(嘘だろ、ありえない……)
頭が一瞬にして真っ白になった。
三秒前くらいに思ったことのフラグ回収は見事なものだった。
(燈司に恋人……!? はあ? いつ!?)
「いつできたんだよ!!」
「凛、声が大きいって」
燈司は周りを気にしながら小声で言う。
俺は、落ち着き姿勢を正した。背筋は伸びているが胡坐をかいて座っている。
「こ、恋人? 燈司に?」
「う、うん。ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど……マジか」
燈司の反応から察するに、本当に恋人ができたのだろう。頬を赤らめて、幸せそうに時々微笑む。きっと、恋人のことを頭に浮かべているのだろう。
初めて見る顔だ。
そんな顔ができるのかと、俺は初めて知った。十七年一緒に過ごしてきたのに、初めて見る顔だった。
(燈司に恋人……燈司に恋人…………)
だが、いつできたというのか。
(燈司はバスケ部に入ってるし、バスケ部のやつ? クラスにいたら俺が気付かないわけないし。つっても、放課後一緒に帰ってるよな……)
燈司はバスケ部に入っている。といっても、その身長差と高校から始めたためレギュラーには入っていないらしいが、ベンチ入りはしているらしい。試合にも何度か出ていて、一回俺も見に行ったことがある。その身長を足枷にしないスピードのあるドリブルに、敵の間をうまく縫う俊敏さは目を見張るものがあった。
テニス部の俺と、バスケ部の燈司は終わる時間が近いこともあり、夜道を一緒に帰ったりもする。そのうえ奇跡的に、部活がない日も被っており、かなりの頻度で一緒に下校している。
だから、よっぽどのことがない限り一緒に帰らないなんてことはない。
なのに、俺は燈司に恋人ができたことに気づかなかったなんて……
「凛?」
また顔を覗き込んできた燈司は、俺が反応を返さなかったことに心配したらしい。
現実を受け入れられていないって言われればその通りだ。
「あーいや、驚いて。そっかぁ、燈司にも春が来たか」
「なにそれ。変な凛」
「いつできたんだよ」
「ん?」
「恋人! だから、いつ恋人出来たんだって話! そこんとこ詳しく聞かなきゃ俺納得できねえよ」
燈司の肩を掴めば、ビクンと小さな肩を揺らす。
驚かせるつもりはなかったので「わりぃ」と謝って彼の肩を撫でた。
これは、問い詰めなければいけない気がする。
(そう、燈司の幼馴染として! 燈司のことを知っておく必要があるんだ!)
自分でも何で躍起になっているのか分からない。でも、俺の知らない燈司がいることにモヤモヤしてしまったのだ。
なぜか。
きっと兄弟のように接してきた燈司に恋人ができて驚いているんだ。きっとそうだ。
「そんなに知りたいの? 何で?」
「何でってそりゃ、幼馴染に初めて恋人ができたんだし、知りたいって思うのは普通じゃね?」
「……そうなのかな。ちょっとわかんないや」
「いやいや、分かってくれよ。何年の付き合いになると思ってんだよ」
「約十七年」
燈司は少しぶっきらぼうに答えて立ち上がった。どことなく怒っているようにも見える。
俺がちゃかしたからだろうか。それとも、真剣に聞いていないと思われたから?
幼馴染の恋愛相談を受けることになるなんて思ってもいなかった。だからまだ、頭の中が整理できていないのだ。
そもそも恋愛相談って、受ける側はどんな顔をして、気持ちでいればいいんだ?
