五月の球技大会を終え、梅雨がやってきた。
衣替えの時期は終わり、皆水色のカッターシャツに、ブレザーと同じ紺色と黒のチェックのズボンかスカートをはいている。
まだ教室の中のエアコンは使えないため、壊れそうな首振り扇風機がカタカタと羽根を鳴らしながら稼働している。その下に男子がたむろして涼んでいた。
二年生になって初めてのクラスでの協力行事が終わったこともあり、クラスの仲の雰囲気はよりいっそ穏やかになったと思う。クラスメイトの中には、あの球技大会を機に付き合ったカップルもいて、小グループの中で話題に上がっている。
また、六月に入ったため、席替えをした。運よく、俺の前は燈司だ。
(ねーみぃい………………)
俺は、連日の夜練のせいで頭が回っていなかった。次の授業は、修学旅行についてのお知らせのため、少しでも睡眠時間を確保したい。どうせ、しおりができればそれを読めばいいから。
俺が机に突っ伏していると、燈司がやってきた。その後ろには、あのバカ二人もいる。
「凛、眠い? それとも具合悪い?」
「んー眠い。最近、部活忙しくて」
「凛ちゃんが体力ないだけだけどな」
「ああ、おうじくん。俺たち大会近いから。秀人は個人戦で出るんだけど、俺と凛ちゃんがダブルスで」
「そうだったんだ。どうりで、最近帰る時間が合わないなーって思って」
眠い俺を置いて、三人は会話を進めていく。
だが、疎外感を感じるでもなく、俺は耳で会話を拾っていた。
光晴の言う通り、大会が近いため練習がハードになってきている。ちなみに、この間地区予選を突破したので、六月になってもまだ先輩たちは引退していない。俺たちの一つ上の代は強くて、地区予選ぐらいじゃまず負けない。
確かに、その練習のせいで最近燈司と帰れていないのは事実だった。
終わりが八時になると、バスケ部はとっくに終わっていて、体育館の電機は消えている。
「凛ちゃん聞いてる?」
「おわっ、は、何?」
「おうじくんが、お前と帰れなくて寂しいってさ。なあ、おうじくん?」
「え、俺は、いやぁ、その……」
目を開いてみれば、眉を八の字に曲げて目を泳がせている燈司の姿が見えた。カッターシャツの襟部分を右手で掴んで弄っている。
「部活早く終わればな? 俺だって、燈司と帰りてぇよ……」
「部活休めばいいじゃん」
「よくねえ! それは、よくねえんだよ。光晴……休む理由伝えなきゃいけねえし」
でも、燈司が寂しく思ってんなら俺も燈司と帰りたい。
(いや、違う。燈司が寂しいって言ってるからじゃなくて、俺が寂しいから)
中学までは同じ部活だったから、帰る時間も一緒だった。けど、今は違う。
それが、燈司との距離が開いてしまっている原因になっているみたいに思う。燈司は、この間方角が全然違う理人と帰ったっていうし。途中までは修二とも。
二分割されたあの球技大会を思い出して、また胸の中に重たい煙が充満していく。
六月に入っても、燈司の恋人は分からないままだ。
燈司の行動に注目していても、まったく尻尾を見せてくれない。もしかして、恋人なんていないんじゃないかとすら思えてきた。
だったら何で燈司はそんな嘘を俺についたのか。
(俺が、恋人がいないって、そう思いたいだけかもだけどさ)
俺にカミングアウトした時、燈司はすごく楽しそうだったし、嬉しそうだった。初めての恋人、恋している男子って感じがして輝いていたから。あれが嘘なんてことはありえないだろう。
このクラスの仲にいる。それも、俺に気づかれずにこそこそ付き合って、毎日メールして。
苛立ちが募っていくと同時に、ますます燈司から目が離せなくなっている。恋人を見つけようと躍起になっているからか、あるいは。
そんなことを思っていると、次の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴る。
教室に散らばっていたやつらは席につき、入ってきた担任を見てそわそわし始める。
二年生の大きな行事、修学旅行。
行き先に遊園地が入っていたのは嬉しいポイントだった。後は、普通に観光地巡りか。
三泊四日の旅で、県から県への移動もある。長いバス旅になるだろうと予想できていたが、修学旅行という甘美な響きに、教室の中の空気はそわそわとしている。
担任が、修学旅行についてのプリントを配り始める。
俺は一番後ろの席のため、回ってくるのを待てばいい。だが、眠気が最骨頂に達していた。
「はい、凛。プリント」
「サンキューな、燈司……ふぁあ」
「凛、後で起こしてあげるから寝てていいよ。俺、ちゃんと凛の分まで聞いておくから」
「マジで……? ん、起こしてもらえんの楽しみにしてる」
俺は燈司から手渡しでプリントをもらい、それを机の中に雑に突っ込んだ。それから、机に突っ伏す。
秒で瞼が落ち、担任の声が遠ざかっていく。
きっといつも通り、目が覚めたときあのかわいらしい声で起こされるんだろうな、なんて思うとニヤニヤしてしまう。「おはよう、凛」って。燈司じゃなきゃ、俺を起こせない。
(あー楽しみ。いい夢見れそう)
そう思いながら俺は夢の中に意識を飛ばすのだった。
