◇◇◇

「……気に食わない」
「凛ちゃんさあ、口じゃなくて、手、動かしてくんね?」
「ほい、あたーっく!!」
「ふんがあっ!?」
 光晴がはじいたボールが顔面に直撃する。
 顔にはじぃんとした鈍痛が走り、口の中に砂が入ってしまった。俺は、ぺっぺっと口の中に入った砂を吐き出しながら、光晴を睨みつける。光晴は反省の色を見せずケタケタと笑っていた。
 昼休みの運動場には、球技大会に向けて練習に励む生徒であふれかえっていた。
 レシーブ、トス、アタックと、1、2、3の声を掛け合って白いバレーボールを宙にあげる。練習が解禁されてから三日目だが、すでに結束力が固まっているチームも見受けられた。
「光ぉ晴~~~~?」
「だって、凛ちゃんまーったく練習に身が入ってないもん」
「下手なくせに練習も怠惰って最低だな?」
 光晴と秀人は俺を責め立てる。
 確かに、練習に身が入っていないのは確かだ。ぐうの音も出ない。
(だってさあ、だって……)
 今の俺って、きっとめんどくさい人間だ。
 俺は、近くで練習している燈司の方を見ていた。
 燈司の周りには理人と、燈司の勧誘で俺たちのチームに加わった毒島修二(ぶすじましゅうじ)がいる。方やチャラいモテ男、方やバスケ部のエース。燈司は王子さまと呼ばれているが、あの二人に挟まればやはりかわいいものだった。
 毒島は、燈司と同じバスケ部で俺より身長が低いとはいえ、百八十センチ越えの長身。同じクラスだが、基本無口なため喋ったことがない。そのため、そういうタイプの男だと思っていたのだが、どうやら燈司の前ではニコニコと笑顔を見せている。しかも、頭をポンポンって何回も撫でていた。
(気に食わん。実に気に食わない!)
「ありゃ、凛ちゃんジェラジェラ?」
「まあ、俺もあのチャラ男が王子くんの勧誘で俺たちのチームに入るとは思ってなかったけど? なんか、やだよなあ。陽キャ一人いるだけで、そこにスポットライト当たるっつぅか。顔だな、顔……で、凛ちゃんはジェラシー感じてると」
「はあ? ジェラシーって……」
 ジェラジェラだ、と口にし続ける光晴を横目に、俺は燈司の方を見ていた。
 同じチームのはずなのだが、燈司はあの二人と三人で練習に励んでいる。別に、燈司から一緒に練習しようといったんじゃない。あのチャラ男・理人が誘ったがためにチームがに分割されてしまったのだ。
(うわあぁ! また、修二のやつ燈司の頭撫でやがって!)
 理人は燈司の従兄であいつと距離が近いのは十分理解しているが、毒島修二に関してはまったくのノーマークだったため、彼の行動に驚いた。
 この練習で何度、燈司の頭を撫でただろうか。
 黒くてつやつやした髪の毛が、修二の手によって乱されていくさまを俺は唇を噛んで眺めることしかできなかった。さすがに、あの中に入って練習はできない。
 なぜなら、あいつらの連携はバレー部かというくらい上手く、ラリーだって途切れることがない。安定してボールを上げ、相手に回す。俺たちも円になってラリーをしたが必ず変な方向に飛んでいってしまう。
 あの三人はバレー経験者じゃないのに、この差はなんだろうか。
 また、理人が呼び寄せたのかクラスの女子も混ざって十人ほどで練習を始める。俺たちは完全に蚊帳の外だ。
「凛ちゃん歯ぎしりヤバいね……」
「凛ちゃんさあ、結局のところどうなんだよ」
「……あ? どうなんだよってなんだよ」
「……秀人はぶっちゃけ、凛ちゃんと燈司は付き合ってるのか聞いている!!」
 そう秀人の代わりにいったのは光晴で、ボールを拾い上げると、兄の後ろに隠れる弟のごとくひょこりと秀人の後ろから顔を出した。
 秀人はそれに対してうんうんと頷き、俺の方を凝視した。
「つ、付き合ってるって? いやいや、幼馴染だし。てか……」
「てか?」
「いや、なんでもない。とにかく、幼馴染同士。あいつも俺に気なんてないだろう。お前らが勝手に俺たちを白雪姫カップルとか、熟年夫婦とか言ってるだけで。そりゃあ、さ。付き合いは誰よりもなげえし、燈司のこと知ってるのは俺だと思ってるよ」
「なんか、のろけというか、マウントとられた気が……え、でもそれで付き合ってないって意外だね」
 光晴は物珍しそうにそう言って、ボールを地面に打ち付けてバウンドさせていた。
 危うく、燈司に恋人がいることをばらしてしまいそうになった。秘密にしてと、かわいくお願いされたのに、そんな約束も守れない薄情な幼馴染になってしまうところだった。
 だが、不思議なのは、秀人と光晴がそろって俺たちの関係をお付き合いしている恋人同士と思っている点だ。こいつらは、わざと恋人、カップル! と囃し立てているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「俺と秀人もさ、幼馴染だけど、ジェラシーかんじたり、一緒じゃなきゃ嫌だーって思ったりしたことないからさ。なんか、凛ちゃんとおうじくんって、俺たちから見てもちょっと異質なんだよね」
「別に、同性カップルだろうが異性カップルだろうか偏見はねえけど。同性の幼馴染の距離感にしてはちけぇんだよな。凛ちゃん。今だって、おうじくんのこと見てるし」
「お前らと感覚が違うだけだろ。てか、それじゃあお前らも熟年カップルだろうが」
 俺たちのことをさんざんとカップル呼ばわりしていたのに、こいつらだってずっと一緒にいるらしい。思えば、息もぴったりだし、光晴は秀人の変な癖も許容していたし。気づく要素はあったのかもしれない。今更ながらのカミングアウトに俺はあっけにとられつつも、じゃあ俺と燈司、秀人と光晴、幼馴染同士なのに何が違うというのか。
 二人は声をそろえて「俺たちは幼馴染だけどさ」と、俺と燈司とは違うとのことを主張した。
 声があまりにぴったりだっため、少し気持ち悪く感じつつも、俺はもう一度燈司の方を見た。
(カップルって言われても別に嫌な気はしねえんだよな。思えば、何で受け入れてたんだろって話で……でも、燈司には好きなやつがいて……)
 自分がなんでこんなにも寂しい思いをしているのか分からなかった。
 光晴から言わせれば、幼馴染がとられたとしてもジェラシーは感じないらしい。むしろ、新鮮味があって今度一緒に話すときのネタになるのだそうだ。
 俺は別にそう感じない。俺がそう感じないだけなのかもしれないと思い込みたかったが、どうやらこの考え自体が違うらしいのだ。
(俺は、燈司のことどうおもってんだろ)
 自分でもよくわからない。ただ、燈司が他の人とバレーの練習をしているのが気に食わなかった。俺はボールが顔面に当てられても、燈司から目が離せないのに。今あいつの目には、理人や修二、他の奴が映っている。おまけに笑顔だ。
 練習に身が入らず、燈司に見入っていると、ポーンと高く飛んだボールを落とさまいようにと後ろに下がった別チームの男が、燈司にぶつかるように後退してきた。
 危ない! という間もなく、燈司はドンとその男にぶつかり、男はバランスを崩したまま燈司を押し倒すように倒れてしまった。
「燈司!」
 頭より体が先に走る。痛い音が響き、なんだなんだと野次馬の目が燈司に向けられた。運動場に小さな砂埃が舞って「大丈夫か―」と遅れて声が聞こえてくる。