「凛ちゃん、これでさっきのチャラな」
「はいはい。そういう約束だったもんなー……燈司のも驕ってくれてサンキューな」
「え、何で凛がお礼言うの?」
りんご飴の入ったカップを両手で持っていた燈司が小首をかしげる。オーバーサイズの服はやはり萌え袖になっていて、あざとさが増す。
「なんとなく……? いや、幼馴染のまで驕ってくれてありがとうなーって単純に」
「まあ、白雪姫カップルだもんなぁ? カップルの片方驕るってのは気が引けるし……」
秀人は、なんとも言えない表情になったあと、光晴のほうを見た。光晴はすでにカットしてあるりんご飴を二つほど平らげており、いきなり振り向いた秀人に驚き、肩をビクンと上下させる。
口にりんご飴を咥えたまま光晴は俺と燈司を交互に見る。
秀人はカップルと言ったが、俺たちはただの幼馴染だ。秀人と光晴がそう揶揄して、広まっているがじっさいそんな関係じゃない。ただの弄りだと受け入れていたが、今はちょっと感覚が違う。
「ああっ!! 凛ちゃん、りんご食べたらダメじゃん」
光晴は何かに気づいたように、俺に近寄ってきてわざとらしくシナモンリンゴを指さした。光晴の口の周りにはチョコレートがついている。
「何でダメなんだよ」
「だって、凛ちゃんは白雪姫じゃん。秀人魔女がリンゴ飴持ってきて、コロッと騙されて食べて眠りについちゃうかもじゃん」
「お、おぅ……」
あまりの迫真の演説に俺は、引き気味にうなずく。
秀人は「誰が魔女だ」と光晴の頭に拳骨をかましていたが、俺の隣から刺さる視線に俺は顔を向けた。
「どうした? 燈司」
「そっか……凛、りんご食べたら眠っちゃうかもだね。永遠の眠り」
「燈司まで……いや、そんなことねえし」
「いやいや、凛ちゃん意外と侮れないよ。秀人が持ってるりんご飴なんか見てみなよ。青い飴でコーティングされてるから、リンゴの色も相まって紫になってる。こんなの毒リンゴじゃん」
光晴はそういうと、自分で言った言葉にツボったらしくプッと唾を吐いて笑い出した。光晴のツボが浅いのはいつものことだ。
秀人は、隣で笑っている光晴に顔を引きつらせつつ、手に持っていた紫色に見えるリンゴを爪楊枝で刺し口に入れる。パキパキと飴が割れる音に、シャキッとしたリンゴ本来の音が重なる。
言われてみれば、紫色のりんごなんて毒リンゴで、食欲の失せる色をしている。逆に、燈司のりんご飴はキャラメルがかかっており、飴色と赤色がマッチしている。
俺は少しだけ気になってポケットからスマホを取り出し、この遊園地のりんご飴について調べる。口コミでは星四.三の高評価で、行列ができるのは当たり前のこと。上にスワイプしながら、口コミを読み進める。どこにも、りんごを食べて眠たくなったや、食中毒になったという書き込みはない。当たり前だ。
スマホをポケットに突っ込み、改めてシナモンシュガーがふんだんにかかったりんご飴に視線を落とす。
「凛、食べないの?」
「あいつらがあんなこと言ったから」
「大丈夫だよ」
「いや、信じてないけど」
じゃなくて、と燈司は俺のりんご飴を爪楊枝手突き刺すと、そのリンゴを俺に向かって差し出した。
「凛が、このりんごを食べて寝ちゃっても俺が起こすよ。だって、凛は俺がいなきゃ起きれないでしょ」
「何だそりゃ、王子さまが言いそうなセリフだな」
「キス……じゃないかもだけど、どんな手を使ってでも凛を起こして見せる。だから、安心して食べて。美味しいよ?」
ずいっと差し出されたりんご飴を食べないわけにはいかなかった。
鼻腔いっぱいにシナモンのスパイシーな香りが広がっていく。燈司が片手に持っているキャラメルリンゴ飴も美味しそうだ。
あーんと、差し出されたりんご飴に俺は顔を近づけた。あの日、俺が燈司にやった逆のことだ。俺のお手本を……いや、燈司はあーんぐらい上手にできる。完璧な王子様だからだ。
口に入れた瞬間、じょり、とシナモンシュガーが歯の上で削られる。シャキッとしたリンゴの甘酸っぱさとマッチし、噛めば噛むほど果汁が溢れる。誕生日に食べるアップルパイにはシナモンは入っていない。でも、シナモンが嫌いなわけじゃないし、燈司に食べさせてもらったから美味しさに倍だ。
「ん、うまい」
「それは良かった。凛、俺にも食べさせてよ」
あーんして? と、燈司は自ら小さな口を開く。
あの日は少し恥ずかしがっていたのに。俺は口の中に残っていたリンゴを飲み込んで、爪楊枝でりんごを突き刺した。ショキッと、リンゴに爪楊枝が沈んでいく感覚を覚えながら、俺はカップから一口大になったりんご飴を引き抜いて燈司の口に運ぶ。
心なしか手が震えていた。爪楊枝も深く突き刺していないため、途中でりんごが落ちたらどうしようかと思う。
だが、無事に燈司の口の中にりんご飴が吸い込まれ、二回、三回と咀嚼したのち、彼の小さな喉ぼとけが上下する。
「うん、美味しいね。凛」
その笑顔は、今日見た燈司の笑顔の中で一番だった。
