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 バスの中で、俺のズボンに抹茶ラテをこぼした秀人は絶対に許さない。
「シミになっちゃったね」
「あのバカラス……頭にポップコーンでも乗せてやるからな」
 一日目から遊園地。
 こういう場所は一番盛り上がると思うが、今回は初日らしい。すでに園内に入り、お土産やさんが並ぶ通りを歩いていた。
 バスでの移動中、抹茶ラテを自動販売機で買った秀人は、バスの中で手を滑らせ俺のズボンにこぼした。幸いにも、バスのシートがよごれることはなかったが、ズボンはもう一着しか持ってきていないため変えるのが悩ましい。
 ズボンのシミは、燈司が持ってきていた濡れたおしぼりでどうにかしみ込む前に擦り、ある程度は拭きとることができた。それでも、明るいジーンズだったため、緑のシミは余計くすんで見える。
 秀人には、遊園地の中で一つだけ食べ歩きグルメを驕ることを約束させその場は収まった。
 だが、すでに約束を忘れる勢いで、光晴と共にワゴンのカチューシャに気を取られていた。バカ二人を見ているうちに、燈司は俺から離れ少し感覚を空けて歩いていた修二と理人のほうに走っていってしまった。
「修二は、修馬くんに何かお土産買ってくの?」
「ああ、頼まれてるものがいくつかある。今、遊園地で売っている限定グッズは修馬の推しらしい」
 そうなんだ、と燈司は感心したように声を上げる。
 今回の修学旅行は班で行動する。
 といっても、班分けはかなり自由で二人以上ならOKという緩い設定だ。ちなみに、だいたい班のメンバーとホテルの部屋が一緒になる。
 班のメンバーは、俺と燈司、秀人と光晴、理人と修二のあの球技大会の六人だ。
 ただ、部屋割りを決める際に少し口論になった。主に俺と理人が。
 班のメンバーが六人であるため、三人部屋を二つ……と当初の予定ではそうなっていた。その場合、俺と燈司と理人になる予定だったのだ。
 だが、他の班が三人部屋がいいと言ったため、二人部屋を三部屋俺たちの班で分けることとなった。
 そこで問題が発生したのだ。
 理人が「オレ、燈司と同じ部屋がいいな~」と言ってきたのだ。燈司は別に断るそぶりを見せなかった。それが、俺の中で気に食わなくて、ついつい理人に噛みついてしまう。その口論がヒートアップし、最終的に秀人と光晴に押さえつけられて場は収まった。
 その結果、俺が燈司と相部屋になったのだが、燈司にかっこ悪いところを見せてしまってなんだか情けない気持ちになった。
 秀人と光晴が一緒なのは不動なものとして、燈司と理人が相部屋になる場合、俺は修二と同じ部屋になってしまう。あまりしゃべらないのにお互い気まずい、というのもあったが、多分一番は燈司と理人を一緒の部屋っていうのが認められなかったんだと思う。
 理人は燈司の従兄だけど、俺のほうが頻繁に燈司の家でお泊りして、仲もよくて。ニコイチって言われる幼馴染なのに。
(俺、めんどくさいよな……)
 最近、またやたらと理人が燈司に絡んでいる。
 大会が終わり、夜練が落ち着いて、ここ一週間燈司と帰れるようになったのに、途中まで理人がついてくる。今だって、修二としゃべっている燈司の隣を歩いている。そのせいで、燈司の表情が見えない。
 見間違いか、一瞬手をつないでいるようにも見えた。
 あの三人の空間だけ無駄にキラキラしている。
「凛ちゃん、眉間にしわよってんの。ほーい」
「ぶはっ! 凛ちゃん、本当に白雪姫だな」
 後ろから肩を掴まれたかと思いきや、頭に何かをかぶせられた。耳の後ろあたりに何か当たっている。締め付けられるような感覚もした。
 俺は、頭に手を当て、ちょうどてっぺんつむじあたりに大きなリボンがついていることに気が付いた。おそらくカチューシャをつけられたのだろう。
 ギッと後ろで笑っている光晴と秀人を睨みつける。しかし、二人も頭にへんてこりんなカチューシャをつけていて、俺はたぶんましなほうだと思った。
 まだ買ってもいないのに、試着して盛り上がっている姿を見て少しだけ和んだ。
 そうこうしていると、光晴が燈司を呼びつけると、手に持っていた王冠付きのカチューシャを燈司の頭にかぶせた。
「おうじくんにはこれが似合う。だって、おうじくんだもんね」
「に、にあうかなあ……」
 燈司は光晴のノリについていけず苦笑いしている。しかし、光晴のいうようにベビーフェイスでありつつも、目鼻立ちの整っている燈司にその王冠カチューシャは似合っていた。
 俺は自分がリボンのカチューシャを被っていることを忘れ、ついつい見入ってしまう。
 すると、燈司と目が合った。
「凛はどう思う?」