「燈司、大丈夫か?」
「あれ、凛……? 練習してたんじゃないの?」
「お前もだろ……てか、ほんとと大丈夫か……って、血! 足」
「ああ、すりむいちゃったみたいだね」
燈司のもとに駆けよれば、けろっとした顔で体を起こした彼と目があった。
あおむけに倒れた男は燈司がクッションになったためか、頭を打ち付けずに済んだものの、燈司は前のめりに倒れたため、足からはちが流れ、真っ白な体操服も茶色に染まっていた。
この後体育だからと、俺たちのクラスは早めに着替えていた。そのこともあり、足はむき出し状態だったため、素足に砂利を滑らせたことにより出血してしまったのだろう。燈司の膝小僧には無数の細い線がいっており、その割れ目からつつつぅーと血が流れている。
ぶつかってきた男は謝りながら駆け寄ろうとしたが、俺はそいつが燈司に触れる前に燈司を抱き上げた。
「り、凛?」
「保健室連れてく。つか、もう昼休み終わるから、ちょっと次の授業遅れるって言っといてくれ」
燈司は、俺の腕の中でパタパタと足を動かしていた。燈司の顔には、砂利がくっついており、白い肌が凹んでしまっていた。
足からは絶えず血が流れており、いかに強く擦りむいたかがうかがえる。
理人や、修二は「オレたちもついていく」といったが、俺はそれを無視した。燈司だって、何人もの人に心配されて付き添われたくないだろう。幼馴染の俺なら大丈夫なはずだ。
俺は、駆け付けた秀人と光晴にも事情を話し、燈司を横抱きしながら保健室に向かった。
保健室は、運動場からも入れるようになっており、少し曇った窓から中の様子がうかがえる。俺は、そんな保健室の扉を壊す勢いでたたいた。扉のサッシには、何重にも重なった蜘蛛の巣に、砂利や虫やらが絡まっている。俺が扉を叩く音に気づいた養護教諭が開けにくそうに保健室の扉をスライドさせ「何?」と怪訝そうな顔で俺を見た。
「球技大会の練習で怪我しちゃって。ああ、俺じゃなくて」
「分かったわ。中で傷口を洗ってちょうだい。貴方は、次の授業に向かいなさい」
「でも……いや、後から一人で合流するってなんか気まずいじゃないですか。だから、俺も一緒にいます」
俺がそういうと、白衣を着た養護教諭の優しい顔にますますしわが寄った。「さぼる気?」と直接疑いの言葉をかけられてしまい、俺は絶句する。だが、引き下がるわけにもいかず俺は首を横に振った。
「大切な幼馴染の怪我、ほっとけないです」
「……そこまで言うなら。そうね、一人で遅れていくのは……って思う子もいるわよね」
養護教諭は何とか自分を納得させる言葉を絞り出し、俺が保健室に入るのを許してくれた。
扉の前で、俺は靴を脱ぎ、燈司を下ろしてから彼の靴を脱がせた。燈司はそんなことしなくていい、といったが俺は黙って手を動かした。
それから、保健室にあった水道で傷口を水あらいし、今日珍しく持ってきていた自分のハンカチで燈司の傷口を優しくなでる。そのたび、燈司は痛そうに眼をきゅっとつむった。
養護教諭は消毒と、膝小僧に張り付ける絆創膏のようなものをくれ、燈司の足に貼った。他に痛いところはないかや、口に砂利が入っただろうからうがいをと、コップを渡される。
燈司はそのコップに少量の水を注いで口の中をすすいだ後、近くにあった黒いコロコロつきの椅子に座った。
「凛、一緒にいなくても大丈夫だよ。それに、大した怪我じゃないし」
「俺には大怪我に見えた。それに、足から血がドバドバ出てるやつが何言ってんだよ。ほら、もう絆創膏真っ赤だぞ?」
申し訳なさそうにする燈司の足を指さしてみれば、ベージュ色の絆創膏のガーゼ部分はすでに赤く染まっていた。
足を洗う際に、靴下が濡れてしまったため俺は、替えの靴下を養護教諭からもらい、椅子に腰かけている燈司の足に靴下をひっかけた。
「凛って、昔からそうだよね。ほら、俺が小学校のころ外の階段から落ちちゃって。ほんと段差につまずいたくらいだったけど怪我した時、俺の手を引いて保健室に連れてきてくれたことあったじゃん」
「あーそんなこともあったなあ。懐かしい」
