「やっぱりさー狩谷くんがよかったよね」
「ねー、でも狩谷くんの狩人の役! 脚本の子が見せ場作ってくれて。そのおかげでかっこいい狩谷くん見れてサイコーじゃん」
 出し物を決めて数日。放課後、教室の机を全部後ろに下げて、劇の練習が始まった。
 脚本を書いてくれる予定だった女子は、劇が決まった次の週には書き上げてくれてスムーズに練習を始めることができた……が、かなり脚色してあり、セリフもいちいち臭いし覚えにくいものとなっていた。
 白雪姫役に決まった燈司はかなり苦戦しているようで、まだ台本を持っていないとセリフが言えないようだ。
 そして、脚本を書くにあたって一番変更された点は、狩人の立ち回りだ。本来であれば、白雪姫を殺せず森へ逃がし豚の心臓を女王に持っていく……というキャラなのだが、この脚本では白雪姫と共に駆け落ちし、七人の小人たちに「恋人なんですか!?」とまで言われる超重要キャラに。しかし、女王に途中で殺されてしまい、その現場を白雪姫が見てしまい葬式を上げる……みたいな。もう、王子さまなんていらないだろうという脚本になってしまっていた。
(それって、王子が自分を助けてくれた狩人が殺されて、悲しみに暮れる白雪姫の心に付け込んだ悪いやつみたいじゃんか)
 クラスでも、なら王子いらないんじゃね? という話は上がったが、王子とのキスシーンはいれたいとの要望があったため存在を抹消されなかった。でも、本当に王子の役は最後のキスシーンだけで、最初の井戸のシーンはカットされていた。
 終始、練習では狩人役の理人と白雪姫役の燈司のシーンが続き、俺は最高に気分が悪かった。
「てか、秀人は烏じゃねえんだな」
「まあな。大道具足りねえって言ってたし、そこは男子が?」
「秀人も森グループに入ったんだよねー」
 うちのクラスには演劇部がいるが、その部員は大道具専門らしく、演者としては出演しない。その代わりに、白雪姫が逃げ惑うあの恐怖の森をクオリティ高く再現しようと言い出し、そこに多くのクラスメイトが駆り出されることとなった。秀人と光晴はその森のグループに入っている。
 セリフがなくていいな、と思ったが俺もセリフ量としては下から数えたほうが早い。
 王子役とはいえなんだかパッとしない。
(やっぱり、いいよなあ。あいつら……似合ってる)
 理人と燈司。認めたくないが息ぴったりだし、理人に関しては燈司のセリフが抜けたらアドリブ入れているし。女子たちの黄色い歓声は止まらない。
 俺は、ため息をつくことしかできず、奥歯をぎりっと噛んでいた。
「はい、次、ラストシーン」
 白雪くん、と呼ばれ俺は慌てて立ち上がる。椅子がブオォと屁をこいたみたいな音を出し「何やってんだよー」と笑われてしまう。
 恥ずかしい気持ち一杯で、椅子をいくつか並べた簡易ベッドに横たわる白雪姫役の燈司のもとへ向かう。
 燈司は、死んだように眠ったフリをしており緊張感が増す。音響係のスマホからそれっぽいしんみりとした曲が流れており、俺はついついセリフを飛ばしてしまった。
 後ろから「王子しっかりしろ!」とブーイングが飛ぶ。
「……っ、んて、なんて、美しい、姫、ひめなんだ」
 大袈裟に手を広げ、セリフを口にするが声が裏返る。後ろから「プッ、凛ちゃん下手すぎて見てらんね」と秀人の声が聴こえ、俺は羞恥にまた顔が赤くなる。しかし、続けなければまた怒られるので、俺は片言の演技を続け、キスシーンに入る。
 膝をつき、燈司を見下ろす。
 燈司は、俺の気配を感じているものの動かなかった。本当に眠っているみたいだ。いつもは俺が起こしてもらう側なのに、俺が起こす側は新鮮だ。
 しかし、燈司に顔を近づければ近づけるほど変な汗が出てきて、椅子を掴んでいる手が滑ってしまいそうになる。ふりでいいとは言いつつも、この間もなんテイクかさせられた。ギリギリまで近づかなきゃ、監督の女子はよしとしないらしい。
 俺は今日も飛び出しそうな心臓を押さえながらキスシーンに挑む――が。
「無理!! これ以上は近づけねえ!!」
「あーまただ」
「まただねー」
 教室は俺の声と共に、げんなりとした雰囲気になる。
 百八十八センチの男がぷりぷりと顔を染めている姿なんて誰も見たくないだろう。そこら中から「今からでも狩谷くんに変わってもらったらー」との声が上がる。それだけは嫌だと思いながらも、どうしてもあと一歩近づけない。
(だって、そうしたら、さ。俺、本当に燈司とキスしちまうよ)
 俺が燈司のこと好きだって知らない。その逆もしかりだ。
 椅子の上で目を閉じていた燈司がぱちりと目を空ける。そして、心配そうに俺のほうを見上げるのだ。
「燈司悪いな、毎回」
「ううん。いいよ……凛は嫌?」
「嫌……って、嫌じゃねえよ。あ、はは、は……」
 不安げに見つめてきた燈司に俺はうまく返せなかった。こういう時、なんていうのが一番いいんだろうか。
 でも、燈司に誤解されている気がして、俺はそれだけは誤解を解かないといけないと心の中では分かっていた。でも、笑ってごまかすことしかできず、ますます燈司の顔を曇らせるばかりだった。