今だって、俺が椅子から落ちたのに笑わず心配してくれるし、大事を取って保健室に行こうと提案してくれる。こんな気の利いた幼馴染はどこを探してもいないだろう。
 俺は心配させないために笑って見せるが、燈司の心配性は引き下がってくれない。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だって、大丈夫! ほら! 会話が成り立ってる! 頭だってこの通りぶんぶん回せるんだぞ?」
 俺がそう言って首を回して見せる絵と、疑い深く燈司はじぃっと見つめてきた。
 幼いころから一緒にいるはずなのに、燈司の顔は年々磨きがかかってかわいくなっている。絶対気のせいじゃない。
 秀人と光晴にその話をしたら「そう見えてるのは凛ちゃんだけ」と爆笑されてしまった。以降も、そのネタをずっと弄られ続けている。
 俺の家の中にはいまだに、保育園から中学校までの燈司とのツーショットが飾ってあるくらい、親同士も仲がいい。
 ずっと一緒にいて、登校して、下校して。部活は違うけど、一緒に帰れる日は一緒に帰って……そんな生活を続けてきた。
 燈司は俺の生活の一部と言っても過言ではない。
 燈司がいなきゃ、俺はきっと起きられない。燈司は、確かに白雪凛にとっての王子様なんだろう。
「そう? なら、いいけど……凛、もうちょっと注意してよね」
「おう! 幼馴染に心配かけられないもんな」
 俺がそういうと、燈司はくすりと笑った。
「そうだよ。俺、このまま凛のこと心配し続けてたら胃に穴空いちゃうし」
「それは困る! 俺が授業中寝たら、起こせるの燈司しかいねえもん」
「ほんとかなあ? 案外さ、俺以外でも起きるかもよ?」
「いやいや、マジで。燈司しか俺のこと起こせるやついねえんだって」
 俺の気迫に押されたのか、燈司は「そ、そう?」と目を丸くしていた。
 今言った言葉は嘘じゃない。きっと、俺のこと燈司以外のやつには起こせない。そんな確信が俺にはあった。
「そう言ってもらえるのは、嬉しい……かも? でも、寝ないのが当たり前だからね? 俺が起こすのは、燈司がこれからの授業ついていけなくなったり、移動教室で置いてけぼりになったりしないためなんだからさ」
「いつも助かってる! 感謝、燈司! この通り!」
 俺は、パシンと手を合わせ拝むように燈司に頭を下げた。
 燈司は呆れたように、はあ、とため息をついて「おおげさ」と一言いう。
「凛って能天気だなあ。俺のこと、都合のいい幼馴染かなんかと勘違いしてない?」
「勘違いしてない! お前のこと、大切な大切な幼馴染って思ってる」
 俺がそういうと、一瞬だけ燈司の表情が固まった気がした。どうしたのだろうかと、瞬きすればいつものように愛らしい笑みを浮かべた燈司に戻る。
 見間違いだっただろうか。
(いや、俺は幼馴染の些細な変化に気づける男だ。だって、俺はずっと燈司のこと見てきたんだから)
 高校に入って、燈司の容姿と中身のギャップにやられた女子は多い。それで、燈司に告白してフラれてきた様子を俺は見てきている。
 燈司の癖も、好きなものも、嫌いなものも。俺は、この高校にいるやつらの誰よりも燈司を知っているのだ。
 だから、今のもきっと見間違いじゃない。
「燈司どうした?」
「え? どうしたって、どうしたの?」
 オウム返しをするように、燈司はパチパチと目を瞬かせた。すると、彼の目からまつ毛が落ち、目元に張り付く。
 俺は、ちょっとごめんと言って燈司のまつ毛を指先でちょいと拭う。
「ありがとう……で、どうしたのって、どうしたの?」
「ああ、いや。なんか燈司悩み事でもあるのかなーって思って」
「…………なんでわかったの?」
 燈司はそう言いながら、先ほどより目を丸くする。
 俺は、幼馴染の些細な変化に気づけたことに喜びを感じ、胸を張る。相手の心理を突くエスパーみたいで、ちょっとかっこいいと思ってしまう自分がいる。
「ずっと見てきた幼馴染の変化だぞ? すぐに気付くに決まってる」
「凛らしいね。そっか。俺……悩んでるように見えるんだ」
「見えるだろ。ほら、視線がいつもより下にいってる」
「ちょっとそれは引くかも。凛、俺のこと見すぎ。ストーカーだよそれは……でも、そっか……ふーん、そうか」
 燈司は、何か考え込むように繰り返すと、また上目遣いで俺を見た。
 そういえば、さっきから床に座り込んだまま話してるなとどうでもいいことを思い出す。時刻はすっかり昼で、教室のあちこちからおいしそうな弁当の匂いが漂ってきた。
 燈司の悩みは、昼飯を食べながらでも聞くか、と思っていると、燈司が先に口を開いた。
「――俺、恋人出来たんだ」
「そっか、恋人ができたのか……………………って、はあ!?」
 俺の声に驚いて、教室にいたクラスメイトの視線が一点に集まる。
 俺たちが床に座り込んでいたこともあり、その目は一層奇妙なものへと変わっていく。
 俺は、信じられずもう一度小さく「はあ?」と口に出した。燈司は、珍しくもじもじとした様子で「そうなんだ」と照れ臭そうに言った。