衣替えの時期は終わり、皆水色のカッターシャツに、ブレザーと同じ紺色と黒のチェックのズボンかスカートをはいている。
まだ教室の中のエアコンは使えないため、壊れそうな首振り扇風機がカタカタと羽根を鳴らしながら稼働している。その下に男子がたむろして涼んでいた。
二年生になって初めてのクラスでの協力行事が終わったこともあり、クラスの仲の雰囲気はよりいっそ穏やかになったと思う。クラスメイトの中には、あの球技大会を機に付き合ったカップルもいて、小グループの中で話題に上がっている。
また、六月に入ったため、席替えをした。運よく、俺の前は燈司だ。
(ねーみぃい………………)
俺は、連日の夜練のせいで頭が回っていなかった。次の授業は、修学旅行についてのお知らせのため、少しでも睡眠時間を確保したい。どうせ、しおりができればそれを読めばいいから。
俺が机に突っ伏していると、燈司がやってきた。その後ろには、あのバカ二人もいる。
「凛、眠い? それとも具合悪い?」
「んー眠い。最近、部活忙しくて」
「凛ちゃんが体力ないだけだけどな」
「ああ、おうじくん。俺たち大会近いから。秀人は個人戦で出るんだけど、俺と凛ちゃんがダブルスで」
「そうだったんだ。どうりで、最近帰る時間が合わないなーって思って」
眠い俺を置いて、三人は会話を進めていく。
だが、疎外感を感じるでもなく、俺は耳で会話を拾っていた。
光晴の言う通り、大会が近いため練習がハードになってきている。ちなみに、この間地区予選を突破したので、六月になってもまだ先輩たちは引退していない。俺たちの一つ上の代は強くて、地区予選ぐらいじゃまず負けない。
確かに、その練習のせいで最近燈司と帰れていないのは事実だった。
終わりが八時になると、バスケ部はとっくに終わっていて、体育館の電機は消えている。
「凛ちゃん聞いてる?」
「おわっ、は、何?」
「おうじくんが、お前と帰れなくて寂しいってさ。なあ、おうじくん?」
「え、俺は、いやぁ、その……」
目を開いてみれば、眉を八の字に曲げて目を泳がせている燈司の姿が見えた。カッターシャツの襟部分を右手で掴んで弄っている。
「部活早く終わればな? 俺だって、燈司と帰りてぇよ……」
「部活休めばいいじゃん」
「よくねえ! それは、よくねえんだよ。光晴……休む理由伝えなきゃいけねえし」
でも、燈司が寂しく思ってんなら俺も燈司と帰りたい。
(いや、違う。燈司が寂しいって言ってるからじゃなくて、俺が寂しいから)
中学までは同じ部活だったから、帰る時間も一緒だった。けど、今は違う。
それが、燈司との距離が開いてしまっている原因になっているみたいに思う。燈司は、この間方角が全然違う理人と帰ったっていうし。途中までは修二とも。
二分割されたあの球技大会を思い出して、また胸の中に重たい煙が充満していく。
六月に入っても、燈司の恋人は分からないままだ。
燈司の行動に注目していても、まったく尻尾を見せてくれない。もしかして、恋人なんていないんじゃないかとすら思えてきた。
だったら何で燈司はそんな嘘を俺についたのか。
(俺が、恋人がいないって、そう思いたいだけかもだけどさ)
俺にカミングアウトした時、燈司はすごく楽しそうだったし、嬉しそうだった。初めての恋人、恋している男子って感じがして輝いていたから。あれが嘘なんてことはありえないだろう。
このクラスの仲にいる。それも、俺に気づかれずにこそこそ付き合って、毎日メールして。
苛立ちが募っていくと同時に、ますます燈司から目が離せなくなっている。恋人を見つけようと躍起になっているからか、あるいは。
そんなことを思っていると、次の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴る。
教室に散らばっていたやつらは席につき、入ってきた担任を見てそわそわし始める。
二年生の大きな行事、修学旅行。
行き先に遊園地が入っていたのは嬉しいポイントだった。後は、普通に観光地巡りか。
三泊四日の旅で、県から県への移動もある。長いバス旅になるだろうと予想できていたが、修学旅行という甘美な響きに、教室の中の空気はそわそわとしている。
担任が、修学旅行についてのプリントを配り始める。
俺は一番後ろの席のため、回ってくるのを待てばいい。だが、眠気が最骨頂に達していた。
「はい、凛。プリント」
「サンキューな、燈司……ふぁあ」
「凛、後で起こしてあげるから寝てていいよ。俺、ちゃんと凛の分まで聞いておくから」
「マジで……? ん、起こしてもらえんの楽しみにしてる」
俺は燈司から手渡しでプリントをもらい、それを机の中に雑に突っ込んだ。それから、机に突っ伏す。
秒で瞼が落ち、担任の声が遠ざかっていく。
きっといつも通り、目が覚めたときあのかわいらしい声で起こされるんだろうな、なんて思うとニヤニヤしてしまう。「おはよう、凛」って。燈司じゃなきゃ、俺を起こせない。
(あー楽しみ。いい夢見れそう)
そう思いながら俺は夢の中に意識を飛ばすのだった。



