妄想してくれてたのちょっと恥ずかしいけど、俺も嬉しかったんだよ。さっきの告白はびっくりしたなあ」
いつもとは違って、ちょっと小悪魔のように笑う燈司。
俺は、先ほどの自分の言葉を思い出しまた顔がぽつぽつと赤くなるのを感じる。
「でも、俺はね。あのデート練習からずっと妄想していたよ」
そんな燈司の突然の告白に、俺は口の中に溜まっていたつばを飲み込んだ。
黒い真珠のような目を潤ませて、それからにへらっと笑う燈司の顔を見て、ぶわっと体の中の血が一気にめぐるような感覚が襲う。今まで見たことのない顔だった。まだ燈司はそんな顔ができるのかという驚きに、俺の心臓は激しくなり続ける。
(反則だろ、その顔!!)
あのデート練習。確か見た映画にもキスシーンがあった。あの時からずっと燈司は、澄ました顔で俺とのキスシーンを妄想していたというのだろうか。
思えば、燈司はあまり顔に感情が出ないタイプだ。いつも、爽やかな王子様のような笑みを浮かべていて、あたりさわりのないいい性格をしていて。
そんな燈司が、頭の中で俺とのキスを妄想していたなんて。
「お、俺は深いキスを想像した」
「な、なに、抵抗してんの?」
「うっ……だ、だから、とにかく。お前とのキスが嫌なんじゃなくて、恥かしくて」
「うん、わかったから、落ち着いて?」
これは両片思いが、両思いだと自覚した瞬間であるはずなのに、俺は好きな相手に諭されてしまっている。
また、余計なことを口走ってしまった気がするが、燈司は触れないでいてくれた。しかし、その顔は話題に触れていないだけでリンゴのように赤い。目のやり場に困っているようで、先ほどから右に左に揺れている。
「分かった、凛、分かったから。うん、大丈夫」
「俺は大丈夫じゃないけどな……だから、その、ごめんな。練習中あんなへまばっかりして。かっこ悪いだろ?」
「ううん、俺はそう思わないよ。凛なりに頑張ってるんだーって……押し付けられた役だけど、凛はちゃんとやってて。皆の酷い言葉が、凛に集まるのは嫌だけど、でも、凛は流してて。傷ついてるのは知ってるのに、俺、声かけられなかったから」
「お前がそんなこと思う必要ねえよ。ただ、俺がダサいだけ。でも、さ。今のでちゃんと決心着いたわ」
俺は燈司から手を離す。燈司は、少しだけ悲しそうに、俺の手が、指が離れていくの目で追っていた。
それから、凛? と鈴のなるような声で俺の名前を呼ぶ。
西日が少し眩しかったが、俺はできる限り笑顔で、燈司の頭を撫でて口を開く。
「俺ちゃんと、本番でお前のこと起こすよ。キスシーン、成功させてやるからな」
「なにそれ。でも、ふっ、ははっ、面白い。いつもと逆だね」
「おうよ。ちょっと、待っててくれ。ちゃんと気持ち作るから。文化祭まで待っててくれよ」
燈司は、俺の言葉の意味を理解したのか、真っ赤なリンゴのほっぺでこくりこくりと首を縦に振った。
俺は、平行四辺形になってしまったカゴのママチャリを持ち上げる。燈司は、せっせとアスファルトに打ち付けられた俺のリュックを拾ってくれ、それを俺のカゴに入れてくれた。
白線の内側に二人はいると狭かった。でも、俺たちは並んで自転車を押して、自分たちの家まで帰るのだった。
まさか泣くとは思っていなくて、俺は彼の肩から手を放そうとした。しかし、俺の左手首を燈司の小さな手が掴む。燈司は、片手で自転車のバランスを取り、それから自転車のスタンドを蹴る。
「ううん、大丈夫。手、離さないで。お願い」
「あ、うん、分かった……」
燈司に言われればそれに従うしかない。俺は、燈司の両肩を掴んだまま見つめあった。先ほどは勢いで掴んでしまったし、正面から言葉を投げたが、熱が引くと恥ずかしいことをものだと羞恥にかられる。
だが、またここで自分の気持ちに嘘をついてしまったり、下手な言葉を駆けたりしたら、それこそ燈司を傷つけて、もう二度と俺のこと信じてもらえないかもしれない。それだけは嫌だった。
「凛、いつから?」
「いつからって、俺の妄想? それとも」
「……ぷっ、あははっ」
堪えきれなくなったように、燈司は噴き出した。何がツボったのか俺にはわからず、でも、手は話すなと言われたのでそれだけは守っていた。
燈司はひとしきり笑うと「そっか」と何やら納得したように言うと、また顔をこちらに向ける。顔は、先ほどの涙と笑って生理的に出た涙でぐちゃぐちゃになっていたが、燈司は特に気にする様子はないようだ。かわいい顔がぐちゃぐちゃだ。けど、その顔は輝いているようにも見えた。
