「――それでさあ。あっ、ごめーんな? 席占領してる。てか、とぉ~じ~! 球技大会のチーム決まった?」
「理人。うん、チームは……今二人募集中」
「こっちこればいいじゃん。オレのチームは男女混合。燈司がいれば盛り上がること間違いないって話してたとこ」
「お誘いは嬉しいけど……」
 教室に戻ると、俺と燈司がいつも机をくっつけて食べる席に人がたむろしていた。
 センター分けの癖毛の男は燈司に気づくと、その腕を広げて親愛のハグと燈司に抱き着く。燈司は、その男の背中に手を回し、ポンポンと叩いていた。
 俺はその光景に少しムッとしつつも、燈司の席に荷物を置いてその男に話しかけに行く。
「おい、狩谷。燈司が窒息死する」
「白雪姫くんじゃん。愛しの王子様を取られたからって怒んなよ。その顔じゃあ、今はやりの悪役令嬢みたいだぜ?」
 男がそういうと、周りにいた女子たちが「理人くん上手ーい」と彼をはやし立てる。
 悪役令嬢が何かは知らないが、この空気は好かない。
 俺は陽キャでも陰キャでもないが、この男――狩谷理人(かりやりひと)とは住む世界の違う人間だとは思っている。
 彼は、燈司の従兄で中学からの付き合いだ。クラスに溶け込むのがうまい陽キャ中の陽キャで、常に周りに女子を侍らせているプレイボーイ。彼に微笑まれれば、心臓を射抜かれると派手な噂が立っており、去年はクラスは違ったものの、狩谷ファンクラブができるくらいには人気だ。
 ちなみに、チャラそうに見えて弓道部であり、彼もまた弓道部のエース。
 うちの非モテの貧乏烏エースとは比べようがない、陽の存在。
(こいつ、俺の幼馴染にべたべたべたべたと……!!)
 盗み聞きしてしまったが、どうやら理人はクラスメイトに人気な燈司を引き抜きたいらしい。
 周りの女子たちも「おうじくん、私たちのチームに入って~」、「当日髪型ばっちり決めよう」など口々に言っている。すでに、燈司が了解するのを前提に話しているのが気に食わない。
 俺は、そんな陽キャのグループに割って入り、理人を睨みつける。女子たちが白けたような顔をし、俺に視線を注ぎ始める。
 俺はそんなこと気にすることなく、理人の手を払い、燈司を引き寄せ守るように腕を伸ばした。
「なんかナイトみたいだな。白雪姫のくせに。てかさ、凛はオレのこと『狩谷』呼びのまんまなんだなよな? 他のやつは名前呼びなのに。つめてーやつ」
「狩谷は狩谷だろ。俺のチーム引き抜こうとすんな。燈司は俺と球技大会に出るんだよ」
「でも、二人足りてないんだってぇ?」
 理人は嫌味を言うようにねっとりとした声で言うと、口の端を持ち上げる。
 俺より小さいくせに、煽るように目を細め、ニヤニヤとしながら俺の顔を覗き込む。
「少なくとも、お前じゃない誰かに頼む」
「ふーん、燈司が取れらるのが嫌なんじゃねーの」
「はあ? なんでそうなるんだよ……そりゃ、一緒のチームがいいだろ。幼馴染なんだし」
 俺は、燈司に振れていた手に少しだけ力を入れてしまった。痛い、と燈司が声を発するまで、俺は気づくことなく、その後謝る。そんな一部始終を見てか、女子たちが口々に「おうじくん傷つけるなんてサイテー」、「幼馴染より、従兄のほうが関係性深いじゃん」なんて意味わからないことを言う。
 やっぱり、俺は一軍女子と関わるのは苦手だ。一人で多数を相手するのは分が悪い。
 言い返せずにいると、俺の手の筋をなぞりながら燈司が理人に言葉を投げた。
「よかったら、理人が俺たちのチームに来てくれないかな。一応、優勝狙ってるし。理人、運動神経いいし。ほら、去年は違うクラスだったけど、理人のクラスが優勝してたじゃん」
 ね? と、燈司は確認するように言うと、理人は後ろの女子を見た。燈司の質問に答えろよ、とイライラしていると、理人は燈司の頭を撫で始めた。
「悪い。オレ、チーム抜ける。かわいい女子たちで組んで、女子の部の優勝狙ってくれ。オレは、抜けた分優勝掻っ攫って来るからさ」
 理人が器用にウィンクをすると、文句を言いたげな女子たちの顔がパッと明るくなる。
 そして、理人君が言うなら……と自分自身を納得させ、小さく頷いていた。理人はさらにファンサするように「ありがと~みんな好きだぜ~」と、心にもない薄っぺらい言葉を吐いて、女子たちの黄色い歓声を浴びていた。
「燈司、よかったのか?」
「え? ダメだった……? 秀人や光晴に話しとおしたほうがよかったかな」
「ああ、じゃなくて……はあ、いいけど。俺、狩谷苦手なんだよな」
 チャラいというか、チャラさの中に鋭さがあるというか。あいつは女子たちを侍らせてるけど、部活ではエースだし、成績も学年で三位だ。
 ああいうやつが、世の中を楽に渡り歩いていくのだと見せつけられ、俺は自分の惨めさに寂しくなる。
 燈司は、理人を誘ったことに負い目を感じてしまったのか「ごめん」と繰り返し口にしていた。俺は、そんなふうに落ち込ませたかったわけじゃないと、燈司の頭を撫でる。理人に撫でられたのを上書きするように、俺は「燈司、メンバー確保ありがとな」と付け加え笑ってみせた。