白雪姫の劇をするとなってからは、まあ酷かった。
 一軍の女子が「劇で一番よかったクラスは賞金出るって。勝ちに行くしかないじゃん」と言い出してから、脚本も自分たちでやって、衣装も自分たちで作ろうと言い出した。しかし、クラスに割り当てられる予算というのは決まっているし、足りない分は実費だ。男子たちはげっそりとした顔でそれを聞いているばかりで、意見はしなかった。意見したらそこで衝突するのが目に見えているからだ。
 すでにネット通販で衣装を探し始める女子たちを横目に、誰がどの役をやるかという話になった。
 脚本は趣味で小説を書いている二軍女子が務めることとなったようで、配役によって見せ場を作ると意気込んでいる。
 聞けば聞くほど面倒になってきて、俺は早く終わってくれねえかなと思いながら秀人たちのほうを見た。しかし、彼らは俺を推したいらしく「やれよ、凛ちゃん~」と猫なで声で言ってくる。
「俺は森の役やるしいいよ」
「森の役は、この森林光晴がやるんでダメですー。凛ちゃんは、白雪姫でしょ」
「こんなでっけー白雪姫いてたまるかよ。だったら、だったら……」
「凛?」
 別に女子が白雪姫をやるって決まりはない。むしろ、こういう文化祭だからこそみんな面白がって男子にやらせるのだ。それに、自分は演者NGなんで、といつもメイクばりばりしているくせに言い出す女子もいて、だいたい男子に重い役が回ってくる。
(このクラスで、一番白雪姫なのは燈司だろ……)
 かわいい女子はいても、俺の中で一番かわいいのは燈司だった。
 思わず、燈司のことをじっと見つめてしまい、燈司は照れ臭そうにカッターシャツの襟部分を弄った。
「燈司は何の役がいい?」
「え、俺は何でもいいよ。でも、セリフ覚えるの下手かもしれないから、セリフ少ないのがいいな……」
「まあ、そうだよな……俺も同感」
 この文化祭の後にはすぐに後期の中間テストがやってくる。こんなことに脳のリソースは裂けない。
 そう思っていると、女子が「ここは、性別転換白雪姫がいいんじゃない?」と言い出し、女子の視線が燈司に注がれた。
「おうじくん、白雪姫やってみない?」
「お、俺? えーっと……」
 燈司はたじろぎながら、俺に助けを求めてきた。セリフが少ない役がいいと言っていたのにいきなりこれなため、燈司が困惑するのも分かる。俺は、何とか燈司がやりたくないなら役が回ってこないようにしようとしたが「じゃあ、王子さまを白雪がやればいいだろ」と男子が言ったせいで、話し合いは盛り上がってしまった。
 完全に巻き沿いだ。
 しかし、盛り上がる男子とは対照的に「王子さまは、狩谷くんでしょ」と男子の内輪話に水を差す。
 狩谷は、教室の前の席でスマホを弄っていたがいきなり指名されたため、教室の隅にいた俺たちのほうを見た。話はだいたい聞いていたらしい。
 そこから、男子と女子で俺か理人か、どっちが王子さま役をやるべきか討論が始まってしまった。黙って聞いていた担任も眉をひそめて止めるべきかと腰を上げるか悩んでいるようで、段々と討論はヒートアップしていく。男子も男子で、俺を推薦するなよとは思うが、もし白雪姫が燈司で、王子が理人になった場合、最後のあのシーンを二人でやることになる。毒リンゴを食べて眠りについてしまった白雪姫を、王子さまがキスで目覚めさせるというあのシーンだ。
 俺はそれを頭の中で想像して耐えきれなくなり、貧乏ゆすりをしてしまう。
「ふーん、まあみんなが言うならオレは王子さま役でもいいけど?」
「はあ!? 狩谷、お前別にやりたくないくせに!!」
「凛、落ち着いてって……えーっと、これ、俺に白雪姫やれっていうならさ。俺が王子さま役選んでいい?」
 そう提案したのは燈司だった。
 男子も女子も燈司の一言で、スゥっと潮が引いたように「まあ、白雪姫が選んだ王子なら」としぶしぶ納得したらしい。
 燈司ナイス、と心の中で思いつつ、燈司が果たして俺を選んでくれるのかという疑問も胸の内にあった。俺は、俺に自信がない。
「じゃあ、おうじくんは王子役誰がいの?」
 学級委員の女子が優しく燈司に尋ねた。燈司は教室中を見やった後、ツンと俺の太ももをつつく。思わず声を上げてしまいそうになったがグッと堪えて、俺は燈司のほうを見た。
「王子さま役は――」
 燈司が口を開いた瞬間、また水を差すようにチャイムが鳴る。
 担任の先生が立ち上がり「続きは放課後なー」と言って一旦教室を出ていった。男子たちは「放課後居残りかよー」と愚痴を吐いている。
 教室は一気に解散ムードとなり、学級委員も「後で教えてね」と言って教室を出ていく。
「燈司」
「どうしたの、凛」
「あーいや、誰を選ぶのかなーって思ってさ。お前が言うの珍しいじゃん」
 放課後まで待てないと、俺はついつい自分の席に戻ろうとした燈司を引き留めてしまった。燈司は、視線を合わせてくれないまま「後でね」と言って戻っていってしまう。
 秀人と光晴が俺の肩を叩き「ドンマイ」と言ってきたため、俺はフラれたような気分になってしまった。
 あの表情は、どういう感情の表れだったんだろうか。