「よかった、伝わってたんだ」
「伝わってたってつぅか……おおお、俺、すすすす」
「待って、凛」
「は、はい」
文化祭まで待つと決めたが、もうここで言ってしまってもいいだろうかと俺は『好き』と伝えようとした。だが、これも燈司に待ったをかけられる。
「ダメ、それ、もうちょっと取っておいて?」
「なあ、もしかして、燈司。今俺と同じこと考えてんのか?」
「多分そうだよ。よくわかるね。やっぱり幼馴染だから?」
燈司の質問に俺はすぐに答えられなかった。これまで、幼馴染のアピールに気づかなかったくせに、ここで都合よく気付いたとか言ったらかっこ悪いと思ったからだ。
俺は「そうかもしれない」とあいまいに返しつつも「分からないこともある」とちゃんと口にした。俺は、多分これまで幼馴染という言葉を都合のいい何かだと勘違いして生きてきた。言葉がなくったって、だいたいのことは伝わるし、ニュアンスでくみ取れるくらいの関係性にあったからだ。
けど、今回のことでよくわかった。
「分かんなかった。お前の好きな人、でも分かったし……」
「うん。よかった、よかった」
「よかったって、お前なあ……」
「凛が、俺とのキスを妄想してくれてたのちょっと恥ずかしいけど、俺も嬉しかったんだよ。さっきの告白はびっくりしたなあ」
いつもとは違って、ちょっと小悪魔のように笑う燈司。
俺は、先ほどの自分の言葉を思い出しまた顔がぽつぽつと赤くなるのを感じる。
「でも、俺はね。あのデート練習からずっと妄想していたよ」
そんな燈司の突然の告白に、俺は口の中に溜まっていたつばを飲み込んだ。
黒い真珠のような目を潤ませて、それからにへらっと笑う燈司の顔を見て、ぶわっと体の中の血が一気にめぐるような感覚が襲う。今まで見たことのない顔だった。まだ燈司はそんな顔ができるのかという驚きに、俺の心臓は激しくなり続ける。
(反則だろ、その顔!!)
あのデート練習。確か見た映画にもキスシーンがあった。あの時からずっと燈司は、澄ました顔で俺とのキスシーンを妄想していたというのだろうか。
思えば、燈司はあまり顔に感情が出ないタイプだ。いつも、爽やかな王子様のような笑みを浮かべていて、あたりさわりのないいい性格をしていて。
そんな燈司が、頭の中で俺とのキスを妄想していたなんて。
「お、俺は深いキスを想像した」
「な、なに、抵抗してんの?」
「うっ……だ、だから、とにかく。お前とのキスが嫌なんじゃなくて、恥かしくて」
「うん、わかったから、落ち着いて?」
これは両片思いが、両思いだと自覚した瞬間であるはずなのに、俺は好きな相手に諭されてしまっている。
また、余計なことを口走ってしまった気がするが、燈司は触れないでいてくれた。しかし、その顔は話題に触れていないだけでリンゴのように赤い。目のやり場に困っているようで、先ほどから右に左に揺れている。
「分かった、凛、分かったから。うん、大丈夫」
「俺は大丈夫じゃないけどな……だから、その、ごめんな。練習中あんなへまばっかりして。かっこ悪いだろ?」
「ううん、俺はそう思わないよ。凛なりに頑張ってるんだーって……押し付けられた役だけど、凛はちゃんとやってて。皆の酷い言葉が、凛に集まるのは嫌だけど、でも、凛は流してて。傷ついてるのは知ってるのに、俺、声かけられなかったから」
「お前がそんなこと思う必要ねえよ。ただ、俺がダサいだけ。でも、さ。今のでちゃんと決心着いたわ」
俺は燈司から手を離す。燈司は、少しだけ悲しそうに、俺の手が、指が離れていくの目で追っていた。
それから、凛? と鈴のなるような声で俺の名前を呼ぶ。
西日が少し眩しかったが、俺はできる限り笑顔で、燈司の頭を撫でて口を開く。
「俺ちゃんと、本番でお前のこと起こすよ。キスシーン、成功させてやるからな」
「なにそれ。でも、ふっ、ははっ、面白い。いつもと逆だね」
「おうよ。ちょっと、待っててくれ。ちゃんと気持ち作るから。文化祭まで待っててくれよ」
燈司は、俺の言葉の意味を理解したのか、真っ赤なリンゴのほっぺでこくりこくりと首を縦に振った。
俺は、平行四辺形になってしまったカゴのママチャリを持ち上げる。燈司は、せっせとアスファルトに打ち付けられた俺のリュックを拾ってくれ、それを俺のカゴに入れてくれた。
白線の内側に二人はいると狭かった。でも、俺たちは並んで自転車を押して、自分たちの家まで帰るのだった。