「その時さ。凛が、俺よりも泣いてて。俺、痛かったのに涙引っ込んじゃったんだよ。凛さ『燈司の足が死んじゃう』なんてべしょべしょになって叫んでて、保健室の先生困らせてたんだよね」
「うわっ、恥ずかしいこと思い出させんなよ」
確かにそんなことがあった気がする。記憶には古いが。
でも、あの時は母ちゃんに「怪我して放置しておくと、傷口がうんで、切断しないといけなくなっちゃう」と脅しのようにいわれていたから。燈司が怪我をして足を切断しなくちゃいけないと本気で思っていたんだ。
だから、泣いてしまった。今思えば大げさな話だが。
燈司は、んふ、ふふっと笑いがこらえられないように口元に手を当て、足の指をばらばらと動かした。
「俺、覚えてるよ。忘れない。凛が心配性で……今だって、お姫様抱っこして俺を保健室まで連れてきてくれたこと。きっとこれからも忘れないよ」
「き、記憶の中にどうかしまっておいてください……」
俺の言葉に燈司は秒で「やだ」とぽこぽこと怒るように言った。
それからクルクルと椅子を回しはじめ、椅子の上で体操座りをした。指の先をきゅっと丸めて、膝の上にちょんと顔を乗せる。
「だって、凛は俺にとっての王子様みたいな存在だし。小さいころから、ずっとそうだよ。忘れられないよ」
「俺は王子に向いてないって。ガサツだし」
「俺からの言葉素直に受け取ってよ。もー」
肩を落とすようにそういって燈司は膝に顔を埋めた。ちょうど傷口をなぞってしまったらしく「痛っ」と言っていたが、顔を上げない。
俺のことを王子なんて言ってくれるのは燈司くらいだろう。燈司のお世辞。
嬉しくないと言われたら嘘になるけど、燈司とは違って人に平等に接することができない俺は王子に向いていない。きっと、皆の言う王子様は、お姫様を大事にしつつも、周りへの気遣いを忘れない存在だろから。
燈司が顔を膝に埋めてから数分、午後の授業をつけるチャイムが鳴る。
養護教諭に「大丈夫ならもう行きなさいよー」と声をかけられた。どうやら、他にも具合の悪くなった生徒がいるらしく、養護教諭はそっちにつきっきりらしい。シャッと白いカーテンが閉められ、養護教諭の姿は見えなくなった。
俺は、椅子の上でうずくまった燈司をツンツンとつつくと「凛、痛い」と言われて手を弾かれた。
「あ、悪い……」
「もう大丈夫だからいこう。遅刻しちゃう」
「本当に足大丈夫か?」
「大丈夫だって。心配性だなあ」
「……誰かさんの心配性が移ったんだよ。俺にも、燈司のこと心配させろ。俺が一番心配してる」
「誰に対してのマウント?」
燈司は、もう一度靴下を上に引っ張って俺のほうを見た。どこか期待に満ちた目は、キラキラと輝いている。
「狩谷とか修二とか……?」
「何で?」
「ん~何でだろうな」
光晴に指摘されたようにジェラシーを感じている。でも、それがなんなのか俺の中で答えが固まっていない。
燈司は「変な凛」と言いつつも、口の端が挙がっているように思えた。
それから、二人で運動場につながる扉から保健室を出た。雑に脱ぎ散らかした靴は、養護教諭によってきれいに並べてあった。
俺と燈司の靴は四センチほど違う。それでも、燈司は普通の男子高校生くらいの足のサイズはある。俺と並ぶと、シンデレラの靴のように小さく感じた。
燈司はしゃがんで靴を履き、俺は靴のかかとを踏みながらトトトっと前に出る。俺の靴は左右蝶々結びのサイズが違って歪だ。
「燈司立てるか?」
「立てるけど、お言葉に甘えさせてもらおうかな。ありがとう、凛」
手を差し出せば、燈司がふわりと春の花のように微笑んだ。その表情にどきりとし、指の先がかすかに動く。燈司の手が俺の手のひらに乗せられるころには、眠たい時と同じくらい掌が熱くなっていた。
燈司は、俺の手をきゅうきゅうと握って何かを確認している。
「凛、熱いね。熱ある?」
「ない! 平熱! ほら、燈司。行くぞ」
頬も、ぽっぽっと熱くなってきた。今日は曇天で気温が高いわけでもない。でも、スポーツの後のように俺の顔は真っ赤になっていた。
