球技大会当日は良く晴れた。
 運動場には白い石灰の線が引かれ、いくつものポールとネットが張り巡らされていた。外用のボロボロの黒板に総当たり戦の大きな紙が張り出されており、カゴに入ったバレーボールが転がらないようにと先生が手で押さえている。
 ちょうど今は、ネットをはさみながら学年ごとに並び、開会式が行われたばかりだ。
 第一試合に入る前に、クラスメイトと円陣を組む。
 この日のためだけに作ったクラスTシャツは、一人三千円と一軍女子に徴収されて発注されたものだ。黒いTシャツには、うちのクラスの絵心のない担任が描いた猫もどきの写真が表に印刷されている。裏は名前と出席番号。その猫は、脚が五本あって目が恐ろしいほど大きくて、ガンギマリキ顔をしている。そのうえ、三毛猫にしたかったのだろうが、あまりにも格子模様が下手すぎて傷だらけの化け物猫になってしまっていた。
 その猫もどきがクラス内ではウケて、デザインはすぐに決まった。ちなみに、この猫もどきはゲーミングカラーである。黒Tシャツに虹色の化け物が印刷してあるTシャツを着ているのは俺たちのクラスだけだろう。
 だが、そんなクラスTシャツを着こなせるやつがいる。
「なんか、燈司似合ってんな」
「そうかな? でも、これいいよね。大会の後部屋着として使おっかな?」
 化け物ゲーミングカラー猫が描かれているTシャツをかわいく着こなしている燈司はさすがだ。いつもはMサイズにするのにLサイズを頼んだためか少し長い。体操服のズボンが三分の二ほど隠れてしまっている。燈司はオーバーサイズの服が似合う。
 円陣を組んだ後、チームごとにあつまり指定されたコートに向かって歩く。
 燈司は、猫を指さしながら楽しそうに笑っていた。
 あれから練習で怪我をすることもなかったし、膝の傷もすでに癒えてきている。
 俺の後ろからぞろぞろとチームメイトたちがついてき、コートに入る。しかし、まだ相手チームは来ていないのか、反対側のコートには誰もいない。
 今のうちに作戦を確認するか、と振り返ったとき燈司にあの男が抱き着いた。
「とーじっ!!」
「わっ……理人、びっくりした」
 燈司の背後に回り、バッグハグをかましたのは理人だった。俺は無意識のうちに眉間にしわが寄っていたようで、理人と目が合った瞬間ニヤリと笑われる。
「おーこわっ。さすが、幼馴染のセコムは違うな。凛」
「別にセコムなんかじゃねえよ」
「ふーん、そうだ。燈司。オレたち三人の役割分担について話そうぜ」
「おい、チームは六人だろ!」
 そういったものの、すでに理人は燈司の肩を組んでコートの後ろ側に行ってしまった。俺はポツンと取り残されてしまい、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「おーい、凛ちゃん。生きてるー?」
「ダメだな。こりゃ。おうじくんとってかれてフリーズしてやがる」
 俺の心配をしに来てくれたのか、秀人と光晴は俺を挟むようにして理人たちを見やった。同じチームというのに二分割されている。
 練習のときも思ったが、どうやら理人は俺と燈司を離したいらしい。
(理由は何だ……?)
 俺もただの幼馴染と言われればただの幼馴染なのだが、あいつだって特別な従兄かって言われたら、ただの従兄だ。特別じゃない。
 後方へ連れていかれた燈司を観察していると、理人に肩を組まれつつも燈司の顔と身体は修二のほうに向いていた。
 修二は声が低いから、この位置からでも聞き取りにくい。だが、俺たちと練習していた時よりも柔らかい表情でと燈司話していたのだ。また、燈司も修二の話を聞いて、フッと笑っていた。
 その会話の様子はまさに恋人のそれに見えた。
(ま、まさか、燈司の恋人って修二なのか……!?)
 同じ部活だし、仲がいいし。燈司からこのチームに誘った……もちろん、燈司は恋人と同じチームじゃなくてもいいと言ったが、あれはフェイクで、修二を?
 ありえるかもしれない。
 そんなことを考えると、よりいっそ疑わしくなり、眉間にしわが寄るのを感じる。
「あいつらって付き合ってんのか……?」
「えっ、凛ちゃんいきなりどうしたよ?」
 光晴は、俺の目の前で手をパタパタと動かしていた。だが、その手の隙間から見える微笑ましい三人の光景に俺は釘付けになり開いた口が塞がらない。
 可能性は大いにありえる。
(修二、あんな顔するやつじゃなかっただろう。もっと、石みたいな顔して……なのに、あんな……)
 燈司を愛おしそうに見る目。俺にはわかる。修二は燈司に気があるんじゃないかと。
 そう思い始めた瞬間から、俺は胸の奥がきゅっと締め付けられる不快感に襲われた。燈司の恋人を知ってしまったかもしれない。そして、仲慎ましい光景を俺は今、外野で見せつけられている。
(……胸、いた……なんでだよ)
 はっきりと答えが分かったのに、モヤモヤはいっそ増すばかりだった。