「悪かったって。燈司、ちゃんと聞くから」
「いいよ。別に無理して聞かなくても」
「聞く、聞かせてくれ。燈司――っ」
背を向けて歩き出す燈司を追いかけようと立ち上がると、ぐぅううぅううとタイミング悪く腹の音が鳴った。
それが聞こえたらしい燈司はこちらを振り返って、目を丸くする。
女子がお腹が鳴って恥ずかしい~という気持ちが今分かった気がした。
俺は、腹を押さえながら、あはは……と頭をかく。燈司はそれを見てか、はぁ、とため息をついた。
「お昼ごはん一緒に食べるでしょ?」
「お、おう。いつも通り……んで、ちゃんと聞くから」
「分かった。ちゃんと話すよ。その代わり真剣に聞いてね?」
「分かった、分かったって」
「分かったは一回!」
と、燈司は俺に指をさし自分の席に戻っていった。それからしばらくして弁当箱を持って帰ってくると、前の席を百八十度回転させ、俺の机にごつんとぶつけた。
弁当箱を机に置き、椅子を静かに引いて燈司は着席する。
俺もつられるように着席し、リュックの下に押し込んでいた弁当箱を引っ張り出した。
燈司のお弁当は二段組で、保温容器の中には味噌汁が入っている。
俺は、燈司の弁当よりも体積のある一段の弁当箱に拳ほどのおにぎりを二つ出した。味はわかめと紫蘇だ。
腹の音は未だ、ぐぅうううと鳴り止んでくれない。
俺がおにぎりを包んでいるラップをはがしていると、燈司が「手洗いに行くの忘れてた」と立ち上がった。
「あ、燈司待って。俺も行く」
燈司が立ち上がったのを見て、俺も立ち上がる。
それから、二人でトイレ前の水道に手を洗いに行った。手洗い場運んでいたがちょうど二人分スペースを確保し、俺たちは手を洗う。体育終わりにもここで手を洗う人が多いのか、水道には砂が溜まっていた。
排水溝にぐるぐると渦を巻いて泡が流れていく。
俺は、泡のついた手を洗いながし、サッと横へずれた。俺たちの後ろにはまだ人が並んでいたからだ。
「はい、ハンカチ」
「さすが、燈司。しっかりしてんな」
「凛がしっかりしてないだけ。どうせまた、そこら中に水飛ばしてズボンで拭く気だったでしょ」
手をぐーぱーさせて濡れた手を乾かそうとしていると、スッと俺の目の前にハンカチが差し出された。
見れば、燈司がまったくもうといった様子で俺を見ている。
俺は、白いハンカチを受け取って手を拭いた。
「燈司はこのハンカチ……」
「いいよ。俺、二つ持ってるし。何ならあげる」
「うぁ……さすが、燈司。」
「うぁ……って何? 予備で持ってんの。悪い?」
「いーや、感謝してる。燈司らしいなって思って。いやいや、でもあげるってさ。洗って返すよ。多分」
「多分って……」
ガサツな俺と違ってしっかりしてる。
きっと燈司は、俺じゃなくてもそのハンカチは誰かが必要としていたら貸すだろう。何だかそんな気がする。
「さっ、戻ろう。昼休みってあっという間に過ぎちゃうし」
「そうだったな。燈司の恋愛相談」
「しーっ! 誰にも言ってないんだから、静かにして」
燈司は再び周りを確認するようなそぶりをし、俺にしかりつけた。
その怒り方は子どもが親に「めっ」というように愛らしく、見ていて微笑ましいものだった。
(燈司に恋人かあ……)
だが、そんなかわいい幼馴染を前に俺が思ったのは、燈司に恋人ができたいという事実。
これから何を聞かされるのだろうか。
俺は少しの不安を抱えながら、二人で教室に戻ることにした。
頭が一瞬にして真っ白になった。
三秒前くらいに思ったことのフラグ回収は見事なものだった。
(燈司に恋人……!? はあ? いつ!?)
「いつできたんだよ!!」
「凛、声が大きいって」
燈司は周りを気にしながら小声で言う。
俺は、落ち着き姿勢を正した。背筋は伸びているが胡坐をかいて座っている。
「こ、恋人? 燈司に?」
「う、うん。ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど……マジか」
燈司の反応から察するに、本当に恋人ができたのだろう。頬を赤らめて、幸せそうに時々微笑む。きっと、恋人のことを頭に浮かべているのだろう。
初めて見る顔だ。
そんな顔ができるのかと、俺は初めて知った。十七年一緒に過ごしてきたのに、初めて見る顔だった。
(燈司に恋人……燈司に恋人…………)
だが、いつできたというのか。
(燈司はバスケ部に入ってるし、バスケ部のやつ? クラスにいたら俺が気付かないわけないし。つっても、放課後一緒に帰ってるよな……)
燈司はバスケ部に入っている。といっても、その身長差と高校から始めたためレギュラーには入っていないらしいが、ベンチ入りはしているらしい。試合にも何度か出ていて、一回俺も見に行ったことがある。その身長を足枷にしないスピードのあるドリブルに、敵の間をうまく縫う俊敏さは目を見張るものがあった。
テニス部の俺と、バスケ部の燈司は終わる時間が近いこともあり、夜道を一緒に帰ったりもする。そのうえ奇跡的に、部活がない日も被っており、かなりの頻度で一緒に下校している。
だから、よっぽどのことがない限り一緒に帰らないなんてことはない。
なのに、俺は燈司に恋人ができたことに気づかなかったなんて……
「凛?」
また顔を覗き込んできた燈司は、俺が反応を返さなかったことに心配したらしい。
現実を受け入れられていないって言われればその通りだ。
「あーいや、驚いて。そっかぁ、燈司にも春が来たか」
「なにそれ。変な凛」
「いつできたんだよ」
「ん?」
「恋人! だから、いつ恋人出来たんだって話! そこんとこ詳しく聞かなきゃ俺納得できねえよ」
燈司の肩を掴めば、ビクンと小さな肩を揺らす。
驚かせるつもりはなかったので「わりぃ」と謝って彼の肩を撫でた。
これは、問い詰めなければいけない気がする。
(そう、燈司の幼馴染として! 燈司のことを知っておく必要があるんだ!)