「あれ、凛……? 練習してたんじゃないの?」
「お前もだろ……てか、ほんとと大丈夫か……って、血! 足」
「ああ、すりむいちゃったみたいだね」
燈司のもとに駆けよれば、けろっとした顔で体を起こした彼と目があった。
あおむけに倒れた男は燈司がクッションになったためか、頭を打ち付けずに済んだものの、燈司は前のめりに倒れたため、足からはちが流れ、真っ白な体操服も茶色に染まっていた。
この後体育だからと、俺たちのクラスは早めに着替えていた。そのこともあり、足はむき出し状態だったため、素足に砂利を滑らせたことにより出血してしまったのだろう。燈司の膝小僧には無数の細い線がいっており、その割れ目からつつつぅーと血が流れている。
ぶつかってきた男は謝りながら駆け寄ろうとしたが、俺はそいつが燈司に触れる前に燈司を抱き上げた。
「り、凛?」
「保健室連れてく。つか、もう昼休み終わるから、ちょっと次の授業遅れるって言っといてくれ」
燈司は、俺の腕の中でパタパタと足を動かしていた。燈司の顔には、砂利がくっついており、白い肌が凹んでしまっていた。
足からは絶えず血が流れており、いかに強く擦りむいたかがうかがえる。
理人や、修二は「オレたちもついていく」といったが、俺はそれを無視した。燈司だって、何人もの人に心配されて付き添われたくないだろう。幼馴染の俺なら大丈夫なはずだ。
俺は、駆け付けた秀人と光晴にも事情を話し、燈司を横抱きしながら保健室に向かった。
保健室は、運動場からも入れるようになっており、少し曇った窓から中の様子がうかがえる。俺は、そんな保健室の扉を壊す勢いでたたいた。扉のサッシには、何重にも重なった蜘蛛の巣に、砂利や虫やらが絡まっている。俺が扉を叩く音に気づいた養護教諭が開けにくそうに保健室の扉をスライドさせ「何?」と怪訝そうな顔で俺を見た。
「球技大会の練習で怪我しちゃって。ああ、俺じゃなくて」
「分かったわ。中で傷口を洗ってちょうだい。貴方は、次の授業に向かいなさい」
「でも……いや、後から一人で合流するってなんか気まずいじゃないですか。だから、俺も一緒にいます」
俺がそういうと、白衣を着た養護教諭の優しい顔にますますしわが寄った。「さぼる気?」と直接疑いの言葉をかけられてしまい、俺は絶句する。だが、引き下がるわけにもいかず俺は首を横に振った。
「大切な幼馴染の怪我、ほっとけないです」
「……そこまで言うなら。そうね、一人で遅れていくのは……って思う子もいるわよね」
養護教諭は何とか自分を納得させる言葉を絞り出し、俺が保健室に入るのを許してくれた。
扉の前で、俺は靴を脱ぎ、燈司を下ろしてから彼の靴を脱がせた。燈司はそんなことしなくていい、といったが俺は黙って手を動かした。
それから、保健室にあった水道で傷口を水あらいし、今日珍しく持ってきていた自分のハンカチで燈司の傷口を優しくなでる。そのたび、燈司は痛そうに眼をきゅっとつむった。
養護教諭は消毒と、膝小僧に張り付ける絆創膏のようなものをくれ、燈司の足に貼った。他に痛いところはないかや、口に砂利が入っただろうからうがいをと、コップを渡される。
燈司はそのコップに少量の水を注いで口の中をすすいだ後、近くにあった黒いコロコロつきの椅子に座った。
「凛、一緒にいなくても大丈夫だよ。それに、大した怪我じゃないし」
「俺には大怪我に見えた。それに、足から血がドバドバ出てるやつが何言ってんだよ。ほら、もう絆創膏真っ赤だぞ?」
申し訳なさそうにする燈司の足を指さしてみれば、ベージュ色の絆創膏のガーゼ部分はすでに赤く染まっていた。
足を洗う際に、靴下が濡れてしまったため俺は、替えの靴下を養護教諭からもらい、椅子に腰かけている燈司の足に靴下をひっかけた。
「凛って、昔からそうだよね。ほら、俺が小学校のころ外の階段から落ちちゃって。ほんと段差につまずいたくらいだったけど怪我した時、俺の手を引いて保健室に連れてきてくれたことあったじゃん」
「あーそんなこともあったなあ。懐かしい」