「はいはい。そういう約束だったもんなー……燈司のも驕ってくれてサンキューな」
「え、何で凛がお礼言うの?」
りんご飴の入ったカップを両手で持っていた燈司が小首をかしげる。オーバーサイズの服はやはり萌え袖になっていて、あざとさが増す。
「なんとなく……? いや、幼馴染のまで驕ってくれてありがとうなーって単純に」
「まあ、白雪姫カップルだもんなぁ? カップルの片方驕るってのは気が引けるし……」
秀人は、なんとも言えない表情になったあと、光晴のほうを見た。光晴はすでにカットしてあるりんご飴を二つほど平らげており、いきなり振り向いた秀人に驚き、肩をビクンと上下させる。
口にりんご飴を咥えたまま光晴は俺と燈司を交互に見る。
秀人はカップルと言ったが、俺たちはただの幼馴染だ。秀人と光晴がそう揶揄して、広まっているがじっさいそんな関係じゃない。ただの弄りだと受け入れていたが、今はちょっと感覚が違う。
「ああっ!! 凛ちゃん、りんご食べたらダメじゃん」
光晴は何かに気づいたように、俺に近寄ってきてわざとらしくシナモンリンゴを指さした。光晴の口の周りにはチョコレートがついている。
「何でダメなんだよ」
「だって、凛ちゃんは白雪姫じゃん。秀人魔女がリンゴ飴持ってきて、コロッと騙されて食べて眠りについちゃうかもじゃん」
「お、おぅ……」
あまりの迫真の演説に俺は、引き気味にうなずく。
秀人は「誰が魔女だ」と光晴の頭に拳骨をかましていたが、俺の隣から刺さる視線に俺は顔を向けた。
「どうした? 燈司」
「そっか……凛、りんご食べたら眠っちゃうかもだね。永遠の眠り」
「燈司まで……いや、そんなことねえし」
「いやいや、凛ちゃん意外と侮れないよ。秀人が持ってるりんご飴なんか見てみなよ。青い飴でコーティングされてるから、リンゴの色も相まって紫になってる。こんなの毒リンゴじゃん」
光晴はそういうと、自分で言った言葉にツボったらしくプッと唾を吐いて笑い出した。光晴のツボが浅いのはいつものことだ。
秀人は、隣で笑っている光晴に顔を引きつらせつつ、手に持っていた紫色に見えるリンゴを爪楊枝で刺し口に入れる。パキパキと飴が割れる音に、シャキッとしたリンゴ本来の音が重なる。
言われてみれば、紫色のりんごなんて毒リンゴで、食欲の失せる色をしている。逆に、燈司のりんご飴はキャラメルがかかっており、飴色と赤色がマッチしている。
俺は少しだけ気になってポケットからスマホを取り出し、この遊園地のりんご飴について調べる。口コミでは星四.三の高評価で、行列ができるのは当たり前のこと。上にスワイプしながら、口コミを読み進める。どこにも、りんごを食べて眠たくなったや、食中毒になったという書き込みはない。当たり前だ。
スマホをポケットに突っ込み、改めてシナモンシュガーがふんだんにかかったりんご飴に視線を落とす。
「凛、食べないの?」
「あいつらがあんなこと言ったから」
「大丈夫だよ」
「いや、信じてないけど」
じゃなくて、と燈司は俺のりんご飴を爪楊枝手突き刺すと、そのリンゴを俺に向かって差し出した。
「凛が、このりんごを食べて寝ちゃっても俺が起こすよ。だって、凛は俺がいなきゃ起きれないでしょ」
「何だそりゃ、王子さまが言いそうなセリフだな」
「キス……じゃないかもだけど、どんな手を使ってでも凛を起こして見せる。だから、安心して食べて。美味しいよ?」
ずいっと差し出されたりんご飴を食べないわけにはいかなかった。
鼻腔いっぱいにシナモンのスパイシーな香りが広がっていく。燈司が片手に持っているキャラメルリンゴ飴も美味しそうだ。
あーんと、差し出されたりんご飴に俺は顔を近づけた。あの日、俺が燈司にやった逆のことだ。俺のお手本を……いや、燈司はあーんぐらい上手にできる。完璧な王子様だからだ。
口に入れた瞬間、じょり、とシナモンシュガーが歯の上で削られる。シャキッとしたリンゴの甘酸っぱさとマッチし、噛めば噛むほど果汁が溢れる。誕生日に食べるアップルパイにはシナモンは入っていない。でも、シナモンが嫌いなわけじゃないし、燈司に食べさせてもらったから美味しさに倍だ。
「ん、うまい」
「それは良かった。凛、俺にも食べさせてよ」
あーんして? と、燈司は自ら小さな口を開く。
あの日は少し恥ずかしがっていたのに。俺は口の中に残っていたリンゴを飲み込んで、爪楊枝でりんごを突き刺した。ショキッと、リンゴに爪楊枝が沈んでいく感覚を覚えながら、俺はカップから一口大になったりんご飴を引き抜いて燈司の口に運ぶ。
心なしか手が震えていた。爪楊枝も深く突き刺していないため、途中でりんごが落ちたらどうしようかと思う。
だが、無事に燈司の口の中にりんご飴が吸い込まれ、二回、三回と咀嚼したのち、彼の小さな喉ぼとけが上下する。
「うん、美味しいね。凛」
その笑顔は、今日見た燈司の笑顔の中で一番だった。