自分でも何で躍起になっているのか分からない。でも、俺の知らない燈司がいることにモヤモヤしてしまったのだ。
なぜか。
きっと兄弟のように接してきた燈司に恋人ができて驚いているんだ。きっとそうだ。
「そんなに知りたいの? 何で?」
「何でってそりゃ、幼馴染に初めて恋人ができたんだし、知りたいって思うのは普通じゃね?」
「……そうなのかな。ちょっとわかんないや」
「いやいや、分かってくれよ。何年の付き合いになると思ってんだよ」
「約十七年」
燈司は少しぶっきらぼうに答えて立ち上がった。どことなく怒っているようにも見える。
俺がちゃかしたからだろうか。それとも、真剣に聞いていないと思われたから?
幼馴染の恋愛相談を受けることになるなんて思ってもいなかった。だからまだ、頭の中が整理できていないのだ。
そもそも恋愛相談って、受ける側はどんな顔をして、気持ちでいればいいんだ?
「悪かったって。燈司、ちゃんと聞くから」
「いいよ。別に無理して聞かなくても」
「聞く、聞かせてくれ。燈司――っ」
背を向けて歩き出す燈司を追いかけようと立ち上がると、ぐぅううぅううとタイミング悪く腹の音が鳴った。
それが聞こえたらしい燈司はこちらを振り返って、目を丸くする。
女子がお腹が鳴って恥ずかしい~という気持ちが今分かった気がした。
俺は、腹を押さえながら、あはは……と頭をかく。燈司はそれを見てか、はぁ、とため息をついた。
「お昼ごはん一緒に食べるでしょ?」
「お、おう。いつも通り……んで、ちゃんと聞くから」
「分かった。ちゃんと話すよ。その代わり真剣に聞いてね?」
「分かった、分かったって」
「分かったは一回!」
と、燈司は俺に指をさし自分の席に戻っていった。それからしばらくして弁当箱を持って帰ってくると、前の席を百八十度回転させ、俺の机にごつんとぶつけた。
弁当箱を机に置き、椅子を静かに引いて燈司は着席する。
俺もつられるように着席し、リュックの下に押し込んでいた弁当箱を引っ張り出した。
燈司のお弁当は二段組で、保温容器の中には味噌汁が入っている。
俺は、燈司の弁当よりも体積のある一段の弁当箱に拳ほどのおにぎりを二つ出した。味はわかめと紫蘇だ。
腹の音は未だ、ぐぅうううと鳴り止んでくれない。
俺がおにぎりを包んでいるラップをはがしていると、燈司が「手洗いに行くの忘れてた」と立ち上がった。
「あ、燈司待って。俺も行く」
燈司が立ち上がったのを見て、俺も立ち上がる。
それから、二人でトイレ前の水道に手を洗いに行った。手洗い場運んでいたがちょうど二人分スペースを確保し、俺たちは手を洗う。体育終わりにもここで手を洗う人が多いのか、水道には砂が溜まっていた。
排水溝にぐるぐると渦を巻いて泡が流れていく。
俺は、泡のついた手を洗いながし、サッと横へずれた。俺たちの後ろにはまだ人が並んでいたからだ。
「はい、ハンカチ」
「さすが、燈司。しっかりしてんな」
「凛がしっかりしてないだけ。どうせまた、そこら中に水飛ばしてズボンで拭く気だったでしょ」
手をぐーぱーさせて濡れた手を乾かそうとしていると、スッと俺の目の前にハンカチが差し出された。
見れば、燈司がまったくもうといった様子で俺を見ている。
俺は、白いハンカチを受け取って手を拭いた。
「燈司はこのハンカチ……」
「いいよ。俺、二つ持ってるし。何ならあげる」
「うぁ……さすが、燈司。」
「うぁ……って何? 予備で持ってんの。悪い?」
「いーや、感謝してる。燈司らしいなって思って。いやいや、でもあげるってさ。洗って返すよ。多分」
「多分って……」
ガサツな俺と違ってしっかりしてる。
きっと燈司は、俺じゃなくてもそのハンカチは誰かが必要としていたら貸すだろう。何だかそんな気がする。
「さっ、戻ろう。昼休みってあっという間に過ぎちゃうし」
「そうだったな。燈司の恋愛相談」
「しーっ! 誰にも言ってないんだから、静かにして」
燈司は再び周りを確認するようなそぶりをし、俺にしかりつけた。
その怒り方は子どもが親に「めっ」というように愛らしく、見ていて微笑ましいものだった。
(燈司に恋人かあ……)
だが、そんなかわいい幼馴染を前に俺が思ったのは、燈司に恋人ができたいという事実。
これから何を聞かされるのだろうか。
俺は少しの不安を抱えながら、二人で教室に戻ることにした。