「その時さ。凛が、俺よりも泣いてて。俺、痛かったのに涙引っ込んじゃったんだよ。凛さ『燈司の足が死んじゃう』なんてべしょべしょになって叫んでて、保健室の先生困らせてたんだよね」
「うわっ、恥ずかしいこと思い出させんなよ」
確かにそんなことがあった気がする。記憶には古いが。
でも、あの時は母ちゃんに「怪我して放置しておくと、傷口がうんで、切断しないといけなくなっちゃう」と脅しのようにいわれていたから。燈司が怪我をして足を切断しなくちゃいけないと本気で思っていたんだ。
だから、泣いてしまった。今思えば大げさな話だが。
燈司は、んふ、ふふっと笑いがこらえられないように口元に手を当て、足の指をばらばらと動かした。
「俺、覚えてるよ。忘れない。凛が心配性で……今だって、お姫様抱っこして俺を保健室まで連れてきてくれたこと。きっとこれからも忘れないよ」
「き、記憶の中にどうかしまっておいてください……」
俺の言葉に燈司は秒で「やだ」とぽこぽこと怒るように言った。
それからクルクルと椅子を回しはじめ、椅子の上で体操座りをした。指の先をきゅっと丸めて、膝の上にちょんと顔を乗せる。
「だって、凛は俺にとっての王子様みたいな存在だし。小さいころから、ずっとそうだよ。忘れられないよ」
「俺は王子に向いてないって。ガサツだし」
「俺からの言葉素直に受け取ってよ。もー」
肩を落とすようにそういって燈司は膝に顔を埋めた。ちょうど傷口をなぞってしまったらしく「痛っ」と言っていたが、顔を上げない。
俺のことを王子なんて言ってくれるのは燈司くらいだろう。燈司のお世辞。
嬉しくないと言われたら嘘になるけど、燈司とは違って人に平等に接することができない俺は王子に向いていない。きっと、皆の言う王子様は、お姫様を大事にしつつも、周りへの気遣いを忘れない存在だろから。
燈司が顔を膝に埋めてから数分、午後の授業をつけるチャイムが鳴る。
養護教諭に「大丈夫ならもう行きなさいよー」と声をかけられた。どうやら、他にも具合の悪くなった生徒がいるらしく、養護教諭はそっちにつきっきりらしい。シャッと白いカーテンが閉められ、養護教諭の姿は見えなくなった。
俺は、椅子の上でうずくまった燈司をツンツンとつつくと「凛、痛い」と言われて手を弾かれた。
「あ、悪い……」
「もう大丈夫だからいこう。遅刻しちゃう」
「本当に足大丈夫か?」
「大丈夫だって。心配性だなあ」
「……誰かさんの心配性が移ったんだよ。俺にも、燈司のこと心配させろ。俺が一番心配してる」
「誰に対してのマウント?」
燈司は、もう一度靴下を上に引っ張って俺のほうを見た。どこか期待に満ちた目は、キラキラと輝いている。
「狩谷とか修二とか……?」
「何で?」
「ん~何でだろうな」
光晴に指摘されたようにジェラシーを感じている。でも、それがなんなのか俺の中で答えが固まっていない。
燈司は「変な凛」と言いつつも、口の端が挙がっているように思えた。
それから、二人で運動場につながる扉から保健室を出た。雑に脱ぎ散らかした靴は、養護教諭によってきれいに並べてあった。
俺と燈司の靴は四センチほど違う。それでも、燈司は普通の男子高校生くらいの足のサイズはある。俺と並ぶと、シンデレラの靴のように小さく感じた。
燈司はしゃがんで靴を履き、俺は靴のかかとを踏みながらトトトっと前に出る。俺の靴は左右蝶々結びのサイズが違って歪だ。
「燈司立てるか?」
「立てるけど、お言葉に甘えさせてもらおうかな。ありがとう、凛」
手を差し出せば、燈司がふわりと春の花のように微笑んだ。その表情にどきりとし、指の先がかすかに動く。燈司の手が俺の手のひらに乗せられるころには、眠たい時と同じくらい掌が熱くなっていた。
燈司は、俺の手をきゅうきゅうと握って何かを確認している。
「凛、熱いね。熱ある?」
「ない! 平熱! ほら、燈司。行くぞ」
頬も、ぽっぽっと熱くなってきた。今日は曇天で気温が高いわけでもない。でも、スポーツの後のように俺の顔は真っ赤になっていた。



